其の佰陸 デヱト
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
「──という事で、無事騒動は解決し、火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”がこの国の同盟国となってくれ申した。ヴェネレ殿」
「報告ありがと、キエモン。そっかぁ、パ……父上と火の国の王様がねぇ……」
数刻経て国に帰り、拙者らはヴェネレ殿へと報告を終えた。
旧友という事は知らなかったらしく、そのまま物思いに耽るよう窓から空を眺める。
父君の友人。確かに拙者とて主君のご友人らに出会った事は御座らんな。友が居てもおかしくないが、一国の王として色々とあるのだろう。
「して、これからの行動は如何致す?」
「うん、そうだね。私を含めて何人かが火の国に行って、改めて対談かな。同盟は賛成だし、確認しておきたいからね」
勝手に決めた同盟だが、ヴェネレ殿に異議はない。利点の方が多く裏も無い為、断る理由は無かろう。
「まあ、それについてはもう少し後だけどね。結構大変な状況だし、落ち着いてからかな」
向こうとしても此方としても色々と準備がある。特に火の国の王はまだ療養中。早くて二、三週間。遅くても一月あれば対談の場を設けられるかもしれぬな。
「以上、これで解散! お疲れ様。キエモン。みんな。昨日の今日で移動距離もあったし疲れてると思うから、今日一日はゆっくり休んでね!」
神妙な顔付きを一変、普段の明るさで話す。
今までは俗に言う仕事もぉどとやらに御座ろう。
ヴェネレ殿は優しいお方。それに加え、柔らかな表情が特徴的。国民や騎士には良い印象を与えるそれだが、相手次第ではまだ若いのもあって見くびられる可能性もある。故に表情の鍛練も積んでいるのだろう。
一国の王として重要なのは手腕も然る事乍ら、王足る威厳も不可欠。
火の国の王も一見は威厳が見えぬが、内に秘めておるモノは感じ取れた。ヴェネレ殿もそれについて学んでいる最中のようだ。
「休むと言うのなれば、ヴェネレ殿にも該当する事柄よ。疲弊しており、目に隈も見える。昨日の今日。加え、この一ヶ月。王座に就いてから働き詰め。身が持たぬだろう」
「それを言うならキエモンもでしょ? この国に来てからほとんど休みも取らないで任務を受けたり勉強したり、ちゃんとした休日を取らなきゃ」
「拙者の故郷では日が昇ったら働き、日が沈んだら休むのが普通に御座る。休みと言うのなら、夜に眠れるだけで十分な休みと言えよう」
「いや、それは極端だよ。睡眠なんて誰でもするんだし」
「然しだの」
「いやいや」
互いに休む休まぬの応酬。拙者は故郷でも見張りの為に二、三日くらい寝ぬ日もあった。
安心して眠れるだけで十分な休養となっておるからに。
「じゃあさ、2人で出掛けてきたら?」
「「……!」」
そこへ、フォティア殿から提案が出た。
拙者とヴェネレ殿。そして周りの何人かが反応を示し、彼女は人差し指を立てて説明するように話す。
「2人で行けば2人とも休めるしさ、キエモンっちの故郷の言葉で一石二鳥ってやつ?」
「フム」
「キエモンと……」
一石二鳥。果たして出掛けると言う行為が休みに該当するのかは分からぬが、拙者ら二人が休めば良いのはそう。
ヴェネレ殿は一瞬だけ拙者の方を見てミル殿へ視線を向けた。
「け、けど私はまだ仕事が残ってるし……」
「大丈夫。今日一日休むくらいはね。昨日の今日で街も機能していないし、期限が迫っている書類も何日かは延長出来るよ。……その分後日の量は昨日の件で更に増えちゃうけど」
「え……今ボソッと嫌な言葉が……」
「気のせい気のせい!」
ヴェネレ殿の都合は合う様子。
昨晩町中に放火されたらしく、それによって町が一時的に止まっているのだろう。
確かに提出する場所が無ければ纏めた所で意味は御座らんな。
