三十四話
「犯罪者と被害者という事実は変わらないわよ? だって私、このシニアンを監禁してその後、売り払ったのよ」
「ざっくりとするとそうニャねー」
「いや……何故そんな経緯で親しげなのだ。理解できん」
「アーマリア様はきっと悪くないのニャ。何か誤解があるはずなのニャ……」
メイの健気に私を守ろうとする精神は尊いわね。
「確かにアーマリア殿の罪状は後に他の被害者からの抗議の声があったとは聞いたが、彼もそうなのか?」
「ニャン」
シニアンは肯定だとばかりに頷いたわね。
「何故そこまで酷い事をされたにも関わらず、今はこうして親しげなのだ?」
「こまけえ事を気にしてどうするんだニャ?」
おお、鍛冶師だからか男前なセリフね。
けれどリープッド族特有の可愛らしさは残っている。
「細かくなどない! 少しは誤解を解く努力をだな!」
「シニアン、この子はアルリウスと言って真面目な子なのよ。面倒だけど説明なさい」
「アーマリア様が言うなら説明してやるニャ。オレは親がおらず、孤児でニャ。その日の飯にもあり付けず病に冒されて弱っていた所だったニャ。食い物をチラつかせたアーマリア様に釣られて、食い物を食っていた所で捕まり、監禁されちまったんだニャ」
シニアンは激しく面倒そうな顔でアルリウスを後輩を見る目で語る。
ちなみに紛れもない事実である。
「で、強引に苦い物……今にしてみたら高価な薬を飲まされて病を治し、食い物を食わされて体力が回復した後、道徳と毛並みの手入れを叩きこまれ、鍛冶師である親方に金銭でオレは売られたってニャ」
「……?」
シニアンの話を聞いていたアルリウスが途中から首を傾げ始める。
「オレが冒されていた病が随分と酷い物で、後でその薬の代金を知って目玉が飛び出るかと思ったぜニャ」
「些細な事よ」
リープッドは宝ですものね。
その毛並みが良くなる事、怯えと敵意の表情から信頼の眼差しを向け始めてしばらしくした後に売り払った、その時の信じられないという絶望の目……ぞくぞくしたわ。
「これで良いか?」
「全くわからん。説明が飛び過ぎだ」
「チッ! 面倒くせーニャ。つまり俺の身元引受をしてくれた鍛冶師の師匠は、俺を小間使いとしてこき使ったけれど、弟子として使う事を前提として、アーマリア様から買ったんだニャ。嫌々やっている内に馴染んで今じゃこのざまさ」
「引き取ると言いながら、お金を払えない相手にリープッドなど売るはずありませんわ。その代金分は働かせないとね。しかも虐待や殺す目的なんて論外よ。定期的に状況確認の使者は派遣しましてよ?」
つまりそういう事である。
要するにいつもの病気だ。
「どうも整理が上手くいっていないが、要するに孤児を保護して病を治し、体力を回復させ、教育を施してから引き取り先を斡旋していた……で良いのか?」
「そのような事実はありませんわ」
勘違いはしてはいけないですわね。
「いや、被害者の言葉を纏めるとそうなるのだが……」
「エゴで捕まえてエゴで撫でまわし、エゴで売り払ったのは事実ですわ。シニアンに決定権など、与えていないもの」
「まあ、最初は無理やりだったが、今はそこまで嫌な仕事じゃねえニャ」
「……アーマリア様も然る事ながら被害者であるシニアンも大概過ぎると思いますニャ」
「間違いない。深く考えるのはやめておこう。アーマリア殿の繋がりは奇想天外過ぎて理解が出来ない」
そこまでおかしな話かしら?
