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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
27/34

27.「私も、好きです」


    ***

    ***



 ジャクリーンはしばらくの幽閉の後、市井で暮らす事になった。


 監視はつくが、罪人というわけではない。それでも贅沢三昧していたジャクリーンにとっては辛い生活となるだろう。

 両親も保養地から戻ってきて、ジャクリーンと共に暮らす事になった。


 何度かエリーに面会を望まれたが、アーヴィンがきっぱりと断った。曰く、「手紙なら受け取るが、直接会うのはまだ早い」との事だ。自分でもそんな気がしたので、エリーもおとなしく頷いた。


 今は諸々の事後処理を行うアーヴィンを待って、サイラスと一緒にいる。

 場所は公爵家別邸の中庭だ。芝生が瑞々しく、辺りには薔薇の香りが漂っている。


「お姉さま、大丈夫でしょうか」


 最後に会ったジャクリーンの様子は一変していた。

 自慢の赤毛は失われ、肌も爪も干からびて、老婆のようになっていたのだ。ジャクリーンは魂の抜けたような顔をしていた。


 アーヴィンに止められたが、エリーは思わず回復魔法をかけてしまった。

 今は魔力付与だけでなく、色々な魔法を試している。回復魔法もそのひとつだ。

 ジャクリーンの手を取り、癒しの魔力を込めていく。

 一瞬びくりとしたが、振り払われはしなかった。


「君はお人好しすぎる」


 呆れた顔で言われたが、どうしようもない。

 あの姿を見た瞬間、体が勝手に動いたのだ。

 やさしい光が染み渡り、ジャクリーンの肌に染み込んでいく。

 淡い輝きが消えた時、顔のしわは消えていた。


「大丈夫ですよ、お姉さま。元通りです」

「……え……」

 ジャクリーンがのろのろと顔を上げる。


「魔力は使えなくなったって聞きました。他に痛いところはありますか? 治すところは?」


 甘いと言われてもしょうがない。

 けれど、これが自分だ。許したわけではないけれど、見捨ててしまう事はできなかった。


 ジャクリーンはした分の罰を受けた。そして、これからもそれは続く。おそらく、気が遠くなるほどの長い時間。

 だから、顔くらいは元通りでもいいだろう。


「……う、あ……っ」


 自分の顔に触れ、ジャクリーンは信じられないという表情を浮かべた。

 近くにいたサイラスが手鏡を差し出すと、ひったくるようにして受け取り、食い入るように見つめる。その目から涙があふれ、ぼろぼろとこぼれ落ちた。


「うぁ……あ、ああああっ……!」

 あたしの顔が、と繰り返す。


「元に……もとに、戻った……っ」

「そうですね。元のままです」


 髪の色は褪せ、鮮やかな輝きは失われてしまったが、以前と同じジャクリーンの顔だ。


 魔力が使えなくなった今は、肌がくすみ、日焼けのシミも残っている。瞳は以前のエリーによく似た灰混じりで、絶世の美女だった姉の姿はない。けれど、年相応の若さを取り戻した顔は、先ほどよりもずっとましだ。


 二度と元に戻らないと思っていた絶望の時間が、この上ない罰となっただろう。

 自分の美貌を何よりも大切にしていたジャクリーンにとってはなおさらだ。それはジャクリーンの様子を見れば明らかだった。


「あたしの、顔……っ」


 よほどほっとしたのか、ジャクリーンはそれしか口にしない。

 サイラスが若干「反省してんのかコラ」という目をしているが、エリーは知っている。これはジャクリーンが本気で泣いている時の顔だ。


 あれはいつの話だったか。

 まだジャクリーンがすべてをエリーのせいにする前の、遠い記憶。

 もうずいぶん昔の話だけれど。


「……ご、ごめ……っ」

「お姉さま?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、エリー……!」


 しゃくりあげ、嗚咽を漏らし、わあわあと子供のように泣き叫ぶ。

 そういえば、姉は子供のようだった。

 わがままで、乱暴で、自分さえよければいい子供。

 ちっぽけな女王様だった姉はもういない。いるのはただ、魔力を失ったひとりの女性だ。


「元気で暮らしてくださいね。手紙を書きます」

「わ、わかっ……」

「父さんと母さんにもよろしく伝えてください。どうか風邪を引かないように」

「分かったわよ、もう……っ」


 ごめんなさいと、繰り返しエリーに謝罪する。

 それを信じてもいいと思うくらい、不器用な謝り方だった。


 彼女が去った後で、サイラスがジャクリーンの調査をしていた事が明かされた。

 なんでも、魔力付与の不正の証拠を集めたり、エリーの虐待について調べていたらしい。ジャクリーンの処分が比較的速やかに決まったのも、そういった背景があったようだ。ついでに言えば、彼女を屋敷に忍び込ませるよう仕組んだのもサイラスで、後に丁重にお詫びされた。


