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第三隊 対 神戦組 壱

 その銃声を耳にした時、中西廉は思わず微笑した。

 こちらの意図を汲んでくれたと分かり、それが嬉しかったのである。

 例えそれがこれから本気で戦う相手だとしても。



「あらー、余裕よねー。何がそんなに嬉しいわけ?」



「三嶋の奴はよく分かっているなと思ってな。今の銃声、恐らくあいつだよ」



 毛利に答えながら、中西は自分の武装を今一度確かめた。

 両腰に吊るした特注の回転式拳銃(リボルバー)の鉄の感触が指に伝わってきた。二丁拳銃など見た目優先の遊びと馬鹿にしていたが、自分でも驚く程馴染んでいる。

 だが、まずはこれを使うような展開になるのかが問題だ。



戦場(フィールド)の全長は凡そ十町、つまり約1キロ強か......かなり広いな」



「サバゲーだと、野外フィールドで100メートルもあれば広い方ですものね」



「あら、亜紀ちゃんもやる気満々ね。後方待機はあたしだけか」



 声をかけてきた寺川を見て、毛利が肩をすくめた。

 彼女の言う通り、寺川も既に装填済みの小銃を肩にもたせかけている。

 通常の小銃をダブルバレル方式に改造した特注品であり、華奢な寺川には重そうに見えるが、どういう仕組みなのか彼女はこれを軽々と扱うのだ。



 "さて、まずは序盤戦といくか"



 視線を前に戻す。

 中西の視界に広がるのは、不規則に並べられた木箱である。

 鉄製の起重機(クレエン)も幾つかその姿を覗かせており、場所を測る目安となっていた。

 意図した訳では無いが、これらはサバイバルゲームのフィールドに置かれた障害物(バリ)のようだ。それならば、これまでの経験も生かせるだろう。



 既に一般構成員達は前の方へ進出している。自分と寺川が続き、土谷、毛利、あと数人が後方という布陣であった。



「あの、先輩。中田君は?」



「あいつなら先に行かせたさ。待ちきれないらしくてな」



「――あれを持ってたんじゃ無理ないですね。全く男の子って」



 ため息をつく寺川に、中西は苦笑を禁じ得なかった。

 だが、中田の逸る気持ちも分かる。あんな重火器を装備したのだ、誰だって前線に飛び出したくなるだろう。

 敵は僅かに四人。こちらの一般構成員を破ったとしても、すぐに絶望することになるだろう。



「下手したら俺達の出番は無いが、油断だけはするな」



「はい」



「じゃ行ってらっしゃい。あたしは土谷氏といちゃいちゃしてるからね」



 まるで場違いな程に陽気な毛利の声援である。気が抜けそうになりつつも、中西は慎重に歩を進めた。



「美咲さんって土谷さん好きなんですか?」



「いや、あいつは二次元にしか興味無いだろ」



「......早く平成に帰してあげたい」




******




 サバイバルゲームの経験が実戦の銃撃戦に役に立つのか。

 この自問を一也は幾度となく繰り返してきた。

 周りに相談出来る人間がいないため、自分の知識と仮説を重ねては壊すという効率の悪い作業であり、少々うんざりではあったがやらずにはいられなかった。


 

 そもそも所詮は玩具であるトイガンに慣れたからといって、即実戦で通用するのか。

 あるいは両者に差異があるならば、それは何であり、どうやってそのずれを修正するべきなのかという疑問があったからだ。



 "命に関わるからな"



 姿勢を低く、低く保ちながら一也は進む。

 自分なりに検証をした結果、サバゲースキルが通用する部分と通用しない部分はかなり明確になっている。

 例えば、姿勢を低く保って移動するというのは基本の基本だ。被弾の可能性を低く抑えるためである。

 この際に視線を地面ではなく周囲に走らせるというのも、基本である。

 こういう部分は、サバゲーで嫌という程叩き込まれた。これらは実戦でも共通だ。



 "まったく、中西さんとかめちゃくちゃ厳しかったからな。よく耐えたもんだよ"



