其の佰弐拾弐 邪悪との決着
現れたハクロ殿を前に、邪悪は鼻で笑って言葉を続ける。
【フン、あの時は貴様に優れた仲間が居た。しかし今はどうだ? 使い物になりそうなのは今連れてきた全てのお仲間の中で、あの変な格好と頭の剣士だけだ!】
……失礼な奴だの。髷も刀と同じく侍の魂。この世界でも頭を指摘された事は殆ど無かったぞ。
ハクロ殿は言葉を返すように続ける。
『仲間を使える使えないという言葉で判断している貴様には分からなかろう。ただ強いだけの仲間ではダメだ。そう言った者は強さ以外の感情を何も持ち合わせていない者が多いのだからな。何れ亀裂が入り、必然的に仲間でなくなってしまう。そして私の仲間は弱い訳でもない。強く、優しいのがエルフの民だ。……だが、その何れを持ち合わせておらずとも、ただ共に居たいと思える存在こそが真の仲間と思う』
【下らん。つまらぬ。酷く退屈な持論だ。気分を害した。仲間なんぞ居らずとも、万物より遥かに強いのが我。全てを己で行える。そんな我に足手纏いなだけの仲間は必要無い。……そうだな。強いて言えば憂さ晴らしにピッタリな壊れにくい仲間は居ると良いかもしれぬ。何れ全生物を滅亡させた後も、暇潰しに痛め付けられるからな】
ハクロ殿と邪悪の申される仲間という存在。
拙者は全面的にハクロ殿へ賛成よの。嘗て仲間だった者達が何人も敵に回った事があるが、それは全て時代が悪かった。
拙者はただ、その者らとも酒を酌み交わし、何処の女子を好いているか。何処の茶屋で団子を食うか。何処の屋台に寄るか。そう言った他愛ない会話と共に日がな一日を過ごしたかった所存。
然れどそれは叶わず、結局拙者はかつて同じ釜の飯を食った友を斬り、名実ともに不名誉な鬼となっただけ。
十数年と言う決して短くなく、長くもない生を後悔して生きてきた。道を間違えたとは思わぬが、自責の念は尽きぬ。……だからこそ、今この場に現れたヴェネレ殿らを邪悪の毒牙から護らねばな。
「ヴェネレ殿。皆で来たのだな」
「うん。正直キエモンの邪魔になるかもしれないけど……居ても立っても居られないの……!」
「以下同文……」
「邪魔では御座らん。たった今士気が上がり、助かったところよ」
真っ先に拙者の元へとやって来る彼女ら二人。
そう、生きてくれているだけで良い。裏切らなかった仲間さえも戦にて多く死した。
現世で護り切れなかった仲間達と敵になった嘗ての仲間達。嘗ての友を護れなかった分、拙者は此処で彼女らを御護り致す。
今の拙者にはそれだけの力を持ち合わせているのだからな。
『魔神よ。今一度問い掛けに応えて貰おうか。……この世で最も信頼しているモノはなんだ?』
【生まれたての赤子ですら分かる事だ。──力。それ以外に何も要らぬ】
『赤子は物事を理解出来なかろう』
【赤子を舐め過ぎだ。産まれて初めて経験するのは自分の力じゃどうしようもない非情な現実。人間もエルフも全ての動物も、卵や母体に自分が宿り、産まれてから初めての食事までの短い時間の中で自分だけじゃ何も出来ないと知る。産まれた瞬間に母体の腹を破って殺し、父親と卵の中に眠る兄弟を食らい、自らの力で生きていけなければただのゴミだ!】
『お主の持論は一々物騒だな。なぜそこまで歪んでしまったのか』
【生まれついての勝者であり、最強であるからこそよ。歪んでなんていない。真の強者の在り方がこれだ!】
更なる黒き魔力を展開し、辺りへ邪悪な気配が立ち込める。
