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其の佰弐拾漆 魔族の集落

「“天槍移転”!」

「……」


 長槍を掲げ、天から複数本の槍を降り注がせる。

 当然の如く己自身も迫り、前方の魔族。天上の槍と一人で分断撃を仕掛ける。

 だが、己が攻め立てるのもあって空中で小回りは利かないらしく、槍はただ雨のように降り続けているだけ。

 基本的に目の前に集中し、時折思い出したように空を見れば防げよう。


「フム、これくらいは難なく防げるか! 面白い! だったら次はこうだ! “先尖夢槍”!」


「……」


 鋭利な槍を複数本射出してけしかける。

 ただただ楽しみたい子供のような言動。それとは裏腹に随分と殺気の込められた攻撃だの。

 本人に殺気はないが、そうであってもこれだけで多くの者がやられよう。

 それらを見切り、かわして懐へと差し迫った。


「成る程……凄まじい速度だ」

「……」


 鞘を振り抜き、魔族の女を吹き飛ばす。

 女子おなごを傷付けるのは思うところもあるが、それこそ今更であろう。

 複数本の木々を貫いて行き、鞘の先端を喉元に突き付け、拙者の周りには浮遊する槍が向けられていた。


「この距離であっても拙者の方が速いが……どう思う?」

「……そうだな……個人的にはもう少し楽しみたいが、そろそろ痺れも切れるか」


 そう告げ、魔族の女は魔力を消し去り槍を仕舞う。そう、近距離なれば拙者の居合いの方が早い。相手もそれを読み解いた。流石の実力者だの。

 一先ず認めてくれたようだ。手っ取り早く済んで良かった。


「けどまあ、返すって決まった訳じゃない。前述したようにあれは便利だ。交渉は頑張ってくれよ」


「そうだの。然し今のところ悪用された気配も無い。そもそもの主の言動もその証拠。数が少ないと言う魔族達の中で上手く回しているようだからの」


「確かにそうだな。何か大きな野望を遂行しようとかだったら私が知る由も無い。私達も魔法……いや、“魔術”が得意な種族だが、どうしても痒い所に手が届かない事もある。それを補うのにあれは本当に便利なんだ」


