62.親の責任
「お父様、体調はいかがですか?」
「シルヴィアか。ワシの体調なら心配ない。無茶しなければいつでもノルアーニに帰ることができる」
お父様は部屋のベッドで横になっていました。
雷神の鎚を使った直後は顔面蒼白で血の気が引いてしまっていて、非常に危ない状態でした。
しかしながら、今は顔色も良くなっています。
「それはよろしゅうございました。あの、お父様。少し、お話をしても大丈夫ですか?」
「なんだ? 改まって。話ならもう始めているではないか。ああ、やめてくれよ。イザベラがライラ殿下をまた怒らせたとか言うのではないだろうな? まったく、あの子はどうしてしまったんだ。もっと淑やかな女だったではないか」
最近のお姉様からは信じられないかもしれませんが、ノルアーニの社交界ではイザベラお姉様は淑女の鑑として通っていました。
だからこそ、あのキスが目撃された一件以来の彼女の豹変ぶりにはお父様が一番驚かれたでしょう。
「シルヴィア、それでイザベラがなにをしでかしたのだ?」
「えっ? ああ、お姉様は何もしておりませんよ」
「……な、なんだ。そ、そうか。それは良かった。ふぅ、お前が思いつめた顔をして話を切り出すからワシはてっきり。はぁ、心臓に悪い」
これはかなりの重症ですね。
また顔を青くしているお父様に心配をかけるのは良くない気がしてきました。
どうしましょうか。適当にお茶を濁して退散したほうが良いかもしれません。
「で? 何があったのだ? イザベラのことではないとなるとお前のことか?」
「……ええーっと、ですね。よく考えていたら、大したことではありませんでした。ですから、私はこの辺で」
「待て……!」
くるりと後ろを向いて退散しようとする私をお父様が大きな声で呼び止めます。
威圧感のある厳格なお父様の声。子供の頃、何度もこの声に怯えたものです。
「お、お父様、何か?」
「何か、ではない。お前は嘘が下手だ。目を分かりやすくそらす癖が直っとらんでな」
「そ、そんな癖なんてありませんよ」
「今も目をそらしておるぞー」
そんなバカな癖があるものですか。
でも、それでも、私が隠し事をしているのはバレバレだというのは事実みたいです。
観念するしかないみたいですね。それに黙っていたら怒られてしまいそうです。
「あの、ですね。今日はフェルナンド様と王都にお出かけをしたのですが。お姉様と会ってですね――」
「イザベラの話ではないか!」
「い、いえ、お姉様と会ったのは関係しますが、話の主軸はお姉様ではありません」
「そ、そうか。……うむ。続けてくれ」
「はぁ……」
あれだけ亡くなったお母様に似ていると溺愛されていたのに、名前を出すだけでこんな感じになるとは思いませんでした。
とにかく話しましょう。お姉様が私たちを尾行している不審者たちを見つけたというお話を。
そこからはお父様は私の話を黙って聞いてくれました。
そして話が終わると顎を触りながら少しだけ考えるような仕草をします。
「ふむ、お前の才能を狙う連中が出てきたか。父上の危惧していたことが本当に起こっていまうとは」
「お祖父様が危惧していた? それは一体どういうことでしょうか?」
大賢者と呼ばれていた私の祖父アーヴァイン・ノーマン。
私が幼い頃に亡くなってしまったお祖父様ですが、お父様に何かを伝えていたみたいです。
「お前は幼くして独学で再生魔法をマスターした。父上はお前の才能は自らを超えているとして、かつての自分と同様にその力を世界が欲することになると予期していたのだ」
私が再生魔法を使っただけでそこまで? お祖父様はあのとき私のことを褒めてくれて……。
『シルヴィア、力を過信してはいけません。飲まれず、欲せず、加減することを覚えなさい』
私が力に飲まれないように、とそんな言葉を遺してくれたのでした。
大陸中で魔法において並ぶ者はいないと呼ばれていたお祖父様。それ以上の才能が私にあるはずがありません。
お祖父様は大賢者と呼ばれるようになるまで、数々の国で逸話めいた伝説を作っているような、まるで小説の主人公みたいな方でした。
それに比べて私は友達もおらず、直したり治したりすることが好きなだけのつまらない女。
たまたまお姉様がフェルナンド様と別れられて辺境伯家に嫁ぐことになりましたが、それがなかったとしたら平凡な人生を歩んでいたと思っています。
謙遜でもなく、ノーマン家の次女として私はお父様からなんの期待もされていませんでしたのでそう思わずにはいられませんでした。
「シルヴィア、お前には才能がありすぎた。最初は年長者のイザベラの方が魔法の実力が上だったが、いつしかお前の実力はイザベラはおろかワシすら凌ぐようになっていた」
「お父様、そんな。私は……」
