其の佰参拾弐 邪悪な魔力
「“天昇刺突”!」
『その程度か!』
槍が天から降り、魔力による壁で防がれる。そこから反撃に転じ、鞭のような魔力がアルマ殿を狙った。
サン殿の様子も気になるが、今の状況を打開するのが先か。
「助太刀致す」
「『……!』」
鬼神混じりの小太刀を振り下ろし、敵を覆う魔力を切り伏せてアルマ殿の槍の通り道を作り出した。
「アルマ殿! 今ぞ!」
「“速槍”!」
意図を読み解き、高速の槍が隙間を抜けて突き刺さる。
見事に貫通したが、当人はなんとも御座らんようだ。
『俺の体はアイツと同じく魔力が殆どだ。クハハ、残念だったな。魔族の女ァ!』
「アイツ……いつぞやの邪悪と知り合いか。斯様な事を言っていたの」
『ああ。文献に記された呼び名は様々だが、余達が互いに呼び合っていた名は“サク”と“アス”だ。因みに余がアスの方である』
「そうか。アスとやら。主に明日はない」
『良い決め文句だ』
邪悪とこの者はサクとアス。それについては別にいい。早くに討ち、この場を収めたい所存。
狙い目は実体の無い魔力部分ではなく、実体のある箇所。拙者としては鬼神さえ纏えば斬れるので問題無い。
『それを遂行出来て初めて成り立つがな』
「遂行するのが目的よ」
魔力が飛び交い、雨のように降り注ぐ。
然し拙者の小さき体が幸いしたのか当たらぬ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると申されるが、拙者に無闇な乱射は逆効果よ。
『小さき者は弱いが、それはそれとして別ベクトルで面倒だな』
「………」
拙者を捕縛せんとばかりの魔力が網目状に連なり、隙間無く埋め立てて嗾けられる。
だが尺寸の調整が難しいのだろう。一寸ばかりの今の拙者にとってこの網目は空洞にも等しき所存。通り抜け、小さき斬撃を打ち込む。
『そんな爪楊枝みたいな剣で何が出来る!』
「楊枝を知っておるのか。アレも中々に危険ぞ」
互いに相殺し合う小太刀と魔力。やはり決定的な一撃にはならぬか。
本来の大きさですら苦戦は必至のアス。攻撃が当たり難いお陰で一方的に仕掛けられているが、彼奴の防御は尋常ではないな。
「渡り合えている……嘘じゃなかったのか。その力。“降下落突”!」
『地味にこの正確な狙いが厄介だな。魔族の女』
「少しは見直したか。別の悪魔め」
「ああ……」
槍が落ち、それを防ぐ事に気を取られて斬撃を頬に掠る。
あの頬が本物かどうかは兎も角とし、確かな傷にはなっておろう。
『だが、より厄介なのは……騎士の方だ!』
「チィ……やはり私は二の次か」
魔力を周囲に伸ばし、アルマ殿を捕縛。そのまま拙者を狙う。
攻撃ではなく捕獲が目的か? 殺める事が叶わぬから捕らえようと言う魂胆かの。寧ろその方が難しいと思うのだが。
あくまで捕獲をし、死んだらそれもまた良しと言ったところであろうか。
「何れにせよ囚われる訳にもいかぬか」
『ハッ、余の魔力からいつまで逃げられる!?』
蛇のように塒を巻き、拙者の全方位を覆う。
己が通れればそれで良い。正面を切り裂いて抜け出すが、畳み掛けるように魔力の幕が降りる。
「逃げるのではなく、押し通る」
『それもさせねェよ!』
幕が覆う度にそれを切り伏せ、脱出するが一向に収まる気配も無し。
やはりちと長さが足りぬようだ。当然の如くアスは拙者の速度に追い縋る事も適う。
故に完全に閉じ込めるまで魔力の放出は止めなかろう。アルマ殿も捕らえられたままで大変そうだからの。
「くっ……絞まる……貴様……! 魔力の拘束を解け……!」
『それだけ話せればまだまだ死ななかろう。今余は手が離せぬ。何とか自分で脱出して見せろ。魔族の女』
「くぅ……!」
アルマ殿の体が縛られ、手足と胸に胴体。全身へ魔力が食い込む。
息を荒く、顔を赤くして苦痛に悶える。精神力も強き女性だが、彼女が此処までとはの。囚われたらかなりの痛みを伴うので御座ろう。
