其の佰弐拾参 枯れ地に緑を芽吹かせましょう
「……や……やった……の……?」
──嵐の後の静けさ。その静寂を破ったのはエルフかダークエルフらの、実感の湧かぬ一声だった。
また数秒だけ静まり、辺りは弾けた。
「やったー!」「倒した! 倒したんだよ! 邪神を!」「これで我らダークエルフの汚名も晴らせる……」「騙された事実は変わらないけどねぇ~」「この……エルフが……!」「だって本当でしょ~」「くっ……」
沸き立つ場。女子が集まると姦しいと言うが、まさにその様な状況。
だが歓喜に打ち拉がれる声は煩わしいものではなく、安堵の感じられるモノ。それは何よりで御座ろう。
「やった! やったよキエモーン!」
「これ、あまり姫君がくっ付くでない」
「はっ! こ、これは普通に嬉しかったからであって……」
思わずヴェネレ殿も拙者に抱き付き、冷静になったのか即座に離れる。
ヴェネレ殿らが来てからほんの数分の短い戦闘だったが、あれを目の当たりにしたのではこの歓喜は責められなかろう。
終わり良ければ全て良し。これにて一件──
『カハッ……』
「ハクロ殿!」
「マザー!」
落着と行かぬのが現実の在り方。現実とはいつの世でも場が悪く、気紛れで、残酷だ。
拙者が生まれた瞬間から付き合っている存在だが、どうにも慣れぬ。
ハクロ殿が血を吐いて倒れ、医療魔法に長けているエルフとダークエルフの者達が迅速な対応をする。
「マザー……」
「ハクロさん……」
「この傷……間に合わなかったのか……」
回復術にて温かな光が覆い、傷を癒す。
見る見るうちに血の流れは止まり、
「……っ。そんな……!」
一瞬だけ落ち着き、即座に傷口から血が溢れ落ちる。
ハクロ殿は呼吸をするのも辛い状態にあり、その眼がうつらうつらと閉じゆく。
相変わらず拙者は何時もこう。破壊の力はあれど、回復する術は何も持ち合わせていない。故に周りの者達へ委ね、ただ祈る他道がない。
何と言う無力。何が他者を護る力だ。自分の能力が恨めしい。結局何者も救えないのではないか……!
『……もう……よい……お主らの魔力が尽き、倒れてしまうだろう』
「そんな! 母様! そんな事を言わないでください!」
「私達が更なる魔力を込めればきっと……!」
「魔法に長けた種族の名が泣きます!」
「我々の疲労など、アナタが生きてさえくれれば……!」
ハクロ殿はエルフ達の身を案じて治療をやめさせるが、治療を止める筈も無い。
一抹の希望。一欠片の望み。あり得るかもしれないと言う小さな藁に縋りたくなるのが在り方。
否定はせぬ。拙者も生きて欲しく、叶わなかった者達が現世にもこの世界にも居た。
ハクロ殿もその者達の中の一つ。
『よいと言っているだろうて……。私は長く生きた。もう十分過ぎるくらいにな……』
「マザー……」「ママ……」「母さん……」
『悲しむでない……生き物には何れ終わりが来るのだ。今回が私だっただけ……。それがこの世のルール……自然の摂理。終わったモノにやり直しは利かない……土に還り、新たな木々や花となってお前達を見守るのが終わり行く私の役目だ……』
尽きた命が戻る事はない。終わった魂を戻すのは命に対しての冒涜に等しき所業。一度眠りに就いた者を起こすのも無粋だろう。
そう理解していても尚、戻って欲しいのが人、いや、心ある生き物の心境。
最期にハクロ殿は、虚ろな目でヴェネレ殿の方を見、言葉を綴った。
『──ヴェネレよ……やはりお主はルナの子だな……。先の立ち回り、判断力。守られるだけの姫ではないと豪語するだけはある……。そして何より、その優しさは正しくあやつの娘だ……』
「……! マ……お母様の……!」
ハクロ殿はヴェネレ殿の母君と知り合いで御座ったのか。
意外でも無いな。現世を含め、ハクロ殿は拙者よりも永い時を生き、知り、見てきたのだから。
故に色々とお聞きしたかった。
『それを見込み……最期の頼みがある……私が永久の眠りに就いた時……この体へ主の炎魔法を使ってくれ……』
「ぇ……!? それってどう言う……!」
唐突な申し出に、困惑と驚愕の色を見せるヴェネレ殿。拙者や他のエルフ達も同じように思う。
死した体を焼く。それは拙者の国では死後の風習となっているが、この国でも該当するかは存ぜぬ。いや、反応を見る限りそうでもないのだろう。
