其の佰壱 火の国の現状
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
その後拙者らは帰国し、直ぐ様報告をした。
火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”が危うい事。変異種の根源が星の国“スター・セイズ・ルーン”という事。
それについての対応は迅速であり、ファベル殿らを含めた騎士団長の面々も動き出しておる。
「連絡が付いた。キエモンを初めとし、昨日“フォーザ・ベアド・ブーク”に向かった者達は入国許可が出ている」
「ファベル殿らは如何致す?」
「国には入らぬが、遠方から見張るとしよう。“スター・セイズ・ルーン”付近にも見張りを一人は置くつもりだ。なぜか我らに許可は下りなかったからな」
「そうであるか」
入れるのは拙者らだけ。ファベル殿らは外にて待機か。
フム、もうその時点で変な話だ。あの王ならば快く入れてくれる筈。しかも自身を護る為なのだがの。
迷惑を掛けたくない心境か自国の防衛に自信があるのか、もしくは既に手遅れか。可能性を考えるよりも早くに向かうべきだの。
「では急ごう。隣国とはいえ数刻(※一刻で約二時間)は掛かるからの」
「キエモンさんだけなら数分で着く筈です。私達も飛ばしますけど、なるべく早くの方が良さそうなので先に行って下さい」
「そうか。分かった」
現時刻は三つの任務を終わらせたのもあり、正午を回った辺りに御座ろうか。
まだ昼食を摂っていないが、元より拙者の国では昼食を摂らぬが為に慣れている。悠長に過ごす時間はないからの。
玄関まで行くのは時間が勿体無い。窓辺から飛び降り、屋根伝いに駆け出した。
「馬よりも速く行かねばな」
更に踏み込み、空気を纏う気概で加速。長距離を進む必要があり、地形の問題もあるのでただ真っ直ぐ最短を行く事は出来ない。
速度の調整をしつつ最速を目指す。雷を纏ったリュゼ殿のような速さで移動出来れば良いのだがの。反応は出来、間合いなればそれよりも速く動けるが、ただ駆け行くだけには限りもあろう。
町を抜け、森を抜け、拙者は数分で荒野へと出た。
「──“ファイアボール”!」
「……!」
その刹那、拙者が向かっていた先目掛けて火球が撃ち出される。
着弾と同時に発火。燃え上がって炎の壁となった。
「……随分な歓迎をしてくれるの。ヒノコ殿。何用だ?」
「……っ。ゴメンね。私も不本意なんだけど……王様命令なんだ。何者も通すなってね」
「あの主君が。考え難いの」
「私もそう思う」
炎六団の一人、ヒノコ殿。曰く王様命令との事。
その様な事をするとも思えぬが、彼女自身がそう思っている。即ち……手遅れだったかもしれぬな。まだ催眠や洗脳の可能性は残っておる。この目で拝見せねば分からぬか。
「けど、仕方無いから……! 火の魂よ。その力を分け与え、敵を燃やす。“フレイムウェーブ”!」
焔の波が迫り、周囲ごと拙者を飲み込む。
此処は荒野故に燃え広がる事はないが、熱気で息苦しいの。
「……」
「炎を……!」
火の波は斬り伏せて払う。瞬時に箒へ立つヒノコ殿へと詰め寄り、鞘にて打ち付けた。
「……成る程ね。相応の力って訳……!」
「主もな」
やはりこれ程となると拙者の動きにも反応するの。空中にて鞘は躱された。
基本的に戦闘で拙者は不利。だが侍は常に逆境と共にある。事実、今までもこの世界で勝利を掴んできた。真の有利不利は決着の後に分かる事よ。
「…………」
「詠唱の時間もない……」
空振ったのならまた仕掛けるのみ。
一対一の立ち合い。拙者に小細工を出来るような魔法は使えぬからの。ただひたすらに打つしかない。
降り立つと同時に再び跳躍し、ヒノコ殿はギリギリで避ける。
エルミス殿らが来るのはもう少し後となろう。故に腕などを斬った場合、彼女らが来るまでの時間を耐えられるかも分からぬ。
だからこそやるべき事は箒から落とす事に御座る。
「簡易的に……“ファイアソード”!」
「……」
落下途中の拙者へ追撃するように放たれる火炎の刃。斬撃にて切り裂き、着地した直後に眼前へと迫った。
「速い……!」
「……」
速いと言いつつ反応は追い付いておるな。だが、拙者の狙いはヒノコ殿では御座らん。
箒を断ち、その体が下方へと落ちる。
「ほうきが……!」