「それに貴女、久し振りにキエモンと一瞬に居たいでしょ? 私はヴェネレとキエモン派だよ」
「……! 何その派閥!? そ、それに、私は別にキエモンと居ても居なくても……そりゃ、居れたら居たいよ。一緒に居ると安心するし……なんだか落ち着くし……だけどそれとこれとは違くて……」
「はいはい。やれやれね。ヴェネレは」
ヴェネレ殿が髪を弄りながらミル殿と何か話しておられる。
その一方で、何故かエルミス殿も動揺していた。
「ヴェネレ様とキエモンさんが……けど、お2人に休んで欲しいのはそうなんですよね……」
「やれやれですわね。こちらも。……わ、私は貴女の味方になって差し上げても良くってよ? その……お友達……ですから! 感謝なさい!」
「素直じゃないなぁ。ブランカは。私もエルミスの味方だぜ」
フム、ヴェネレ殿の味方がミル殿でエルミス殿の味方がブランカ殿とペトラ殿。
何かしらの競争でもするのだろうか。拙者はどちらに付くべきか。人数的にはヴェネレ殿の方だろうか。
「とりま、2人で休んできなよ! あ、私は中立かな。だから後々エルミーや、此処に居ないマルちー、セレっちにも助け船は出すから!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
そして中立に位置するフォティア殿。拙者には分からぬ世界だの。
然し、拙者が休めば結果的にヴェネレ殿も休む事になる。それなら乗らぬ手は無いか。
「致し方無し。これもヴェネレ殿の為。共に町へ繰り出そうぞ」
「へ!? そ、そそそう? そこま……そこまでまでまで言うなららら、行くしかないよね!?」
「う、うむ。食い気味なのか否定気味なのか分からぬな……」
此処まで動揺するヴェネレ殿は初めてぞ。如何したのか。
これ程までに根詰めていたのだろうか。やはり外出はせず、部屋で寛いだ方が良いのか。いや、ヴェネレ殿は部屋でのんびりという方ではないか。
「然し、町の方も迷惑ではなかろうか。放火されたのであろう?」
「それはエスピーが鎮火させたから大丈夫。基本的にレンガ造りなのもあって表面が焦げただけだね」
「そうか。この国の材質は熱に強いので御座ったな。無事で何より」
町の懸念は方法が方法の為に問題無いとの事。
それでも迷惑が掛かるやも知れぬが、ヴェネレ殿の顔見せも民達の安心に繋がろう。
「それじゃ、行ってらっしゃい。お二人さん!」
「では、失礼する」
「じゃ、じゃあね……」
フォティア殿に言われ、拙者らは王室を発つ。
さて、久方振りのヴェネレ殿と共に行く散歩よの。
*****
「町の方は思ったよりも静かだの」
「うん、そうだね。慌ててる人も居ないし、復興の方もちょっとした修繕だけだから早く済みそう」
町を眺め、改めて無事を実感する。
大きく崩壊した建造物は無し。報告通りちぃとばかし焦げた程度で何よりだ。
火の国の者達も疑問に思いながらの行動。知らず知らずのうちに手を抜いてくれていたので御座ろう。
町行く人々も思い詰めておらず、変わらぬ日々がそこにはあった。
「お、キエモンさんにヴェネレ様! デートですかー?」
「え!? デ……」
「うむ。そうに御座る」
「キエモンンン!?」
「ハッハ! そりゃあいい! お幸せに!」
「ああ。ヴェネレ殿の幸福を願っておる」
道行く町民が話し掛け、いつもと変わらぬ態度で返す。
昨日襲撃があったとは思えぬ程に泰平の現在、これならばヴェネレ殿の身も休まろう。
そう思い、彼女の方を見ると赤面して俯いていた。
「ヴェネレ殿? 如何致した?」
「その……キエモン……デートって……」
「その事か。前にセレーネ殿と共に買い物をした帰りにの、エスパシオ殿に“でぇと”と聞かれて彼女は頷いたのだ。此れ即ち、共に散歩をする行為は“でぇと”であると理解したまで」
「ぁ……そう。……ふふ、相変わらずだね」
「……? 何か可笑しな事を申しただろうか」
「なんでもなーい♪」
