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其の佰参拾玖 刀の受け取り

 ──“裏側”。


「店主。例の物を」

「はいよ。キエモンさん。直した刀だ!」

「おお、遂に打刀が戻ってきたぞ!」


 サン殿らが表側に来てから更に数週間後、丁度刀の受け取り日だった拙者はそれを取りに裏側へと来ていた。

 今回の景色は刀の刃を表すかの如く、漆黒の空と白銀の世界に御座った。

 裏側の存在も拙者を祝福してくれているので御座ろう。単なる偶然であってもそう思う事とする。


「抜いて見ても?」


「構わないさ。元々アンタの持ち物だ。あ、一応危険ではあるから気を付けてくれ。キエモンさんに限ってそんな心配は無いと思うけど」


「では、失礼して」


 スッと刀を上げ、ゆっくりと抜く。

 日の光に照らされる銀色の直刃。ほんの数週間だが、既に懐かしき感覚よ。

 素振りをしたいところだが、店主の言うようにこれは紛れもない凶器。此処は人通りも多く危険も多い。それはやめておこう。


「見事な腕前よ。折れていた刃が元通りだ」


「それもこれも、キエモンさんが小槌を取り戻してくれたお陰だ。材料になる頑丈かつ柔軟な金属。そしてそれを一気に溶かせる熱量。両立させるには小槌が不可欠だったからな。前より強靭で柔らかく、軽い刀になったと思うぜ」


「流石だの。拙者の故郷にも名だたる名鍛冶師は居るが、主もそれに連なろう」


「ハハ、褒めてくれるのは嬉しいが、小槌ありきの腕前だ。過大評価さ」


「いや、ただ鉄を生み出し、熱で溶かせば良い訳でもない。刀鍛冶職人程詳しくないが、それを遂行出来る主は凄腕よ」


「ハッハッハ。んなら、素直に受け取っておくか!」


 刀匠が打ち、鍛え、直す。

 それに伴い、道具は重要となろう。店主が卑下しようと彼の腕前あってこその修繕。褒め言葉に他意は無い。


「では、これにて御免」

「おう。また利用してくれよ!」


 お代は小槌との取引で無し。これ程の刀を二度もタダで手に入れられるとはの。

 あの邪悪、サクはこれを捨てた刀と言っていたが、なんと勿体無い。

 その様な事を考えつつ、“シャラン・トリュ・ウェーテ”への帰路に付く。


「──……先と景色は変わらぬ。白銀の世界だが……そこへ入り込む不逞ふていやからが一つ。一体何用だ?」


「不逞……か。別にここはアナタの私有地では無いだろう。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士。それに、別に目的は戦闘じゃない。スカウトだ」


「すかうと? 確か……他の場所から引き込む行為の事であったな。なれば断ろう。主が何処の誰かは存ぜぬが、拙者の居場所はもう決まっている」


「そうか。残念だ」


 現れた、謎の外套を羽織った者。

 曰く、拙者を引き入れる事が目的で此処まで来た。

 なんともまあ、無粋な奴だろう。移り変わる美しき裏側の景色が台無しだ。


「断られたのなら、無理矢理にでも連れて来いと言う命令が出ている」


「だろうの。戦闘が目的ではないと言っておきながら、殺気は隠せておらん。断られる前提で動き、拉致が真の目的に御座ろう」


「ああ。有望な存在の噂はかねてより聞いていた。我らはそう言った戦力を集めている。その選定にお前は合格した」


「余計なお世話だ。勝手に選定し、勝手に引き抜く。誠に勝手な輩よの」


 外套の者は杖を構え、臨戦態勢に入る。

 腕には星を象った金属の輪を嵌めており、その輪が光を放つ。何かしらの魔道具に御座ろうか。

 何にしても厄介な事になるよりも前に斬り伏せたいところだ。


「まずは小手調べだ」

「……」


 踏み込み、加速。

 かなりの速さよの。生身でありながら馬よりも速い。まだ何の魔法も使っておらんが、身体能力が著しく高まっておられる。

 外套の者は急停止して振り返り、拙者を翻弄するかの如く周囲を回る。


「この私を見つけられるかな。このまま紛れ、一方的に甚振いたぶってくれよう!」

「…………」


 足元の雪を撒き散らし、雪煙を巻き上げて身を隠す。

 フム、参ったの。


(貰った──)