これ程までの瘴気。強靭な森の一角を枯らす事など容易い所業か。そして熟、奴の言葉には全く以て共感出来ぬな。一人で生きたいのなら生きれば良い。それを誰も否定はせぬ。
然れどこの世に生を受けた者達を構わず滅ぼし、唯我独尊に生きるのは止めねばの。
彼のお釈迦様も天上天下唯我独尊と一声を放ったらしいが、近場に居た者達を全て皆殺しにした訳ではなかろう。
この者は神道にも仏教にも人道にも反した絶対悪。此処で止めるのが多元連なる三千世界の為よ。
「姓は天神。名を鬼右衛門。悪鬼羅刹の身に落ちながらも主君を護るべく、参る!」
「キエモン!」
【……!】
小太刀を鞘に納め、その距離を一気に詰め寄る。
刹那に居合いを抜き、何者よりも速く、世界が一瞬暗転すると同時に邪悪の体を斬り伏せた。
【……ッ! マジでなんなんだよコイツ……!】
『何て速度……一瞬彼の姿が世界から消えた……太陽の光が映すのを諦めたと言うのか……!?』
まだ切り捨ててはおらぬが、手応えはあった。
やはり万物を斬り伏す鬼神の力なれば万物を無効化する奴にも刃が通るか。
今の感触は今までで一番良かった。馬……いや、鷲よりも速かったろう。
この感覚を忘れず、邪悪を封じるとしよう。
【極限の集中力と瞬発力。それが重なる事で光をも越すと言うのか……!?】
「さあ、終幕としようぞ。邪悪の化身」
【図に乗るな! 完全復活を遂げたのなら、我も光くらい容易く越えられる……!】
そうで御座った。この邪悪、まだ不完全な状態で復活したのだったな。
今の一撃を越える力は滅多に出せぬ。やはり鍛練をし、明来る日の為に鬼神を自在に扱えるようならねば。
『フム、キエモンが居れば未完成の奴は倒せるかもしれない。エルフの者達! なるべく距離を置き、遠方から魔法でサポートをしろ!』
「「「はい!」」」
彼女らが散り、拙者の隣へハクロ殿が寄る。
フム、現状、拙者と肩を並べられるのはハクロ殿だけに御座るか。如何程の実力を有するのか、彼女が居てくれるだけで大きく変わろう。
『力を貸すぞ。アマガミ=キエモン』
「ウム、頼りにしておる。ハクロ殿」
【死に損ないの老い耄れとちょっと強いだけの人間が……貴様ら程度、不完全な我で十分だ!】
大きな魔力を展開し、周囲を一気に消し飛ばす。
かなり大きな爆発であったな。魔力を暴発させるだけで此処までとは。
今の爆発は遠距離まで届く程のモノだが、拙者の推測が正しければ彼女の近くに居れば助かろう。
【……! 何故誰一人として死んでいない!?】
「あれ……私、生きてる……セレーネちゃん……?」
「……。なんか、光った……」
セレーネ殿へ付与されている何かしらの力。
思えばこれ程の存在をこの世界の祖先達は封じ込める事に成功しているのだ。そしてその半数以上は月へと向かった。
セレーネ殿はその者達の血を引いている。月の民の中には奴の攻撃を防ぐ者も居たのだろう。
それらを鑑みれば、セレーネ殿なら奴の攻撃を抑えられるという事となる。
『フッ、あの娘もか。その大人しさ、確かに面影がある』
「……成る程の」
ハクロ殿にも心当たりがある様子。なればこの戦が終わった後、じっくりと話を窺いたいの。
さすればセレーネ殿。そしてヴェネレ殿の大きな手掛かりが得られよう。
『付いて来れるか。人間』
「無論だ」
発破を掛ける為に敢えて他人称で拙者を呼ぶ。そんな事せずとも問題無いと言うに。
何にせよ、やる事は一つ。
『“白牙”!』
【……っ。相変わらずの速さと攻撃力だ……!】
ハクロ殿が己の牙に魔力か何かを込め、邪悪の体を齧り抉る。
