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其の拾弐 ヴェネレの難

 ──私は優秀な一国の王女、シュトラール=ヴェネレ。

 才色兼備。多分みんなにも慕われている私は国の為に危険な魔物を討伐するよう森の中に入った今現在、


『人間風情が……我らオーガに何用だ?』

「まさか人語を理解する魔物がここに居るとはね……」


 とても厄介な相手と出会っていた。

 ……本当に厄介。人語を理解する魔物は基本的に大物。階級で言えばA級とかそんなレベル。

 この世界では魔物が階級毎に分かれていて、A~Cのランクで定められているの。

 その他大勢の魔物がC級以下の括りであるなら、B級で群れのボスクラス。つまりA級はなんだろう。そのボスを含めた複数の群れの大ボスって感じかな。何か良い表現ないかなぁ。

 とにかく、いくら実力に自信がある私でもこんな大物に出会でくわしちゃうなんてね……。


「話が出来るなら交渉も出来るかな……悪いんだけど、この近辺は私達人間の縄張りなの。穏便に済ませたいから出ていってくれないかな?」


『断る。何故わざわざ我らが下等な人間の言う事を聞く必要がある? 縄張りならば奪うのが自然の摂理。我らオーガ、力を持って生まれたからにはそれに従うのみよ』


「そう来ると思っていたよ」


 言葉は通じるけど、本当に通じるだけ。話は通じない。

 魔物っていつもそう。私達が言えた事でもないけど、自分勝手で我が儘。力があるから全て奪おうとする。

 実際、同じ魔物同士でも他のオスからメスを奪ってハーレム作ったりするし、不潔……。


『ならばどうする? 下等な人間にも力のある者は居る。縄張りに他の生き物が入れば排除するのが普通だろう。我らから此処を奪取してみるか?』


「本当にさぁ、そうやって全部力で決めるのなんとかならない? 私達も危害を加えなければ攻めたりしないんだけど、アナタ達の群れから既に一匹が国に入って家を複数壊したんだけど」


『脆いのが悪だ。そして貴様も、弱いのが悪だ!』


 他のオーガ達と違い、鉄の金棒を振るって地響きを鳴らす。

 既に周りは木っ端オーガに囲まれていた。コイツら全員オス? それなら私の逆ハーレムかな。全然嬉しくない。


『人間を討て! 雑魚共!』

『『『ウガァァァ!』』』

「雑魚って言われて反応してるし。……それに私──」


 ほうきに乗り、迫るオーガ達の頭上を飛ぶ。討つ対象である私が消えた事によってオーガ達は正面衝突を起こして倒れる。

 そこから杖を振るい、構えた。


「──別に弱くないから。……赤き火炎よ。愚かな魔物に裁きを与えん。“フレイムジャッジメント”!」


『『『…………!』』』


 広範囲に火のカーテンを下ろし、オーガ達を焼き払う。

 範囲は広いけど、森に引火しないようちゃんと絞ってる。レディは気遣いくらい出来なくちゃね。


『ほう? 雑魚とは言え、我が部下をほふるか。貴様は人間の中では比較的マシなようだ』


「うわー、すごーい! めちゃくちゃ知的ー。低能な魔物がここまで知能を発達させるなんてねー」


『フッ、その力。我が直々に試してやろう』


(挑発には乗らないか、挑発とも捉えていないか。どちらにしても分が悪いかな。A級相当の魔物なら尚更)


 金棒を持ち上げ、空を飛ぶ私に向き直る。

 まだ何の実力も見てないけど、オーガはオーガ。精密な魔法操作は出来ない筈だから、空を飛び回って翻弄しつつ仕掛けるのが最善手かな。

 考えがまとまり、私は空を飛び交った。


「火球よ。高熱の魔力にて敵を討て! “フレイムボール”!」

『正面から来ぬか。臆病者の人間が!』


 火球を放ち、オーガは金棒で打ち返した。

 それなりの速度で周りを飛びながらそれなりの速度で放ったんだけど、簡単に防がれちゃうか。


「魔法使いなんだから肉弾戦は無理だよ。アナタは飛べないみたいだし、安全圏からひたすら攻めてあげる」


『弱者が……!』


 わざわざ相手のフィールドに降り立つ理由は無い。単純な力だと勝ち目が無いからね。

 だからこそ私は私のやり方で戦うだけ。


『面倒だ!』


 魔力の塊を作り出し、それを放るように撃ち出す。

 軌道は直線的で読みやすい。複雑な操作が出来たらそれこそ魔法とかも使えるって訳だからね。そんな事は出来ない魔力飛ばし。簡単に見切れる。

 ほうきを巧みに操ってそれをかわし、旋回しながら火球を背後にぶつけた。


『猪口才な……!』

「なーんか口調とか、キエモンみたい。けど口調だけ。キエモンの方がカッコいいよね……って、私は何を言ってるんだろ……!」


 なんとなく呟いてしまった言葉を慌てて掻き消す。

 取り消す必要は無いと思うけど……と、とにかくこの話は終わり。オーガに集中しないと……!