何故か急に機嫌が良くなったの。それは良き事だが、はて、何で御座ろうか。
やはり性別の差か、女子らの考えている事が分からぬ事が多々ある。然しそれを聞くのも何となく無粋な気がし、結局は聞けぬまま散歩を続ける。我ながら情けないの。
「幸いにも死傷者は居なかったけど、やっぱり怪我している人は何人か居るね」
「そうよの。だが何れも軽傷。エルミス殿の出る幕が無くて何よりだ」
「うん。本当に重傷者だらけだったらエルミスちゃんが治療する事になりそうだし、魔力量の心配が出てくるからね。治療班と医者だけで何とかなるのは良いかも」
町を行き、負傷者が何人か通った。
その者達も親しげに話してくれるが、重傷なればその光景もなかった。
手放しで喜べはせずとも、この不幸中の幸いは素直に受け取っておくとしよう。
「あ、キエモン。せっかくだから何か食べてこっか。もうお昼だし」
「そう言えば腹が減ったな。火の国を発って数刻。御天道様も頭上に差し掛かっている」
正午近くとなり、やや空腹気味。昼を摂るという行為にも慣れたもので、拙者とヴェネレ殿は近くの飲食店へと立ち寄った。
「いらっしゃいませ! ヴェネレ様にキエモンさん! いやぁ、久し振りですね!」
「久しいの。店主。拙者はともかく、働き詰めだったヴェネレ殿は誠に久しい」
「キエモンもずっとクエスト受けてたし、結局は久し振りなんじゃない?」
最初にヴェネレ殿と向かって以来、何度か立ち寄っている店。最近はあまり寄っていなかったが、親しげに話してくれる此処は居心地が良い。
軽く食事を摂り、また移動。今日一日休みを貰った現在、のんびり出来ているの。
「どう、キエモン。似合う?」
「似合うておるぞ。ヴェネレ殿」
「え? 匂ってるの私……?」
「あいや、そうではなくだの」
「ふふ、知ってる! キエモンの国の訛りなんでしょ」
「コレ、あまり揶揄うでない」
「ごめんね♪」
呉服屋に入り、ヴェネレ殿はおめかしをする。
拙者の訛りは依然として解消せぬが、ある程度ニュアンスで意味が伝わるようになり、たまに揶揄われるのを除いて円滑に進んでおる。
「この噴水広場、こうして立ち寄ってみるのも良いな。夏場の今、涼しく心地好い」
「う、うん。カップルが多いのが少し気になるけど……」
呉服屋で一通り買い物をし、噴水広場へとやって来た。
真夏日である今、清涼な水は心地好きもの。然しヴェネレ殿は周りを気にしておられるな。
男女関係無く共に居る者達が多いのは善き事に思えるが。
「カップルの意は定かではないが、ニュアンスを惟て男女の一組をそう述べるなら拙者らも似たような者に御座ろう」
「え!? キ、キキキエモンとカカカ……カップル……!? そ、そうだよねー。うん。似たようなものだよ」
「何を動揺しておるのだ?」
たまに故障したように挙動不審となるヴェネレ殿。夏の暑さの所為に御座ろうか。
何やら周囲の者達も拙者らに着目しているような気がする。自意識過剰かもしれぬがな。
「へえ、ヴェネレ様ってやっぱりそうなんだー」
「そりゃ婿候補を悉く切り捨てるよな」
「ヴェネレ様の理想のタイプ……まんまキエモンさんだもんね」
「全くだぜ。けどここだけの話、本人は無自覚とか」
「ウッソー!? あれで!?」
「キ、キエモン。やっぱり王様の私が居ると目立つから場所変えよ!」
「うむ、そうだの。他の人々の迷惑になるかもしれぬ」
人が増えては涼しめず、民達の邪魔になっておるかもしれぬ故に拙者らはまた場所を変えた。
だが今の言葉、婿候補を切り捨てたか。
「ヴェネレ殿、婿を切り捨てるとは穏やかではないな。会話が拗れ、立ち合いとなったのか?」
「そんな物騒じゃないよ……単純に私のタイプじゃないから却下したの」
「フム、言葉の綾に御座るか。……そう言えば先の会話の中、ヴェネレ殿のタイプに拙者が当てはまっていると言われていたな」
「……!? え!? な、なに!? いや、確かに考えてみたらそうだけど……何が!?」