「主には迷いが見える。今従っている主君がどうなのかというの。限りなく最悪に近き状況であろう事を踏まえ、此処は手打ちにせぬか?」
流石の身の塾し。咄嗟に受け身を取り、座り込むように着地した。
隙だらけだが、拙者に殺意が無いからこそ隙を晒す。迷いの最たるモノは主君の事と、拙者と戦ったところで意味がないと理解している事。それらによって動きにキレが見えぬ。
フラフラと立ち上がり、再び杖を構えた。
「ダメなの……もしそうじゃなくても、もし思った通りの事になってしまっていても……私にやれる事は限られているから……!」
「フム、難儀。では、意識を奪う他あるまいか。あまり傷付けたくは無いのだがな」
「そう簡単にはやられない……“ブルーファイア”!」
青き焔の熱線が射出され、周囲の空気を焦がす。
大した威力だが、やはり本調子では御座らんな。本来なれば騎士団長に匹敵する力なのであろうが、狙いも定まっておらず、動揺は隠せぬまま。
「暫し眠られよ。原因を探ってくる」
「……───」
背後に回り、峰にて打って意識を奪う。
本来の実力も知らぬが、今のヒノコ殿なら相手にはならぬ。
気絶させたはいいが、此処では獣に襲われてしまう可能性もあるの。細心の注意を払い、安全圏に寝かせておこう。いや、拙者が運んでおくか。
この調子では他の炎六団とも戦う必要が出てくるかもしれぬな。全員本調子ではないにせよ、難儀なものだ。
ファベル殿らに許可が降りれば良いのだが、それは向こうの管轄。増援は期待出来ぬ。
「行くしかないの」
ヒノコ殿を背負って踏み込み、再び駆け出した。
距離はもう数里も無い。更に踏み込み、国の方へと向かい行く。国の近くに他の者は居るのか、はたまたすんなり入れるのか。どちらにせよ戦闘は避けられなかろう。
道中には他に現れず、拙者は火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”へと到達した。
「フム、やはりこうなっておるか。炎六団の者は見えぬようだな」
「「「…………」」」
辿り着くや否や、国の門前に待ち構えるは大勢の兵士達。その数は三〇を越える。
然し、一国辺り数千から数万の兵が居ると惟ればまだまだ少ないの。炎六団の者もおらず、俗に言う使い捨ての集まりか。
あの王はそんな事しないが、今回は別だろう。あらゆる意味合いでの。
因みにヒノコ殿はちゃんと置いておいた。
「構え……射れェ!」
「「「火の魂よ。敵を射抜く矢となれ! “フレイムアロー”!」」」
「……」
指揮官の号令と共に矢が射られ、拙者へ向けて雨のように降り注ぐ。
雨にしては少々熱いの。飛び退いて避け、注ぐ矢を掻い潜り兵達の懐へと向かう。
「多人数戦は慣れておる」
「「「…………!」」」
手始めに眼下の兵達を薙ぎ払い、意識を奪い取る。
的確に意識を奪うのは殺めるより難しいが、殺めるより心持ちが楽だ。
「飛べ! あの騎士は飛べない!」
「「「…………」」」
数人がやられ、他の兵達は空を舞う。
地上に居てくれた方が楽なんだがの。だが此処には壁もある。ただその場を跳躍するより幾分戦いやすかろう。
「「「火の魂よ──」」」
「主らは……拙者を軽んじておるのか?」
「「「…………!?」」」
また経を読もうとした刹那、天舞う兵達を打ち伏せた。
ヒノコ殿はやはり別格であったの。実力を見せずとも警戒して掛かっていた。この者達は拙者の実力を推測する事もせず、ただ狩られる野鳥のように落ちるだけ。
「囲め!」
「「「…………」」」
「……」
囲んでくれるのは有り難いの。魔力が無くなり箒が落ちるとは言え、一瞬だけ空中に留まる。そこを踏めば空中での移動が可能となる。
この数。丁度良い。
先程打ち沈めた者の箒を拝借し、それを足場に跳躍。周囲の兵達を打ち落として行動不能とした。
気掛かりはこの高さから落ち、果たして助かるのかどうか。
「くっ……なんだ……コイツ……!」
「拙者、天神鬼右衛門と申す。通らせて貰うぞ」
どうやら生きていた。この者が生きているなら他も問題無かろう。……と、打ち倒した三〇ばかりの兵達を一瞥する。
返答と同時に駆け、昨日振りに“フォーザ・ベアド・ブーク”へと入った。
「……一見は変わらぬが……」
騎士の外套を身に付け、素性は隠す。既に気付かれているかもしれぬが、住民には明かしていないからの。上手く紛れられているで御座ろう。