 その相手が今は完全に敵に回っているのである。

 おかしなことになったもんだ、と自嘲するが、胸の中の泥々した感情は収まらない。喉の奥から吐き出したくなるような――黒い怒りのような物だ。

 その怒りの裏側には、同じくらいの悲しみがあった。

 何で一般人を傷つけるような真似までしたんだ、と怒鳴りつけてやりたい。

 両極の感情が今の一也を突き動かしている。



 だが、このままじゃ済まさないという決意は変わらない。



 視野を広く保ち、物陰を縫うように移動する。

 まっすくではない。わざと遠回りするように、横へのスライドを混ぜている。

 これは、気がついたら敵のただ中という悲惨な事態を避ける為だ。

 武器も乱戦を前提にしての選択である。

 敵の数と射程(レンジ)を考慮して、取り回しが利くM4カービン改にしている。秒速二十発の連射力で制圧した方がいい、という判断であった。

 相手が何人いてもそれほどやることに変わりは無い。慎重に身を隠し、撃つべき時に撃つ。それだけだ。



 戦闘開始の合図から五分ほど経過しただろうか。

 時計がないので体感時間だが、さほど外れてはいないだろう。

 慎重に顔を覗かせて前を伺う。

 いない――いや。前方やや右側にいた。二人だ。隠れているつもりだろうが、足が木箱の外に見えている。

 不注意だが、一也はそれを笑う気は無い。いくら頭で分かっていても、それを実践出来るかはまた別だ。



 最小限だけ身を乗り出し、まずは初弾を放った。

 これで自分の位置もばれるが、構うものか。「先手必勝」と短く一也は呟く。



 何か叫ぶような悲鳴が上がった。

 足の肉を引きちぎられたか。いや、BB弾の倍程度の重さの石弾である。

 裂傷は刻んでも、そこまでの重傷にはならない。それでも戦闘能力を奪うには十分だ。



「おい、いるぞ!」



「向こうだ、こっちは二人が足をやられた!」



 まだ姿が見えない新手が何やら叫んでいる。

 馬鹿か、自分から居場所を教えてくれるとは。

 基本的に一撃必殺の銃撃戦は、どれだけスマートに自分の居場所をごまかせるかで決まる部分が多い。

 早撃ちで真っ向から敵を倒すなど、西部劇の中だけである。



 足音。人の気配、複数だ。

 こちらの居場所は大体分かったのだろうか。

 拳銃でも持っているのだろう、何発か飛んできたが一也には届かない。

 身が引き締まる。命を奪う実弾が飛び交う――それが戦場である。サバゲーとは違う。その上で使える知識を総動員する。



 "隠れる時に障害物(バリ)に背を預けるな"



 ついやってしまいがちだが、ほんとにこれをやると敵に背を向けることになる。

 盾としている木箱から1.5メートルほど距離を取り、正対する形になる。

 視界を確保出来た。

 逆に言えば、ここから見えた敵は向こうからも攻撃してくる。撃てるということだ。



 右利きの一也は、基本的に障害物(バリ)に向かって右へ展開する形で姿勢を取る。

 この方が身を乗り出す時に敵に晒す隙が少ないからだ。

 引いた右肩に銃のストックを当てて狙う。

 もし左に展開するならば、自分の背中が障害物(バリ)からはみ出すような形になる。それは出来る限り避けたい。



 撃つ。撃つ。撃つ。

 お互いの銃声が響き合う。流れ弾が地面や木箱を穿ち、黒々とした痕を残す。

 敵の数は何人だ。気配と時々聞こえる声からすると、十人よりは多い。

 だがめくらめっぽうに動き、統制も何もあったもんじゃない。

 もし連動して動くならば、いかに旧式の火縄銃や拳銃しか持っていなくとしてもだ。恐らく一方的に殺られていただろう。



 "だが、なっちゃいないぜ!"



 ほくそ笑む。

 相手の銃声が止んだ隙を狙って、わざとM4カービン改を木箱の上へ覗かせ、すぐに引っ込める。

 慌てて撃ったのだろう、M4カービン改に当たらないのは勿論のこと、木箱から三尺、約90センチほども上に外れた。

 ジャッとでも表現出来る鋭い音、しかしそれは同時に敵の位置を教えてくれた。



 "神戦組ってこんなもんか?"



