其の佰参拾陸 決闘
「決闘じゃーッ!」
「いや、それもう聞いたから……」
改めて叫び、ミル殿は呆れたように制する。
こうして見るとミル殿の方が些か大人よの。まあ、初対面時の彼女はサン殿に近しかったが。
サン殿の挑戦に対し、彼女は言葉を続ける。
「なんでわざわざ私達が戦わなきゃならないの?」
「それは主が妾と同年代で、才能に溢れているからじゃ!」
「いや、よく分かんないから……戦う理由を聞いて同じ人間だからって返されるくらい分からない」
「妾は魔族じゃ!」
「そうじゃなくて……」
サン殿が好戦的なのはそうだが、今回は個人的な事情で挑んでいる様子。
やはり同年代の友や知り合いが居なかった為、ある種の特別視をしているので御座ろう。
「ちょっと、ヴェネレ様。貴女の側近が今にも戦わされそうなんだけど……」
「アハハ……そうみたいだね。けど、それもいいんじゃないかな? 本気の殺し合いとかだったら流石に止めるけど、魔族のお姫様直々の指名だし」
「ちょ、ヴェネレ……」
お仕事もぉどが為に様付けで呼んでいたが、彼女の発言によって素を見せる。
実際のところ、拙者としても今のサン殿は気掛かり。つい先日までは文字通り吹けば消えるような魔術しか使わなかったが、アスとの戦闘を経て何かを掴んだのか。潜在能力の一片だけでも出せれば良い方向へ転がる事に御座ろう。
「良いんじゃないかな? もし怪我してもエルミスちゃんが居るからね。騎士団長として興味深い」
「エスパシオさんまで……」
ヴェネレ殿へと賛同するエスパシオ殿。
彼は騎士団最強を謳っている。自分が強ければそれで良しではなく、他者を見極めて選定などもしておられるのだ。
魔族の姫君であらせられるサン殿の力は興味深かろう。そもそもを思えば魔族自体見た事のある者は少ないのだからな。
今後の成長を思い、吸収する事の出来る術も持ち合わせていよう。
「さあ、やるのじゃ! 人間よ!」
「しょうがないなぁ……何か参考になるかもしれないし、やるだけやってみるよ」
後押しもあり、ミル殿はその気になった。
元より我が儘な姫君。此方が折れなければ中々に判断も付きにくかろう。そして皆、サン殿の実力も気に掛けておられる。
そうと決まれば許可よりも前に、拙者らは城の闘技場へと向かった。
拙者個人的には許可を先にした方が良いと思うんだがの。
──“闘技場”。
「ほほう? ここが人間の国の闘技場か。殺風景な場所じゃなー」
「お言葉を。必要以上の設備は要りませんよ。魔族の姫様」
「そうか? 売店とかあった方が楽しいぞ」
「フム、闘技大会などの時にはそう言った店も出ますが、今回はそんな訳でもありませんからね」
「つまらんのぅ」
エスパシオ殿の言葉に唇を尖らせてサン殿は話す。
祭典などのいべんと事では屋台も出るが、基本的には閑散とした面持ちに御座る。
だからこそ拙者は朝に鍛練を出来たりと都合が良いのだがの。
「まあ良い。さあ、やろうぞ! 人間の娘!」
「娘って……同年代なんでしょ。貴女も」
やる気満々と言った面持ちのサン殿に、相変わらずやる気は無いミル殿。
二人は各々で位置に付き、ミル殿は杖を。サン殿は特に何も持たず臨戦態勢に入った。
「杖を使わないのが魔族のスタイルなんだ」
「杖とかは忘れたりすると大変だからの。魔術と言ってな。便利なんじゃ!」
「へえ。勉強になるなぁ」
魔術。魔法と似て非なるその力に興味を示す。他の者達も杖を使わぬ異能へ感心していた。
こう言った、杖が不慮の事故で折れてしまった場合などの為に触媒を必要とせぬ力を使えるようになるのも良いかもしれぬな。
拙者には使えぬが。
「では、主から仕掛けてみよ。妾は寛大じゃからの!」
「寛大の意味が違うと思うけど……それじゃあ遠慮なく……」
杖を振るい、ミル殿は小手調べに小さく速い火球を放出した。
それはサン殿の顔横を掠り、背後の壁に衝突する。
(微動だにしなかった……当てるつもりがないのを分かっていたのか……反応出来なかったのか……)
何かを考えているのか、ミル殿は杖を構えたまま眼鏡を上げてじっと見やる。
魔族の者達は彼女の魔法に反応を示していた。
「あの女の子……無詠唱で……人間の技術と言うより、才能と努力の賜物か」
「確かに興味深いですね。戦ってみたい」
「ああ。全くだ」
アルマ殿らにとっても経を読まぬ魔法は珍しいのだろう。戦闘意欲が前に出ているが、それはそれとして関心もありそうだ。
当のサン殿はと言うと。