 それは別に構わない。むしろ、面倒な事をすべてこなしてくれた彼には感謝しかない。


 ちなみにジャクリーン達が暮らすのは元の家だ。そちらもサイラスが手配してくれた。しばらくは近所の好奇の目が辛いだろうが、それくらいは我慢してほしい。「しっかり噂話は広めておいたからねー」というセリフは聞かなかった事にする。


 ジャクリーンの工房は閉鎖となり、魔力付与していたのはジャクリーン以外の人間だったと公にされた。


 大々的にエリーをお披露目するという話もあったが、全力で拒否した。

 だが、じわじわと噂は広がり、ジャクリーン・ブランシールの「幻の妹」は、今やちょっとした有名人だ。


「そういえば、閣下が落ち込んでたよ。せっかくの守護が効かなかったって」

「守護?」

「指輪と別に、おでこにさ。キスされただろう?」

「あ、あれ……」


 そうだったのか。

 謎が解けてほっとしたが、同時にやっぱり深い意味はなかったのかと思って気が抜けた。


 勘違いする前でよかった。できるだけ早く忘れよう。

 そんな事を思っていると、「エリー?」と名前を呼ばれた。


「なんでもありません。サイラス様にもお世話になりました」

 ありがとうございますと頭を下げると、彼は軽薄な顔で笑った。


「いいって、そんなの。前にも言った通り、ああいうのは俺の方が適任だからね」

「そうなんですか?」

「そうですとも。……って、噂をすれば閣下だ」


 サイラスが目をやった先に、アーヴィンが歩いてくるのが見えた。


「じゃあ俺はこれで。うまくやりなよ、エリー」

「え、何が?」


 答える間もなくサイラスは行ってしまい、後にはきょとんとする二人が残された。


「何の話をしていたんだ?」

「お姉さまの話です。……あの、閣下。ありがとうございます」

 頭を下げると、アーヴィンは戸惑った顔になった。


「何がだ?」

「あの……守護を、かけてくださったとか。おでこに、その……」

「……サイラスのやつ」


 ちっと舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。アーヴィンは相変わらずの無表情だ。


「魔力が足りず、君に怪我をさせてしまった。申し訳ない」

「そんなことないです。お姉さまの魔力に耐えられたのは閣下のおかげです」

「だが、痛かっただろう」


 手を取られ、真顔で見つめられる。相変わらず、ものすごい至近距離で。


「近い近い近すぎます」

「君にだけだ。問題はない」

「ありますよ! ごっ……」


 ――誤解しちゃうじゃないですか。


 喉まで出かかった言葉を呑み込み、むぐっと詰まる。


「ご?」

「……な、なんでもないです」


 目をそらしたが、視線は外れない。むしろ目力が増し、じっとこちらを見つめてくる。規格外の美貌の主にそんな真似をされると落ち着かなくて、エリーは空いている腕を突っ張った。


「だから……近いです、閣下」

「君にだけだと言った。問題はない」

「ありますってば」


 押し問答しているうちに、アーヴィンはつと眉を寄せた。やけに深刻な顔で言う。


「……やはり、怪我をさせてしまったからか」

「閣下?」

「君を守り切ることができなかったから、私を避けるのか。それも当然だ。申し訳ない」

「ち……違いますよ! 閣下の守護は役に立ったし、感謝しかないです」

「だが君は私のことが嫌だと言う」

「言ってませんよ! むしろ好……」


 き、と言う直前でふたたび詰まる。アーヴィンが不思議そうな顔をしている。


「す?」

「……いえなんでもないです」

「そうか。ちなみに、私は君のことが好きだ」

「……え?」


 一瞬ぎょっとしたが、すぐにエリーは「語弊だ」と悟った。


(びっくりした、本気で信じそうになってしまった……)


「どうした、エリー」

「いえ、相変わらず語弊がひどいです」

「語弊ではない。君が好きだ」

「それを語弊と言います」


 片腕を突っ張ったままのエリーに、アーヴィンが手首をつかんでくる。強い力ではないのに、振りほどけない。顔が近づいてびくりとする。


「間違っていない言葉を告げるのは語弊ではない。従って、私の言葉も語弊ではない」

「な……」

「私は君のことが好きだ。私を嫌いならそう言ってくれ。あきらめはしないが、一旦引く。十秒待つ。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。よし分かった、君は私のことが嫌いではない」


「待って待って待ってください」

「待たない。君の返事を」

「へ、返事?」

「私は君のことが好きだ。私を受け入れてくれるだろうか」


 真顔で告げるアーヴィンは、恥じらいのかけらもない。これはやはり、恋愛とは違う「好き」だろう。


(つまり、これは行動弊……)


 一瞬でそう判断すると、エリーは小さくため息をついた。落ち着けと自分を戒めつつ、それに基づいた返事をする。


「受け入れるも何も、私も同じ気持ちですよ」

「そうなのか?」

「もちろんです」


 魔導具研究の助手として、アーヴィンの事は尊敬している。それを好きと言うならそうだろう。エリーが一方的にどきどきしたり、顔が赤くなるのを除けば、その「好き」は許容範囲だ。