 拍子抜けしそうだった。

 ある程度自信はあったものの、相手は数でこれほど圧倒しているのである。

 正直囲まれたら終わり、そう覚悟していたのだが――狙撃の腕も、身の隠し方も、移動の速さも一流には程遠い。

 ある程度M4カービン改の弾をわざとばらまいているとはいえ、一也が独りで作る防衛線を突破出来ないのだ。知れている。



「ヘレナさんと小夜子さんの支援(サポート)受けながらなら――やれるか」



 自分の中のギアを上げた。

 地を這うような動きで隣の木箱へとダッシュで右に移動――それ自体が敵の動きの乱れを誘う偽物(フェイク)

 わざと相手に動きを晒し、あっという間に元の木箱に隠れ直す。

 本当に上手い奴なら、一也が偽物(フェイク)をかました瞬間にそれに反応して撃っている。

 だがそれも出来ていない。むしろ一也の動きに釣られ、自分達が隠れている位置から動いた。

 いや、一也にまんまと誘い出された。



 M4カービン改が唸りをあげると、あっという間に一人が蜂の巣となる。

 喉を撃ち抜かれ身悶え――するのを確認するより先に、一也は左に躍り出た。

 見る角度が変わる。

 今まで一也が自分の右側、つまり相手にとっては左側から撃ってきていたので、敵の注意はそちら側に寄っている。一也にまんまと側面を晒す形になっていた。



「もらった!」



 跳躍する。

 これでもかとばかりに、フルオートで弾を惜しげも無く叩き込む。また一人倒れた。

 いや、それだけでは無い。その左やや奥にいた男へも薙ぎ払うように撃ち込んだ。

 僅かに身を捻って回避しようとしたが、残念ながら叶わずだった。両の手首を撃ち抜かれ、男が這いつくばる。



「ちょこまか煩い蝿が!」



「相手は一人だ、追え!」



 傷ついた同志よりも脅威の排除を神戦組は優先したらしい。

 拙いながらも、全人数をかけて包囲網を築こうとする。木箱から木箱へと突進し、何人か一也に撃ち倒されながらもそれを止める気配が無い。

 たまらず一也は後退する。

 空になったマガジンを捨て、移動しつつ替えのマガジンをセットする。

 無駄の無い動きだが、どうしてもこの瞬間だけは弾幕が張れない。その分だけ敵の接近を許す。



 舌打ち一つ、再びM4カービン改の引き金を引いた。

 威嚇射撃に過ぎないが、近寄ろうとする相手が釘付けになる。「んなろっ!」と自分に気合いをいれながら、僅かに見えた姿から敵の布陣を推定した。

 ほぼ囲まれつつある......十名以上で一也一人を狙っている形だ。

 一斉に襲ってきたら手がまわりきらないか。ヒット&アウェイで逃げつつ、何とか出来るかどうか五分五分と考えつつ。



 黒の銃士(ガンナー)は不敵な表情(かお)になった。



「もし俺が一人ならの話さ」



 一也の呟きに応えるかの如く、戦線に変化が生じた。

 相手が隠れているらしき障害物(バリ)の辺りが騒がしくなる。

 だが聞こえてくるのは射撃音では無い。呻き声や叫び声に混じるのは、微かな打撲音と何かが燃えるような音である。

 恐らく小夜子とヘレナが状況を判断して、相手の後背を突いたのだろう。隙を見逃す二人ではない。



 "狙い通りだ"



 敵が戦闘慣れしていないのもあり、予想以上に一也の策に引っ掛かった。

 半ば偶然ではあったが、戦闘開始から一也独りで撃ち合った。

 それが神戦組の注意を引き付ける形になったらしい。

 他に三人いる、という当たり前のことが頭から抜けたのだろう。撃ちながら考えた策にしては上手く嵌めた方だ。



 敵の慌てぶりから考えると、中西らはこの中にはいない。理由は分からないが、別々に行動しているようだ。

 もし一人でもサバゲー部の人間が指揮を取っていれば、もう少しましな動きをするはず。

 だからいないと判断する。それならそれで好都合である。



 相手の動揺が動きに出始めた。

 体力の消耗もあってか、障害物(バリ)から覗かせる体の部位が大きくなり、また引っ込めるまでの時間が長くなる。

 常に低い状態を保とうとする為に、足が張っているのだ。その分動きも雑になる。必要な体力も意識も欠けている。



 "だから自然と被弾率が上がっちまうんだよ。ご愁傷さまだな"