「何がと申されても困るのだが」
彼女はまた動揺を見せる。やはり夏の暑さの所為だろう。
拙者は補足を加えるように説明した。
「タイプの意味も調べてある。俗に言うエレメント。火、水、風、土の属性をそう呼ぶ事があるらしい。婿候補はヴェネレ殿と相性の良い属性じゃなかったと納得出来るが、魔法も使えぬ拙者にはタイプが何れも該当せぬのだ」
「あー……やっぱりそっち方面の着眼点。私は自分でもあからさまって思うくらいだけど気付かないんだ……いや、別にそうじゃないんだけどね? けどもし仮に、仮にだよ? アプローチするなら堂々と正面から襲う必要があるのかも……」
「何を申されておるのだ? 襲うとは物騒な。敵襲か?」
「いや、違う。こっちの話。こっちのね。仮の話だから気にしないで」
「そうか。敵襲を常に想定しておる。流石はヴェネレ殿だ。拙者が惚れ込んだだけはある」
「ヴぇ!? ほ、惚れ……キエモンが私に!?」
「うむ。出会った当初からヴェネレ殿に惚れ込み、主の為ならば命を張れる気概よ」
「命まで!? ……って、何となく微妙に話がすれ違っているような……なんか前にも似たような事があったなー……」
「如何した?」
「うん。その気持ちが素直に嬉しいってだけ。ありがとね」
「そうか。それは何よりだ。……む?」
「あれ、ここは……」
噴水広場から離れ、しばらく進んでいると高台にやって来ていた。
話に夢中になっていたの。既に日も傾きを見せている。呉服屋で大分時間を使ったからか、もう夕暮れ。それも楽しかったが。
「この辺りは人通りも少なくて良いね。いつの間にかこんなところに来てたみたい」
「そうで御座るな。気付けば日も沈もうとしておる。美しき景色よ」
「うん。とても綺麗。街を一望出来るんだ。この高台」
「知っておるのか」
「昔、マ……お母様と来た事があってね。ここから見える夕日と顔を出す月をよく見てたの。そう言えば、お母様もキエモンみたいに御天道様とかお月様って言ってたなぁ。太陽と月は人じゃないのに不思議だよね♪」
どうやら此処はヴェネレ殿の思い出がある場所らしい。
そしてヴェネレ殿の母君も御天道様やお月様という言い回しをしていた……か。
「自分事だが、拙者の故郷では月や太陽に敬意を表し、そう呼ぶ事があるのだ。セレーネ殿が言う拙者への呼び名や、ヴェネレ殿の母君の感性。月の国は拙者の故郷に近しい文化があるのやも知れぬな」
「そうかもしれないね。お母様もたまに難しい言い回しとかしてたんだ。お母様の故郷でもある月の国……まだ何も掴めていないけど、いつか行ってみたいな……」
「何れ行けるさ。現状、拙者らの目標は月の国だからの。その時はお供致す。ヴェネレ殿」
「うん、ありがと。キエモン♪」
「……!」
拙者の方を向き、夕日と微かな月明かりに照らされた笑顔で礼を言うヴェネレ殿は美しかった。
それを見、一瞬だけ拙者の心臓が早まる。
はて? 何で御座ろうか。今までもヴェネレ殿と話していたが、斯様な心持ちになった事は無いのだがの。
「あ、キエモン。流れ星!」
「そうだの。星の降る時間か」
空を指差し、零れ落ちるような星を見てはしゃぐヴェネレ殿。
これ程までに子供っぽく、可愛らしい表情は久しい。最近は誠に忙しなかったからの。
今日が彼女にとって心身休まる日であったならそれに越した事は御座らん。
「そろそろ帰ろっか。今日は本当にありがとね。キエモン。楽しかった」
「そうよの。また明日から精進するとしよう」
「うん!」
星降る夏の夜更け、拙者とヴェネレ殿は町にポツポツと点灯する光に誘われるよう家路に着く。
今日は良き休暇だった。また明日から多忙な日々が始まる事であろう。
変異種の出現から火の国での騒動。この短い期間で色々とあったが、一先ずは解決した。後はまた調査を進めるのみ。
この三日での事変は無事幕を下ろすのだった。
めでたし、めでたし。