本来なれば手足が縛り落とされてもおかしくない技と思って良さそうだ。
彼女が耐えられるのも時間の問題か。
「致し方無し。拙者は捕らえられるか」
「キエモン!?」
『ほう?』
正面の魔力を断ち、そこから狙いを済ます。
瞬時に小太刀を振るい、アルマ殿へと絡み付いた魔力の一部を切断した。
ほんの一瞬生じた拙者の隙。それによって小さき全身は魔力の中へと飲み込まれる。
「私を助ける為に……!」
『誇り高き良い騎士だ。あの魔力は胃袋も同然。ジワジワと蝕まれ、最期は消滅するだろう』
「くそっ! 私の方が役立たずではないか! 覚悟しろ……アスとやら!」
『折角助けられたと言うに、命を粗末にするな。あくまで余の目的は魔族の支配。あの姫を殺したらお前達は手駒にするつもりなんだがな。厚待遇でもてなすぞ?』
「させるか! 私達は元より戦場に生きる者! お前の好きなようにはさせぬ!」
『ううむ、もてなすと言うのは文字通り受け取ってくれて良いのだがな。本当に姫を殺すだけだ』
「それをさせないと言っているのだ!」
複数本の槍を生み出し、アスへと射出。
奴はそれを避け、拙者の入った魔力を体へ戻す。
さて、今だの。あの魔力は奴の一部と言っていた。なれば相場は決まっている。
『……!』
「……どうした? 少しは効いたか……!」
『いや……何となく腹が痛い。まさかそんな訳無ェよな……? だって数百年は小槌の中で飲まず食わずだぞ? そもそも余の肉体的構造上、腹痛など外的要因しか……』
困惑を表に見せ、独り言を呟く。
生まれてこの方腹痛になった事が御座らんのか。それは羨ましいの。なればこの痛み、より鋭くさせようぞ。
『……!? くっ、分かったぞ。この痛みの正体……! 凄まじき意思……! あの魔力空間では感覚が無くなると言うに……!』
「貴様、さっきから何を言っているんだ?」
アルマ殿が訊ねた直後、アスは体の魔力を移動させ、体外へと放出して更に山を削った。
その魔力を切り裂き、再び拙者が此処に立つ。
「キエモン! 無事だったか!」
「ウム。暗くて意識が消えかけたが、その概念を斬って意識を保った」
「……? よく分からないが、無事なんだな。良かった!」
『概念を……? つまり理屈を斬ったという事か。いや、概念が先か? ともかく……とんでもない存在なのは間違い無さそうだ』
正直なところ、拙者も概念や理屈の本筋は分からぬ。寺子屋は出ているが、学者などには到底及ばぬ。何よりその寺子屋ですら平均的な成績だったからの。剣術以外は。
故に、斬る事は得意。そこに“在る”と判断すれば全てを斬れよう。
『クク、面白い。だったら余は主の本気と戦り合ってみたい。戻れ。本来の大きさに……そして余にその力を見せてみよ!』
「……!」
片手を振るい、魔力を周囲へと散らす。
それによって拙者の体と小太刀が戻り、本来の大きさとなった。
「これは……」
『フム、戻したは良いが、小さいは小さいな。そこに居る魔族の女より3㎝程小さいではないか』
「失礼な奴よの。拙者はまだ成長途中に御座る」
『それは良い情報だ。まだまだ強くなるという事だろう』
「もうそれで良い」
身長について言及されるが、以前相対した邪悪。サクとやらは体躯も大きかったがアスは拙者らと然程変わらんの。
町中を歩けば会えそうな身長の持ち主。全身が影のようである事を除けばあまり化け物と言った雰囲気も御座らん。
「主、サクと知り合いらしいの。彼奴は人間より遥かに巨躯であり、腕の本数なども魔族とは思えぬ程であったが……主は普通だ」
『ああ、それか。体格差はただ単に奴が肉体派で余が魔術派だっただけよ。腕の本数は魔力で増やす事も出来るが、余にその様な小細工は必要無い』
肉体的な戦闘が主体か魔術的な戦闘が主体か。それだけの違い。