見た感じは普通。たまに小さなイザコザがあったりもするが、それだけよ。この国では珍しくない。
「……」
然し、フム。空気が昨日とは全く違うの。向こうも上手く紛れているが、物陰などに複数の気配がある。つまり監視されているという事。
流石に町中で仕掛けて来る事は無いのか、別の理由があるのか。
その答えは目の前から来る民に扮した兵にお訪ね申そう。
拙者とその兵はすれ違い、一定の距離を保って止まった。互いの目は見ない。
「さて、主らの目的は何で御座るか?」
「“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士隊長、アマガミ=キエモンだな。話がある。裏路地にて待つ」
「心得た」
数言のみ交わし、再び去り行く。裏路地とは何処の裏路地に御座ろうか。
気配を探り、他と違う箇所を見つけてそちらへ歩を進めた。
「……キエモン様。昨日振りですね」
「そうよの。主はこの国の受付嬢か。そしてこの場に居る者達から敵意は感じぬ。単刀直入に申したいが、この国で何があった?」
「はい。順を追って話します」
此処ならば外套を取っても良さそうな様子。この国はちと暑いからの。脱げるのは良い。
受付の者は口を開いた。
「実は昨日、キエモン様方が帰った後、王様が路頭に迷ったという青年を拾いました。草臥れた様子で、あの心優しき王様は見過ごせず城に置いたのです。普段から犬とか猫とか結構拾ってくる方で、元孤児の兵達も沢山居ます」
「フム」
「色々と手助けをし、昨日の時点で問題は無かったのですが……何故か今日王様が豹変しまして。隣国を視野に入れ、戦争を起こそうと」
「成る程の。それは変な話だ」
陰鬱そうに話す。
人が違い過ぎて理解が追い付かないまま従っているので御座ろう。
「して、その青年は?」
「今も王様に仕えています……というより、なぜか青年しか王室に入れず、私達は追い出され、兵士は見張り。私達は役職に集中するよう言われて今日一日を過ごしました。けど、他国への進攻が開始され、それを不審に思った私達がここに集まった次第です……」
「他国への進攻だと?」
まさかそこまでの自体になっていたとはの。
受付嬢は頷いて返す。
「はい。数時間前、まずは近隣の“シャラン・トリュ・ウェーテ”へ炎六団の数人が……」
「なんと……!」
狙われたのは現在の自国、“シャラン・トリュ・ウェーテ”。誠に何が狙いなのか。
侵略行為は当然とし、理由無き進攻はしなかろう。数時間前とな。すれ違いで御座ったか。
「今から帰っても間に合わぬな。エルミス殿らとファベル殿らも此方に向かっているが、道筋は拙者と同じ。会う事は無さそうだ」
「そう言えば、お連れの皆様が見えませんね」
「ウム、国を案じ、拙者が先に来たのだ。然し両国にて問題が起こるとは……」
此処を後回しにしてヴェネレ殿らの元へ急いで戻るか? 全速力なら行けるかもしれん。いや、然しこの国を放っておく訳にもいかなかろう。さすれば拙者が行える最善の策は……いや、ちと待とう。考えを整理せねば。
(何も国から騎士団長全員が出る訳では御座らん。星の国に一人、この国に一人から二人。どちらにしても一人は“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと残る。加え、ミル殿を始めとした強者も国へ揃っておられる。炎六団も一人は打ち倒し、残り五人。全員を派遣する訳も無かろう。多くて三人。最低二人は自国の護衛に当たらせる筈)
「キエモンさん……?」
(そこから導き出す答えは……“シャラン・トリュ・ウェーテ”に居る者達を信じ、拙者はこの国でのケリを付ける)
考えは纏まった。ともすれば一刻の猶予もない。
拙者は受付へと視線を向けた。
「先ずは王と話を付ける。案内してくれ」
「は、はい。分かりました。此方です」
一瞬の沈黙から発した言葉へ呆気に取られるが、同意すると同時に拙者を案内してくれた。
この者達は味方。嘘を吐いている様子も御座らんからな。城に行き、何があったのかをこの目に入れ、確認せねばなるまい。
“シャラン・トリュ・ウェーテ”への襲撃は国に残った者達を信ずる事が第一。拙者は己のやるべき事を遂行するのみ。
火の国の調査から然程経過しておらん現在、事が一気に進み申した。




