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其の佰弐 侵攻

 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。


 私は一国の王女、ルーナ=シュトラール=ヴェネレ。因みにルーナは隠し名以下同文。

 キエモン達と何人かの騎士団長が動きのあった2国に向かって移動したのはいいんだけど……。


「火の魂よ! 街を焼き払え! “フレイムトルネード”!」

「火の魂よ! 街を燃やせ! “ファイアアロー”!」

「火の魂よ! 燃やし尽くせ! “レッドフレア”!」


「キャー!」「一体……!」「急になんだ!?」「誰か! 助けてくれ!」「うわー!」「熱いよー!」「苦しい……」「クソッ……なんで……!」


 今現在、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の街が大惨事になっていた。

 何かしなきゃ……けど、何をすれば……私に出来る事……ダメ、やらなきゃいけないって分かってるのに動けない……!


「と、とにかく……」

「ヴェネレ! パニック状態で思考停止してる場合じゃないよ! 早く火を消すのが優先!」

「そ、そうだよね。ミルちゃん」


 ミルちゃんに言われ、ハッとする。

 そう、今やるべき事は突然攻めてきた敵を相手にするよりも街に放たれた炎魔法からなる火を消す事。

 だけど私……魔法の勉強は沢山してるけど……実は……。


「……っ。ゴメン、ミルちゃん……私、炎魔法以外使えないの……」

「え!?」


 そう、私は今の今まで、単一の魔法しか使えなかった。

 その単一魔法で相当の威力を出せたり応用も利くから指摘される事はあまり無かったし自分から他人に教えた事も無かったけど……いくら練習しても炎魔法以外は扱えなかった……。


「……っ」


 ダメ……凄く恥ずかしい……。一国の王女に就いたのに使える魔法が一つの属性だけなんて……とてもみんなに話せない。あの人達に言われた通──あれ? あの人達って……誰だっけ……?

 そんな事よりミルちゃんの反応。軽蔑されたかな……。


「もう、それならそうと早く言ってよね! じゃあ消火の方は私がやるからヴェネレは見ていて!」

「……ぇ……?」


 返って来たのは、思わぬ言葉。

 見下しも軽蔑もせず、ただ単に軽く受け流す。

 その態度に、私は少し驚いた。


「──水の精霊よ。大水を以てして建物を鎮火させよ。“多量放水”!」


 燃え盛る街に向けて杖を構え、今回は詠唱と共に生み出した大量の水で火を消し去る。

 相変わらず凄い魔法。それに加えて魔力も多いからね。それでいて私より幼い。ミルちゃんの才能には恐れ入るよ。


「……流石に国中を全部消すのは難しいかも……」


 けど、多勢に無勢。常に放たれる炎。魔力に余裕があったとしても国一つを覆い尽くす火事に対抗するのは困難。

 でもこの国には、騎士団長が一人残ってくれている。


「大丈夫。ここまで抑えてくれたから。後は騎士団長がやってくれるよ!」


「期待するしかないね……エスパシオさんに」


 その言葉と同時に、火の明かりに照らされた水を纏う青い軌跡が空へと舞い上がった。

 それは杖を掲げ、私達には聞こえない高さと声音で言葉を綴る。


「青き精霊よ。国に恩恵を齎し、仇成す族を討つ。紺碧の水にて制裁を与えん。“水陣守覆”」


 天から水が降り注ぎ、全ての火事を鎮火させた。同時に国全体を清涼な水が覆い、侵入を拒む包囲網が作られた。

 相変わらず凄い力。自称騎士団長最強だけど、強ち間違ってないかも。


「……! 繋がった。国の正門に三つの影」

「じゃあそこに居るんだね」

「うん。エスパシオさん。正門に向かって!」


『オーケー、了解。我に任しておきな』


 映像伝達魔法が侵入者を捉え、音声伝達魔法でエスパシオさんに指示を出す。

 他の場所にも何人か。けど一番の強敵は正門から堂々と……キエモンが言っていた前線に主力を寄越すやり方かな。

 他にも人員は割き、映像越しにエスパシオさんのやり取りも映った。


『やあ、君達がこの国に仕掛けてきた不届き者だね?」

「騎士の国“シャラン・トリュ・ウェーテ”。騎士団長の一角、マール=エスパシオだな?」

「そう言う君達は何者だい? 見たところこの国の者でも単なる野盗や族って訳でも無さそうだ。身なりがキチッとしている」


 敵の主犯はローブに身を包んだ3人。他と比べても魔力の量から強大さが伝わる。

 あの3人が今回の主犯で間違いなさそう。後はどこから来たのか……。

 一先ずの会話は質問の応酬。お互いに探り合っている現状、お互いに答えようとはしない。

 けど、相手の一人が改めて口を開いた。


「名乗り遅れたな。我は火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”炎六団。“ゴウカ”と申す」

「同じく炎六団。“ゴウエン”」

「炎六団、“コウネツ”」


「そう。我はマール=エスパシオで間違いないよ。一つだけ訂正の場所を指定するなら……“最強の”騎士団長って表してくれ」


 攻め込んで来たのは今キエモンが向かっている国、“フォーザ・ベアド・ブーク”……!

 聞いた限りの王様はそんな事しなさそうだけど、やっぱり火の国で何かあったみたい。そしてあの3人がキエモンの言っていた炎六団の人達……!


