其の佰肆拾肆 星の国への道中
──“星の国、スター・セイズ・ルーン、近隣”。
朝に出発してから半日後、少々急ぎで行き、星の国の近くまでやって来た。
隣国というのもあって本来なら数日は掛かるが、拙者が駆け抜けヴェネレ殿らが箒で飛ばしたのもあり今日中に辿り着けた。
この者達が拙者を勧誘に来て二、三日。連行して帰ってくるには丁度良い頃合いだろう。
「然し今日はまた日も暮れた。野宿とし、明日改めて星の国へと入ろうか」
「そうだね。まだ国境付近だけど、どんな罠が仕掛けられているか分からないもん。明るくなってから向かった方が良いかな」
「賛成……」
「なんじゃ。まだ入らぬか。仕方無いのぅ」
既に夕暮れ。数日掛かるところを此処まで短縮出来たのは十分早いが、それでも遠くある。
気付かれる訳にもいかぬので焚き火もせず、持ってきた保存食にて夕食を終わらせる。
「うーん……ずっとほうきに乗りっぱなしだったから疲れたー……お風呂入りたーい……」
「無茶を言う。火など使ったら巡回の者に見つかるだろうて」
「良いんじゃないのー? だって捕まるのが目的だし」
「今見つかっては色々と都合が合わなくなる。打ち合わせ通り進めようぞ」
「それは分かってるけどさぁ」
食事は良しとして、ヴェネレ殿は風呂に入りたがっていた。
見てみればセレーネ殿とサン殿もその素振りから湯浴みをしたいのが伝わる。
然しどうするべきか。火は使えぬぞ……いや、こんな事は出来るだろうか。
「なれば体内で掛け合わせ、明かりを出さずに湯のみを放出する事は出来ぬか? 火と水が使えるのならその場で湯を生み出す事も可能に御座ろう」
「うっ……炎魔法と水魔法の掛け合わせ……水魔法の……」
「……?」
何やらばつが悪そうな雰囲気。
はて、一体何事か。
拙者が疑問に思うようヴェネレ殿を見ていると、彼女はセレーネ殿とサン殿の様子を確認した後耳打ちする。
「キエモン……私……実は水魔法を使えないの……それどころか使える属性は火だけで……」
「フム、そうに御座ったか。なれば致し方無し。態々聞こえぬ声で話すという事は知られたくない事なのだろう」
「うん……魔法が一種類だけなのはちょっとアレだからね……」
「別に構わぬと思うが、世間体というものはそれを許してくれぬのだろう。世知辛いの」
「本当にね……」
自嘲的に笑い、星空を見上げる。
そんなヴェネレ殿と拙者を見、セレーネ殿とサン殿が覗き込むように話す。
「どうしたのじゃ? 二人ともそんなにくっ付いて」
「なんかいやらしい……」
「え!?」
「いやらしいとは失敬だの。何もしておらぬと言うに」
一体何がやらしいのか。確かに今現在のヴェネレ殿は拙者の近くに居るが、単なる耳打ち。
何も他意は無かろうて。
「ふっ、一体彼女らは何を申されているのだろうの。ヴェネレ殿」
「う、うん……(そう言えばスゴく近い……! これってもうキスの一歩手前くらいの位置に居るじゃん!? はわわ……恥ずかしくなってきた……!)」
何故か紅潮し、相槌のみを返す。
時折見せるこの表情。サン殿は何かを察したように拙者の方を見る。
「なるほどのー。やはり主はそういうタイプの人間じゃな。あからさまと言うに、彼女の気持ちに応えてやらねば離れていってしまうぞ?」
「あからさま? ヴェネレ殿の気持ち? フム、ヴェネレ殿。主は拙者へ何か思っている事があるのか?」
「え!? いや……その……頼もしいなとか一緒に居て安心するとか……ちょっと抜けてる所もあるけど……そこも可愛いとか……って、なに言っちゃってるんだろう私……!?」
わたわたと手を動かし、必死になって拙者へ話す。
要約すると頼もしく、安心し、抜けてる方面も悪いとは思っていない。
つまり結論、
「ヴェネレ殿。主は拙者は事を」
「……! あ、いや……その……」
「実の兄のように思ってくれているという事に御座るな」
「私は……って、え?」
父も母も亡く、兄弟もおらぬ彼女。故に拙者へ親愛のような感情を向けておるのだろう。
だからこそよそよそしかった。合点がいく。
「甘えたい年頃なのだろう。その気持ちも分かる。遠慮するでない。拙者……」
「ち、違うよ……! バカ!」
「……!」
「もう……キエモンってば……」
どうやら拙者は大きな勘違いをしていたらしい。うつけと言われてしまった。
女子の心持ちは分からぬな。胸の内の何かが引っ掛かるが、気にしてはならぬ。
横ではサン殿が眉を顰める呆れた表情で見ていた。
「なるほどの。三角関係だけでは無さそうじゃ。エルミスにもその様な雰囲気が見受けられた。他にも居るかもしれぬ。誑しよの。キエモン」
「サン殿も失礼な事を申される。前にも同じような事を言われたの。拙者、ヴェネレ殿らを嘲たりせぬぞ」
拙者の何処が誑しなのか。理解し難き所存。
ふとヴェネレ殿を見ると何か言いたげな様子でそっぽを向いた。
「うーむ……難儀な」
「大丈夫……私は鬼右衛門と居るから……」
「わ、私も居るは居るよ。ただ……っ。なんでもない!」