 そこを容赦なく、一也のM4カービン改が襲った。

 一回では当たらない。二回目でも当たるとは限らない。だが射撃の正確性、被弾率、集中力、動きの無駄の無さ――これらの点で全て一也が上回っており、徐々に徐々に形勢を有利に傾かせていく。

 一人、また一人と神戦組は仕留められ、そしてその度に一也が優位に立っていく。

 決死の半包囲網が破られた今、神戦組構成員達はただ狩られるだけの烏合の衆に過ぎなかった。




******




 "最後の一人か、逃がさねえ"



 絶望の叫びをあげながら、男が逃げていくのが見えた。

 味方がやられまくり、動揺したのであろう。持っていた拳銃すら捨てて、脱兎の如く走る。

 すぐにM4カービン改の射程から外れた。だが一也には逃がす気は毛頭ない。



 既に銃は持ち替えている。

 木箱に足をかけ、上から乗り出すように構えた。

 一直線に逃げる相手だ。速いが――それだけだ。狙いにくくは無い。

 呪法"狙撃眼"を発動し、一也が狙いをつける。遠くに見えた相手の背中が、まるで手に取るように認識出来た。



 魔銃の銃声がつんざくように響いた。

 逃げる男が吹っ飛ぶ。

 赤い血煙がその体を彩るのを確認しながら、まるでトラックに追突されたようだ、と思う。

 だが感慨に浸る暇は無い。セーフティをロックしつつ、素早くまた木箱の影に身を潜めた。



「お見事。いい腕だ」



「一也さん、やりましたね!」



 ヘレナと小夜子の賞賛にも、一也は「いえ、それほどでも」と素っ気なく返しただけだった。

 確かに二十名近い相手をほぼ無傷で倒しはしたが、あまりに手応えが無さすぎる。

 まさかこれが神戦組の精鋭ということは無いだろう。



「中西さんらの姿は見ました?」



「いや、それらしき姿は見ていない。小夜子君は?」



「同じくです。式神からも何も反応無いですね」



 二人の返事に一也は頷く。

 やはり、あの四人はまだ戦線に出てきていない。

 雑魚を倒したからといって、いい気になってはいられなさそうだ。本番はむしろここから――



「伏せてっ!」



 小夜子が叫んだ。

 考えるより先に地に体を投げ出す。

 一瞬、ほんの一瞬だけ空白の時間があり、そして耳をつんざくような轟音が襲いかかってきた。

 いや、冷静に考えれば音が襲いかかるはずは無いのだが、余りにも激しい炸裂音にそんな錯覚が生じた。



 バキバキバキッと三人の周りの木箱が削られる。

 無慈悲に空を引き裂くような音、それが空気を揺るがす。木屑が連続的に宙を舞い、焦げたような匂いが漂った。

 弾丸、それも連弾、とてつもない連射力で吐き出されたそれか。

 身を縮める一也達の周囲が――削られる!



「我、風の恵みを望んだり、仇なす力に抗いたまえ、蒼風守盾(ヴィントシルト)!」



 まずいと判断したのか、ヘレナが高速詠唱と共に呪文を唱える。

 三人の周りに生じたのは、荒れ狂う風の守りだ。

 まだ姿が見えぬ襲撃者からの攻撃が逸れるが、コースを変えて後方まで飛んでいた。

 その光景にヘレナが目を見張る。



「くっ、防ぎきれないか! 横へ逃げろ!」



 指示を出しつつ、魔力を引き上げる。

 暴風と化した風の盾を振り回し、弾丸の嵐を遮断しながらそれを放り投げた。

 まだ浴びせられていた弾丸が風に巻き込まれ、三人に回避の時間が生まれる。一也が、小夜子が、最後にヘレナが地を駆けた。



 弾丸の雨が一時的に止んだ。ヘレナの魔術を目にして、無駄撃ちを避けたのだろうか。

 だが頑丈な起重機(クレエン)の陰に隠れつつも、一也の背中には冷や汗が流れ続けている。

 敵は小夜子の索敵用の式神に引っ掛かった距離、つまりは一町くらいから狙ってきたのだ。

 平均的な小銃よりも有効射程がある。しかも一也のM4カービン改に迫る連射性能である。

 障害物(バリ)に当たってもいい、という荒っぽい射撃ではあったが、木箱を容赦なく削り続け迫ってくるとは。



 "本物のアサルトライフルでも持ってるっていうのかよ!?"



