其の拾肆 夕餉
──“城内”。
「ここが訓練場。魔法の修練が行われているけど、体を鍛える人達も多いから魔法以外の特訓も出来るよ」
「フム、此処はよく寄る事になりそうだ。実践の相手が居ないのは心許ないが、日々鍛練を積む必要はあるからの」
案内に戻り、始めにされたのは訓練場。
今も騎士達が杖を振るっては魔力とやらを込め、魔法という名の妖術を放っているが、拙者向けの鍛練もある様子。
それは好都合。修行を怠ければ腕が落ちるからの。この場は頻繁に活用する事になろう。
「それで貴賓室。ここはお客様を迎える場所だから、騎士として階級が上がっていけばキエモンも誰か専属の騎士として護衛に付けるかもね。もしかして私とか……」
「フム、騎士にも階級があるので御座るか」
「勿論! 階級は5段階あって、ファベルさんの役職である騎士団長は一番上の階級。そこから、副団長、軍隊長、隊長、団員って感じに分かれているの。まああくまで騎士としての階級だから王様とか上には更にあるけどね」
「成る程。拙者の国と近しいな。国では将軍、大目付、大名、武士、足軽と分かれていた。今は雑多に告げたが、更に細かくすれば間に複数の役職が入る。やはりどの国であっても身分というものはあるのだな」
「そうみたいだね。キエモンは自分の事を侍とか武士とか言っていたし、結構上の方だったのかな?」
「だった……というならば正しいな。既に武士という階級からは降りた身。しがない浪人に御座る」
「違うのにブシドーってのを掲げてるの?」
「ウム。己に課す事で道を間違わぬようにする信条。己を律する事柄だ」
「へえ。深く考えているんだね」
拙者の国に置いての役職としての武士ではないが、武士道は変わらず掲げる。
未練がましいと思われるやもしれぬが、それをする事で拙者は真っ直ぐに進める。
掲げる武士道に恥じる行いはせぬ所存。
「ブシドーかぁ。私もなんかそれっぽいの考えてみようかな。己を律する為の信条……何かイイね」
「掲げるだけならば自由よ。それを如何にして突き通すか、己の精神力が問われるというもの」
「座右の銘みたいなものだね。私っぽいのはなんだろう……」
「そのうち決めれば良い。拙者は如何なる時もヴェネレ殿に付き添い申す」
「え!? それってもはやプロポ……っ何でもない。そうだね。そのうち考えておくよ」
どうやらヴェネレ殿も何かしらの信条を掲げる様子。
拙者にそれを拒む理由も無い。ヴェネレ殿の好きなようにするのが一番で御座る。
「次の部屋は──」
それから、様々な部屋を見て回った。
ばるこにーと言う露台のような場所。そこでもぱーてーを行うらしい。
そして大広間や各種の部屋。寝室に執務室、書斎等々。
大広間などは通る頻度は高いやも知れぬが、自室がある故書斎や寝室に立ち寄る事は滅多に無かろう。あるとすれば敵に攻め込まれた時、安否確認の為に城を見渡す為くらいだ。
「これで一通りは見たかな。後は街の方の案内もしたいけど、もう日も暮れちゃったしまた明日でいいかな? キエモン」
「構わぬ。城下町にも利用する商店はあると思うが、何も今すぐ必要ではない。この通り刀も入手したからの。それより昼間から何も食していない故、腹が減った。食堂に行けば食事があるのか?」
「あると思うよ。そろそろ騎士達の夕食の時間だからね。ちゃんと人数分……なんならそれ以上の食事が用意されているから」
「忝ない。では、ヴェネレ殿。これにて失礼する。また後で会おう」
「え? キエモン一人で行くの?」
「ウム。姫君であらせられるヴェネレ殿は拙者らとは違う物を食すのが普通であろう。御付きの者に毒味をさせ、確かな安全を得られなければ食事も儘ならぬ筈」