「………」

「……!?」


 死角から狙いを付け、飛び掛かってきたこの者を鞘にて打ち倒した。

 誠に参ったの。少々寒い。もうちっと厚着をしてくるので御座った。


「さて、此奴は何者か。動きは素人程ではないにせよ、攻め慣れていない感じに御座った。単純な手法と単純な狙い。拙者どころか他の隊長格にも通じなかろう」


 既に意識を失っている為、返答は無い。

 しゃがんでその者の腕を見、輪っかを調べてみる。

 これが光ってからこの者の動きが速くなったの。一体なんのカラクリに御座ろうか。


「“インパクト”」

「……!」


 直後、横から衝撃波が降り掛かり、拙者は倒れていた外套の者を連れて飛び退く。

 今の攻撃。この者の始末を兼ねたモノであったな。即ち口封じ。

 何処ぞの組織が今回の敵と考えて良さそうだ。それに加え、先は他の者の気配など無かったが、気付いたら何人かに囲まれておる。さながらその場に突然現れたかの如き様。

 何者なのか、皆目見当も付かぬな。


かわしたか。そして自分を拉致しようとした者を助ける。こんなに甘い奴が果たして戦力になるのか悩みどころだ」


「文句を言うな。戦力集めが今回の目的。情など後で削ぎ落とせば良い」


「そうだな。今現在の時点での在り方は後でどうとでもなる」


 仲間なども不要とあらば即座に切り捨てるような者達。

 拙者とは合わぬな。さてこの人数。新調した刀を試す……必要は無いの。この様な輩であれ、まだ拙者の前では誰も殺めておらぬ。生かして捕らえ、事情を聞くのが手っ取り早かろう。

 此処であっても“シャラン・トリュ・ウェーテ”までは些か距離があるが、気絶の加減によって時間は稼げる。


「お話の所悪いが、主ら全員、この場で打ち仕留める所存。悪しからず」


「舐められたモノだ」

「そこに転がる雑魚と一緒にするな」

「そいつは我らの中でも最弱……」

「お前如きにやられるなど面汚しよ」


 正面から向かってきた彼奴が最弱か。

 否定はせぬが、仲間内で優劣を付けるなど余裕の無い者達なのだな。仲間に必要なモノは強さだけでは御座らんと言うに。拙者の場合、強さは二の次。とことん気が合わぬ者達よの。


