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其の佰弐拾壱 援軍

 ──私はルーナ=シュトラール=ヴェネレ。ルーナは以下略。

 キエモンがここに呼ばれ、私達も調査の為にエルフの里に来ていた。そして戦闘が始まるかもしれないからってのもあって待機しているんだけど……。


「なに、これ……」

「分からない……」


 目の前に広がる光景に、理解が追い付かず息を飲むしかなかった。

 一筋の何かが通ったかと思えば周りの山が崩れ、この大樹からも最上階の葉が落ちた。


『この気配……まさか……』

「知っているんですか。ハクロさん……!?」

『ああ。まだ見た訳じゃないから想像の範疇は越えぬが、昔、似たような魔力の流れを感じ取った事がある……』


 嫌な感じ。それについて思い当たる節があるハクロさん。

 何でも昔に感じた事があるとか。ハクロさんの年齢が何歳かは分からないけど……。


「それはどんな時の、どんな相手……?」


『数百年前……世界に滅亡の危機が訪れてな。その時に私を含め、何人かの人間とエルフ。そして“魔族”が協力し、打ち倒して怨念さえも封じる事に成功した。その時だ』


「……! 人間とエルフと……魔族……!? と言うか数百年前にあった滅亡の危機って……」

『ああ。魔神だ』

「……っ。気が遠くなる話だね……」


 まさかハクロさんがその討伐に携わっていたなんて……不思議と受け入れられるけど。

 なんにしても、それと同じような気配を感じているって事は……。


「今の斬撃……もしかして……」

『十中八九、その魔神が何らかの形で蘇ったのだろう。いや、そもそもダークエルフが森を枯らした時点で仕組まれていた事かもしれぬ』

「やっぱり……」


 もし本当にそうなら大変なんてものじゃない。

 と言うかそもそも、私達が待っている訳にはいかない……! グズグズしているうちにみんなが……キエモンが……!


「ハクロさん。今すぐ行かなきゃ……!」


『待て、早まるな。仮に行ったとして、お前に何が出来る。足を引っ張り、邪魔になるだけだ』


「うん。邪魔になるかもしれない……けど、何もしないで大事な人達を失うよりはずっと良い……! 私は護られるばかりのお姫様じゃないから」


『……!』


━━━━━


【久し振りに顔を見せたと思ったら。まさか人間の一王子に嫁ぐとはな──ルナよ】

【へへーん! いいじゃん! 月の王女様が地上の男性に恋しちゃったんだから!】

【お主は王女だったか?】

【うっ……性格に言えば王女の妹……乙姫です。手厳しいなぁ。ハクロちゃんは】

【ちゃんはやめろ。私の方が数百年歳上だぞ】

【ごめんなさーい!】

【全く……まずはその言動を直さなければな。もう少ししとやかになれ】

【はーい。じゃなくて、はい】

【その様な在り方でこの星の王妃が勤まるのか……】

【大丈夫! 私、心はもうお姫様だからね! それに、他人に護られるような弱いお姫様じゃなくて強いお姫様!】

【……そうか。覚悟は本物と言う訳だ】

【勿論! どうなるのか分からないけど、国の王女としてやれる事はやるよ!】

【フッ、成る程な。……しかし、久々だ。そうだ。月に行った***らは──】

【あー、その人達ね。実は才能のある5人がとある部隊を──】


━━━━━


『……お主、まさか』

「え?」

『いや、何でもない。今言う必要もないからな。──覚悟は本物と言う訳だ』

「うん。どうなるかは分からないけど、やれるだけやってみる……!」

『フッ……』


 どうしたんだろう。不思議な反応。

 だけど小さく微笑んでくれた。同行を許可してくれたって事かな。

 隣ではセレーネちゃんが私の袖を引いた。


「ヴェネレ……」

「セレーネちゃんも?」

「うん……危険な存在が相手なのは分かったから……」


 私が言えた義理じゃないけど、セレーネちゃんは非戦闘員。まだどんな魔法を使えるのか見た事も無いけど……本当に大丈夫なのかな。

 だけどなんとなく、確証も無く、根拠も何もないけど……なんとなく彼女が居れば大丈夫な気がする。女の勘かな。


「ハクロさん……!」


『うむ、分かった。では総出で行こう。樹の見張りもおそらく要らぬだろうからな。捕らえたダークエルフも含めて向かう。あの魔神ならばダークエルフの者達も操られていた可能性があるからな』