「そんなに殺伐としてないよ……キエモンの国って、黄金の国と言われていたみたいだから夢みたいな場所って思ってたけど……そんな危険な国だったの……?」
「殿や姫君はそうであった。国取りを狙う者も少なくはなく、常に用心せねば生活も送れぬ」
「へ、へえ……」
何やら引き攣った面持ちとなるヴェネレ殿。
はて、拙者は常識を説いたに過ぎぬが何うされたのであろうか。
殺伐としていないと言う言葉からするに、この国ではそれ程警戒する必要が無いのかも知れぬ。確かにあの主君ならば反乱が起こる事もそうそう無かろう。
「では、これにて御免」
「あ、ちょっと……私はキエモンと一緒でも良かったのに……」
何かを小声で呟いたが、よく聞こえなかった。立ち止まって小首を傾げるが、ヴェネレ殿は慌てたようにこの場を去る。
フム、おそらくヴェネレ殿もまた後で的な事を言ったのだろう。
案内されたので道は分かる。拙者は食堂へと向かい行く。
*****
「フム、大分混雑としておるな」
時刻が時刻だからか、食堂は大勢の人々で溢れ返っていた。
裕福な国らしくすぐに食料が尽きる事は無いようであるが、そうであっても拙者の分が残らぬのではないかと思うてしまう程の勢いに御座る。
「参ったな。割り込んで貰うのも忍びない」
「む? キエモンじゃないか」
「……! マルテ殿」
悩んでいると、マルテ殿が話り掛けて来た。
拙者はそちらを見、其の姿を視界に収める。
「マルテ殿も夕餉で御座るか?」
「ゆーげ? まあ、夕食だな。食堂は朝、昼、夕、夜中の決まった時間に開いていて、この時間帯に私はよく来るんだ」
「それは良かった。実は拙者、これ程の人々が建物内に集まる光景をあまり見た事が無く、どうしようものかと路頭に迷って御座った。作法をお教え願いたい」
「フフ、その気持ちも分からなくはない。良い事なのだが、この国の騎士達は活気に溢れているからな。気圧されるのも頷ける。……良し、では付いて来てくれ。人の波を越えるぞ」
「御意」
マルテ殿が来てくれて助かった。これで何とか食事にありつける。
然れどこの神妙な面持ち。配膳に辿り着くまで幾多の苦難が待ち受けているのであろう。拙者も覚悟を決めるとするか。
「一見すればバラバラに見える人の流れ。しかし目を凝らせば必ず一直線に連なる隙間が見える。それを捉え、一気に突き抜けるのがコツだ」
「成る程。ある種の立ち合いも同義に御座るか」
人の動きを読み、見切り、突き行く。
それがこの波を越える鍵となりうる事柄。拙者は集中を高め、人々の動きを読み取った。
「見えた。マルテ殿。此方に御座る!」
「うおっと!? キエモン!?」
手を引き、疾風の如く一気に駆け抜ける。
縫うように人々の隙間を掻い潜り、先頭へと乗り出した。
「ようこそー! シチューにステーキ! パンを主食に色々あるよー!」
「今だキエモン! 注文を!」
「承知。では──」
「……キエモン?」
「ど、何の皿にあるのが何なのか分からぬ……しちゅう? すてえき? 何とも奇っ怪な名を持つ食物よ……!」
「……!?」
拙者の言葉を聞き、何故かマルテ殿はズルッと足を滑らせる。
その手を引いて転ぶのを阻止し、彼女は口を開いた。
「……っととと、思わず足が滑ってしまったよ。こんな所で転んだらただでは済まないな。そうか。知らないか。仕方無い。ではキエモン。私のと同じで良いか?」
「ウム。この際この国の料理に詳しきマルテ殿に頼み申す」
「任せろ」
パンはヴェネレ殿に教わり知ったが、他の名が理解出来なかった。
致し方無くマルテ殿にお頼み申し、サッと注文して終わらせた。
「何とも素早き対応。流石に御座るな。マルテ殿」
「まさか食事を頼んだだけでこうも称賛されるとはな。一周回ってバカにされているようにも聞こえる……そんなつもりが無いのは分かっているのだが……」
