其の佰伍 提案
──“フォーザ・ベアド・ブーク”。
国に戻ってからの行動は迅速だった。
先ずは兵士を集め、ヒノコ殿が真実を話す。伝えられる範囲は町中にだけ。外へと赴いている者達には他の兵達が伝達に向かった。
その後、エルミス殿らと合流。中へ入る事の叶わぬファベル殿とフォティア殿も事情を話して入れて貰い、“星の国”の動向を探りつつ城へと招かれる。
「──……という事で……王様……治せる……?」
「分かりません。心配停止……医療知識も勉強中なので生死が定かでもないので……」
回復術は使えるが、あくまでそれは傷を癒すのみ。
その為エルミス殿は医学の方も学んでいる。医学の知識があればより治せる者も増えるからの。彼女の日々の努力には目を見張る。
「しかし毒自体は取り除けるかもしれません。──癒しの精霊よ。毒物を抜き、その身を癒せ。“キュアー”!」
エルミス殿が動かぬ王の体に杖を翳し、体内の毒物を抜き取る。
さて、猶予は数分と言っていたな。昨日から操られていた事を惟れば既に手遅れだが、エルミス殿の完璧な回復術でどうなる事やら。
「…………」
「…………」
辺りに沈黙が走る。
この治療によって王が治るか治らぬか、そのどちらにしても国家間の影響は大きいものとなるであろう。
「…………」
「「…………」」
おそらく体から毒分は抜けた。血色が良くなったようにも見える。
然れど目覚める事はなく、半ば諦めの境地へと差し掛かった次の瞬間、
「カハッ……」
「「……!」」
空気の抜けるような音が王室に響いた。
掠れる程に小さきものであり、この場の全員が黙り込んでいたからこそ聞こえた音。
今この場に居る者の中で一番高き地位にあるヒノコ殿は兵士達へ指示を出す。
「すぐに水と治療の魔道具を! あくまで表面上の毒を抜いたに過ぎない! 事態は一刻を争う!」
「「「は、はい!」」」
兵達への指示と同時にヒノコ殿自身も回復魔法を使い、王の体を温める。
死者も同然に操られていたのもあり、体が冷え切っているのだ。
エルミス殿も回復の供給は止めず、一気に治すのではなく徐々に治療していく。
こんな時、魔法を使えぬ拙者は見ている他無いのが気掛かりよの。自国であれば薬などの場所も分かるが、何処に何があるのか分からぬ為、動くに動けない。
「呼吸は落ち着いた。医療班は!?」
「連れてきました! お城に残っていた方だけですが……」
「十分。エルミスちゃん。少し回復を強めて」
「は、はい……!」
徐々に良くなっているが、余裕が生まれた訳でも御座らん。持っている限りの医療知識で最善を施し、体内へ魔力を流して蘇生する。
「ゴホッ! ガホッ!」
「残っていた毒を吐いた! その毒には触れず消毒を。王様の体はゆっくりと慣らしてく」
体内へ侵食する神経系の毒とやらが使われていたのだろう。エルミス殿が大部分は消し去ったが、微かに残っている箇所もある。
それを吐き出したと考えれば悪い方向には行かぬだろう。
そこから更に迅速な対応を経て、何とか一命は取り止めた。
「成る程。神経作用の毒……言葉を話させる為にも完全にトドメを刺した訳じゃなかった。声帯を残しておくだけだと喋れる事は限られるからね。それもあって絶命する一歩手前で抑え込めたんだ」
「幸運だったという事か。毒については詳しくないが、生きていたなら何より」
ヒノコ殿を含め、医療知識のある者達が推察する。
何が理由で助かったのか知識の無い拙者には検討も付かぬが、生きておられるならそれに越した事はない。
「危険な状況なのは変わらないからしばらく安静にしなきゃならないね。ありがとう。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士達。火の国の混乱を治めてくれて」
「なに、拙者はただ黙々と任務を遂行したまでに御座る。誰も王を疑わず、言われるがままに行動していたのならば更なる死者が出ていたかもしれぬ。主らの精神力が結果的に王を救ったのだ」
拙者はただ、本当にただ、襲って来た者を迎え撃っただけ。
最終的には何もして御座らん。治療はエルミス殿を含め、魔法の使える面々のお陰だしの。
「では、今日のところはこれにて御免」
「えーと、もう日も暮れるけど国に帰るの? 別に国に残っても良いけど……」
「うむ。もう問題無いとヴェネレ殿らにお伝えせねばなるまい」
「それなら連絡の魔法を使えば良いよ。国の兵士が“シャラン・トリュ・ウェーテ”に攻めてるから繋がると思う。無事かは分からないけど……」
「……そうだの。一先ず連絡するか」
場が落ち着き、連絡の余裕も生まれた。
国へ攻め込んだ者達は無事か。それは二つの意味に取れる。