『言葉のままの意味だ……そうする事で……この荒れ果てたエルフの里を戻せる……』
「……っ」
此処を戻すその為にハクロ殿の死後に焼く。
狙いが読めぬが、その表情は死に行くモノと思えない程に穏やかであり、真剣である。
彼女の言葉を拒否する事が出来ぬ程に。
『エルフ達との付き合いは長く……愉快な日々……全ての始まりはあの日だった──』
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【可哀想に……勝利を収めたは良いが、多くの仲間達を失ってしまった】
【魔神を払い除ける為とは言え、人間もエルフも魔族も、多大なる犠牲が出た。戦闘に赴いた男は全滅……女性も残り僅か……被害が一番甚大なのはもう数人しかいない魔族だが……時点でエルフの民達……何よりこの子達をどうするか】
【うえーん! お母さーん!】
【ママー!】
【どこ行っちゃったのー!?】
【……では、私が責任を持って面倒を見よう。お前は月へと向かうのだろう。──ジェムよ】
【いや、此処は私の故郷。ハクロ。月には君が。私は我が一族……エルフ族の再興をせねば……!】
【フッ、案ずるな。こう見えて子供は好きだ。問題無い。聞けば人間、魔族、エルフは種族は違えど子を残す事も出来るらしい。つまり子孫を残す事も可能。元々魔族は男女が残っているからな。お前は月に行き、夢を叶えるのだ】
【……ハクロ……。……分かった……では、最後に……頼んだぞ──】
━━━━━
『──では……頼んだぞ……この里は今後……エルフ……ダークエルフが共に生き……人々とも良い関係を結び……永遠の平穏を築くのだ……───』
「マザー!」「母様!」「ママ!」「お母さん!」「ハクロさん……」「ハクロ殿……」
言葉を残して立ち上がり、開いた眼でしかと青天井を見つめ、悠然な面持ちでハクロ殿はこの世を去った。
力無く項垂れる死ではなく、世界と未来を見定めた大義の死。妙々たる最期。
その顔には一片の後悔も憂いもなく、ただ静かに眠っていた。
「……誇り高き、偉大な最期に御座る。ハクロ殿。どうか安らかに」
小太刀を取り出し、然るべき態度で冥福を祈る。
暫しの黙祷を経、ヴェネレ殿へと視線を向けた。
「ヴェネレ殿。ハクロ殿の意思を」
「……うん……──火の精霊よ。偉大なる主君に永遠の安寧を与えん。“聖火”……」
祈りと共に赤き焔が立ち往生のハクロ殿へと燃え広がり、悲しみに暮れるエルフ達が名残惜しみながらも距離を置く。
これがあの方の意思。何をして崩壊した森を蘇らせるのか。それは即座に分かった。
「……! 灰が……」
「ハクロ殿の……」
「魔力が込められてる……」
燃え盛る中から現れた、白く光る雪のような灰。
曰く、魔力の込められた遺灰との事。
その灰が割れた大地に、枯れた木々に、草花に、ゆらりゆらりと静かに降り注ぎ、光と共に芽吹かせる。
「……っ。再生魔法……しかもただの再生じゃない……自分を対価にした……」
「自然が……戻ってく……」
「……綺麗……」
枯れ木に花が咲き誇り、美しく世界が変わる。
花弁の種類は何で御座ろうか。拙者の国にある桜にも近しい花。邪悪の斬撃と儀式の際に枯れた土地が息を吹き返し、生命をそこに宿らせる。
「あ……マザー……」
フロル殿が振り向き、形の無くなった蛍火を見届ける。
燃える速度が早い。つまりハクロ殿はヴェネレ殿の炎魔法を触媒とし、己へ世界への再生魔法を掛けていたのだろう。
先程まではあった、ただ眠るようなハクロ殿が消え去り、何処か物寂しさが残りつつもエルフの里は以前のような緑溢れる美しき場所となった。
「……。ありがとう。マザー。アナタのお陰で……またエルフの森が戻りました……」
胸の前にて手を握り、震えを止めて目に滴を浮かべながらも感謝を述べる。
エルフ達。そしてダークエルフの者達も黙祷を捧げ、森の方へと向き直って土地の再生へ手を貸す。
「ヴェネレ殿。拙者らも瓦礫の撤去や焼畑など、お力を添えるとしよう」
「うん……キエモン……。……え? ヤキハタ……?」
見てるだけには留めず、拙者らもお力添え致す。
ハクロ殿の最期の願い。一先ず一つ目、エルフとダークエルフが協力すると言うものは叶ったようだ。
邪悪の模造品との立ち合いが終わり、拙者らはその手伝いをする。
この後はハクロ殿の旧友であらせられる国の王にも事を伝えねばなかろう。