「フム……魔術。魔法ともまた違うのか」


「まあな。けど、大きな違いと言えば杖とかの触媒を使うか使わないかくらい。魔術は己の魔力を掌とかで扱えるようにするから楽なのさ」


「そうか」


 となると、月の民が扱う力は魔術という事になるの。

 魔族からも月に向かった者達が居るとして、それが広まった可能性はあり得る。


「まあ取り敢えず……私に着いて来れたら街まで案内してやるよ」


 会話に一区切り付いた刹那、魔族の者は拙者の前から消え去るように移動した。

 元より口約束は曖昧なものであったからな。此処を乗り越え、あの者の後を追えれば今度こそ本当に認めて貰えると言った感じに御座ろうか。

 考えている暇は無いの。鞘を腰に納め、あの女の後を追うように拙者も駆け出した。



*****



 ──“魔族の街”。


「来れたか。私の目に狂いは無かった。おめでとう」

「一体何が狙いなので御座るか。二度三度と回りくどい方法で動くものだのう」

「目的は最初から一緒さ。認めるか認めないか。ただそれだけ。だからほら、結果的に魔族の集落に来れた」


 そう言い、辺りを示して悪戯っぽく笑う。

 着いて来れたら案内してやる……それは案内してやるから着いて来いと言う意味であったか。

 遠回しな言い分に御座るが、一先ず付けた故に良しとしよう。


「後は此処から小槌の捜索をせねばならないか。魔族の者達は皆が知っていると考えて良さそうだ」


「さあな。否定はしない。さて、約束通り案内してやるよ」


「フム、案内の意味合いもまた少し違ったようだ。主は誠に回りくどい言い方をするの」


「よく言われる。伝わる事を簡単に説明した方が良いのだろうが、何となく先の先までお見通しと言った雰囲気を出したい年頃なのさ」


「年頃か。そうは言っても人間からすればかなりの高齢なのだろう」


「失礼な奴だな。まだ二〇〇くらいだ。女の子である私に失礼だぞ」


「……なにも言うまい」

「なぜだ?」


 二〇〇がかなりの高齢なのはそうだが、何より引っ掛かったのは自称女の子と言う箇所。

 拙者の知識が正しければ年端もいかぬ童を示す言葉の筈だが、そうではないのか。

 いや、成人していても女の子を謳われる者もおられる。人間と価値観の違う魔族なれば尚更であると割り切った方が良さそうよの。


「一先ず探しに出る。案内してくれるところ悪いが、主の決めた道筋を必ずは行かぬぞ」


「構わない。自由に見てくれるのも良いからな」


 会話を終わらせ、町中へと入る。

 建物の造りは裏側の町ともまた違く、煉瓦レンガ造りが主体となっている地上世界のような物。

 独自の文化などは特に見えないが、心無しか暗く思える。

 それは此処に住む者達ではなく、全体的に暗い色合いの資材を使っているからのようだの。


「暗い町だな。雰囲気ではなく感覚的に。魔族は黒や灰色を好む種族であるか」


「そうだな。魔族は基本的に闇を好む。夜目も利くので、存外悪くないぞ?」


「ウム、暗き雰囲気は落ち着きに繋がり申す。光の届かぬ程に暗い所や暗く湿った場所は好かぬが、このくらいの暗さは嫌いではない」


 黒き歩廊を行き、枯れ木にも近しい街路樹を眺める。

 何処と無く灰暗い町だが、嫌な気配などは御座らん。後は拙者へ向けられる物陰からの視線が気掛かりだの。


「魔族に該当する言い回しかは存ぜぬが、随分と人通りが少ないの」


「魔族も人みたいなものだ。それについては良いが……お前の事だ。察しは付いているだろう」


「そうよの。ざっと数えて三人。見張られておる。主の差し金で無いのは分かるが、敵意も御座らんが為、完全なる興味本位と考えて良いか?」


「フッ、そうだな。お客さんなんて久し振りにも程がある。最近では少し前に月の民が来たくらいだ」


「……!」


 見張っている人数を気に掛けたが、その様な事より遥かに気になる情報が転がってきたの。

 魔族にとっての最近な為、拙者と感覚は違っておるかもしれぬが、月の民が来たと申した。


「月の民が此処に来たのか。一体何用で?」

「ほう? 興味ありそうだな。そこまで気になるか」

「ウム、かなり気になり申す」

「正直だ。用と言っても大した事じゃない。古い友人が久々に顔見せに来たんだ。その時に他愛ない雑談をした。それだけさ」

「成る程の」


 その事からするに、やはり過去に魔族からも月に向かった者がおり、今も尚そこに居ると言う。

 人間、エルフ、魔族。月の民はその三種族ともまた違うのであろうか。その辺も気になるが、月への手掛かりにはならなそうよの。


「それは何時くらい前の事であろうか。拙者ら地上の者、月の民についての調べ事をしているのだ」


「道理で。本当に最近さ。人間で言うところの半年も経っていないんじゃないか」


「となると四、五ヶ月と少し。丁度セレーネ殿と会った時くらいか」


「セレーネ?」

「おっと、口に出ていたか。何でもない。拙者の知り合いの名よ。友とも言えるな」