 全員でその場所へと向かう。

 ハクロさんもセレーネちゃんから何かを感じ取ったみたい。

 考えてみれば、セレーネちゃんは月の女王の娘……みたいな存在だもんね。未知の力を持っている可能性は高い。

 邪神・魔神vsエルフとダークエルフ。そして人類代表の私達! 足手纏いには絶対にならない!



*****



【死──】

「──なん」


 闇の刃を小太刀で受けて逸らし、誰もおらぬ方向へ飛ばす。

 斬撃はそのまま突き進み、地上へ深き奈落を形成する。複数の山を一薙ぎで切り崩す斬撃。まだ小さき被害であろう。


「足止めくらいは出来る! “花吹雪”!」

「“葉々斬”!」

「“枝刺”!」


【小賢しい!】


 流石に何度も気は取られぬか。フミ殿らの魔法を瞬時に斬り消し、拙者の眼前へと迫り来る。


「“ダークエンブレム・トラップ”!」

【……!】


 踏み込んだ先にて雷の爆発が起こり、雷鳴轟かせて邪悪の体を蝕む。

 然れど邪悪はそれすらをも消し去り、全く威力を弱めず振り下ろした。


「……」

【フッ、やはりお前しか相手にはならないな……!】


 逸らしてかわし、蹴り上げて避ける。

 地上に振り下ろされた斬撃はまた奈落を生み出し、天へと振り被った斬撃は空の雲を割る。心無しか、太陽の揺らめきが一瞬変わったの。となると射程は──


「無限か」

【有限だが、限り無く無限に近い】


 星を一周し、先の斬撃がまた迫り、それを斬り伏せて相殺した。

 避けるだけでは駄目か。確実に消すか受けねば斬撃は千里を渡る。エルフの里を飛び出し、世界に被害が及んだかそうではないか。いずれにせよ巻き込む範囲が広くなってしまうの。


