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其の佰拾玖 ダークエルフの長

「ねえ人間! その力を見せて頂戴!」

「……」


 魔法の応酬のみならず、自ら拙者の方へ向かってくる者もちらほら。

 やはり人間。そして男子である拙者が珍しく、その力を見てみたい者も少なくないのだろう。

 果たして真面目に相見あいまみえようとしているのかすら気になるの。


「“ダークエンブレム”!」

「……」


 レイピアを振るい、黒い紋様のようなモノが生み出されて迫った。

 ヴァナ殿と違い、彼女は触媒を使う者の様子。見ての通り触れてはいけない魔法のようだの。雷のような物が迸っておる。


「……」

「お、速いねぇ♪」


 紋様の隙間を抜け、加速。瞬時に距離を詰めて鞘を振るい、彼女は避けた。

 この動き、この者は他の輩と少し違うやも知れぬな。


「人間の男!」

「私にもやらせてー!」

「…………」

「「……ッ!」」


「あらら、本当に強いねぇ。君」


 二人のダークエルフが隙を突いたつもりで仕掛けて来たが、難なく打ち沈めた。

 やはり始めに仕掛けてきたこのダークエルフは一味違うようだ。


「主、何者だ? 佇まいに雰囲気。面持ちや小さな動作。他の者達とは一線を画すようだ」


「……! へえ、これは予想以上。一目見ただけで色々分かっちゃうんだ。名前を言うならレーナだけど……ふふん、それより見ただけで私のスリーサイズとかも分かっちゃう~?」


「すりぃさいず?」

「えーと、バスト、ウエスト、ヒップとか」

「ばすとうえすとひっぷ……」

「胸と腰とお尻……」

「成る程。乳と腰とケツをそう申すのか」

「下品な言い方! 人間ってこんなに無知だったんだ……!?」

「下品とは失敬な奴よの。斯様に不埒な格好をしておる主がそれを申されるか」

「これはファッション! まあ、肌を見せるのは開放的で好きだけどね! アナタには失望した!」


 何やら勝手に失望しておるの。元より評価を上げる必要も無い敵。拙者から距離を取ってくれるのならそれで良かろう。

 実力は確かな為、余計な会話はせずとも良い。


「では、参る」

「良いね。その戦闘になると変わる顔付き。無知でも雰囲気は好きだよ。人間」

「………」

「なーほーね。今ので親しい会話は終わりって訳」


 言葉に返答はせず、鞘を振り抜いて横に薙ぐ。

 レーナ殿は飛び退くように避けつつレイピアを振るい、新たな紋様を生み出してその上へと乗った。

 彼女らの乗り物も多様よの。

 そのまま天へと掲げ、無数の紋様を空中に生み出す。


「“ダークエンブレム・ドロップ”!」

「……」


 紋様からいかづちが生み出され、天雷となりて周囲を焼き払う。


「……! 私達の魔法が……!」

「ちょっとレーナ様~! 私達も巻き込まれてる~!」


 雷に焼かれた植物は魔力となって散り、また周囲へ吸い込まれるように無くなる。

 敵も味方も関係無い様子。この範囲のこの魔法。何より先に本体を打つべきか。


「……」

「速いねぇ。相変わらず♪」


 朽ちる木々を足場に跳び、レーナ殿へと鞘を打つ。

 紋様に乗って移動する彼女は華麗にかわし、再び魔力を込めた。


「“ダークエンブレム・ウェーブ”!」

「……」


 波のように隙間無く迫り、それらを切り伏せていく。

 避けるだけなら簡単だが、後ろの仲間達に当たってしまうからの。不本意だが鬼神を使うて防ぐまで。

 今一度跳び、そのまま正面から突き出した。


「真っ直ぐしか行けないのかな? どうやらアナタ、飛行の魔法を使えないみたいだね」


 それは正解。訂正するのなれば飛行だけでなく魔法全般を使えぬという事。

 だが、真っ直ぐしか行けないというのは語弊があるの。


「……」

「……!」


 避けられた直後に蔦を引き、弧を描いてレーナ殿へと打ち出した。

 既に消えかけの樹の為、これを遂行した矢先に消え去り申した。


「既に消え掛かっているエルフの樹を利用して……ねえ。ふふ、そこまでして仕掛けるなら飛行魔法が使えないのは間違いないみたい」


「………」


 浅かったの。咄嗟に紋様で防いだようだ。

 然しまあ、それは兎も角として、拙者は今悩んでいた。

 それは魔法を使えぬと教えるべきか否か。薄々は気付いているようだが、完全ではない。元より拙者は正々堂々とした戦いを好むのだが、仮にそう知られれば遠距離から安全に仕掛けてくるであろう。結果として後ろのエルフ達も巻き込んでしまうのが懸念だ。