「ワシはその才能を恐れて隠すことにした。イザベラに華やかな道を歩ませて、お前をなるべく表舞台に立たせないようにしたのだ。フェルナンド殿がお前を嫁にしたいと打診したとき、迷ったが田舎でのんびり暮らしてくれたほうが幸せやもしれんと思ったものだが、目算が外れてしまったな」
なんと、お父様は敢えて私が目立たないようにしていたというのですか。
よく考えてみたら魔法の発表会はノーマン家を代表して全部イザベラお姉様が出ていましたし、私が誰かに魔法を披露する機会はそんなになかったように思えます。
いつしか魔法も教えてもらえなくなってお姉様ばかりに付きっきりで指導していたのは、期待されなくなったとばかり思っていたのですが、もしかして逆だったのでしょうか。
「育て方を間違ったかもしれんのう。お前の才能をもっと認めて表舞台に立たせ、イザベラに才能に抗わせるような無理をさせなければ、あの子もあそこまで屈折しなかったはずだ」
「お父様、お姉様は新たな人生を受け入れて前を向いて生きております。イザベラお姉様はきっとこれから汚名を自ら返上して立派に宮廷魔術師としてノーマン家の名に恥じぬ生き様を見せてくれるはずです」
イザベラお姉様は確かに間違いを犯しました。
ですが、私やお父様に代わりに謝らせて許しを得るようなことはせずに、自らの力を以てしてあのライラ様に謝罪を受け入れさせたのです。
これは誰にでもできることではありません。誰よりも気高く強い心を持つお姉様だからできたのです。
そんなお姉様がこのまま勘当された娘で、人生を終わらせるとは到底思えませんでした。
「うむ。あのアルヴィン殿下、いや、もう殿下ではなかったな。アルヴィン殿と浮気をしたときは随分と叱責したが、あの子が自らの責任を放棄しなかったことだけは褒めてやるべきかもしれん」
お父様も私の言葉を認めて頷きました。
私もアルヴィン殿下、いえアルヴィンさんがいきなりイザベラお姉様の件で怒鳴り込んできたときはびっくりしました。
会うなり魔法を私に向かって撃ってきたときは失望もしました。
しかし、最後の最後で意地を見せたときは誇らしく思ったのです。
イザベラお姉様、私は信じています。お姉様の人生はこれからだと。
「……そういえば、アルヴィン殿といえば。今はどうしているのだ? 陛下から勘当されたのは知っているが」
そういえば、お父様はアルヴィンさんの現状についてご存じではなかったですね。
陛下から彼を頼むと言われてここまで来たと聞いております。勘当されたという話を聞いて随分と落ち込んでいましたから、それ以上の話をしていなかったんですよね……。
「アルヴィンさんはライラ様の温情により、この王宮の使用人見習いとして雇われていますよ」
「な、なんと! 使用人見習いだと!? ノルアーニ王家の次男が使用人!?」
「……お父様、落ち着いてください。仕方ありませんよ。アルヴィンさんが働ける場所などこの国には他にないのですから」
アルヴィンさんは勘当された上に国家追放もされています。
つまり生きていくにはこの国で働き口を探さねばなりません。
ですが、ずっと王子として何不自由なく暮らしていたアルヴィンさんが一からやり直すにしても、働く場所など簡単に見つかるはずがないのです。
そんな彼をライラ様が雇った。それは彼女の温情なのだと私は思っています。
「それはそうかもしれんが。あのアルヴィン殿が真面目に使用人などする姿は想像できんぞ」
「それは、まぁ。毎日ふてくされているとは聞いていますが」
「はぁ……、やはりそうか。国王陛下に合わせる顔がない……。ワシは次に陛下の御前に立つとき、どのような顔をすれば良いのか」
やはりこうなってしまいましたか。
お父様はイザベラお姉様にもアルヴィンさんにも、責任があるとお考えなのですから落ち込まれるのも、無理はありません。
「しばらくはこちらで静養した方がいいかもしれませんよ。ライラ様もナルトリア国王陛下も、長期滞在を認めると仰っていました。お言葉に甘えてはいかがですか?」
「そうも厚かましくしちゃおれん。だが、お前の件が落ち着くまではこの国を出るのは確かに悪手であろう」
お父様は長居はできるだけしたくないとしながらも、私が狙われているという話が落ち着くまではこの国にいたほうが良いと認めました。
なんだかとても疲れてしまいましたね。今日のところはもう休みますか……。
※ご報告
この度、私の作品では4シリーズ目となる
「悲劇のヒロインぶる妹のせいで婚約破棄したのですが、何故か正義感の強い王太子に絡まれるようになりました」
の書籍発売が決定しました!
レーベルはオーバーラップノベルスf様
イラストは双葉はづき様が担当してくださいました!
発売日は11/25です!
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双葉はづき様に担当していただいたのですが
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