 数ヶ月前にやって来たと言う月の民の客。加え、その時拙者の前に現れた……と言うより拾ったセレーネ殿。何の因果も無いとは思えぬが、何の因果があるのかも存ぜぬな。

 彼女は言葉を続ける。


「そうか……いや、その名には聞き覚えがあってな。私の友人が指し示していた、王女の娘の名がそれなんだ」


「……!」


 セレーネ殿が王女の娘。それは前に海の城にて聞いた事。

 そこではなく、態々(わざわざ)月の民が指し示した名という部分が引っ掛かった。


「月には目的があって、それを遂行する為に必要な役割がそのセレーネと言う女性にあるとか……機密事項だからそれ以上は教えてくれなかったんだけどな」


「セレーネ殿に役割が、か」


 何故セレーネ殿は拙者の前に現れたか。それは出会った当初から気になっていた事であり、何かしらの理由もあったのだろうと推察くらいは出来ていた。

 だが、改めて聞くとまた違った感想が生まれる。彼女が争い事などに巻き込まれる心配が全面的に出てきてしまうの。これまた難儀な。


「どうかしたか?」


「ちと大変な事になりそうと思った次第。早く刀を打ち直さねばな。……して、女。小槌を持ち去った者は何処いずこに?」


「女と他人行儀な言い方はやめてくれ。一応私にもネプト=アルマという名があるんだからな。それに、案内はするが居場所を教えるとは言っていないぞ」


「フム、確かに言われてはなかったな。仕方無い。自ら探す他無いか」


 打刀を直す為にも小槌の捜索は早めたいところ。

 れど当ても無く、アルマ殿が教えてくれるという訳でも無いが為、一先ず後を付けている者達へと訊ねた。


「主ら、拙者とアルマ殿の話を聞いていたかは分からぬが、小槌を盗んだネズミを探しておる。何か存ぜぬか?」


「んだと……俺達の死角へ……!?」

「この坊や、かなりやるみたい」

「やるじゃねーか……」


 男二人に女が一人。基本となる髪が黒で何となく魔族の者達とは親しさを感じるの。

 尤も、似ているのは髪だけであって顔立ちはやはり西洋の者達に近いのだが。


「質問に応えてはくれぬだろうか。少々急ぎの用事があるのでな」


「ほう? 質問かァ」

「だったら……相応の態度で返してくれないかしら」

「こちらとしてもタダじゃ話せねーぜ?」


 急に態度が変わったの。元より拙者の後を付けていたと言うに対価を求めるとは不条理な。

 致し方無し。聞くだけ聞いてみよう。


「主らの望みはなんぞ?」

「「「()達と戦──」」」

「然らば御免」


 薄々把握していたが、やはり望みは戦闘。

 誠に好戦的な種族のようだの。態々(わざわざ)戦うのも好きでは御座らん。故に拙者は断りを入れ、改めて周りへと気配を探った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「頼む! もう私達ではやり飽きているのよ!」

「折角の客人なんだしよォー、良いじゃねーかちょっとくらい!」


「………」


 何故なにゆえ此処まで必死となるのか。

 お互いに高め合っているのならそれで良さそうなものだが。


「頼む! 情報はやるからこの俺、バスマと!」

「俺、トキゾと!

「私、ルナク戦ってくれ!」


「……」


 名を、

 バスマ殿。

 トキゾ殿。

 ルナク殿。

 三人組みの時点である程度は分かっていたが、やはりこの者達、魔族側のカーイ殿らのような存在に御座ったか。

 なるべく急ぎ、戦いたくもないが此処まで必死であると無下にするのも忍びない。うーむ、我ながら親切だの。


「致し方無し……では一撃だけ撃って来てくれ。それを防いだら拙者の勝ちとしてくれぬか? 誠に急いでおるのだ」


「むぅ、そうね。仕方無いわ。どうせなら1vs1でじっくりやりたかったけど、貴方にも事情があるならそれに乗ってやるわ」

「しゃーねー。押し掛けたのはこっちだ」

「やるならさっさとやろうぜ!」


 なんとか手短に済ませて頂けるようになったの。話は分かる者達のようで良かった。

 然しそれ程までに暇を持て余しておるとは。娯楽が無いのか、娯楽が立ち合いなのか。いずれにせよ早くに終わらせよう。


「んじゃ、一斉に行くぞ人間!」

「うむ」


 三人の魔族が魔力を込め、掌を翳す。

 早くに終わらせたいが、元より強き者ではあるのだろう。拙者としても鬼神とならねば三人の同時攻撃を防げぬ。


「“夜影早消”!」

「“闇炎思双杖”!」

「“無明戦黒斬”!」


「………」


 影のようなモノが伸び、火炎の杖が注ぎ、黒き斬撃が飛び交う。

 拙者も構え、鬼神を込める。三つの攻撃に向け、小太刀を振り下ろした。


「──して、教えてくれるのか?」

「ああ、十分魅せてくれた」


 攻撃を打ち消し、一応の確認。どうやら丸く収まったと見て良さげな雰囲気。

 此処まで長かったの。ようやく依頼を進められる。

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