其の佰参拾伍 魔族、人間の国へ参る
──“シャラン・トリュ・ウェーテ、外門”。
「お帰りなさいませ。キエモン様。そちらの方々は?」
「拙者の客だ。実はかくかくしかじかで、移住先を探しておるのだ」
「成る程。裏側からの移住希望者ですか。では魔力の測定。及び審査を行った後、改めて手続きをしたいと思います」
「頼んだ」
国へ帰り、夜まで仕事をしている受付の者に事情を話す。
念の為に魔族という事は伏せ、あくまで“裏側”からの移住者という名目。
実は何人か裏側から来ている者もおり、既にこの町の住人となっている者も居るのだ。
この方法なればバレる心配は無いと思うが、後の問題は魔力量よの。
「ドキドキするの……キエモン。手を握ってくれぬか……何となく」
「構わぬ。……ふっ、アルマ殿は如何致す?」
「フフ、揶揄うな。まあ、君になら握られてやっても良いが、今は姫様のターンだ」
測定や審査の待ち時間。初めての場所で不安になったのかサン殿は拙者の手を握る。
彼女も言ったように揶揄い半分でアルマ殿も誘ってみたが、見事に断られてしまった。
兎も角、入国手続きの審査は続く。
「側近のネプト=アルマ様に使用人のお二人……三人とも凄まじい魔力量ですね。騎士に置ける副団長から団長並みです。それに主と言うサン=イグニス=グリモワール様……貴女に至っては未知数としか言えない魔力です……」
「未知数? 妾がか?」
流石の魔族。戦闘を行うアルマ殿から、おそらく比較的戦闘は行わぬであろう使用人までかなりの力を秘めておるか。
然し、肝心のサン殿は未知数。これまた難儀な。
「何故彼女は未知数なのだ?」
「はい。上昇幅が変なんです。測定の魔道具のメモリが振り切ったかと思えば急降下したり、そう思ったら平均値で止まったり……こんなに動くのは初めてです」
「成る程……」
曰く、魔力量を示す指針のようなモノが複雑に動いているとの事。
確かに初めての様式に御座ろう。これもサン殿の潜在能力の高さが起こす所業。埒が明かぬな。
「では、ヴェネレ殿へと通してくれ。拙者が事を改めて説明し、彼女に委ねる」
「成る程。以前の貴方様と同じようなやり方ですね。本来ならば規則違反ですが、貴方は信頼しております。伴った実績も御座いますから。加え、今回も催眠や幻術に掛かった形跡は無かったので、掛け合ってみましょう」
受付の者は通信の道具にてヴェネレ殿へと繋げ、概要のみを話す。
暫く会話をした後、拙者らの方を改めて見やった。
「許可が降りました。どうぞお通りくださいませ。アマガミ=キエモン様」
「忝ない」
「ええ。あ、そうです。私用ですが、今度一緒にお茶でもいかがですか?」
「そうよの。うむ、では空けておく」
「フフ、楽しみですね♪」
「では、参ろうぞ。サン殿ら」
「おお、ついに入れるのか!」
許可が降り、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の町へと入る。
これにて彼女らの魔族以外の素性は登録された。滞在の許可が降りれば出入りも自由となろう。事は順調。サン殿は興味津々に町中を見渡していた。
「おお! これが人間の国か! 人が多いのー!」
「サン殿。一応主らの種族は秘密なのだ。あまり他種族視点から話すでないぞ」
「おっと。そうじゃった」
「最悪、バレたら死にます」
「死ぬのか!?」
「死なん死なん。アルマ殿の掌で見事に転がされておるの」
「むぅ……けど、故郷とは全然違う感じが新鮮じゃあ! 賑やかじゃのー!」
目を輝かせ、町並みを拝見致す。
建物の構造などは魔族の物と大きな差違点は御座らん。故に気に掛けていたのは人の多さと賑わいを見せる雰囲気。
確かに裏側の町や魔族の集落に人は少ないからの。住む者も多く、世界的に見ても大国を謳われる“シャラン・トリュ・ウェーテ”の人々は新鮮だろう。
「お、キエモンさん。今帰ったんで?」
「ウム。ちと野暮用があってな」
「キエモンさん。お帰り~」
「ただいまに御座る」
「その子達は?」
「裏側で知り合った者達ぞ」
「手っきり隠し子かと思ったよ」