 よって結論。一先ずは捨て置き、やはりレーナ殿をなるべく早くに打ち仕留める所存。


「………」


「無言で淡々と機械的に仕掛けてくる……敵を討つ瞬間に一切の感情を出さないように心掛けているね。それは正解。敵を倒すのに感情は不要だから」


 着地と同時にまた跳び、鞘を打つ。

 彼女の言う事には一理ある。如何様な綺麗事や御託を並べたところで、戦は多くの者を殺めた方が勝つ。

 勝利を掴む為ならば情を持たぬ怪物にでもなろう。既に拙者は鬼なのだから。

 鬼は鬼らしく、容赦なく攻め立てるべきか。


「主の紋様、お借りする」

「……! 私しか乗れない魔力に……?」


 鬼神を足へと付与し、万物に踏み込む。

 物の試しだったが成功したの。

 何をしたかと問われれば、普通に乗っただけ。万物を切り裂く鬼神の力。それを肉体に付与すれば魔力にも乗れよう。

 断りは入れた。返答はされてないが、まあ良しとする。常に紋様を展開するレーナ殿。これで空中での立ち回りも可能よ。


「不思議な力を使うみたい」

「……」


 不思議な力はお互い様だが、返す必要も無い単なる感想。

 紋様から紋様へと跳び移り、レーナ殿との距離を詰め寄り鞘を振り払う。


「良い力。これなら復活も早いね」

「……」


 復活。はてさて、拙者の力をもちいて何を復活させようと言うのだろうか。

 飛び退くようにかわしては拙者の周囲へ紋様を寄越し、挟み込むようにけしかける。それらを断ち切り、今一度眼前へと攻め入った。


「何でも切り裂く剣……アナタってもしかして、邪神の近縁だったりする?」

「………」

「返事は無し。それが正解なのはそうなんだけど、会話くらいしてくれないかなぁ~」


 邪神。それは何度か会話に出てきている魔神と同義。

 人間の中では魔神・邪神と二つの呼び名があり、エルフは魔神。ダークエルフは邪神と呼ぶ。拙者がそんなモノの仲間とな。万物を切り裂くこの力からそう判断しておる。

 鬼神にも近い存在なのかもしれぬな。いずれにせよ神と呼ばれる物の類い。

 立ち合いには必要無い会話だが、一応返してやるか。


「拙者、邪神の仲間では御座らん」

「お、返してくれた。ありがとね。そうなんだぁ」


 返答と同時に紋様を蹴って跳び、レーナ殿へ鞘を振り下ろす。それを正面に張った紋様で防ぎ、もう片手を使い拙者の腹部へ魔力を込めた。


「“ダークエンブレム・フリップ”」

「……」


 その衝撃で弾かれるように飛ばされ、距離を離される。

 追撃の如く迫り来、紋様が既に拙者の体を囲んでいた。


「“ダークエンブレム・ボム”!」

「………」


 ぜ、この場所が大きく揺れる。

 パラパラと天井から岩の欠片が落ち、辺り一帯が爆煙によって包み込まれた。


「キエモン!?」


 フロル殿からお声が掛かる。

 拙者を心配してくれるなど彼女も優しいの。


「問題無い。紋様と爆発を同時に斬り申した。拙者は無傷よ」


「「ぇ……すご……」」


 同時に素っ頓狂な声を漏らすお二人。

 この反応も新鮮よの。ヴェネレ殿らは既に慣れておられる。それでもたまに驚きはするが。

 レーナ殿はハッとし、今一度距離を詰め寄った。


「だったらもう一回……!」

「二度は食らわぬ」

「……っ。一度も食らってないでしょ……!」


 向こうから距離を詰めてくれたのなら好都合。鞘を打ち抜き、その体を吹き飛ばした。

 レーナ殿は勢いそのまま壁へと衝突し、此処が揺れる。また咄嗟に紋様で護ったか。生存能力は高いようだ。

 そして、フム。彼処は奇妙な気配を感じ取った場所よの。


「ゲホッ……何なのあの人間……予想以上に強すぎ……」

「さて、拙者が圧倒しておる。そろそろ降参したらどうだ? 戦など起こさせんぞ」

「もう目の前に来てる……って、戦を起こす? 何それ……私達の目的はどちらかと言えば防衛だよ」

「……?」


 ダークエルフの目的は防衛との事。

 話が違うの。ならば何故防衛の為に森を枯らし、エルフの里へ侵攻したのか。

 それについて訊ねてみるとするか。


「何故森を枯らしたのだ? 防衛の逆をいっているではないか」


「え? だってそうすればエルフ達を止められるって。そもそも、エルフの目的が戦争なんじゃないの? だから私達は馬鹿な真似は止めさせようって魂胆」