そんな事で変わるのもよくは分からぬが、深く考えるだけ無駄であろう。この世界に来て約半年。拙者の知らぬ常識しか見ておらん。この世の理と拙者の故郷での理が違うのは幾度と無く目にしてきた。
『余に体躯は関係無い』
「………」
片手に魔力を込め、何の属性も付与せず放出。熱とも重力とも違う衝撃波が直線上に突き抜け、空気を揺らして正面に存する複数座の山々を貫いた。
「魔力を撃ち出すだけで山を……! なんという魔力量……!」
「邪悪と言い主と言い、こうも簡単に山を砕くとは。自然をなんだと思うておる。もうちっと然るべき敬意を払い、自然へ感謝せよ」
『絶対は余だ。故に、敬意を受けるのなればまだしも、払う事はせぬ。今のもほんの小手調べ……余は主の力を見たい。キエモンとやら』
魔力を消し去り、ニッと笑う。
拙者をその気にさせる為の戯れ。それによって育みを与えてくれる山を破壊した。
なんとも無礼な奴よ。そも、この世界には無闇に周囲を破壊する範囲魔法使いが多過ぎではなかろうか。
自然が無くなって困るのは自分達と言うに、大きな破壊をせねば気が済まぬのだろうか。
少なくともアスやサク、そして前に相対した鬼やリッチは周囲の事など考えておらぬな。ファベル殿らはやむを得ずであってなるべく避けたいと思っておるが、此奴にその気は毛頭無かろう。
「やれやれだの。元を辿れば立ち合いを受けた拙者の業。これも背負い、今はアスを止めよう」
『クハッ! その気になったか! 騎士!』
小太刀を構え、一気に距離を詰め寄る。
アスは周囲に展開させた魔力にて太刀筋を捉えて受け、更なる魔力にて吹き飛ばす。
既にこの山はボロボロ。サン殿は無事であり、拙者はアルマ殿へと目配せをした。
「……っ。悔しいが、仕方無いか」
『ハッ、戦力外通告だな。魔族の女』
「フン、これはキエモンが私を信頼してくれているからだ。今の状況、ピンチなのはお前だぞ。悪魔め」
『その様だの……愉悦じゃ』
感じ取れる、外にて待つ複数の気配。
彼方此方へ散っていたのを惟れば早い集合よの。魔族の者達も優秀だ。
なれば拙者はその後を追わせぬよう気を付けるまで。
「……」
『速いな。人間にしては……!』
踏み込み、高速で小太刀を払う。
ヒュンッという風を斬る音が遅れて届き、飛び退いて躱したアスはまた魔力を込めた。
『消えろ……!』
「消えぬ」
魔術主体はまだやり易い。込めてから放つまで時間が掛かるからの。
拙者の速度なればその間に切り伏せ、敵の攻撃を阻止出来るというもの。
『やはり遅いか。これでも瞬きよりも素早く込めてるんだがな』
「………」
瞬き以下。秒数はよく分からぬが、案外大した事もない。
忍が飛んで来る矢を手で受け止める際にはそれよりも遥かに早く握っておるらしいからの。
侍である拙者も同義よ。
「……」
『……ッ!』
「浅いか」
胸元と思しき場所を斬り付け、血のように黒い魔力が噴き出す。
小太刀では長さが足りぬが、傷を与えれば何れは弱る。その中からより素早く狙えば良いだけよ。
『やるじゃねェか。人間!』
「……」
魔力の球体を天上へ掲げて撃ち出し、それを縦に両断。
無論の事それだけでは止まらず、更に細かく斬り伏して暴発させた。
『あの球体一つで山を砕く力が秘められているが……今のここの様子を思うに威力という概念を斬って防いだな』
「また山か。自然を大事にせい。悪党め」
それ程までの威力が秘められていたか。念の為に斬って正解だったの。拙者の体が小さきままでは余波を若干残していたかもしれぬ。
元の大きさで良かった。
『いいぜ、いいなお前、面白い! 久しく出せなかった力……まだ全力には程遠いが、良いリハビリになる!』
「うむ。サクと似たような事を申される。此方としては難儀な在り方よ」
興奮冷めやらず、よりやる気を出しおってからに。
サクよりは堂々としておるが、それはそれとて魔族のように好戦的。相手が満足するまで止まらなかろう。
拙者と小槌の主、アスの立ち合いは続く。