エスパシオ殿らが居てくれるので大事には至っていないと思うが、心配では御座ろう。
その場所へと案内され、早速連絡を使う。此には元より魔力が込められておるからの。近くでエルミス殿らが魔力の供給をしてくれるのならば拙者にも使える。
《やあ、火の国の人かい?》
「その軽快な声はエスパシオ殿か」
《キエモン君! 君が連絡してきたって事は国の騒動が落ち着いたんだね?》
「そう思ってくれて構わぬ」
兵士に持たせたと言う連絡の魔道具に出たのはエスパシオ殿。
大方予想通り。しかと覚悟を決めて挑んだのならまだしも、揺らぎに揺らいでいる者達は炎六団と言えど相手にならなかろう。
「主らの方は? 何人死んだ?」
《安心してくれ。敵も味方も誰一人として死んでいない。明らかに様子がおかしかったからね。それを見定めるくらいは我らにも可能さ》
「そうか。それは何より」
流石はエスパシオ殿。思い付く限りの最善のやり方を無事遂行したらしい。
それから拙者らは魔道具越しに終戦の事を告げ、首謀者の存在も話した。
《成る程ね。騒動は星の国“スター・セイズ・ルーン”の裏切り者の仕業で、前に侯爵を暗殺してヴェネレ様も殺そうとした暗殺者が始末したか》
「うむ。加え、気になるところも多々ある。この場では少々落ち着かぬ故、国に帰ってから赤裸々にお伝えする。概要だけならその“星の国”に関する事だ」
《オーケー。流石だね、キエモン君も。ここで話すのは最低限の内容。例え帰り道で君達に何かあっても捜査を進めやすくするような言い方だ》
「落ち着かぬとは言え、何も話さず、道中で巻き込まれて伝わらなければ全てが無駄になるからの。情報を得た以上、懸念がありとて最低限の報告はせねばならぬ。後で話すと告げ、話せぬのは其奴が単なる愚者なだけよ」
それもまた定石。何処かで聞かれているやも知れぬなどの懸念はあれど、最低限の情報すら味方に与えず暗殺などされたら馬鹿者にも程がある。
国にしても戦にしても情報は大きな力となるからの。
《ふふ、まるで色々あったような言い回しだね。キエモン君》
「うむ。故郷では戦が絶えぬ日々だったからの。力以外の武器も多々知っておる」
《そっか。いつか聞いてみたいね。君の故郷の話。それじゃ、後は国で。今日は“フォーザ・ベアド・ブーク”に泊まると良いよ。夜も更けて来たしね》
「ではそうさせて頂こう。国の者達にも言われたからの」
《それが良いよ。じゃあまた明日》
「うむ」
連絡の魔道具を切る。刀で斬るのではなく遮断するという意。
話を終え、拙者はヒノコ殿の方を向いた。
「それではヒノコ殿。今晩はお世話になり申す。町に宿などは御座らんか?」
「宿じゃなくてお城で良いよ。王様が操られていたのもあって街が少し混乱気味だからね」
「そうか。承知した」
今日のところはこの城へ泊まる事となる。
確かに町人から見れば王は乱心していたように思われる。騒動が収まったとは言え、あまり他国の者が出歩くのも問題だろう。
「お泊まりですわ!」
「ハハ、いいな。それ!」
「ドキドキします……」
「フム、ではこの国に世話になるとしよう」
「ファベっちは相変わらず堅いね~」
「どの辺がだ? フォティア」
「筋肉とか言葉遣いとか」
「なんだそれは」
エルミス殿らも問題無さそうよの。同行したファベル殿にフォティア殿も問題無しのご様子。
今日の騒動は終わり、拙者らはこの国へ世話になる。
*****
──“翌日”。
「いやぁ、昨日はすまんかったのお前ら! 迷惑を掛けてしまった! まさか助けた者が国の乗っ取りを目論むとはな! ワッハッハ!」
「笑い事ではありません。加え、まだ起き上がらないでください。王様」
「しかしなぁ。ワシの所為で迷惑を掛けたのだからここはワシが人肌脱ぎ!」
「寝ててください」
「だがのぉ、ワシ」
「寝てろ」
「はい……」
次の日、拙者らは王の寝室へと呼び出され、王は相変わらず豪快なお方だった。
そしてまあ、相変わらず使用人には頭が上がらぬ様子。この様に素直な王。いの一番に異変に気付いたのは使用人の方なのかもしれぬの。
「王様ったら。威厳が見えませんわね」
「一昨日もこの様な感じで御座ったの」
「そうですね。良い人なんですけども」
「ハハ。あの人、面白い王様だよなー」
「この国の王。何だか不憫かもしれぬ」
「確かに面白いね。ウケるんですけど」
一昨日振りのやり取りに、この国の者ではない拙者らもなんとなく安心する。良き主君に御座ろう。初見のファベル殿は困惑、同じく初見だがフォティア殿は楽しそうだ。
改め、王は一度わざとらしく咳き込んで仕切り直し、拙者らへ話した。
「しかし本当にすまんかった。詫びと言ってはなんだが、賠償金を──」