【安所から剣を振るだけで世界が滅ぶ。それが我の力だ!】

「そうか」


 一言だけ返し、懐へと踏み入る。

 当たれば死ぬ。それは遠くでも近くでも変わらん。なればより拙者に有利な領域にて相対すれば良いだけ。

 拙者の安所は敵の近くよ。


「……」

【ヘヘァ!】


 振り下ろされ、薙ぎ払われ、打ち突かれる。

 避ければ周囲が滅ぶ。一つ一つを明確に受けねばならないのは面倒よの。エルフ達も頑張っているが、敵もこの環境に慣れてきている。


「“聖樹拘束”!」

「“花纏”!」

「“葉隠”!」

「“枝縄”!」


「“ダークエンブレム・捕縛キャプチャ”!」


【クソアマがァ!】


 魔法にて拘束し、邪悪を狙う。

 それらを一瞬にして解き、魔力のような衝撃波で周りの者達を吹き飛ばした。

 それもまた明確な隙。駆け行き、今の時点で唯一死角となっていた脇腹を刀にて裂き斬る。


【……ッ! 人間風情が……!】

「……」


 フム、何故か腕を斬られるより効いていたな。

 あの感覚、拙者が先程切り落とした腕は魔力からなるモノだったので御座ろうか。

 然し乍ら再生せぬのを惟るにまた別の存在。それが何かは存ぜぬが、狙い目は腕や足以外かもしれぬの。


【ならば見せてやろう……圧倒的な力の差と言うものをな……!】

「先程から其のつもりだったのでは御座らんのか? 一向に見せられておらぬがな」

【ぶっ殺す!】


 自然と口数も多くなる。全く以て難儀な相手よ。

 結果的に挑発となっているが、此奴の場合は闇雲に暴れさせて余計な破壊を引き起こす方が問題であろう。


【死に行け、下級生物!】

「主は生き物ですらなかろう」


 闇の刃が今一度振るわれ、それを防ぐ。魔力が散っては枝分かれするように伸び、それを飛び退いてかわした。

 幾度となく繰り広げられた攻防。そろそろ決着といきたいところだが、そうもさせてくれぬのが邪悪よ。


「キエモンの攻撃は効くみたいなのだ……魔法じゃないからかな……」

「だったらレイピアを使えばチャンスがあるという事かな?」

「えーと……ダークエルフの王女。効果があったとしても彼の邪魔になるかも……」

「レーナだ。しかし、確かにそうだな。そもそも通常のレイピアであの魔力の刃は防げない。対等に立ち合えるのが彼だけか」

「やれる事は魔神の邪魔をするだけなのだ」

「残念ながらそうだな。──“ダークエンブレム・バインド”!」


 紋様が邪悪を取り囲み、一瞬だけ動きを止める。

 奴が如何なる魔法も無効化する存在とて、魔法を受けてから無効化するまで少しは時間が掛かる。その時間は瞬きにも満たず、限り無く零に近い時間だが、確かに経過する。

 故に拙者は、既に仕掛け終えた後に今の思考をしていた。


「そうであっても狙えたのは片腕だけか。難儀な相手よの」

【ぐっ……人……間……!】


 邪悪の腕が天を舞い、闇の魔力と共に地に落ちる。

 残る腕は一本。足は変わらず四本だが、武器を使えなくさせるだけで十分な結果に御座ろう。


【──クク……なんてな】

「フム」


 不敵に笑い、直ぐ様斬った腕を再生させた。

 小馬鹿にするような嘲笑と共に言葉を続ける。


【どうだ? 次々と腕を捨て、希望を持たせる演出は。薄々は気付いていたかもしれないが、我の体は大半が実体を持たぬ。貴様らが与えていたと思っていたダメージは全て演技だったんだよォ! バァァァカァハハハハハ!!】


「楽しそうよの。それは何より。笑う門には福来ると申す。主も邪ではなく福をもたらせ」


【あ? 貴様、少しは絶望しろ。絶望は我の糧というにつまらんの。もう少しエルフ共を見習え】


「そ、そんな……再生した……」

「あんなのどうすれば……」

「今までの行動は全て……」

「勝てる気がしないよぉ……」


 確かにエルフの者達は絶望に打ちひしがれている。

 再生するのならまた斬れば良いだけなのだが、何をそんなに慌てるのか。これが分からぬ。

 拙者以外の戦意がうに削がれてしまっておる。複雑な心持ち。何か切っ掛けがあれば彼女らもまた立ち上がるのだがな。


『──再生するのなら、出来ぬまで粉々にするか封じれば良いだけだ。エルフとダークエルフの民達よ』


「「「…………!」」」

【……ほう?】


 思案していると、一つの声と共に邪悪の体が多量の木々に拘束された。

 そこへ向けて複数の魔法が放たれ、それら全てを消し去った邪悪が声の主へ視線を向ける。


【まだ生きていたのか。死に損ないの老狼が】

『その言葉、言いにくくないか? 悪の魔神よ』

【そうでもない】


 現れたのはハクロ殿。そしてエルフの兵士達に加え、捕らえていたダークエルフとヴェネレ殿ら。

 フム、何やらお知り合いの様子。加え、エルフ達の士気がまた上がったようだ。


「マザー!」

「昔にあの魔神を倒した一人!」

「一匹じゃない?」

「どっちでも頼もしいよ!」

「そうだね!」


 ハクロ殿にはそう思わせる実績があるか。その信頼も頷ける。

 拙者らと邪悪の戦闘。それはハクロ殿らの増援と共に一気に佳境へと差し掛かる。

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