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偽りのアリス  作者: 水沢ながる
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1 生い立ち

 あたしが生まれたのは、下町のさらに裏側みたいなところでした。

 小さい頃のことはよく覚えていませんが、母親や兄弟達と一緒にいたことは確かです。父親の顔はわかりません。でも、いつの頃からか、あたしはひとりで街の中を生きていました。

 家のない仲間達は街のあちこちにいて、あたしに生きる術を教えてくれました。ここは皆が集う安全な場所、ここはあいつの縄張りだから荒らしてはいけない、このレストランはよく食べ残しが出る、これは食べてはいけないもの。

 街の人達はあたし達みたいなのにはあまりいい顔をせず、時にほうきなどで追い払われることもありました。

 それどころか、街では時々一斉に街中を摘発し、あたし達の仲間を次々と捕まえていました。捕まった仲間は収容所に入れられるので、みんな摘発を恐れていました。

 それさえ注意すれば、あたし達はそれぞれ自由に暮らしていました。むしろ、命の危機ギリギリのところで味わうスリルを楽しんでいました。


 それは、のんびりした昼下がりのことでした。そこらの家からかっぱらって来た食べ物で昼食を食べ、仲間達はめいめいゆっくりすごしていました。

 そこは今は誰も住んでいない家の庭先で、仲間達が共同で使っているねぐらの一つでもありました。そのせいか、少し油断があったのかも知れません。

「摘発だ!」

 誰かの声がしました。あたし達は一斉に立ち上がり、逃げようとしました。

 しかし、家の周りは何人もの人間に囲まれていました。仲間達が次々と捕らえられ、車に乗せられて行きます。あたしも逃げようとしましたが、うっかり家の奥の方に逃げてしまい、囲まれてしまいました。

「来ないで!」

 叫びましたが、追っ手は容赦なくあたしに手を伸ばして来ました。結局、あたしは捕らえられて、他のみんなと一緒に車に乗せられ連れて行かれてしまいました。


 収容所では、あたし達の仲間がたくさん捕らえられていました。あたしのような子供、大人、年老いた者まで。

「これからどうなるんだろう……」

 あたしは思わずつぶやきました。不安で仕方がありませんでした。このまま、こんな所に閉じ込められて一生を終えるんだろうか。

「俺みたいなのは見殺しにされるのさ」

 先にここに入っていた、よぼよぼのお爺さんが言いました。

「年寄りだし、よぼよぼだし、働けるわけでもない。体の具合だって良くない。こんな奴は、そのうち処分されるさ。──だが、おまえさんみたいな子供は違う。運が良ければ何処かの家に引き取られて、そこの家の子として暮らせるさ」

「今までみたいに、気ままに暮らせるの?」

「そりゃ無理だ。引き取られれば、そこの家の人達に従って暮らさなきゃならないさ。でもな、そうしていれば飯も食わせてもらえるし、夏に暑い思いをすることも冬に寒い思いをすることもなくなる。不自由ではあるかも知れんが、そっちの方がいいと思うぞ」

 あたしは考えました。自由気ままに暮らせるけど食べ物や住処があるとは限らない世界と、不自由ではあるけど食べ物も住処もある世界。どっちがいいのか、あたしにはわかりませんでした。でもどっちにしろ、ここよりは良いように思いました。

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