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其の佰弐拾陸 裏側の種族

「フム、この辺りに来るのは初めてだの」


 小槌の捜索を開始し、拙者は店主に言われた方向へと来ていた。

 藪の方でもなく、外側へ通ずる場所ともまた違う所。道と言える道も無く、人の手が加わった形跡の無い荒れ地。

 此方へ犯人が逃げたのか。確かに逃げやすいとは思うが、また面倒な所を行くものだ。


「………」


 辺りの気配へ集中する。生き物の気配は当然の如く存在しておらず、犯人を見つけ出すのがまだ先になるであろう事も大体把握した。

 故に少し歩みを急いて先を行く。


(然し、誠に生き物の気配が御座らんな。此方側は。町の方に家畜などは居るが、その家畜は何処から連れてきたのか。町の者達と共に来たのか)


 相も変わらず生き物はらぬ。

 妖やものなどの噂は度々耳にするが、実物を見た事も無い。惟ればあの町以外、この裏側について知らぬ事の方が多いの。

 此処は荒れ地であるが少し離れた所に藪や森がある以上、何かしらの生き物は居ると思うが。


「……!」


 少し行くと、気配のようなモノを感じ取った。

 先の時点で探れた範囲だったが、その時は何も分からなんだ。此れ即ち、隠れるのが余程上手い何かがあるという事か。


「向こうか」


 独り言を呟くように告げ、拙者自身が気配を隠して後を追う。

 まだ姿や形を見た訳でも御座らんからの。警戒はしつつ、慎重に続く。


「──つもりだったのだがの。やはり忍の者程上手くは隠れられぬか」


「十分上々な在り方だった。ここに生き物がおらず、動く者がお前だけだったから気付いたと言った感じだ」


 気付かれたが、それもまた仕方無い事であったか。地の利は向こうにある。

 近くの木へ立つは女子おなご。艶のある黒髪が風に揺れ、静謐な黒い瞳が拙者を見つめる。

 では、気付かれついでに質問するとしようぞ。


「そうか。単刀直入に聞きたいが、少し先にある町へ泥棒に入ったのは主か?」


「本当に率直な質問だ。ならば此方も率直に返そう。私ではない」


 曰く彼女ではない。

 盗まれたのは少し前。態々(わざわざ)戻る訳も無いか。


「成る程の。となればまた別に犯人がおられるという事。それが誰かは分からぬか?」


「……さあ、どうだろうな。返すようだが、お前はどう思う?」


「知っていると思うの。出会って数分だが、主なれば知らぬなら知らぬとすぐに申しそうだからの」


「良い推理だ。短時間で私の考え方を読み取っている。お前は近くの街の者じゃないな。その身なりはあまり見ないが、着けている貴章からするに地上の騎士だな」


「そうに御座る」


 牽制し合うかの如き問答の応酬。向こうからすれば後を付けられていたという事だからの。警戒は頷ける。

 元より窃盗について後ろめたい事があれば、警備の者か何かと判断しているに御座ろう。


「さて、今一度改めてお訊ね致す。小槌を盗った者は何処におられる? 主の村か町か?」

「もし会ったとして、お前はどうする?」

「質問しているのは拙者と言うに……回りくどい奴よの。別に取って食おうなどと言う気は御座らん。返して貰うだけだ」

「ダーメ。あれは便利だ。返さない」

「急に態度が変わったの……」


 返答と共に詰め寄り、突き刺すように放たれた蹴りを鞘にて受け止める。

 折れておるが、念の為に鞘へ納めてある。然し重い蹴りよ。打刀が根本から折れているのもあって鞘がずれてしまう。受けるのも小太刀の鞘としておくか。


「人間にしては良い判断だ。私の蹴りを見てから受け止めるとは」

「という事は主は人間では御座らんのか」

「ああそうだ。滅多に人前に現れない絶滅危惧種さ。私達は」

「フム、エルフと言い主と言い、珍しい者を最近はよく見るの」

「エルフだと? また懐かしい名だ」

「その言い方、見た事があるかのような口振りだ」

「そりゃあるさ。エルフ族も絶滅危惧種だからな。私達と同じだ」

「………」


 なんとなく彼女の言い分は腑に落ちぬ。

 エルフと会った事ある時点で大きなものだが、詳細を教えてくれる事は無いのだろうな。

 なればこの質問ならどうであろうか。


「……主の種族はなんであるか?」

「──魔族だ」

「そう来たか」


 数の少ない種族と聞いて薄々は気付いたが、やはりこの女、ヴェネレ殿がハクロ殿から聞いたと言う魔族であったか。

 文献などには血の気が多く悪しき種族とあったが、善悪はともかくとして血の気が多いのは誠のようだの。


