其の佰拾漆 ダークエルフの森
──“ダークエルフの森”。
「何して遊ぼっか!」
「君達は何が良いー?」
「男なんて初めて見た!」
「人の女の子も可愛いね!」
「エルフの女の子は勿論可愛い!」
枯れ木に覆われた森の中。
どうやら彼女らは拙者らを興味本位で見ている様子。
エルフ族に男はいない。それはダークエルフも同上。故に注目の的となっている。人間もまあ、珍しいと言えば珍しいのでヴェネレ殿らも同じく。
さて、一先ず戻って此処についての報告をしたいが、抜け出せる雰囲気でも御座らんな。
「ねえ、ヴァナ見なかった?」
「ばな?」
「うん、ヴァナ。さっきエルフを連れ帰って来るって張り切って出て行ったきり戻らないんだ」
「彼女なれば打ち倒し、拠点にて幽閉されているぞ」
「えー!? それってマジ!?」
「マジも大マジ。誠に御座る」
「ヴァナ倒しちゃうんだー。すごーい!」
攻めてきたダークエルフ。名をヴァナと言うらしいが、彼女が捕らえられた事については特に心配しておらんな。
エルフに捕まっても酷い目に遇う事が無いのを理解しているからだろうか。打ち倒した事へ驚嘆はしているが、然して気に留めてはいない様子だ。
「うーん、どうしよう。仮の話だけど、君達を捕まえてヴァナと交換したら条件に乗ってくると思う?」
「それはないな。元より拙者らが主らに捕まる可能性は微塵も無い故、そもそもの前提が間違っておる」
「えー、仮の話でも君達は捕まらないの?」
「仮の話はあくまで可能性が残っている自体に該当する。即ち、今の状況には当てはまらぬよ」
「そ。残、念!」
瞬間、無数の木々が拙者らを取り囲むように生え、居合いの要領で刀を振り抜いて切り裂いた。
更なる木々が展開し、何処からか先のダークエルフの声がする。
「“樹海迷宮”。今からこの領域全ては私の魔力が支配する空間。これを含めても仮定の話は実在しない?」
「そうよの。零は幾ら揃っても零よ」
正面に刀を振り下ろし、魔力と木々の流れを断ち切る。
言うても正面だけ。方向自体は既に変えられていると考え、この迷宮を抜けねば脱出も出来ぬの。
「ヴェネレ殿らは皆近くにおられるか?」
「うん、居るよ!」
「私も……」
「私も居るのだ。けどマズイかも……」
ヴェネレ殿らの姿はしかと確認した。
この森ではぐれては探し出すのも大変だからの。
斬った傍から魔力の木々はまた生え、ダークエルフは言葉を続ける。
「へえ、魔力その物を断ち切る斬撃。魔法なのかそうじゃないのか分からないけど、珍しくて面白いね。“幻影濃霧”……」
太刀筋に興味を示しつつ、魔力の霧を張って更なる目眩ましを行う。
拙者らは背中合わせとなり、互いに存在を認知した上で周囲へ構える。
すると眼前に影が現れ、不規則に動いて拙者らへと飛び掛かる。
「“ファイア”!」
その影に向けてヴェネレ殿が呪文のみの炎魔法を放ち、直撃と共に揺らいで留まる。
然し直撃したにも関わらず揺らぐだけで意に介していない様子。それを見、フロル殿が拙者らへ叫ぶように話した。
「みんな! これはダークエルフの幻覚魔法だから惑わされないで! 本物も居ると思うけど、半数は単なる影だけ!」
「幻覚……だから手応えが無いんだ」
フム、幻術か。然し影だけの幻影。声や質量は関与していないと見て良さそうだ。
なれば拙者のやれる事は一つ。
「彼女らか」
「「え……?」」
呟きの如く言い、動く影のうちの幾つかへ狙いを定める。
瞬時に踏み込んで駆け出し、峰にて三つを打った。
「「「……ッ!」」」
それらは誠のダークエルフ。視覚が化かされようとも、音や呼吸などの気配はそのまま。
戦場では背後からの流れ弾や兵士に気を付けなくてはならぬからの。
この霧も戦場の爆煙に等しきモノ。視界の悪い場所での戦い方も心得ておる。
「スゴい、キエモン。気配を探って……」
「……。ヴェネレ。左の二つと後ろの二つから感情が伝わる……」
「……! そっか。セレーネちゃんなら感情の動きから本物を割り出せる……!」
「成る程。じゃあ私は後方の二人を迎え撃つのだ」
「分かった。私は左側の……!」
拙者と共に、セレーネ殿の判断の元ヴェネレ殿らも行動に移った。
気配を探るのはあまり得意ではないようだが、感情から本物を見付け出せる彼女が居れば問題無かろう。……いや、
「へへん、そう簡単にやられないよ!」
「けどすっごーい! どうやって私達を見つけられたの?」
「……っ。動きが……!」
「流石のエルフ。上手く立ち回ってんじゃん!」
「やるねー」
「簡単にはいかないのだ……」
セレーネ殿に見つかった事へは気付いていない様子だが、ヴェネレ殿らの動きに反応したの。
やはり身の塾しはかなりのもの。容易くはない。
「……っ(キエモンは簡単に3人を倒したのに……私は……!)」