『エスパシオさん。気を付けて。彼ら、“火の国”の騎士団長みたいな立ち位置だから!』


「はい、ヴェネレ様。我に任せて下さい」


 通信魔法は耳元に魔力を残しているから使える。エスパシオさんは一人で大丈夫みたいかな。

 私とミルちゃんも顔を見合わせる。


「じゃあ私達は他の所に居るみんなの避難誘導だね」

「ヴェネレは国中に詳細を伝えて置いて。騎士の方には私が話を付けておくから」

「うん! 気を付けてねミルちゃん!」


 ミルちゃんは王室を離れる。私もすぐに国中へ伝達。

 ただ事を説明するだけじゃパニックを引き起こす結果になるから騎士団長が敵の相手をし、みんなの安全は保証されているとも付け加えた。

 後は国王として自分の身を守らなきゃね。エスパシオさんの張った水の防壁のお陰で国内への侵入者はごく僅か。それも国の騎士達が捕らえた。

 そうなると残るは……。


「──火の魂よ。灼熱の火炎で周囲を焼き払え! “炎土焦熱波”!」

「──火の魂よ。滾る熱で辺りを爆発させる! “フレイムバーン”!」

「──火の魂よ。加速する火球にて敵を撃て! “バーニングショット”!」


「“水門閉鎖”」


 炎六団の3人が放った詠唱ありきの魔法に対し、エスパシオさんは呪文のみの魔法で防ぐ。

 形の違う3つの炎は水に飲み込まれ、さながら灯火のように消え去った。

 巨大な水門を前にした3人は杖を構え、再び魔力を込める。


「──火の魂よ。燃え盛る業火を今ここに解き放て! “竜熱一閃”!」

「──火の魂よ。全てを焼き尽くす地獄の業火となれ! “ヘルファイア”!」

「──火の魂よ。爆裂せよ、“ファイアボム”!」


 遮蔽となっている門に向けて再び火炎を解き放ち、蒸発させる。既にエスパシオさんは行動に移っていた。


「“水龍降下”」


「「「…………!」」」


 纏められた水が龍の形となり、天から降り注ぐ。

 3人の体は瞬く間に飲み込まれた。


「フム、騎士団長最強を謳うだけあり、相当の力を秘めているようだな」


「まあね」


 その中から一人は炎魔法で蒸発させ、龍の大口から抜け出した。

 エスパシオさんはその一人、えーと、ゴウカさんを評する。


「だけど君も中々やるみたいだ。ゴウカ君だっけ。他の二人と比べても魔法の威力が桁違い。しかもネーミングセンスが我に近いところに親近感が湧く」


「そこは問題ではなかろう。だが、まさか今の一撃で炎六団が二人もやられるとはな」


「いいや、十分この国で騎士団長を名乗れる力はあったよ。ただ我と君達の格が違い過ぎただけ……いや、あの二人は精々副団長クラスかな。それでもかなりの上澄みだけどね」


 戦闘は今のところエスパシオさんが圧倒している。ゴウカさんは耐えたみたいだけど、他2人は意識不明。

 命までは奪っていないみたい。後で話を聞く必要があるのと、


「それで、なんで君達は不本意な面持ちなのかな?」

「……っ」


 相手に揺らぎが見えるからかな。

 あまり戦いたくない様子。魔法はいずれも強力だけど、微妙に殺意が見えていない。


「それを敵に言う必要は無い……!」


「わざわざ敵と改めて言う。つまり我らを何とかして敵と見定めたいという事。即ち、君達のあるじはそんな事する訳ないんだね」


「…………」


 一言から大凡おおよそを把握し、そこを突く。

 流石は騎士団長。洞察力も優れている。僅かな情報で多くを知る。私も見習わなくちゃ。


「関係無い! 我らはただ敵を討つだけだ!」

「そう。残念だ」


 ゴウカさんは言葉を振り切り、杖を構えて魔力を込める。エスパシオさんは更に続けた。


「本来の君達ならもっと我と良い勝負が出来たのにね。また機会があればやろうか」

「……ッ!」


 すれ違い様に水を打ち付け、その意識を奪う。

 華麗な手際。確か水って速さ次第で鋼鉄も撃ち抜くもんね。それの威力を調整して的確に狙いを付ける。短い時間の戦闘でも参考になる事は多い。


「“水縄捕縛”そして“水上転移”……ヴェネレ様。族を捕らえたよ」


「……! 凄い転移魔法。一瞬で戻って来ちゃった……」


 3人を水の縄で拘束し、捕らえてこちらに戻る。流石としか言えないね。


「さて、彼らをどうするのですか?」

「詳しい事情は聞いてみなくちゃね。その辺もエスパシオさんに任せて良いかな?」

「構わないよ。サベル君辺りを誘って情報は集めておく」

「うん、任せたよ。エスパシオさん」


 数言だけ交わし、個室へと運ぶ。今回は拷問とか尋問とか酷い事は無し。単純に理由が気になるだけ。

 エスパシオさんの張った防壁は健在。この国の被害がこれ以上広がる事は無いと思う。


「キエモン……大丈夫かな……」


 “フォーザ・ベアド・ブーク”に向かったキエモン達の安否が気になる。キエモンなら大丈夫だと思うけど、やっぱり心配になる。

 他意はないよ。ただ純粋に騎士として……部下? しもべ……じゃないね。って誰に向けて考えてるんだろ。

 とにかく心配。みんな無事に済むと良いな……。



*****



 ──“フォーザ・ベアド・ブーク、城内”。


「さて、昨日振りだの。国王陛下殿」

「そう……だナ。騎士よ。随分ナ挨拶じゃなイか」


 城へと乗り込み、複数人の兵を気絶させ、王の前へと辿り着く。

 大層な警戒網よ。そして王はどうやら拙者の事をうろ覚えのようだの。昨日の今日と言うに。


「何用ダ?」

「主と対談でもしようかと思い、乗り込んだ次第よ」


 見ての通り、様子のおかしき王。これはどちらの可能性か。話してみれば分かろう。

 拙者と王。昨日さくじつ振りに対面した。

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