 別の意味で好きなのは、絶対に隠し通さなければ。


「……そうか」


 次の瞬間、その顔がさらに近づいた。

「近い」と言う間もなく、視界いっぱいに顔が広がる。


 何、と思う間もなかった。

 唇が近づき、そして重なる。

 触れるだけの軽いキスをして、唇はすぐに離れていった。


「君も同じ気持ちなら問題ないな。末永くよろしく頼む、エリー」

「…………え」

「君は私のことが好きだと言っただろう?」


 私もそうだ、と。

 瞳に瞬く星が見える距離で、甘く囁く。


「私も君のことが好きだ。付け加えるなら、今のような意味で」

「え……?」

「愛している、エリー」


 え。

 え。

 え。


「ええええええっ!?」


 思わず叫んだエリーに、「なぜ驚く?」とアーヴィンが不可解な顔をした。


「だ、だって、行動弊っ……」

「語弊でも行動弊でもない。何度言えば分かるんだ。私は君を愛している。疑うなら、その根拠を上から述べようか?」

「いいですいいですやめてください、心臓がもちません!」


「君は努力家で、心やさしく、おいしそうにものを食べる。照れた時にはにかむ様子が可愛らしく、魔力付与における真摯な態度に好感を持ち……」

「だからもうやめてください……!」

「――だが、何より心惹かれたのは、姉への回復魔法だった」


 え、とエリーが目を瞬く。アーヴィンは静かな瞳でエリーを見ている。

 この目は以前に見た事がある。

 確か、ジャクリーンが大暴れした時だ。あの時もアーヴィンはこんな顔をしていた。


「彼女を許すつもりはなかった。君の姉は邪悪で愚かで、ここで止めなければいけない人物だと思った。今でもその認識に変わりはない。ジャクリーン・ブランシールは危険人物だ」


 それなのに、と息を吐く。


「君は、ためらわずに彼女を救ってみせた」

「すみません、あれは……」

「謝る必要はない。あれが私の認識を変えた」


 首を振り、エリーの事を見つめる。その目に小さな光が瞬いて、やさしく消えた。


「あの魔法は美しかった。あの色合いは君にしか出せない。その色が私の心を打った」

「閣下……」

「どうしようもない悪人は存在する。慈悲を持たぬ方がいい相手もいると私は思う。だが――」


 そこでエリーの手を取ったまま、右手の甲にキスをする。


「……やさしさで救えるものもあるのではないかと思った。それだけだ」


 そしてそれが君に惹かれていると気づいた瞬間だ、と。

 甘い顔で、甘い声で、この上なく甘く囁く。


 ジャクリーンは自らの魔力だけでなく、他者の魔力も受けつけない身体になってしまった。唯一の例外は、隷属魔法を刻んだエリーだけだ。


 もっと痛めつける事もできたし、ここぞとばかりに復讐する事もできた。実際、そうなってもおかしくなかった。それほどひどい目に遭わされてきたのだ。サイラスもそう言っていたし、アーヴィンも止めるつもりはなかった。


 だが、エリーはジャクリーンの傷を癒し、涙と謝罪を引き出した。

 人によっては甘すぎる処置だと言われるかもしれない。

 けれど、それがあの暴君のような姉の、心のどこかを刺激したのだ。


「その甘さも含めて、私は君のことが好きだ」

「もう十分です……あと距離が近い」

「近くても問題ないだろう。最初から君だけだと言っている」

「だから近いですってば……!」


 両手を握られたまま、至近距離で話す姿は、ダンスの一種に見えただろう。腕を突っ張って逃げる事もできず、エリーは真っ赤な顔で目をそむけた。


(恥ずかしい……)


 もはや顔が見られない。だが、逃がしてくれる気もないようだ。

 掴まれた手首が熱くて、心臓の音がうるさく響く。

 どうしようと思っていると、ふわりといい香りがした。


(あ、この匂い……)


 何度も嗅いだ甘い香り。エリーの好きな匂いだ。

 その香りの主に追い詰められて、エリーはとうとう観念した。


「……閣下、お耳を貸してください」

「なんだ?」

「もう少し……近くに来てください」


 いつもとは逆の事を言い、顔を近づけたアーヴィンにひとつ頷く。

 すー、はー、すー、と深呼吸し、一度だけ目を閉じる。


「あのですね……」


 ――そしてエリーは短い言葉を口にした。


お読みいただきありがとうございました!

心の中でダ〇ョウ倶楽部が消えず、どうしようかと思いました。彼らを思い出す時はいつも笑顔がいいですね。ヤーッ!!


*******


*皆様のおかげで書籍化していただける事になりました!


※詳しくは活動報告をどうぞ。

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