「「お断りする」」
「そんなん気にしなくて良いから!」
迷惑料として金銭を払おうとした王に拙者とファベル殿。フォティア殿が断りを入れる。
エルミス殿らも要らないと言った面持ち。王は困惑した。
「何故だ? いや、別に金で許して貰おうとかそんなんじゃなくてだな。誠意と言うものを見せなくては此方としてもしこりが残るのだ」
「お気になさらず。言ってしまえば貴殿も被害者なのだ。生死の瀬戸際も彷徨った。この様な仕打ちを受け、更には詫び金を差し出す必要も無かろう」
「だがな……。そうだ、ではこの国の英雄である主に我が娘を妻にでも」
「それも結構。そちらにいらっしゃるのが娘殿か。美しき女子だが、拙者には高嶺の花よ」
「……!」
「ほう、気付いておったか。娘も割と乗り気だったのだがの。残念」
拙者の方を見、赤面して一礼する娘さん。拙者も一礼で返すが、王は悩み込む。
「ふむ。ワシはどうすれば……。助けて貰って何も出来ぬのは不快じゃ」
良い人だからこそ礼にも手は抜かぬ。今回は両国にとって不都合なので手を貸したまで。決して見返りを求めて行動を起こした訳ではない。その気持ちだけで十分なのだがな。
助けて貰った恩を返したいと引き下がらぬ王へファベル殿が提案した。
「では王よ。こんなのは如何だろうか。状況次第では金銭や娘を差し出す事よりも遥かに悪条件だが、考えがある」
「なんじゃ? 構わぬ。何か力になれるのならばワシは弾むぞ!」
まだ何も申していないのだが既に乗り気。
ファベル殿は言葉を綴った。
「我が国“シャラン・トリュ・ウェーテ”と火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”。互いに手を貸し合う同盟国となるという提案だ」
「……!」
その言葉に周りの者達も反応を示した。
国同士の同盟。確かにそれは大きな事態。
例えば戦などが行われた時、真っ先に手を貸し共に戦うという事。何も戦闘だけではなく、財政関連やその他にも手助けをする必要がある。
大国との同盟ならば利点は多いが、小国では不利点の方が多くなる。
その点で言えば“シャラン・トリュ・ウェーテ”は大国だが王が亡くなり、月の民に備えつつ変異種が現れたりと国自体が不安定にある現状、不利益が生じる事もあろう。
「返答はすぐにしてくれ。王政である以上、貴方の一存で決まる。これだけ言っておくが、別に断られたからと言って逆恨みで国に攻めたりもしないのでその辺は問題無い」
「…………」
王は言葉を噤む。
さて、どう出るか。仲間は多いに越した事はないが、後は王自身の問題よ。
王は拙者らに視線を向ける。
「一つ、語らせてくれ」
「構いません」
態度を改めて何かを語ると告げ、返答と同時にその言葉を綴った。
「実は、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の王とは旧知の仲でな。互いにどちらが国を大きくするか競っていたのだ。故に今まで同盟を結ぶ事はしなかった。俗に言うライバルだからの。しかしあの王の訃報を聞き、ワシはなんとなく仕事に手が回らなくなってな。競い合うライバルが居なくなり、無気力になっていたのだ」
“シャラン・トリュ・ウェーテ”の王とは面識があったか。いや、国の長同士、変ではないな。着目すべきは旧知の仲と言う部分であろう。
然し、あの豪快な様子から無気力とは到底思えぬが、空元気だったのかの。深く探るのはやめておこう。
王は更に続ける。
「今はその娘が国を治めていると聞く。王の死により急遽治める結果となり、至らぬ点も多かろう。ワシは前から力を貸したいと思っていた」
「……! つまり」
「うむ。その案に乗ろう。願ってもない機会だ。娘への手助けがそのまま旧友への弔いとなるのは嬉しい限りだからの!」
決して不仲と言う訳ではなく、ただ単に互いに高め合っていた仲。
王は乗り気で、断る理由も無く、周りの兵や使用人達も納得していた。
王は続ける。
「では、そうと決まれば早速行動に移りたいが……生憎ワシはこの状態。対談はまた別の機会で構わぬか?」
「ええ、それは勿論。要求を飲んで頂き、感謝します」
「ワッハッハ! 感謝を言うのはこちらだ! 国を救って貰い、前からしてやりたいと思っていた事をさせてくれた。感謝してもし足りぬ!」
豪快に笑う王。その感謝の意は誠。
雨降って地固まるとはまさにこの事。戦が始まりそうになった時は肝を冷やしたが、最終的に主犯一人の犠牲だけで済んだのは上々だろう。
後は国に帰ってヴェネレ殿へ報告するだけ。
此れにて今回の一件は終了するのだった。