これもまた傷となった。やはり何かしらの条件下では無効化しないのだろう。
そしてその条件は既に見切っておる。
「……」
【……っ。コイツ……!】
大きくは斬らぬ。当たればいいと言う感覚で刀を振るい、気配の弱い箇所へ小さな傷を付けた。
気配が弱いのは魔力が弱っておる。そして拙者の鬼神の力なれば無効化を無効にする事も容易い。
それらが相まり、拙者が斬り付けた箇所が奴の弱点となる。
【仕方無い。使うか。──“邪念斬”!】
「『……!』」
短き呪文だけを言い、闇の刃を振り回す。一閃にて空間が断たれ、二閃にて次元が断たれる。そして三閃。それにより、空間の先に存する“無”を斬り伏せた。
辺りは言葉で表せぬ乱気流に巻き込まれて飲み込まれ、徐々に広がりを見せて草木が消滅していく。
なればそれを斬るのみ。
「……」
【……! 無を更に斬り、我の斬撃を無効化しただと……!?】
『“灼牙”!』
【……ッッ!】
驚嘆する最中にハクロ殿が燃え盛る牙にて更に肉体を抉った。
抉った傍から焼き固め、肉体の再生を抑える。
奴の魔力が残っている限り穴を埋めるように治るだろうが、それもまた明確な隙よ。
【こ、こんなハズでは……こんなハズでは無かったと言うに……! 下等で下級な劣等種共がァ……!】
今度は演技では御座らんな。暴走するように取り巻く周りの魔力がそれを裏付ける結果となっている。
なればそれを更に断ち斬る。
「もう終わりだ。邪悪よ」
【……!? 更に魔力が……!】
纏うよりも前に斬り伏せて霧散させる。
邪悪がそれに対しての焦りを見せ、それを機にとハクロ殿が踏み込み、霆よりも更に速く迫る。
『これで終わりだ。“終牙”!』
【──……クク……なんてな……!】
『……!』
「ハクロ殿!」
ニヤリと笑い、霧散した魔力を操りハクロ殿の体を全方位から貫いた。
あれもまた演技……いや、では御座らんな。魔力が散り、そこから応用しようと機転を利かせたのだろう。故に拙者も気付かなんだ。
【ハッハッハ! 不測の事態にも対応出来なければ、まだまだだァ!!!】
『……』
更に魔力を操り、トドメへ差し掛かる。
……っ。間に合わぬ。拙者の小太刀。打刀とも違う、このほんの一尺二寸(※約35㎝)の差が奴の速度にとっては大きなズレとなる。
だが、行かねばなるまい。考える時間すらをも惜しい。既に拙者の体は動いて御座った。
【勝った! 死ねい! 老い耄れ──】
「──“ファイアレーザー”!」
【……!】
「……!」
『……ヴェネレ……』
差し掛かる手前、ほぼ同時にヴェネレ殿の炎魔法が奴の弱点とした場所を貫いた。
傷は浅く、再生せぬ部分であったとしても直ぐに治るようなもの。だがその一瞬の反応が丁度一尺二寸の差となる。
「切り捨て……」
【がっ……まさ……か……】
「御免!」
鬼神を纏うた白柄の小太刀にて胴体を切り裂き、ハクロ殿を貫いていた鋭利な魔力が消え去る。
邪悪は怨めしそうにヴェネレ殿の方を睨み付ける。
【たかが……たかがなんの力もない……矮小な人間が──】
「……!」
「ヴェネレ殿!」
魔力を伸ばし、高速で鋭利な槍が突き行く。
そしてそれは───ヴェネレ殿の眼前で停止した。
【この……我が……】
「……」
最期に言い終えるよりも前に体と魔力が消え去り、辺りは嵐が去った後のように静まり返る。
この短時間で皆が皆肩で息をする程疲弊しており、その場に居た全員が膝を着いた。
奴の気配は無くなった。死したかどうかは定かではないが、此れにて一先ずの決着となるのだった。