「な、なんと言う力じゃ……!」
大変驚愕していた。
小手調べからなる火球。単純な力なればアスやアルマ殿らの方が上とは思うが、顔の近くを掠ったのもあって恐怖心が高まっているのだろう。
ミル殿は俄然とする。
「え? まだほんの小手調べなんだけど……」
杖を使わぬ魔族と、経を読まぬミル殿。通ずるモノがあるかと思ったが、今現在使える力の差からまだミル殿の方が遥かに優位に立っておるの。
此処からサン殿が自身の力に気付ければ良いが、昨日のように追い詰めねばならないかの。
「もしかして魔族のお姫様……弱い?」
「む? 妾弱くないもん! ちょっと驚いただけじゃ! 食らえ! 最強無敵完璧超スゴい“ファイア”!」
「ぇ……ただの火の粉……直接触ったら熱いから……えい」
懐から本を取り出し、軽く仰いで消し去る。
サン殿は更に驚愕の表情を浮かべた。
「なんじゃと……!? 妾の最強スゴく完璧な超魔術が……!」
「詠唱と呼び方変わってるし……それに、ただテキトーに言葉を紡げばスゴい魔法……じゃなくて魔術か……が使えるようになる訳じゃないよ。言ったもん勝ちの力があれば魔法や魔術が様々な形で独自に発展する訳が無いからね」
「うぅ……まさか同年代の者に言いくるめられるとは……では何をすれば良いのだ?」
成る程。魔法や魔術と言うものは経で言った通りの事が起こる訳では御座らんのか。
この半年間、てっきり言霊の類いかと思っていたが、ちゃんとした形式や成り立ちがあり、各々で発展していたらしい。奥深いの。
「何をって……もしかして姫様、貴女……今まで進んで魔術の勉強をした事がない?」
「うっ……それは……そのじゃな……」
「無いんだ……うーん、根本的な部分は魔術も魔法も同じだから、基礎を身に付ければかなり良くなると思うけど……」
「けどなんじゃ!? 勿体振らず教えてくれ!」
「……貴女の魔力がどれ程のモノなのか、イマイチ掴めないから難しいの」
「妾の魔力……」
ミル殿は、おそらく他人へ教えるのも上手い。
多くの子供達の面倒を見ていたからの。その点の分野には慣れているのだろう。
だが、だからこそ魔力の性質や総量、その他を知らぬサン殿へ教えるのは難しいとの事。
彼女が本気なれば、少なくとも拙者が今まで見てきた存在の中でも随一となろう。何かしらの切っ掛けが欲しいところよの。
「しかしじゃの……魔力が思うように出せぬのじゃ。妾とて、何もせず遊んでいた訳ではないがどうしても魔力操作が覚束ぬ」
「驚く程に少ないか、恐ろしい程に多いかのどちらかだね。やり方をレクチャーするなら、まずは体内を流れる魔力に集中するの。魔力は血液とかと同じように流れていて、血と違って傷付けずとも体外へ放出できる。基礎となる魔力操作は体内の魔力を操る事が最優先。イメージして。想像力も大事。作りたい物を考えるの」
「魔力に集中して……魔術をイメージ……作りたい物……美味しい菓子が作りたいの」
「そうじゃなくて……炎とか見た事あるでしょ? 土でも風でも水でも、見た事あるエレメントをイメージして、集中してみて」
「火を出すイメージ……魔力の形を妾の見た事あるエレメントに……」
ポウッと光を放ち、魔力が込められていく感覚が伝わる。
魔力を込めるという行為。幾度と無く見てきたが、そう言った想像力からなる物に御座ったか。
絵などと同じく、思った事を形にする。所謂魔力が墨であり、この世界が紙。そうなれば筆が杖や手のように触媒となる物か。
様々な力を使える事。上手い下手がある事。作品を作ると言う意味なればそれらにも納得よの。
「火を……」
「難しいなら単純な魔力の放出でも構わないよ。基礎の基礎。それが大事」
「ううむ、そうじゃの。まずは魔力のみを出そう!」
山や海、犬や猫を描く事がエレメントからなる魔法・魔術なら、何も考えず線を引き、殴り書きする行為が魔力の放出。
拙者は魔法や魔術は使えぬが勉強になるのう。
「おお、お主! 見よ見よ! 妾の体から魔力が……!」
「そうそう、その調子。後はそれを……うん。特に狙いを付けず放ってみて」
「良し……更に魔力を込め……!」
「……!」
込めた瞬間、凄まじき魔力の流れが闘技場全体を覆った。
いや、此処だけでは御座らんな。おそらく彼女の場所を中心に、球体のように全域へ広がっておる。おそらく外の者達もこの膨大な魔力の気配を感じている事だろう。
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