「フム……」


 全ての話がすれ違っておる。だったら更に突き詰めてみるか。


「防衛が目的と言ったな。具体的なやり方を教えて頂きたい。加え、主らの長は誰ぞ?」

「具体的なやり方は……今に分かるよ。そして長と言うならこの私かな?」

「レーナ殿で御座ったか。然しそうなると更なる疑問が思い浮かぶ。主は誰からそれを聞いた?」

「誰って……えーと、誰だっけ。何となくモヤモヤして憂いが晴れない。けど大丈夫。問題無いから」

「………」


 そう話すレーナ殿は何処かフワフワしていた。

 物理的にではなく、その言動が。その様子に戦闘を止め、話を聞いていたフロル殿が反応を示す。


「この様子……ダークエルフの長はちょっとした暗示に掛かっているかもしれない」

「暗示?」

「うん。無自覚の暗示。本人も知らないうちに掛かっていたみたい」


 暗示の類い。それによって彼女は挙動不審に陥っておるのか。

 となるとレーナ殿の目的は暗示を掛けた主の目的という事になる。……少々マズイの。


「その暗示により今の行動に移っている……なれば時間が無いかもしれぬぞ」

「……! そう言えばさっき、今に分かるって……!」


 そう、具体的なやり方は今に分かると言っていた。

 彼女の申される“今”と言うのは“いつ”の“今”か。

 比喩的な表現ならば数分後。言葉の示すままなれば──


「──仕方無い。斬るか」

「……!」

「え!? キエモン!?」


 ただ敵を討つ。それだけよ。

 レーナ殿が小さく反応を示し、フロル殿が驚愕の表情となる。

 案ずる事勿れ。拙者が斬るのはレーナ殿ではなく、彼女が気に掛けていた奥の祭壇よ。


「切り捨て、御免」


 鬼神纏の刀を振り下ろし、斬撃がレーナ殿の横を通り過ぎて最奥を断つ。

 瞬刻の間にレーナ殿から黒い何かが飛び出し、その奥へと迫った。


「……あれ……私……」

「レーナ殿」

「……! 人間……」


 フラ着き、倒れるのを支えて止める。

 アレの後を追うのは間に合わなかったの。だが、確かにアレは斬れた。


【──潮時……か。まだまだ未完成の不完全……我が存在を、この世に呼び覚ますのは──】


 くぐもったような声と共に暗雲立ち込め、この洞穴が大きく揺らぐ。

 これはちとマズイの。


「フロル殿! 皆の者を外へ! 拙者はレーナ殿を連れる!」

「う、うん! 分かったのだ!」

「ちょ、人間が私を……!」

「何……あれ……?」「なんだろう」「不気味……」「見てて不安になる……」「嫌な感じ……」


 異様な気配に彼女ら全員が気付いた様子。戦闘は一時的に中断され、拙者らは空間を切り裂き無理矢理外へと脱出した。

 振り返り、それを目の当たりにする。


【不完全だが……流石はダークエルフの技術……ガワはこれを参考にしよう……そして謎の剣士……彼奴は邪魔になるな】


「あれって……!」

「下がれ! 皆の者!」

「「「……!」」」


 刹那にも満たぬ短き間隔。その刻の間に魔力のような細い何かが撃ち出され、拙者は鬼神の刀にて逸らし、天へと逃した。

 その斬撃にて空が割れ、切り口から光が差し込む。然しその光は曇天の空によって覆われ、漆黒の闇と化した。


【やはりあの剣士……天敵になるかもしれない……数百年前のあの時の人間とエルフ……そして……】


「黒き刀……」


 現れたそれは魔力から刀を作り、複数本の手に握る。

 体躯は一丈一間一尺(※約5m)程。腕と足が二本ずつ。さながら虫に腕が生えたような見た目よの。

 それは言葉のような文を綴る。


【我が名は無い……だが、魔神、邪神。悪魔。呼び名は様々。今の世界の生き物は美味か?】

「人食いはあまり推奨せぬ。──鬼は侍に狩られるからの」

【サムライ……そうか、それが今の剣士の名か】

「いや、拙者に限ってだ」


 現れたそれは、魔神・邪神。そして悪魔。即ちかつて世界に現れたその存在。

 不完全であり、言うなれば模造品のような存在だろうが、それを差し引いても凄まじき圧を感じるの。

 ダークエルフの思想を阻止するつもりだったが、予想外の怪物が目覚めたな。

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