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其の玖拾玖 変異種

『───』

「…………」


 ものは踏み出し、大地を沈めて加速する。

 相変わらずの速度。馬よりは遥かに速いの。


『ガギャ!』

「……」


 拳を紙一重で避け、刀にて片腕を切り落とした。それによって鮮血が滝のように噴き出し、辺りを赤く飲み込んだ。

 少しばかり汚ならしいが、此奴こやつに再生能力などは無い様子。なれば初日に相対した鬼の怨念よりかはやり易い。


『グガァ!』

「…………」


 腕が無くなった事は意に介さず、拙者目掛けて回し蹴り。その足も切断し、また血の池が作られる。痛みを感じぬので御座ろうか。

 然し片腕に片足。機動力も攻撃力もある程度は奪ったと見て良さそうよの。


『ウルガァ!』

「……」


 残った腕にて拳が振り上げられ、拳圧によって上空の雲が消え去る。

 破壊力と速度は中々だが、流石に雷を纏ったリュゼ殿よりかは遅いの。破壊の範囲も騎士団長なら可能な程。苦戦はするだろうが、倒せぬ敵ではない。

 ファベル殿らが相対した個体と関連性があるのかも分からぬが、此奴は明確な変異種だの。


「だが、狙いも何もかも雑多。お粗末」

『───』


 手強いが、斬れば倒せる。頭をね、巨躯の図体が崩れ落ちた。

 殺めてしまったが致し方無し。せめてこの肉片だけでも持ち帰り、対策や研究が進められる事を祈る他あるまい。


「さて、エルミス殿らは──」


 事を済ませ、遠方のエルミス殿らを探るその刹那、火、水、風、土からなる塊が今の今まで拙者が立っていた場所を吹き飛ばした。

 さて、お陰で手掛かりが消え去ってしもうたな。


「なんぞ? 主ら。いや、厳密に申せば主だけであるかの」

『『『グロロロロ……』』』

「…………」


 先程の物の怪のような者らを引き連れ、一人の女子おなごが立ちはだかる。

 黒髪黒目。顔立ちは西洋風で変わらぬが、拙者にも馴染み深い色合い。この世界の者達は鮮やかな色彩をしておるからの。

 さても、何処からどう拝見しても黒幕。もしくは重要関係者。是非とも話などを窺いたいところよ。


「…………」

「フム、返答は無しか」


 魔力を込め、鞭を形成。同時に獣共をけしかけ、拙者との距離を詰めた。

 敵認定はされておろう。有無を言わず仕掛けてくる所は感心致す。この世界の者達は話好きだからの。

 なれば抑え、捕らえてからじっくりと話を窺うとしよう。


『グガァ!』

「……」

『ギャウ!?』


 獣が吠え、落雷を突き刺す。それは避け、峰にてその体を打ち飛ばす。

 次いで空から氷を纏った獣が突撃し申す。


『ヒュオ!』

「……」


 跳躍と同時に回避。鳥のような獣は大地と勢いよく激突しては陥没させ、辺り一帯が夏にも関わらず雪原と化す。

 拙者は空中にて身を立て直し、鳥を鞘で突き刺す。そのまま持ち上げ、空へと放るよう舞い上げた。


『ヒュガァ!』

「……」


 次いで両手が鋼である人型の獣が空気を裂きながらけしかける。

 剣尖にて軌道を逸らし、掻い潜ると同時に顎を刀の柄にて突き上げ、腹部に蹴りを突き刺して吹き飛ばした。

 フム、やはりと言うべきか、拙者の身体能力の高まり。それは手足にも適用されているようだの。便利な体となったものだ。


「…………」

「…………」


 女子おなごが直々に迫り、一定の距離にて鞭を放つ。

 魔力からなる鞭。威力を保ったまま打てる射程距離はこの辺りか。

 降り掛かる鞭を潜り抜け、跳躍と同時にほうきに立つ女子の眼前へと迫った。


「………」

「………」


 空中での機動力は向こうに分がある。故に避けられ、四方を火、水、風、土が取り囲む。瞬時に撃ち出されては爆発を引き起こした。

 爆炎は切り裂き、着地。再び跳び、女子おなごの乗る箒を切り裂く。


「……っ」

「……」


 一瞬だけ複雑そうな顔をする。然し即座に立て直し、箒から降りて杖を構えた。

 周りには変わらず三体の獣。状態を見るに雷狼、氷鳥、鉄猿とでも言ったところで御座ろうか。

 その三体に獣使いの女子。はてさて、殺めぬように気を付けているがそれも難しいかもしれぬの。


「貴方……何者?」

「……」


 女子おなごが話、拙者は反応を示す。

 済んだ声だが、抑揚がなく心無しか静かに思える。性格的にはセレーネ殿に近いやも知れぬな。

 質問をしたという事は会話に乗り気。だが拙者の言葉に返答するかは分からぬの。こう言った者の場合、自分が一方的に話す事も多い。

 いずれにせよ相手の質問に返しつつ出方を窺うのが手っ取り早いの。単なる会話にも何かしらの手蔓てづるは掴めよう。


「拙者、姓は天神。名を鬼右衛門と申す。故郷は東洋に存ずる日出ひいずる処國ところのくにこと日本。訳あって今はヴェネレ王女の治める騎士の国“シャラン・トリュ・ウェーテ”に世話になっている。故郷では侍や武士という役職に就き、今は国にて騎士団の隊長に御座る。以後お見知り置きを。返すようだが、主は?」