「彼女はこう見えてミル殿と同じくらい。拙者とでは年齢の辻褄が合わんよ」
「へえ。年相応って感じの子ね」
既に夜と言える時間帯だが、道行く人々は拙者へ話してくれる。
今日一日も疲れたろうに、親切な者達だ。
そんな人々を見、サン殿は拙者へと訊ねる。
「スゴい人気者じゃな。キエモン。こやつらは家臣か?」
「そんな訳無かろう。良くしてくれる町の者達だ」
「ほほう? キエモンは顔が広いのじゃな!」
「お、キエモンさん……と、可愛らしい女の子だね。キエモンさんの知り合いかい?」
「うむ! サン=イグニス=グリモワール! 妾は偉大な魔……姫じゃ! 苦しゅうない。よきにはからえ!」
「ハハハ……そう言う設定なのかな。キエモンさんみたいな言葉遣いだ」
「拙者はそんな事無かろうて」
「「「「いや?」」」」
「……。これまたなんと申すか」
話し掛けて来た者とアルマ殿。使用人二人が同時に返答する。
拙者、それ程までにサン殿と話し方が似てるだろうか。なのじゃとか言わぬがな。
ともあれ、彼女は自己紹介をしても魔族のとは言わぬように気を付けておる。これなれば問題無かろう。
「キエモン! なんじゃあの食べ物は!?」
「あれはだな──と、寄り道はせぬぞ。先を行こう」
「むぅ。もうちっと街中を探検したいのじゃ……」
「住む事になればいつでも行けよう。城には主と同年代で主よりも巧みな魔法を使える者も居るんだがなー。残念だのー」
「……! そやつが前に言っていた例の……! 急ぐぞ! 皆の者!」
ミル殿には悪いが、今のところこの国の王であるヴェネレ殿より好敵手認定されているからの。悪い言い方をすれば餌に使える。
お陰で目移りも止まり、城への興味に移行した。
「ほう。前に言っていた……楽しみだなキエモン」
「……そうで御座るな」
尤も、魔族の性質上興味が引かれるのはサン殿だけでは御座らん様子。
ミル殿。誠にすまぬ。後々面倒絡みされてしまう可能性があるが、そこは耐えて頂こう。
南無。
そんな雑談をしつつ進み、拙者らは国の城へと到達した。
「ふむ、まあまあな城じゃな。行くぞ!」
「「「はい」」」
「ちょいとお待ちを。案内は拙者が致す」
彼女らは四人とも女子。男の拙者が振り回されておるな。
然し指揮を執る能力。まだ若いサン殿にはしかと王の器があるようだ。
「鬼右衛門……お帰り……」
「セレーネ殿。ただいまお戻り致した」
入るや否や、セレーネ殿がお出迎え下さった。
連絡を入れてから待ってくれていたのだろう。帰りを待ってくれる者が居るのはいつの世も嬉しいの。
「その人達が……」
「うむ。名を──」
「サン=イグニス=グリモワールじゃ!」
「ネプト=アルマと申す」
他二人の使用人達も紹介をする。
終えたサン殿はセレーネ殿へ迫り、見上げるように訊ねる。
「主が若くして様々な魔法を使えると言う者か!?」
「ううん。私はセレーネ」
「……!」
「なんじゃ。つまらんの」
ミル殿ではないと告げられ、サン殿は退屈そうに話す。そして彼女とは裏腹にハッとするアルマ殿。
セレーネ殿の名だけは知っているからの。拙者としても懸念はあったが、今のところセレーネ殿が無事で良かった。
彼女は更に補足を加えるよう、口を開く。
「鬼右衛門は私のもの。貴女達にはあげない」
「……! なんじゃと!?」
「セレーネ殿。いきなり何を申すか」
珍しく己から火花を散らす。
拙者は誰の物でも無く、強いて言えば主君であるヴェネレ殿の目掛け……いや、それも違うの。なんであろうか。
兎も角、この場は収めねばの。
「今はヴェネレ殿に用がある。この場は離れさせて頂こう」
「……うん……。鬼右衛門は私の事好き?」
「……? また何を申されるか。好いておるに決まっておろう」
「なんと!?」
「……うん……」
誠に何が狙いか。相変わらず考えは読めぬお人よ。
隣ではサン殿が二度三度と拙者とセレーネ殿を見やり、疑問をぶつけるように訊ねた。
「お、おおお、お主ら。互いに愛し合っている、そう言う関係なのか!?」
「愛? 愛情はあるやも知れぬが、そう言う関係とはなんぞ」