「なんだこの感じ……」
「魔力……?」
「こんなに凄まじい魔力が?」
──“フォーザ・ベアド・ブーク”。
「王! “シャラン・トリュ・ウェーテ”の方角から魔力と思しき力が……!」
「分かっておる。一体何が起きているんじゃ?」
──“海の島”。
「この力……魔族の者が……」
「“シャラン・トリュ・ウェーテ”の方から感じますね」
「遂に魔族が外に出てきたのね。城に張られた時間加速魔法が剥がれそう……」
──“フォレス・サルトゥーヤ”。
「爺さんや。今日は随分と不思議な魔力が流れているねぇ」
「そうじゃのう。婆さんや。けど温かい魔力じゃ」
「これなら安心して過ごせるねぇ」
──“エルフの里”。
「スゴい魔力の気配……何これ……」
「私よりも遥かに大きな力……」
──“スター・セイズ・ルーン、外門”。
『ガルル……』
「うん。大丈夫みたい。不思議な魔力……」
──“???”。
「……あのあそこの星から凄く凄まじい力を感じるな」
「あぁ……まあ、敵襲じゃねェなら何より。それに越した事ァねェ」
「……。何か何だか変な感じだな。いつも通りでいつもの如く、条例通りの覇気がない」
「いや、この魔力の気配がなんとなく懐かしいんだ。流石に特定は出来ねェがな」
「懐かしい気配。つまりそれは同種の気配。君が地上に置いて来た者の気配か」
「あの頃とは違ェだろ。何百年経ってると思ってんだ。ま、俺は個人でアイツらに会ったけどな。残念ながら王は死んじまってたが」
「……そうか。それはそれは残念だ」
──“闘技場”。
サン殿の魔力が何処まで広がっているのか、拙者には想像も付かぬ。
だが、魔力の気配は掴めぬ拙者が感じ取れる程のモノ。その範囲はとてつもなかろう。
フム、“とてつもない”や“凄い”など、稚拙な言葉でしか感想が言えぬな。
「後はこれを撃つのじゃな!」
「いや、ちょっと待って。そんな魔力をここで放出したら、闘技場どころか地上が──」
「えいやー!」
早く試したくてウズウズしており、忠告を聞かずにその魔力を撃ち出した。
気持ちは分からんでもない。今まで使えなかった力を使えるようになったのだからの。気持ちも先走ろう。
放たれた膨大な魔力からなる塊は更に加速して進み、
「──フム、後は力の調整を学ばねばならぬな。危険な力ぞ」
拙者が鬼神を込めた小太刀にて切り伏せた。
「キエモン!」
「なんじゃなんじゃ! 邪魔するでない!」
「いや、今の力は下手したら世界中に迷惑を掛けていたよ。キエモンが止めてくれなきゃどうなっていた事か」
「なんと!? あ、危なかったの。これから世界を見るのに世界を敵に回す訳にはいかぬ」
ミル殿が拙者の行為に対してサン殿へと説明し、彼女は納得する。
既にエスパシオ殿ら騎士団長も防御の準備はしており、闘技場が壊れる事も無く無事に済んだ。
「成る程。想像以上。これが魔族のお姫様か」
「ゲロヤバっしょ。規格外っ言ー感じ?」
「キエモンが斬ってくれた余波ですらこの威力か。……しかし、流石に我ら4人は要らなかったな」
「それはそうだけど、吹き抜ける暴風のように強い魔力だ。念を入れるのは悪くない」
誠に頼りになる者達だ。
誰か一人でも余波くらいなれば抑えられるよう。だが、危機的判断の能力は高い。咄嗟に動いたので御座ろう。
お陰で誰も傷付かず済む事が出来た。
「しかし! これで妾の偉大さが分かったの! どうじゃ人間の娘!」
「またその呼び方……私はミル=ウラーノって名前があるの。魔族のお姫様」
「だったら妾はサン=イグニス=グリモワールじゃ! よろしくの。ミル!」
「ふふ、よろしく。サン」
今の一撃により、戦闘に決着が付いたと見て良さそうよの。勝敗は分からなかったが、互いに互いを認めたようだ。
握手をし、二人はにこやかに笑う。ミル殿にもサン殿にも、同年代の友が初めて出来たと考えて良さそうだ。
「どうやら済んだのかな?」
「その様ですね。人間の姫様」
「ふふ、ここは彼女達を見習おうよ。魔族の使用人? さん。私はシュトラール=ヴェネレ。よろしくね」
「そうですね。では改めて。私はネプト=アルマ。以後お見知り置きを」
此方でもサン殿の側近であるアルマ殿とミル殿の主であるヴェネレ殿が交わす。
これにて一件落着……ではないの。後はサン殿らの正式な移住について話し合わねば。
事が済んだ拙者らは闘技場から王室へと戻るのであった。