「え? あ、アタシは星の国“スター・セイズ・ルーン”のサモン=プルトーネ……です」


 怒涛の自己紹介により、勢いで相手の出身国と名を割り出す事に成功した。

 名をサモン=プルトーネ。女子おなごらしからぬ名にも思えるが、この世界ではそう言う者もチラホラ居るので気にせずとも良かろう。

 それよりも彼女は星の国の者か。思わぬ邂逅よの。


「……何故なにゆえ拙者を襲撃したのだ? 拙者は依頼にてこの近くに来ており、許可も取っておるのだがの」


「それは……言えない」


「そうか。思い当たる節は先程変異種の魔物を斬った事。主が連れる獣からするに、アレの飼い主か?」


「ノーコメント」


 質問には答えぬか。然しまあ、出身国が分かっただけで上々に御座ろう。

 後はこの場を穏便に済ませる事が可能かどうかだの。


「拙者を帰してくれるか?」

「お断り」


 瞬時に向けられた杖先から魔力が放出され、それを合図に三匹の獣も襲い来る。

 だが逃げ場も多い。あくまで四方しか囲まれておらぬからな。跳躍して避け、同士討ちを狙った。


「…………」

「フム……」


 それを読んでいたのか軌道を逸らし、魔力の鞭が上部へと昇る。刀にてそれを断ち切り、着地してサモン殿の喉元へと剣尖を突き立てた。


「拙者、あまり殺生は好まぬ。主が引いてくれるのなら傷付ける事もせぬよ」


「舐めてる?」


「いいや。舐めては御座らん。巧みな魔法。凶暴な三匹を纏める手腕。かなりの実力者に御座ろう」


「他人を評価するのは相手を下に見ている証拠。結論、舐めてる」


 そう告げ、拙者の背後から鞭が絡み付いた。

 はて、鞭は断ち切り、サモン殿の動きにも注意していた筈だが、一体何があったので御座ろうか。

 体勢が少し崩れ、足元へと視線がいった。

 ……成る程の。地面から伸びておる。杖を下に向け、切られた鞭と地面を通して繋ぎ直したようだ。

 喉元に剣尖を突き立てたがばかりに彼女は仰け反り、そのまま杖を下に向け、拙者に不審に思われる事無く遂行したのだろう。策士よの。


「これでもう動けない」

「そうでもない」


 縄脱けの修練も少しは積んでいる。伸縮自在な魔力からなる物としても直ぐ様抜け出せば形を変える時間も無かろう。

 脱出し、サモン殿の背後へと回り込んで再び刃を突き立てる。


「全方位に注意を払わねばならぬのは大変だの」

「魔法を使わずに脱出を……? 理解不能。貴方は本当に何者? 自己紹介されたけどやっぱり分からない」

「なんともまあ、淡々とした話し方よ。拙者の故郷にもおったの。任務にだけ集中し、他の全ては疎かにするような者が。主はそれと同じ雰囲気に御座る」

「戦いに必要無い事はしなくて良い。ただ遂行すれば良いだけ」


 拙者に斬る気が無いのは既に気付いているの。剣尖を突き立てられても尚、何の感情も感じ取れぬ。

 何処までも意思が無く、さながら虫のような娘。初対面時のセレーネ殿でもそれなりに返答してくれたのだがの。


「その言葉の半分は同意するが、今は戦いと思っておらん。話し合いのようなものだの」

「アタシは違う。だから必要皆無」


 全身から魔力を放出し、拙者の体を弾き飛ばす。

 そこに向け、雷を纏った狼。氷を纏った鳥。鋼の腕を持つ猿が攻め立てる。

 まずは此奴等の妨害を防ぎ、サモン殿とじっくり話し合いの場を設ける事から始めるとしよう──。


「──さて、改めて話を聞きたいのだが……構わぬか?」

「……っ!?」


 一瞬だけ鬼神の力を使い、三匹の意識を刈り取った。

 女子おなごの表情が変化したの。拙者が名乗った時以来だ。

 驚きが隠せないと言った面持ち。それは獣らを一瞬で打ち倒した事か、拙者の力から何かを読み取ったか。そのいずれにせよ先程よりかは話しやすい体制が取れるというもの。


「今回は殺めておらぬ。拙者の目的を言えば任務。妖やもの。即ち魔物の討伐。加え、その変異種が最近姿を見せたから調査も兼ねておる。さて、今一度お聞きしたい。主が変異種に関与しているのか、拙者らを帰してくれるのか。一つは国にとって重要な事となる。一つは私情よの」


「…………」


 念の為に刀は向けているが、敵意も殺気も出しておらん。

 サモン殿も感付いているので無意味な事だが、侍足るもの格好だけでも付けておかねばな。要するに見栄えよ。


「一つ目は依然としてノーコメント。二つ目は……分かった。帰してあげる。だけど……“アレ”を倒せたらね」

『…………』

「フム、蟲。巨大な蜘蛛か」


 彼女の言葉と共に、巨躯の蜘蛛が姿を現した。

 気味が悪いの。拙者の知るところの妖、“大蜘蛛”よりも遥かに巨大。あれは三丈(※9m)程はあるやも知れぬ。


「改めて自己紹介。私は召喚魔法を得意とする“召喚師サモナー”。最も得意なのは蟲。私は蟲を支配する」


「蟲使いの女子おなご。中々に乙なものだの」


 さてもこれから、さもなぁが何かは分からぬが、前後の言葉からするに召喚術を扱う存在に御座ろう。式を扱う陰陽師にも近いかもの。

 多くは話さなかったが、色々と情報は掴めた。後はあの大蜘蛛ならず、巨蜘蛛を打ち倒して“シャラン・トリュ・ウェーテ”へ帰還するとしよう。

 連続した任務依頼。予想以上の成果は得られそうだ。

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