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54.後始末

 ティルミナの遺体はいつの間にか灰になっていました。

 妖者とはそういうものなのか、よく分かりませんが……。 


 ニックは魔法を封じる錠を手足に嵌められて拘束。独房に収監されました。

 フェルナンド様はこれから国王陛下に彼をノルアーニで裁かせて欲しいと頼むみたいです。


「アルヴィン様はどうされています?」


 私はアルヴィン様のことを思い出してフェルナンド様に尋ねました。

 ティルミナに操られてライラ様を殺そうとした彼ですが、傀儡魔法は既に解けているという話は聞いています。

 あれだけ暴れまわったのですから、身体に異常も出そうなものです。


「殿下は身体中を痛めてしまったみたいだよ。骨折した箇所も多いと思われる。限界を超えた運動をしたのだから当然だが」


「やはりそうですか」


「今は治療を受けているはずだ。すまなかったね、そういうバタバタしたことがなかったら、僕らも早く駆けつけられたのに」


「いえ、本来なら魔術師である私たちが決着をつけなくてはならない相手だったはずです。手を貸して頂きありがとうございます」


 ナルトリア王国は北部の国とのいざこざで腕の良い魔術師たちは軒並み遠征中だったとのことです。

 親衛隊の中にも魔法の心得がある者は少なく、また私たちのように貴族で魔術師の家系というのは珍しいらしく、王都には魔術師という人材が枯渇していました。


 恐らく、ティルミナはそのタイミングを狙ったのでしょう。 

 国の中枢が魔術師というものに対して無防備になる瞬間を。


 いえ、もしかしたら――。


「どうやら北とのいざこざも今考えると不自然だったらしい。それ自体がティルミナの仕組んだことなのかもしれない」


「だとしたら、彼女はかなり慎重に事を進めたということになりますね。その割には――」


「君とイザベラに呆気なく敗北した。それに違和感を感じていると?」


 単純な戦う力だけで言えばニックの方が上のように見受けられました。

 しかし、ティルミナは変身魔法に傀儡魔法といった、じっくり使えばもっと厭らしい使い方の出来る魔術を修得しています。

 それだからこそ、いくつもの国に混乱をもたらすことが出来たのでしょうし、あの余裕も生まれたのでしょう。


「はい。私などでも嫌な方法を思いつくなら、彼女ならもっと上手くやるのでは、と思わずにはいられないのです」


「うーん。油断していたからとは考えられないということか」


「いえ、もちろん油断はあったと思います。お姉様の雷鳥の爪(ターミガン)を受けたときは心底驚いた表情をしていましたから。勝てると踏んではいたのかと」


 ティルミナは私たち二人を侮っていたのは間違いありません。

 戦えば必ず勝てると思うくらいの自信はあったと思われます。

 ですから、不覚を取ったことは事実なのでしょう。


「焦らなきゃならない理由があったのかもしれない」


「焦る理由、ですか?」


「それが何なのか私にも分からないが、策士が急いで事を起こしたんだ、それなりの理由があったのだろう。その辺もニックから聞いておかなきゃならないな」


 ティルミナの、人が困っていたり、苦しんでいたり、している様子を楽しんでいるような余裕な態度。

 とても焦っているようには見えませんでした。

 ですが、そもそも私たちは彼女のことを何も知らない。それどころか、存在すら信じていなかった妖者だったのです。

 

 想像できない精神状態だったとしても不思議ではありません。


「とにかくライラ様に報告しようか。陛下にはニックのことでお伺いを立てなくてはならないだろうし」


「ライラ様は今、どこに?」


「アルヴィン様のところにいるはずだ。一応、まだ婚約者だしね」


 一応はまだ婚約者、ですか。

 どうなるのでしょうね。一体、これから。

 イザベラお姉様とアルヴィン様が浮気をしたのは事実ですけど、そんなことが些事だと感じられる程のことが起きてしまいましたし。


 いえ、だからといって許されるとかそんな理屈ではないのですが。



「私は許しておらんぞ。アルヴィンのこともイザベラのことも」


「そうですよね……」


「なんだ? 期待していたのか? 今回のことと二人のことは全くの別問題ではないか」


 正論です。

 淡い期待をする私の方が厚かましいのは分かっています。

 でも、きっぱり言われると絶望感が増しますね……。


「だが、イザベラはあの傾国の魔女を討伐したのだろう? 認めたくないが、本来なら勲章を与えるレベルの功績だ。父上のことだから、望みのものを与えるとか言うだろうな」


「陛下は器が大きいですね」


 そうなのですか。

 ティルミナは先代の国王を誑かして王妃にまでなった人物。

 そして、一度はこの国に壊滅的なダメージを与えた怨敵です。

 お姉様がその恨みの対象を見事に討伐したのなら、恩賞が貰えて然るべきといえば、然るべきなのでしょう。


 なんでも望むものを……。お姉様は何を欲しがるのでしょうか。


「まぁ、そのときにあの高慢な女が私に許しを乞うのなら許してやらんでもない。特別にな」


「なるほど。そういうことでしたか。しかしお姉様は素直に許しを乞うでしょうか……」


 プライドの高いお姉様ですから、恩賞としてライラ様に許して欲しいと言うのかどうか不安ではあります。

 逆に喧嘩を売るようなことをするのではと――。


「謝罪を受け入れてほしいと願うに決まっているではありませんか。それ以外に選択肢がありますの? 常識的に考えて」


「お、お姉様!?」


「ほう、貴様のような女に常識が語れるとは思わなかったな」


「これは失礼しました。非常識なわたくしですが、許してくださいまし、お姫様」


 倒れたときは心配しましたが、元気そうで何よりです。

 少しだけ元気すぎるような気がしますが――。



相変わらずのイザベラでした。


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