其の佰参拾肆 魔族姫の提案
「や、やったの! キエモン! お主の勝利じゃ!」
「……! ……うむ、そうだの。サン殿」
己が何をしたか、その様な事は全く意に介していない様子。
いや、そもそも気付いてすらいないか。今現在此処に居る中で、あれを出来るのは拙者の見立てでは彼女だけ。加え、そのアス自身が斯様な事を申していた。
彼女の秘めたる力は一体なんぞ。拙者が知る由も無い。
「拙者の事よりもアルマ殿を。重傷だ」
「はっ、そうじゃった! 死ぬな! アルマ!」
「ハハハ……そう簡単に死にませんよ。魔族は生命力が高いですから……」
迅速な治療の効果か、アルマ殿の意識も戻った。
これもまたサン殿のお陰か。魔力の気配は分からぬが先の叫びから魔族全体の雰囲気が変わった。魔力の無い拙者でも感じ取れる程の上昇幅。治癒の魔術が大きく高まったのが分かる。
「……然し、町が大変な事になってしもうたな。建物諸々の修繕費。町を立て直すのに必要な費用もかなり掛かろう」
「ああ、その事だが大丈夫だ。知っての通り魔族は人数が少ないからな。なんなら城だけで全員暮らす事が出来る。食料なども基本的に自然のモノを使っているから、この町に町としての役割は殆ど無いんだ。強いて言えば、かつて魔族が多く居た時の名残……と言ったところか」
「成る程の。既にあの町はそう言った場所に御座ったか。にしては綺麗に町並みが残っておる」
「そう言うものなのさ。私達にも分からないが、魔族の集落は他の生き物は近付かず、経年劣化などで荒れる事もない。不思議な場所だろう?」
「そうよの。不思議な場所だ」
アルマ殿は立ち上がり、微笑みながら空を見上げて説明する。
惟れば、彼女はもう此処まで話せるようになったか。誠に驚きの回復力だ。
やはり魔族の全体的な能力が高まっておるな。
話に一区切りが付きそうなところ、サン殿が拙者の裾を引く。
「キエモン……キエモンはもう行ってしまうのか?」
「ウム。小槌は取り返したからの。後は……主ら風に言うなら人間の町へこれを返し、拙者の打刀……主体となる刀の打ち直しをするつもりだ。魔族達に頼んでも良いが、初めの約束はそこであるからの。これから復興に当たると考えて諸々の確認を終えた後、拙者も魔族達の手伝いをしよう」
「そうか。また、来てくれるのだな……しかしすぐに行ってしまうか……」
「ウム。先も告げた通り、拙者にも帰る場所があるからの」
これからの事を訊ねられ、それについて返答する。
やはりまだ幼く、寂しさがあるのだろう。拙者と言う遊び相手が去る事へ悲しみを浮かべておる。
それにつき、顔を上げて彼女は話した。
「──では、キエモン。妾も主の国へ連れていってくれないか!?」
「なんと?」
「ちょ、姫様……!?」
拙者の国。即ち裏側ではなく“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと行きたがっている。
アルマ殿は驚愕の表情を浮かべ、周りの魔族達にもざわめきが起こる。
当然であろう。これから復興が始まると言うに肝心の姫君が居なくなるのだから。
サン殿は更に言葉を綴る。
「妾はまだ復興の手伝いも出来ぬ。分かっているのじゃ。魔術を使い塾せていないと……今の時点では居ても居なくても変わらぬのじゃ。そして思うに、妾は魔族の姫としてもう少し世界を見るべきと考えておる! 世界を知る事で皆の役に立ちたいのじゃ! このまま箱入りで生涯を終えるのではなく……広い世界を見て己を鍛え直したい!」
「………」
サン殿は魔族の町。及び裏側の一部しか存じ上げていない。
彼女の知る世界はそれだけ。だからこそこの広い世界を見、己を鑑みるとの事。
世界を知るのは良い事だ。それについては拙者も賛成だが、彼女はまだ幼い。周りの者達が許してくれるかどうか。
加えて魔族の姫という事実。賛成ではあれど、拙者としても思うところがある。
これは魔族側の返答を待つべきだの。
「どうする? 姫様は本気みてェだ」
「そうね。私としては広い世界を見るのも良いとは思うけど」
「だが、やはり一国の姫。まあ、ここが国かどーかはさておき、悩みどころだな」
バスマ殿。ルナク殿。トキゾ殿がこの順で話す。
悪くはないと考えてはいるが、姫と言う立場上難しいと判断している。
やはり此処は、おそらく一番親密なアルマ殿の判断に委ねられるという事だろう。各々の視線がそちらに向いた。
彼女は腕を組み、サン殿を一瞥して言葉を発する。
「……私としても姫様が広い世界を見るのは賛成だ……しかし、やはり不安が多い。正直言って姫様は世間知らず……まあ、私達がそうさせたんだが……それを承知で行くという事ですか。姫様」
「うむ。主らが妾を大切に思ってくれているのは分かる。だが、だからこそ主らの為に世界を見たいのじゃ!」
「そうですか」
過保護だったのは本人も理解している。故のこの判断。
己の道を己で決める決断力は持ち合わせていたか。ただの箱入り娘という訳でも御座らんようだの。
なれば拙者ま彼女の意思を汲むか。
