其の佰弐拾捌 魔族の姫
「人間の街から小槌を盗んだのは魔族の我が儘お姫様だ。強大過ぎる魔力から自由に魔法が使えないってんで犯行に移ったのさ」
「斯様な理由で御座ったか……いやはや、なんと言うべきか」
「飽きれちまうだろ? まだ12~3歳で魔族どころか人間からしても幼い年齢だから慌てる必要は無ェのに、俺を含めて他の奴等と戦いてェからって侵入したんだ。ま、気が済んだら返してやれると思うんだけどな」
バスマ殿から事情を窺う。
魔族の姫君の仕業で御座ったか。故にアルマ殿が中々話さなかったと。事情に合点がいったの。
子供のちょっとした悪戯。そうであるなら返せと言うのも気が引ける。
拙者が見る限り、この世界で十二、三歳はまだまだ子供の範疇に収まっているからの。拙者の故郷ではそれくらいになれば戦に駆り出される頃合い。刑罰もしかと受ける。
この世界での接し方は如何するか。
「返して頂けるなら良いのだが、子供とは気紛れだからの。話して分かるとも思えぬ……ウーム、流石に侮り過ぎであろうか……」
「いや、ウチの我が儘お姫様ならその懸念は確証になると思うぜ……?」
「それ程までにか」
バスマ殿の表情は真剣その物。即ち誠に扱い難し姫君なので御座ろう。
アルマ殿にバスマ殿ら三人。各々の魔術とやらを何度か受けたが、そんな者達を踏まえた上で魔力が強大となると手に終えるだろうか。
何にせよ行ってみない事には始まらぬか。
「仕方無し。会いたいが、何処に行けば会える?」
「そうだな……あの姫様の事だからそろそろ──」
言葉が続けられるかと思うた瞬間、空から何かが舞い降りた。
「どけー! どくのじゃキサマらァ~!」
厳密に申せば降ってきた。
退けと言われたのもあり、バスマ殿らは避ける。その少女と思しき影は綴る。
「ホントにどけるヤツがあるかー!?」
ズズーン! と大きな音ともに着地。少女はゆっくりと目を開けた。
「あれ……痛くない……一体なんでじゃ……」
「平安貴族のような話し方をする童よの。天女ともまた違う、不思議な女の子だ」
「はっ! き、キサマは誰じゃ!?」
「拙者、姓は天神。名を鬼右衛門と申し奉る。うら若き天女よ」
「そ、そうか。妾はサン=イグニス=グリモワール。彼の太陽と魔導書、そして全ての始まりである火の名をあらゆる文献の言葉で冠する偉大なる魔族の姫じゃ!」
えっへん! と胸を張る。彼女が魔族の姫君か。
ブラブラとぶら下がりつつ、姫君は辺りを見渡す。
拙者に抱えられた状態であった事に対してまたハッとし、腕の中で藻掻いた。
「は、離せ! 離すのじゃ無礼者! 妾は偉大なるぅ!」
「そう暴れるでない。あの高さから落ちていては怪我をしていたであろう」
サン殿をゆっくりと降ろし、彼女は周りを見て少しバツが悪そうになる。
「うぅ、それについては助かったが、もうちっと敬意を払え。全く。これだから人間は……え? にんげ……人間ンンン!? 人間がこの場所におるのか!?」
「今更気付いたのか。随分前からこの町に入っておるぞ」
拙者の方を二度三度と見やり、驚愕するように距離を取る。
此処まで拒絶されると傷付くの。珍しくはあるのだろうが、恐ろしくもあるのだろうか。
確かに外来人などを見ると気圧されたりもするが。
「くそう! 敵襲じゃ敵襲ー! 妾のこの魔道具にて目にもの見せてやる!」
そう言って懐から取り出すは盗まれた小槌。格好を決め、拙者へと向き直った。
「フム、やはりと言うべきかこの者が持っていたか。これ童、それは玩具では御座らん。返してくれぬか?」
「おもちゃじゃないのくらい知っとるわい! おのれ小癪な人間……! 妾の力、とくと見よ! 火の魔よ! 唸れ! 我が最強の魔法を以て主を討つ! “ファイア”!」
「……」
小槌は使わず、片手を翳して経を読むと共に放たれた火の粉。
拙者は片手で軽く払うようにそれを消し去り、サン殿は驚愕し、足をガクガクと震わせながら膝を着いた。
「そ、そんなバカな……! 妾の最強究極完璧完全パーフェクトファイナルアルティメット魔法が一振りで……なにヤツじゃおんし……!?」
「先も言ったように天神鬼右衛門だが……役職と言うのなら人間の騎士に御座る。その最強究極云々かんぬん魔法だが……正直に述べるとちと弱過ぎはせぬか?」
「ガーン!? うぅ、強いもん! 妾王女だもん! 最強だもん!」
「然しの。拙者の知り合いに主くらいの年齢の者がおるが、四つのエレメントを扱い、地形を変える事の出来る者がおるのだぞ」
「ガガガガーン!? そんな……魔族より魔力的な総量が劣る人間の同年代に……魔族のお姫様である妾が敗れるなど……!」
大きな衝撃を受け、絶望にうちひしがれる魔族の姫君。
そしてそんな姫を意に介さず、バスマ殿らと近くに来ていたアルマ殿が拙者へグイッと詰め寄った。