「詠唱簡略。“火炎放射”」

「“雷撃一閃”」

「“ショック”」

「“ショット”」


「……」


 彼奴らも腕輪を付けており、それが一瞬光った後にその魔法を放っている。

 杖も携えてはいるが、それとは別の役割を担っているようだの。

 炎と霆。二つの衝撃波。四つの力によって白銀の雪が舞い上がり、消失して消え去る。辺りには温度差による霧が生まれていた。

 威力も範囲も高いの。


「さて、態々(わざわざ)ウエがスカウトする程の人材。この程度で終わりは無いだろう。皆、警戒を怠るな」


「理解している」


 隊長と思しき外套の者が指示を出し、他の者達は腕輪を地面に当てた。

 その直後、


「……!? もう来てる!?」

「なにっ!?」


 やりおるの。気配は完全に隠し、足跡なども残さなかったのだが気付かれた。

 腕輪を地面に当てると言う、一見無意味な所作。それが拙者の居場所を突き止める何かとなったのだろうか。

 まあ、既に数人は打ち倒せたが。


「「…………!」」

「クソッ!」

「報告が遅れた……!」


 まだ数は残っておる。と言うてももう二人しかおらぬがな。

 その二人は背中合わせとなって杖を構え、腕輪を光らせた。


「この雪は邪魔だ! “火炎広域”!」


 白銀の美しき景色を焼き消し、蒸発させる。

 広範囲の炎魔法よの。地表の白無垢の如き雪化粧を消し去るとは無粋な。お色直しも大変と言うに。

 消え去った事によって白煙が辺りに漂う。今の時点でも此処は拙者の管轄かんかつだが、却って己らの首を絞めてなかろうか。


「水蒸気を伝い、“伝達電流”」

「………」


 一瞬輝き、雷撃が霧を伝って迸る。

 霧も水分。雷は水をよく通るらしいの。それによって全方位の攻守を担えると言う魂胆に御座るか。

 然し避けられぬ事もない。要するに全方位が覆われているという事。此れ即ち、拙者に触れる部分を切り離せば良い訳だからの。

 狙いを定めている分、雷を纏ったリュゼ殿の相手をする方が難しかろう。フッ、奴等如きと比べるのも失礼よの。


「ぐはっ……!?」

「……! まさか、あの雷撃の中を……!?」


 より電力の強い方に居る。気配も相まり、目を綴じていても倒せよう。

 残るは一人。今のところ炎魔法を多く使っているが、一つの系統しか扱えぬという事も無かろう。

 さて、どう出るか。


「クソッ……こうなったら……──“星の」

「打ち当て、御免」

「──っ」


 相手がどう出たとしても、やられる前にやるのが得策。魔法は中々の強さに御座るが、高く見積もって平均的騎士隊長程だろう。

 有象無象よりかは手強いが、特に苦戦はせぬ。


「さて、此奴ら全員を運ぶのは骨が折れるの。持てなくはないが、人の形は複雑。上手く重ねねば崩れ落ちてしまう」


 積み重ね、崩れぬよう気を付けつつこの者達を纏めて運ぶ。

 結果的にこの者らが雪を溶かし、歩きやすくはなったが、そもそも現れなければこの様な苦労もせなんだ。面倒事が起きそうよの。

 そのまま裏側を抜け、表側の地上へと戻った。



*****



 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。


「……あ、キエモン!」

「む? ヴェネレ殿。態々(わざわざ)出迎えてくれるとは。主も忙しかろうに」

「アハハ、実は報告があってね……で、そこの人達は?」

「うむ。此方も色々と報告がある」


 国に着くや否や、拙者とヴェネレ殿がバッタリと出会でくわした。

 何やら報告があるらしく、拙者が捕らえた者達関連の手続きの間に話した。


「……実は、セレーネちゃんの記憶が戻ったかもしれないの……!」

「なんと……! 彼女の記憶がか……!?」


 その情報は誠に大きなモノに御座った。

 それは月に関する大きな手掛かりとなろう。加え、魔族の者達からもセレーネ殿が何かしらの鍵となる事も聞いた。

 彼女の存在が世界の今後を左右すると言っても過言では御座らん。


「うん。それでその事を知っている私とミルちゃん、セレーネちゃんはキエモンに会ったら連絡するように話していたんだけど……まさか私が呼び出された所にキエモンが居るなんてね。あ、記憶の思い出し方は曖昧だったから知っているのはさっき言った私達だけだよ」


 元より知っているのは三人だけ。その上で拙者にのみ話そうとしていたようだ。

 記憶の思い出し方が曖昧とは何の事か分からぬが、そう言った事情なら納得はしよう。

 ヴェネレ殿は改めて倒れている者達を指し示した。


「えーとそれで……その人達はなんなの?」


 警務の方々に明け渡し、調べられている者達。

 今度は拙者が事情を話さねばな。


「襲撃を受けた。故に迎え撃った次第。何やら拙者を勧誘するつもりだったらしいが、詳しい事情を聞くよりも前に仕掛けて来たので打ち倒した次第よ」


「なるほど……怪我は……無さそうだね。キエモンを勧誘って何にだろう……」


「さあの。拙者も聞いたが、何処の国の差し金などは分からなかった。ああそれと、腕輪型の魔道具を身に付けていた。あれによって魔法に何かしらの影響を与えていたな」


「影響?」

「うむ。単純な身体能力の強化から魔力の増強。そう言った力が感じ取れた。逆もまた然り、だがの」

「魔力強化か魔力制御の魔道具なのかな……」

「可能性はあるの。今は解析班が調べておる」


 拙者が見たのは正面から真っ直ぐ向かってきた馬よりも速い兵。そして周囲に影響を及ぼす魔法。

 あれが素よりも強いのか弱いのか。いずれにしても魔力に何らかの影響を与える道具に御座ろう。本人達に聞かねば推測の段階は抜けぬ。


「それじゃ、セレーネちゃんの記憶。キエモンを襲ったこの人達。この二つについて今からお城で話そっか」


「そうよの。奴等は如何致す?」


「取り敢えず収容かな。道具類は取り上げて、気付いたら尋問って感じ」


「フム、起きたら命をなげうつ可能性もある。舌などを噛まれぬよう注意を払っていた方が良いぞ」


「確かに……どういうタイプの人かは分からないけど、自害する可能性もあるもんね。うん、考慮しておくよ」


 捕らえた者達の扱いも決まった。後は奴等とセレーネ殿の記憶について詳しい話し合いよの。

 打刀を受け取った今日、まだ昼前だが、早速色々な事が起こりうる気配があった。

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