「炎の槍よ。赤き火と共に対象を貫け! “フレイムランス”!」


『先程の火球に比べれば悪くない魔法だ。だが、脆い!』


 魔力をまとった金棒で魔力の槍が粉砕される。

 単純な力で魔法が砕かれるのは少し思うところがあるけど、金棒で防ぐって事は生身なら当たればダメージがある証明。

 オーガが集まっている原因がこのボスにあるなら、倒すべき。


『ガァ!』

「唸り声は上げるんだ」


 声を上げ、魔力を込めて金棒を振るう。それによって魔力の衝撃波が木々を揺らし、暴風を巻き起こした。


「……っ。やばっ、バランスが……!」


 暴風によってほうきのバランスが崩れる。空を飛ぶのは結構精密な操作が必要でちょっとマズイかも……!


『成る程。これならば効くか』

「地味に観察眼もある……」


 私の態勢が崩れたのを狙い、更なる魔力を込めて金棒を振り回す。

 再び生じた突風によって私はほうきから投げ出され、数メートルの高さから落ちるも何とか近くの枝を掴んで軽傷で済んだ。

 そこから慎重に地面へ降り立つ。


「……っ。枝で掌が切れちゃったか……まあ、あの高さから落ちたら全身打撲とかだからマシな方かな……!」


『やっと地に足を着けたか。人間。さあ! 我と血湧き肉踊る戦いをしようぞ!』


「戦闘狂……」


 3~4mはあるオーガは無傷。対する私は痛みで杖を握る握力も弱まり、足を擦り剥いて立ちにくい状態。

 もうちょっと生身を鍛えた方が良かったかな。痛みに慣れていないから軽傷でも動くのツラいや……。


『さあ立て! 立たぬのか? ならば死ねェ!』


「凄い即断即決……!」


 金棒が振り下ろされ、転がるように掻い潜って何とかそれを避ける。

 金棒の着弾点にはクレーターのような穴が造られ、私なんか一撃で即死って言うのが窺えられた。

 死にたくない……怖い……! けど、落ち着いてもいる。人は死に直面するとなんとなく受け入れちゃうのかな……。

 心臓の音が早まる。やっぱり冷静では居られないかも……倒れながらも一応杖は構えるけど、どう考えても魔法を放つより金棒の方が速い……。


『どうした? 先程までの果敢さは何処へ行った? 自身の生の終焉を実感し、恐怖で足が竦んだか! 弱者よ!』


「……っ」


 言い返せない……。

 実際、私は確かな実力はあった。騎士達と比べても全然劣っていないと思う。

 一国のお姫様でありながら強さも備えてた。自信家だった。

 だけど直面した現実。C級以下やB級クラスの魔物なら簡単に倒せる。簡単に倒して来たから圧倒的に及ばない敵に直面して怖くなる……。

 誰か……助けて……!


『意欲を無くした貴様に用は無い! 死ぬが良い!』


「……!」


 金棒が振り上げられ、思わず目を閉じる。

 ああ、私、死ぬんだ。即死ならあまり痛くないかな……。攻めて頭を潰して痛みも感じさせずに私を終わらせてくれないかな……。

 そんな事が脳裏を過り、閉じた目。耳鳴りが響く暗い視界の中で生を諦めた。


「ヴェネレ殿!」

「……!」


 ──気付いた瞬間、私はキエモンにき抱えられてあの場から離れていた。

 さっきまでの場所には金棒が振り下ろされ、大地がひしゃげて土塊を巻き上げている。静寂に思えた耳に再び音が届く。

 横目で見ていると私の視界が方向転換し、そちらの様子がより鮮明に分かるようになった。


『お主……何奴だ?』


「拙者、名を天神鬼右衛門と申す。ヴェネレ殿を護る為、参上(つかまつ)った」

「キエモン……」


『成る程。強き者よ』


 抱き抱えられ、見上げるように映り込むキエモンの顔は日光に照らされ、とても頼もしかった。

 え? 私、抱かれちゃってる……って、それじゃ語弊があるよね。とにかく今の状況って……なんか……絵本に出てくる王子様に助けられるお姫様のような……って、違う違う。私、何考えているんだろう。こんな状況で……。

 恐怖とはまた違うドキドキが止まらない。呼吸も少し荒くなってきちゃった……。落ち着かなきゃ。


「ヴェネレ殿。お一人で立てまするか?」

「え? あ、うん……大丈……夫……」

「フラフラではないか」


 大丈夫とは言ったものの、足が震えて覚束無い。

 死にそうになった事への恐怖とか助けられた事への胸の高鳴りとか、安堵とか、色々な現象が重なり合って生まれた今の結果。

 ……今度は私が助けられちゃったね。


「……これでお互い様だね。数時間前にキエモンを魔物から助けたのと、今キエモンが私を助けてくれた事」


「そう言えばそうで御座るな。これでヴェネレ殿へ恩を一つ返せた。……然し、雇用してくれた事。色々と世話を焼いてくれる事。まだまだ返せぬ恩は多い故……」


「……!」


 ──そして私はキエモンに、鬼神を見た。


「この不届き者を討ち取り、この場を終わらせてしんぜよう……」


『クク……この殺気……我が追い求めていた強者よ……!』


 カタナという腰に携えた武器を抜き、眉間にシワを寄せてオーガへ構える。

 またドキッと胸の高鳴りを感じるけど、さっきのものとは全く違う。言葉に出来ない。


「これが……サムライ……!」


 向き合うキエモンとオーガ。

 その迫力に威圧され、またへたりと座り込んじゃった。

 そう言えば、キエモンの本格的な戦い……始めてみるかも。

 一人と一体による戦闘が開始された。

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