「斯様な所で魔族に会えるとはの。裏側にずっとおったのか」

「ああ、居たさ。元々我ら魔族の住み処がお前達の言う裏側だったのだからな。本当にずっと……人間が裏側に来るよりも前から居た」

「それは年季が入っておる」


 魔族の者は飛び退くように離れ、改めて拙者へと向き直る。

 さて、向こうは相変わらず臨戦態勢に入ったまま。拙者に戦うつもりは無く、ただ盗人を捕らえたいだけなのだが避けては通れぬ道なのだろうか。

 情報を持っているのは間違いないのだがの。


「娘よ。やはり主と戦う理由が見つからぬ。通しては貰えぬか?」


「理由ならあの小槌だろう。だったら此方からも提案だ……お前が私を認めさせたら魔族の村まで案内してやらんでもない」


「認めさせたらとな? 力の誇示か知恵比べか。最初に言っておくが、拙者、知恵比べは得意ではないぞ」


「私も別に賢い訳じゃない。魔族は戦闘好きが多くてな。それについては私もそう。だから私を楽しませてくれ」


「力比べか。苦手では御座らんが、気が進まぬの」


「じゃあもう一つお前に良い条件を与えるよ。ここに来た理由はその刀だろう? 魔族なら刀を打ち直せる」


「……! 刀を知っておるのか」


 なんとも驚きだ。この世界の住人は基本的に刀を知らぬ。

 剣という名義で覚えている者が多く、刀も剣の一種なのは間違い無いので気にせなんだが、あろうことか打ち直す事も可能ときたか。


「当然知ってるさ。定期的に外側に刀を流通させて物々交換とかをしているからな。あの有名な悪魔……人間風に言えば魔神・邪神も魔族の出だ。結構昔の武器類を再利用しているのさ」


「なんと。これまた驚きの情報だ。あの邪悪は魔族であったか。あんな者を世に出したのもあり、悪は奴一人であっても種族その物が忌み嫌われていると文献にて伝わっていたぞ」


「それ。私達も正直迷惑してるんだ。なんなら魔族の数を絶滅寸前まで追い詰めたのがあの悪魔だし。なんか魔王になるとか豪語していたらしいから私ら魔族間では一つ劣る悪魔って呼んでやってんのさ」


「成る程の。主らも苦労しておるようだ」


 刀だけでなく、邪悪についても詳しそうな魔族。

 立場的には被害を受けた側らしいが、世俗はそうもさせてくれぬだろう。身を隠すのも頷ける。根絶やしにする考えの者が少なからずおるだろうしの。

 一個人の在り方を全体で見られるのは困りものだ。


「お前、人間の癖に随分と物分かりが良いな。そもそもこんな所に一人で来るとはね。所謂いわゆる人間のはみ出し者……と言った感じかい?」


「否定はせぬ。今住んでおる所では受け入れられているが、本来は拙者も忌み嫌われる立場。気持ちは分かる」


「へえ、面白い奴」


 話すにつれ、徐々に受け入れられつつあるの。

 なればもう一押しで案内してくれるだろうか。

 それについてお訊ね申す。


「認めてくれたのならば拙者を案内してくれぬだろうかの」


「正直だな。その在り方は好きだが、折角面白そうな相手なんだ。少しは楽しませてくれよ!」


「上々かの」


 今一度飛び込み、次は拙者へと拳を叩き込む。

 鞘にてそれを受け、少し体が下がる。女子おなごの腕力でこの威力とは侮れぬ。

 次いで魔力が込められ、彼女は八重歯を光らせニッと笑った。


「“黒ノ槍”!」

「……」


 その名が示すよう、黒き槍が突き出される。

 それを紙一重でかわし、魔族の女へ視線を向けた。瞬刻に片手へ槍を握り、距離を詰めて振り下ろす。


「また随分と長い槍だ」

「槍の長さより、それを振り回せる私を評価してくれよ」


 下ろされた物は受けず、そこから回転撃。跳躍してそれも避け、その先へ突き出されるが、鞘にていなした。

 槍術。現世では何度か相対した事のある武術。

 先の足や拳と言い、魔族というのは肉体的な種族のようだの。若干の懐かしさもある立ち回りよ。


「避けてばかりじゃ戦いにならないだろう! さあ、お前の力を見せてみろ!」


「……やるしかないのかの」


 肩を落とし、鞘を構える。

 事実、刀を打ち直すのと小槌を取り返す事。それは必要な事柄。

 元々は刀を直す為に小槌を探していたのだが、少し目的が変わってしまったな。


「その気になったか! 良し、来い!」

「……」


 既にやる気満々と言った雰囲気。本当に戦いの好きな種族のようだが、拙者には理解出来ぬな。

 何にせよ、小槌と刀の為、一先ず拙者は魔族の挑戦を受けた。

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