 自分の心臓が煩い程に鳴っている。

 小夜子とヘレナに怪我が無いことに安堵しつつ、ほんの少しだけ一也は身を乗り出した。

 右目の半分で障害物(バリ)の向こうを見る――それほどに慎重にだ。



 まず最初に見えたのは地面に散らばる弾丸だった。

 優に百発以上もあるだろうか。この時代によく使われている村田式銃やミレー銃の弾丸より、若干小ぶりに見えた。

 一瞬でそれを読み取り、僅かに顔を出した。様子を伺うため更に視線を前にやる。



 見えたのは――災厄という名の武器であった。それが人の手で持ち上げられている光景は、さながら悪夢のようだった。

 相当に遠い距離なのに、そのタッグの放つ凶悪な印象が一也を捕らえて離さない。

 風に乗って相手の声がこちらに届く。



「よお、一也。あの程度じゃやっぱり当たらないみたいだな」



「中田......っ!」



 唇を噛み締めた。

 かっての親友は、一也と同じようなBDUを纏い立ち塞がる。

 高校まではラグビー部だった経歴通り、威圧感のある佇まいだ。

 BDUの上から白い法衣のような服を引っ掛けているのは、恐らく神戦組の上位者の証なのだろう。

 だが何より目を惹かれたのは、その太い腕に抱えられた鋼鉄の塊。見た瞬間に災厄と感じた最悪の武器だ。



「あれは――まさか」



 小夜子が呻く。制服に包まれた肩が震えている。



「闇市場で携行式が開発されたという噂はあったが、ここでお目にかかるとはな」



 ヘレナの声に緊張が走った。

 鉄製の起重機(クレエン)の陰で、彼女の青緑色の目が鋭く光る。その視線の先で、中田正が両手で支える重火器が鈍く輝いた。

 太い。

 一見したところ、銃というよりは黒い丸太のように見える。

 だが、よく見れば、それが六本の銃身(バレル)を束ねた物だと分かるだろう。

 その奇妙な銃にはグリップが無く、その代わりに横に鍵型に折れ曲がったハンドルが取り付けられていた。

 禍々しいとしか表現出来ないその銃の名を、一也が口にする。



「ガトリングガンだと――」



「正解、よく勉強してるじゃねえか。ま、お前なら当然か。それに横の可愛い子達も」



 一也と中田の視線がぶつかった。

 数秒間だけ、戦いの真っ只中ということも忘れ、二人の動きが止まる。

 その銃の衝撃が、一也の思考を奪っていた。

 そうだ、知識としては知っている。二十一世紀の戦争では、主に戦闘ヘリの翼に装着して運用される重火器の名を。

 アクション映画で初めて見た時には、円く配置された六個の銃口が丁度蓮根のように小学生の一也には見えたことまで思い出した。

 映画の主人公がハンドルを回す度に、六つの束ねられた銃身(バレル)が回転して――どうなったのかまでもちゃんと覚えている。



「悪いけどよ、手加減はしないからな?」



 重い金属音と共に、中田がガトリングガンをこちらに構えたのが見えた。躊躇いなど微塵も無い動作だ。

 本来は台座式の重火器にもかかわらず、それを携行するとは驚いた。

 警報が神経を駆け抜ける――既に身を隠してはいたが、そこから更にダッシュで横へ。

 あれはまずい。

 少しでもあの銃の火線から逃げろ、でないと。



 "確かあの映画の中じゃ、敵が粉微塵に削られていたよな" 



 記憶がフラッシュバックする。

 ぼろ雑巾のように撃たれ、弾け飛び、死んでいく敵兵士の姿。肉と骨が撒き散らされ、画面中に広がっていた。

 ガトリングガンが弾丸を吐き出す度に、雷のような重低音が響いていた事も思い出す。

 作り物でも迫力は十分過ぎるほど伝わってきた。



 そして唐突に、その映画の1シーンが現実の光景に重なる。



「三人一緒にあの世に送ってやるよ、寂しくないようにな!」



 力強く中田が前へ踏み出した。

 ハンドルが回る。

 ごつい分厚い体がガトリングガンの重量を支える。

 その六つの銃口が回転し、破壊の掃射が始まった。

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