5 一番の嘘つき
その夜。屋敷の片隅で、キャロルとチャーリーがこっそり抱き合い、口づけているのが見えました。
さすがのあたしも、これは邪魔してはいけないシチュエーションだということはわかるので、気づかれないようにしていました。
二人はぴったりとくっつきながら、話をしていました。
「ジャック様、最後までアリス様にチョコレートを盛ったのを認めなかったな」
「認めちゃったら、絶対に相続人にはなれないじゃない。あたしもあなたもアリスに何かあったら仕事がなくなるし、奥様がこんなことをする理由なんて何もないし。自分一人しかアリスに危害を加える動機のある人間はいないのに、こんなことをするなんてね」
キャロルは手厳しく言いました。
「考えてみれば、あの人奥様がご旅行に行く前にも来ていたわね。……前のアリスが死んでしまったのも、あの人が何かしたんじゃないかしら?」
「前のアリス様が死んだのは、奥様がご旅行に出かけた次の日だぞ。その日にはジャック様はここには来ていない」
「別に死んだその日に何かしたとは限らないわ。例えば、タマネギの中毒なんて、食べたその日に症状は出ないのよ。何かそういう仕込みをしたに違いないわ」
「例えそうでも、アリス様の症状が重くなって死んでしまったのは、俺達がよく見ててやらなかったせいだ。今のアリス様には、そんなことがないように注意しないとな」
「今回はあの子自身の賢さに救われたわね。あの子を選んで、本当に良かったわ。……気をつけないとね、わたし達の将来のために」
そのまま、二人はいちゃつき始めました。あたしはそっとその場を離れ、奥様の部屋に向かいました。
「あらあら、アリスったら、何処に行っていたの?」
犬用のドアから入って行くと、奥様は優しく微笑みました。でも、奥様は少しお疲れの様子でした。
カウチに座ってくつろいでいる奥様に、あたしはすり寄りました。犬であるあたしには、奥様をお慰めするにはこれしか出来ません。
「ジャック、本当に馬鹿な人。闇カジノで借金を作った挙句、ローズハート家の融資している企業の情報をよそに売っていたなんて」
奥様はあたしを撫でながら、半ば独り言のように言いました。
「アリス、あなたを相続者に選んだ理由は、あなたには嘘がないからよ。──人は嘘をつくわ、誰だってね。女優という虚構の世界にいたわたしには、よくわかるの」
あたしは黙って、奥様の言葉を聞いていました。
「ジャックは勿論のこと、キャロルとチャーリーもそう。アリスがオニオンスープを飲んで死んでしまったことを隠して、あなたという身代わりを立てたんですもの」
奥様はひっそりと微笑みました。
「でも、あの二人にしては上出来だわ。あなたはアリスにそっくりだし、アリスよりも賢い。これからもよろしくね、二代目のアリス」
どうやら、あたしは奥様に気に入られたようです。
……ああ、でも、奥様。
一番の嘘つきは、奥様ご自身ですよね?
だって、どうして前のアリスが「オニオンスープを飲んで死んだ」ことを知ってるんです? アリスが死んだのは、奥様がいない間のことなのに。
オニオンスープは奥様専用の料理。それを与えられるのは、作ったキャロルと奥様だけなのです。キャロルは本気でジャックのことを疑っていたようですし、ならば残るのは一人だけです。
それに、今回チョコレートを入れられた皿。チョコレートを切らしたのは、残ったチョコをあたしの皿に入れたからではないんですか?
あの皿。キャロル以外に、かすかに奥様の匂いがしました。
多分、奥様はあのジャックに相続者殺しの濡れ衣を着せ、相続の芽を完全に潰すためにあたしやアリスに毒になるものを盛ったんでしょう。
あるいは、キャロルやチャーリーがどれだけ有能か試したい気持ちもあったのかも知れません。
奥様は、ローズハート家の女王という役を、今でも全身全霊で演じているのです。そのためには、冷酷な選択もしてしまう人。いつか必要とあれば、あたしのことも簡単に殺してしまえるのでしょう。
……でもね、奥様。
あたしも、おとなしく殺されるつもりはありません。
街で暮らしていた時のような、命の危機ギリギリのスリル。これを味わえる予感がして、あたしはこれからの奥様との生活に、何だかわくわくしてしまうのです。
ねえ、奥様。
これがあたしがあなたを主人に選んだ理由だと知ったら、あなたはどんな顔をするかしら?
「さあ、もう休みましょう、アリス」
奥様の言葉に、あたしは一つ吠えて答えたのでした。