何やら歯噛みし、杖を構える。
また彼女は己を悲観しているな。そんな事無いのだが、ヴェネレ殿は時折自分を役立たずと卑下する事がある。自己肯定が高いように見えて実は低いのだ。
一体何故その様な性格となったのか。気になり申すが今は手助け致そう。
「ヴェネレ殿。助太刀致す」
「キエモン……」
「おっと、強い方の人間だ」
「少し霧に紛れようか」
(強い方……じゃあ私は……)
前に立ち、刀を薙いだが少し遅れたのか逃げられた。
フロル殿は捌いている様子。エルフ同士、通ずるモノもあるのだろう。相手を何も知らぬヴェネレ殿が不利なのは仕方無いが、彼女はそうは思っていないようだな。
「──やっぱりキエモンは……私の方がダメだから助けに来たの……?」
「……?」
ダークエルフが離れるや否や、拙者に向けて質問をする。
何を申されているのか。そんな訳無かろうに。
「拙者が来た理由はヴェネレ殿を護る為に御座る。そこにダメも良しも無い」
「私を護る為……それってやっぱり、私の方が弱いから……」
「何を申されるか。貴女を護るのに強いも弱いも御座らん。ただ家臣として当然の義務。拙者にとって貴女を護る事は呼吸をするのと同義よ」
「そう……なんだ。けど私、全然役に立ってない……」
やはり精神面が少しやられているか。
今までの戦闘によって募り募った強敵らの存在がそうさせているので御座ろうが、それだけでは無いようにも思える。然し真偽は定かではない。
何とか喪失した自信を取り戻させる励ましの言葉を投げ掛けなければ。
「……ヴェネレ殿。思うに、人にはそれぞれの役割が存在すると思い申す。拙者らが今此処に居るのはヴェネレ殿のお陰。森の国の王に話を付けられたのも、更に言えばこの五ヶ月で多くの任務を達成出来たのも。全てはヴェネレ殿があの日、路頭に迷っていた拙者を拾って下さったからだ。既に貴女は世界へ大きな貢献をしてらっしゃる」
「けど、その功績は全てキエモンのお陰。私一人では何も出来ていない……要領も悪いし……パパの跡を上手く継げてない……」
「そんな事は無かろう。今現在の時点でヴェネレ王に何の不満も出ていないのがその証拠だ。無能な王なれば民が反旗を翻す。然れど貴女はその様な事態に陥らず、民からの信頼も厚い。無論、拙者も貴女を好いておる。元より姫と言う立場でこれ程までに戦えているのだ。たった少しの戦闘にて結論を出すのは早計も甚だしい。ヴェネレ殿は此処に居てくれるだけで拙者にとって無くてはならない存在なのだ」
「キ、キエモン……ちょっと恥ずかしい……」
例えば今此処からヴェネレ殿が居なくなれば拙者は今後何をするだろう。それが分からぬ程に彼女の存在は無くてはならない。
故に今やる事は、拉致が目的であるダークエルフからヴェネレ殿らを御護りする事。
「……元を言えば、この霧が邪魔なのだな。──さっさと晴れよ。姫の御前だぞ」
「「あれれー?」」
鬼神を纏い、回転を交えて周囲を切り裂く。それによって霧が晴れ、囲っていた木々が倒れた。
ダークエルフの者達には当たって御座らんな。気配を読み、しかと当たらぬように気を付けていた。
然しそれでも木々はまた現れる……フム、ではこうしよう。
「ヴェネレ殿。拙者の刀に主の火を」
「え?」
「纏わせるのだ。先ずは此処から脱出する」
「で、でもそんなの……やった事無いよ」
「なれば今しようぞ。あれ程までに魔力の操作が上手いからの。主ならばやれる」
「わ、分かった……! ──火の精霊よ……」
経を読み、魔力を込める。その間にもダークエルフは仕掛けてくるが、ヴェネレ殿が読み終わるまでの短時間、拙者が全てを請け負い追い払う。
そして、物の数秒で読み終えた。
「……剣に火炎を纏わせよ。“ファイアベール”」
拙者の打刀に炎が纏い、ヴェネレ殿の巧みな操作によって囲むように覆い尽くされる。
予想以上だ。これなればこの森の迷宮から抜け出す事も可能となる。
「ダークエルフの者達よ。主らの所在は掴めた。今この場で全てを打ち倒すのも容易いが、一先ず報告に帰る。また後で会おう」
「逃がすな!」「人間の男!」「試してみたいのにー!」「待てー!」「可愛い女の子ー!」「エルフー!」「あ、ヴァナの事忘れてた」
「では、然らば御免」
火炎纏の刀を振り抜き、幻影の森を焼き払う。瞬時にダークエルフの者達は火を消し去ったが、既に拙者らはそこには御座らん。
「ヴェネレ殿。助かった。主のお陰で脱出できたぞ」
「キエモン……えへへ、ありがとう」
拠点へ戻る道中、改めて彼女へ告げる。
そう、ヴェネレ殿は役立たずなどでは御座らん。彼女が居なければ抜け出すのもまた難航していた事に御座ろう。
拙者とヴェネレ殿。セレーネ殿にフロル殿はダークエルフの居場所を突き止め、一度大樹の方へと帰るのであった。