「可愛い子には旅をさせよという諺が拙者の、今住んでいる国とは違う故郷にある。誠に彼女を思うのであれば、それもまた良いのではないだろうか。アルマ殿」
「……そう……だな。本当に姫様を思うなら、そうするのが正しい選択か」
拙者はあくまで助け船を出しただけ。多くは彼女らに委ねる。
それによってどの様な行動選択を取るか、判断は彼女の仕事。
「分かった。では、姫様。キエモンの国の王から許可が降りればそこに向かいましょう」
「うむ! あれ? 向かいましょうって……主も来るのか?」
「無論です。貴女様を一人で行かせる訳にはいきませんから。表側の世界を見るとして、何人かは同行致します」
「そうか。まあいいや! 頼んだぞ。アルマ!」
「はい。姫様」
サン殿の何とも嬉しそうな表情。親しき者が共に来ると分かり、安堵の色も窺える。
大人びても子供。まああまり大人っぽくは御座らんが。兎も角、安心出来る存在が同行するなら魔族側も問題無かろう。
「これで決まったの。後は国の許可だが、拙者の主君、ヴェネレ殿なれば快く受け入れてくれよう」
「ヴェネレ……それがおんしの主か。キエモンがそう評価するのなら良き主君なのだろう」
「そうで御座るな。誠に良き主君よ」
「むぅ……良き主君なのは分かったが……何となくモヤモヤが……なんじゃこの感情は……!?」
「お疲れなのだろう。色々あったからの」
「そうかの? なんか違うような……」
身体に何らかの違和感を覚えている様子のサン殿。
これもまた増大した魔力による弊害だろうか。体調が悪い訳ではなさそうなので良しとしよう。
「して、拙者は一度戻るが……サン殿は如何する?」
「城の方で持ち物などの準備をしておく。来れるなら明日、また来てくれ」
「フム、明日ならば大丈夫そうだ。小槌を明け渡し、刀を打ち直す依頼を出す。それを惟れば何日か掛かるが、それまで暇を持て余す。刀が直るまでは騎士として任務依頼を受けたりするからの。明日此処へ来て、国へ行く者達を案内する事くらいは可能よ」
「そうか! じゃあまた明日!」
予定を思えば問題無い。
打刀を早く直したい気持ちはあるが、ただくっ付けるだけでは強度に不安が生じる。より良い刀とする為、何日かは掛かってしまうだろう。
それまでにサン殿らを迎え、ヴェネレ殿と相談する時間はある。
そうと決まれば善は急げ。明日も来る為、今日の挨拶は軽く済ませ、拙者は一度裏側の町へと戻った。
*****
──“裏側の町”。
「──取り返してきた。前より力は弱まっているかもしれぬが、間違いはない」
「そうかい。ありがとよ。長からの許可も降りている。これで炎魔法を使えばキエモンさんの刀もちゃんとした形で溶接出来そうだ」
「ウム、ではお頼み申す」
「任せとけ!」
裏側の町へ戻り、小槌を明け渡して折れた刀も渡す。
今日という日もすっかり暮れた。今夜はこの町に泊まり、明日また魔族の町へと赴いてある程度の作業を手伝った後、サン殿らと合流致そう。
その夜を過ごし、翌日拙者は魔族の町へと赴いた。
……我ながら忙しないの。
──“魔族の街”。
「サン殿。準備はよろしいか?」
「うむ! 初めての遠出じゃ! ワクワクするのう!」
「同行者はアルマ殿と使用人が二人かの」
「ああ。私達をよろしく頼む。キエモン」
「「よろしくお願いします」」
瓦礫の撤去などを手伝い、正午を回った頃合い。準備を終えたサン殿らと合流して体制が整った。
今度は礼儀作法に則った別れを告げ、拙者ら五人は先ず裏側の町へ向かう。この時点までは初めてでは無いにせよ、サン殿は楽しそうに歩いておる。
「ほほー! 見慣れた風景もこんな日だと新鮮じゃのぅ。キエモン! 良い風が吹いておる!」
「そうであるな。然し、誠に大層な荷物だ。中身はなんぞ?」
「フッフッフッ……妾の宝物とちいとばかしの金銭じゃ!」
「姫様の遊び道具と着替えや歯磨きセットetc.あとは金銭だな」
通貨は共通。故にそれと着替えなどの生活必需品。そして玩具か。子供っぽく可愛らしいの。
無一文であの国へ来た拙者も暮らせているのだ。これだけあれば十分だろう。魔法や魔術を使えば然して距離も御座らんからな。
そのまま裏側の町へと行き、正規ではない近道を通り、“シャラン・トリュ・ウェーテ”へ付いた頃にはすっかり日も暮れていた。
「おおー! ここが外の世界! 星と月がキラキラじゃのー! 心無しか空気もウマイぞー!」
「姫様。はしたないです。……だが、やはり良い場所だな。外側も。一体どの様に日々を過ごしているのか……聞けば戦争を行っている国もあると言う。私達魔族にとっては楽園だ」
「後半の部分には同意出来ぬが、それが主らの感性なのだ。何も言うまい。何より、外の景色を美しいと思える感覚があれば気も合おう」
夜は暗く、何処と無く寂しさも醸し出すが、星達と月が見下ろしてくれている。サン殿はそれを見て感動しており、アルマ殿は外の生活などを気にしていた。
他の使用人二人も興味深そうに辺りを見渡し、これから何が巻き起こるのか。そう言った思いを馳せている。
拙者と魔族の者達は、地上世界へとやって来た。