「ハッ……もしやこやつ、そう言うやつか!?」
「そう言う奴とな?」
「……? 姫様。一体何をそんなに慌てて。ただ好きな人に好きと言っただけではありませんか」
「そうよの」
「やはり……アルマを含めて魔族にも多い、あからさまな好意に気付かないタイプの愚者……!」
「酷い言われ様だ」
「本当にな」
何を慌てているのか。
拙者とアルマ殿は顔を見合わせて小首を傾げ、一先ずセレーネ殿も共にヴェネレ殿の元へと向かう。
連絡は取れたが、忙しくはあると思い、話自体は早急に終わらせるか。
王室の前へと辿り着き、戸を叩いて入った。
「お戻り致した。ヴェネレ殿」
「ご苦労様。キエモン。どうだった? 刀の進展は」
「順調に御座る。して、彼女らが先の連絡にあった者達だ」
「へえ、彼女達が……それで、言われた通りミルちゃんにエルミスちゃん。ペトラちゃんにブランカちゃん。マルテさん。そしてサベルさんに……騎士団長の面々だけを集めたよ」
「忝ない」
今回集めた者達は、拙者としてより信頼出来る面子。
騎士団長は特に忙しく集まるのも苦労するが、ヴェネレ殿の権限なら数分程度の時間は作れよう。
「これだけのメンツ……全員君と親しい人だね。キエモン君。我らも暇じゃないが、見たところそれだけの話と言う訳だ」
「流石、鋭いの。エスパシオ殿」
「ハハ、からかわないでくれよ。このメンバー。サベル君以外は気付いているんじゃないかな?」
「ちょ、俺を舐め過ぎッスよ。エスパシオさん。……まあ、ここに俺が居るのは場違い感が否めないッスけど」
重要な話があるのは薄々感じ取ってくれていよう。
拙者らの会話内容から状況を把握し、アルマ殿と使用人二人が少し離れてサン殿を前に出す。
では改め、率直に申し上げるとしようか。
「今回御呼びした裏側からの移住希望者。この幼き彼女は何を隠そう、魔族の姫君に御座る」
「「「……!?」」」
辺りにどよめきが走る。
その存在、魔族すら見た事の無い者も多かろう。
流石に彼女を前に驚きが隠せず、ざわめきが会話に繋がる。
「魔族の……姫だと……!?」
「キエモン君が直々に紹介するならとんでもない爆弾とは思っていたけど……これは流石の我も予想外だ」
「チョーヤバくない!? 本当に居たんだー!」
「突風のように驚きだね」
「突発的に吹く風に対して驚くという事ですの? しかし……私驚きましたわ」
「相変わらずブランカの風通訳はスゴいなー。しっかしマジ魔族かー」
「驚きの情報ですね……」
「まさか、物語の影に隠れた種族の姫がここに来るとは……」
「魔族……本当に居たんだ……しかも私と同じくらいでお姫様……」
「俺、マジで場違いじゃね!? 単なる一騎士なんスけど!?」
誰が誰の反応か。完全には把握出来ぬな。
然しこの驚きは納得出来る。拙者とて魔族と聞いて色々と思ったからの。
ヴェネレ殿も二度三度と瞬きをし、呼吸を落ち着けて話す。
「貴女が……魔族のお姫様ですか。サン=イグニス=グリモワール様……」
「うむ! そうじゃ! 偉大なる魔族の姫であるぞ! そう言う主が人間の姫か! まだ若いのに見上げたものじゃのう!」
「いや……若さなら貴女の方が若いと思うけど……話し方以外……っと、改めなくちゃ」
「普通にして良いぞ! お互いに姫同士! 立場は対等で遠慮は要らなかろう!」
姫と聞き、身を改めたヴェネレ殿だったが、そう言った堅苦しいのを好かぬサン殿は態度を改めさせた。
分け隔てなく接するのも魔族の特徴。対等な立場で敬意を払う行為をあまりせぬのだろう。
良くも悪くも親しみやすい種族のようだ。戦闘欲以外は。
そしてサン殿は、ミル殿を視界に収めた。
「フム、主が妾と同年代で巧みな魔法を扱うと言う人間か」
「……? 同年代って言うと多分私よね。魔法は色々使えるけど……何かしら」
「──決闘じゃーッ! 主と妾、どちらがより優れた若者か、決着を付ける!」
「はい!?」
唐突な決闘宣言。拙者は頭を抱え、周りにはまたどよめきとざわめきが巻き起こる。
はてさて、本題はヴェネレ殿に許可を頂く事なのだが、上手く話が纏まるであろうか。