「む? 気に障ってしまったか?」
「いや、キエモンが気にする程の事じゃない。あくまで個人的感想だ。他の者達には当然の事をして褒められるのが嬉しいという輩も居よう。私はそうでなかっただけだ」
機嫌を損ねてしまったかと懸念したが、怒っては無き様子。
それならば良かった。
拙者らは皿を持ち、食堂から少し出てばるこにーとやらに来た。夜風が涼しくある。
「ここは私のお気に入りの食事スポットだ。高さ的に虫はあまり来ず、夏ならば夜風も涼しく冬ならば空が美しい。夏空も美しいがな。しかし他の者達は来ない。良い場所だろう?」
「ああ、良き場所に御座る。城下町の明かりがもう一つの星空を作り出しているかの如く様。気に入った」
「お、意外とロマンチストだな。そんな事も言えるのか。フフ、君がこの景色を気に入ったように、私は君を気に入ったよ。キエモン」
「良い評価を得られたのならば何より。拙者は思った事を口に出しただけに過ぎぬからの」
「フッ、そうか」
マルテ殿に勧められたこの場所。絶景とも言える風景が広がっており一句詠じたいが、拙者の才能の無さを思い出して留まる。
それはそうと良き場所よ。
「して、これらの食物は興味深い。麦からなるパンに生き物の肉類。そして汁物と野菜。量はあるが、安定した良い食事だ。肉はあまり口にせぬがな」
「良いんだが、肉はあまり食べないのか。意外だな。嫌いなのか?」
「そうではない。拙者の国で動物の肉は不純な物として扱っており、その感性が此処に出ただけに御座る。元より拙者、肉類を食す事に少々憧れも抱いていた」
「それは良かった。不純なんかじゃない。自分の血となり肉となり、確かな力となる。もしや、キエモンの身長が平均より低いのも肉を食べなかったからではないか?」
「成る程。拙者の認識は誤っていたという事か。身長が伸びれば一寸先の敵に攻撃が届くやもしれぬ。ほんの少しの差も戦いに置いては重要故、これからも拙者は肉を頂くとしよう」
「フッ、見映えとかではなく戦闘に置ける有利不利で物事を考えるか。そう言うところも嫌いじゃない」
魚などは頂いていたが、動物は食べていなかった。
どうやらそれらには良き効果があるらしく、マルテ殿が嘘を吐く様子もないので肉体作りに精進致そう。
「では、早速食すとしよう。ここは心地好いが、折角の料理が冷めてしまう」
「そうで御座るな。作ってくれた方に感謝し、食物に感謝し、いただき候」
「……? 両手を合わせて何をしているんだ? キエモン」
「食前の挨拶に御座る。拙者らの為に死し、命を捧げるこの者達への感謝の意を示しているのだ」
「食べ物に感謝……その発想は無かったな。私達は居るかも分からぬ神に感謝して日々を生きているが、食べ物その物に感謝の意を伝える。そんなものもあるのか」
食前の挨拶。拙者の国ではそう言った作法があるが、この国ではそう言ったモノは無い様子。
代わりに神仏へ感謝して過ごすとの事。国が違えば文化も違う。然し感謝するという行為に違い無し。それは何とも良き事かな。
「フフ、ならば私も食物へ感謝しよう。いただき候……は私が言うと違和感があるな。いただき……いただき……よし、いただきます。……これだ!」
「良き言葉であるな。マルテ殿。では召し上がるとしよう」
「ああ、キエモン」
マルテ殿の様子を窺い、食べ方を学ぶ。
フム、パンとやらは素手で頂くのか。握り飯と同じような感覚に御座るな。
して“しちゅー”は“すぷーん”と言われる匙を使うようだ。汁物を掬うのには長けており、拙者の国でもあらゆる用途で使われた代物。
米や味噌汁。漬物や焼き魚とも違う食事。少々味は濃いが、中々に旨きものよ。
鬼退治を終えた夜、拙者はマルテ殿と共に食事を頂戴した。