嫌われている訳ではないようだが、不快な思いはさせてしまったか。
これからもまだまだ他人の気持ちなどを理解する力を付けねばな。
「と、取り敢えず今はお風呂だね。キエモンのアイデアは良さそうだから……水魔法を使えそうなのはこの人達かな……今の状態で出来るかな……」
「「「「「…………」」」」」
そう言い、拙者らを捕らえた星の国の者達へ視線を向ける。
今回の作戦上、エスパシオ殿とミル殿の元此奴らは従順となっておる。故に湯を出す手伝いくらいはしてくれよう。
だが、複雑な事は難しいやもしれぬな。今現在の此奴らに自我は無いからの。
それにつき、サン殿が挙手して跳ねる。
「だったら妾がやりたいぞ! 最近は魔力の制御訓練を積んでいるからな! 基本のエレメントなら初級程度使える!」
「スゴいね。サンちゃん。少し前まで魔力の操作も覚束無かったのにもう初級魔法を使えるようになったなんて」
「ふふん! これこそ妾の才能のたわ物よ!」
「賜物じゃないかな……けど、本当にスゴいよ」
サン殿は“シャラン・トリュ・ウェーテ”で己を鍛え、簡単な魔法は会得した。
なので湯を出せると豪語する。
事実、日に日に能力は高まっておるのは見ての通り。説得力も生まれるというもの。
然し、問題はまた別にある。仮に魔力の調整を誤ればその気配から感付かれる可能性も高いという事。はてさて、それについては大丈夫か。
「──“ホットウォーター”!」
「……!」
そう懸念していた矢先、既にサン殿は湯を出していた。
そして懸念は杞憂に終わる。予想よりも遥かに彼女の成長速度が早く、既に余分な魔力を体外に漏らさぬようになっている。拙者に魔力の気配は掴めぬが、ヴェネレ殿が何の反応も示していないのを見るにそうなのだろう。
「スゴいねサンちゃん! お湯がどんどん出てくる!」
「えへへ。そうじゃろ!」
と言うても、魔術に対する喜びの反応は示していたがの。
それは何よりだ。サン殿も誇らしげに胸を張り、人の気配がないのを確認して簡単な湯船を組み立てる。
「キエモンは一緒に入らぬのかー?」
「キエモンも来れば良いのに……」
「セレーネ殿には前にも申したであろう。拙者は別に構わぬのだが、ヴェネレ殿の感性で言えば男女は共に風呂には入らぬらしい」
「そうだよ。……まあ、キエモンなら間違いが起きる事は無いと思うけど、私個人が恥ずかしいし……」
今回も拙者は見張り。前述したように人の気配は無く、捕虜達も勝手な行動は出来ぬようになっているので殆ど必要無いが、念の為に御座る。
無論ヴェネレ殿の望むように背は向けており、そちら側を見はせぬが。
その後女子達の入浴が終わって拙者も汗を流し、夜が更け朝となった。
「キエモン。お主、朝までずっと見張りをしていたのか?」
「ウム。大した事ではない。戦場では日夜問わず気の休まる時がないからの。数日は不眠不休で行動出来るよう鍛えてある」
「なにっ? 鍛える事でそうなれるのか!?」
「そうよの。眠くても眠らず、休みたくても休まず己に言い聞かせるだけだ」
「なるほどの……」
「サンちゃん……多分それキエモン特有な感じだから真に受けちゃダメ……」
ヴェネレ殿の意見も一理ある。休みがなければ効率も悪くなるからの。
拙者の場合、必要とあらば不眠不休で活動するが基本的に休みは重要視しておる。
斯様な雑談を述べつつ門前へと行き、拙者らは直ぐに外せる手錠を着けた。
この手錠は全員が繋がっているが、今回の案に必要なやり方に御座る。
「例ノ者達ヲ捕ラえて来まシた……」
「うむ、ご苦労。……少し様子が変だな。念の為に催眠魔法や洗脳されていないかを確認する」
「あア……。……よろしく頼む。確認は重要だからな」
危のう御座った。
慣れぬの、魔法による術の更なる操作は。
エスパシオ殿の案。それは暗示を掛け、国へと侵入する事。
ただの暗示では気付かれてしまうが為、拙者らにも魔法を掛けておる。それによって催眠を明かされぬようになっているのだ。
然しその分拙者らへ負担も掛かる。
二重の催眠なので操り人は自分達。拙者にも少しの魔力が譲渡され、一人を操っておる。
残りの四人はヴェネレ殿が二人。セレーネ殿とサン殿で一人ずつという形。
今着けている手錠は魔力を通しやすくなっており、拙者は直ぐ後ろに繋がれているヴェネレ殿から魔力を貰っているのだ。
「……洗脳はされて無さそうだ。このキエモンと言う男は強者らしいからな。捕獲するのに疲れたのだろう」
「ああ。誠にお疲れにあった」
「……? なんだその変な話し方」
「……。見ての通りの疲労具合。呂律も儘ならなくてな」
「そうか。ならいつまでも引き止めるのは悪い。通れ、お前ら」
「「「「「はっ……」」」」」
また誤る所に御座った。
思考を魔力で介して音を発する。何度か話し方の練習はしたのだが、予想以上に難しかったの。
長年染み付いた思考と話し方はそうそう変わらぬよ。
何にせよ、拙者らは星の国“スター・セイズ・ルーン”へと足を踏み込むのであった。