「オイオイ! マジかよ!? そんな才能に溢れた人間が居るのか!?」
「是非とも手合わせ願いたい! そうだ、サン姫あげるから交換しないか?」
「妾人間に売られるの!?」
「これ、落ち着け。主ら。サン殿が困惑しておる。仮にも姫であろうに、なんぞこのぞんざいな扱いは……」
「おぉ……! お主、人間の分際で妾を気に掛けてくれるのか……悪いヤツではないのだな人間……!」
「褒めるのか下に見るのかどちらであるか」
賑やかな者達に御座るな。
さて、収拾が付かなくなってきたの。この場を打開する策は無かろうか。
一先ず話を先に進めるとしよう。
「元より拙者の目的はその小槌。サン殿。それは人間の持ち物。改め、返してはくれぬだろうか」
「うぅ……イヤじゃイヤじゃ! せっかくこれがあれば魔術を使い放題と言うに……」
「先程も使ってはいなかったであろう。主としても己の力で切り開きたいと思うておるのだろう」
「……」
説得を試みる。
悪い者では無いのだろう。話を聞いてくれる時点でいつぞやの悪党とは大違い。
サン殿は小槌を握り締め、拙者へ視線を向けた。
「な、ならば主! 妾と決闘じゃ! 5回戦って1回でも妾が勝てば返さぬ! 全勝したら返してやる!」
「拙者が明らかに不利よの。然しまあ、致し方無し。その案に乗ってやろうぞ」
「ホントか!?」
目をキラキラと輝かせ、拙者の方を見やる。
無邪気な表情だの。だが決闘とは穏やかでは御座らん。
如何様な方法で戦うのか。
「それじゃ! 1回戦! “山崩し”じゃ!」
そして、サン殿との決闘が始まった。
一回目の戦いは山崩しとの事。自然の山でも崩落させるのであろうか。
するとサン殿は何やら地面の土をかき集め、近くにいたアルマ殿から木の枝を貰い受ける。
横になり、拙者を見やった。
「この枝を先に倒した方が負けじゃ!」
「……成る程。山崩しとはこれの事か。懐かしいの」
童達が遊ぶような遊戯。拙者も経験はある。
なれば好都合。拙者、この様に集中力を使う遊びは得意だ。
その遊戯が開始され、
「まさか……妾が敗れるなど……」
「拙者の勝ちだの。主、始めの方に削った砂を覚えておるか? あれは実は拙者が仕掛けていた罠なのだ」
「なんと……! くっ、かき集めた砂の大きさでも負けてる……次じゃ次!」
次いで用意されたのは羽子板のようなもの。
正月にはちと早いが、やり方は拙者の知る物と同じ。羽を落とした方が負けであり、
「──まさか……妾が2連敗……じゃと……!?」
「羽子板も得意だ。羽根の軌道を読み、微かな力加減で方向も変えられるからの」
「くっ、やるようだな。人間……! 次じゃ次!」
次の競技は鬼ごっこのようなもの。サン殿が町中を逃げ交い、拙者が捕らえて勝利した。
次は土に描いた円の中から足を出ぬようにし、交互に跳んで徐々に早くなる遊戯。それも難なく突破。
最後の勝負はどちらが長く息を止めていられるかというもので、これは向こうも善戦したが三分程の差を付けて拙者が勝利を収めた。
「まさか妾が大敗を喫するなど……認めてやらざるを得ないな。人間。妾の敗けじゃ……」
「主も良い戦い様であったぞ」
「う、うむ! では約束通りこのハンマーは返すぞ!」
「忝ない。これで町に戻り、刀を打ち直せる」
「ぇ……街に……主の……?」
「……? 如何した?」
大人しく渡そうとしていたサン殿であるが、小槌を持った手が止まる。
なんで御座ろうか。瞬時に彼女は小槌を振るい、拙者へとある魔法を掛けた。
「か、帰さないのじゃ! 妾は退屈ぞ! もっと遊……戦ってくれ!」
「サン殿!」
小槌が振られ、拙者の体が見る見るうちに小さくなる。
そのまま更なる箱へと閉じ込められ、拙者は檻の中へと収容された。
「……。どういうつもりに御座るか。サン殿。約束を破るとは。我が儘にも程があるぞ」
「だって! つまらないのじゃ! 妾はもっとお前と遊びたい!」
「ウーム……これまた難儀な……」
体は小さくなったが、小太刀も衣服も共に小さくなったので脱出しようと思えば抜け出せる。
然しこのままで帰る訳にもいかなかろう。元に戻す方法は現状、また小槌で大きくなる他無いのだからの。
「姫。気持ちは分かるが、キエモンに悪いぞ」
「そうだぜ。アイツはちゃんとルールを守ったんだ」
「うるさいのじゃ! 妾は王女! お姫様! お前達は口答えするなー!」
「「ぁ……」」
アルマ殿とバスマ殿らが拙者へ助け船を出してくれたが、サン殿は聞く耳持たず彼女らも小さくし、追われるよりも前に拙者入りの箱を抱えて逃げ出した。
お転婆よの。これは上手く説得する他に方法は無さそうだ。
拙者がやって来た魔族の町。そこではお姫様と家臣達。そして居合わせた拙者による一騒動が起きようとしていた。……いや、もう起きているの。