シニアンの毛並みを整える時間はとても楽しかったですわ。
……前世の道徳から合わせるとアルリウス達の気持もわかる。
何かが致命的にずれているのはわかるけれど、これも事実なのだ。
シニアンがこっちを後に好意的に受け取ってくれていたのが幸いしたわね。
「それで店の具合はどうなのかしら? 繁盛しているの?」
お世辞で言っても店にある品々や機材は良いとは言えないわね。
ちょっと心配よ。
するとシニアンは苦笑いを浮かべながら自らの顔を掻き始める。
「いやぁ、面目ねえニャ。正直、大冒険者時代って言われる時代になっちまっているのに閑古鳥が鳴いてて、閉店して親方の所に出戻るのも時間の問題ニャ」
「そう……」
「でも、オレが出来る事ならアーマリア様に出来る限り返したい所なんで、何でも言ってくれニャ」
健気ね。
「お生憎様ね、私、自分よりも貧しい者からの施しは受けませんのよ?」
「ニャー……厳しいニャ」
シニアンが善意を蹴られて苦笑いを浮かべているわ。
「けれど……そうね。シニアン、まずはこっちにきて私達が持ってきた品を見て頂戴」
手招きしてから店の前に止めていた荷車までシニアンを案内して、布を被せて隠していたフィッシュボアの鱗などの素材を見せるわ。
「こ、これは……!? 随分と強固な鱗だニャ。他にも強靭な骨……強力な魔物の素材が沢山ニャ」
「これを売りに来たのだけど、シニアン、どうにか出来るかしら?」
「い、いや……家の店じゃ、こんな品を買うなんて出来やしねえニャ。アーマリア様の善意は嬉しいが、無理だニャ」
「あら? シニアン、私はどうにか出来るかしら? と言ったのよ? わからないの?」
令嬢として高圧的に私はシニアンに詰め寄った。
貴族特有の小難しい言葉で話を長引かせる流れである。
「私があなたを信用して声を掛けているの。出来ないなんてセリフを聞くつもりがない事位、察しなさいな」
「アーマリア殿、無理な事を言ってシニアン殿を困らせてどうすると言うのだ……」
アルリウスが何やら言っているけど無視よ。
こちらの意図は別にあるのだもの。
「しかし……家には金が……」
「誰がこのまま買い取れなんて言ったのかしら? シニアン、貴方は今まで何をしてきたの? 無いなら捻り出しなさいな。ここにある物で出来ないなんて言わさないわよ」
「それは……つまり……ってーと……」
シニアンは素材を指差してから自らを指差すわね。
「この店の設備で無理だと言うのなら、この素材を預けるから好きに使ってどうにかしなさい。そうして結果を出せと言っているのよ? わかったわね」
つかつかと私は鱗をシニアンに投げ渡しますわ。
「ああ、肉は別の店に持っていくから除外ね。それとも使えるのかしら?」
「いいえ……場合によっちゃ使えない事もないニャ……」
まあ今回は肉はラグの所に持っていく事にしましょう。
どうせしばらくはあそこで魔物を倒す事になるでしょうしね。
「後日、また店に来るわ。その時にここにいるメイとアルリウス、フラーニャの装備を作っておきなさい。最初はリープッド族を含めた小型獣人種用装備よ、良いわね? 需要が増してから手間のかかる人用にしなさい。胸当てとか、面積の少ない物で誤魔化したりして、知恵を絞るのよ」
「わ、わかったニャ! 腕によりを掛けて作らせて頂きますニャ!」
ビシッとシニアンは敬礼して答えたわ。
よし、それでいいのよ。
「まあ、多少私腹を肥やす程度には懐に入れるのも許可するわ。これからどんどん持ちこむからしっかりと処理しなさい」
「は、ははー! ただ、金銭に関しては余裕がある場合は被害者のコミュニティで孤児達への寄付に充てるニャ」
「あら、随分と高尚な繋がりがあるのね」
という訳で鱗と骨をシニアンの店に半ば強引に押し付ける形で今回の魔物退治で得た素材を預けたわ。
「とはいえ、この程度の品、後に幾らでもありふれた物になるでしょうけどね。しっかりと有効活用しなさいな。機会を与えたのだから私の期待に応えるのよ」
「アーマリア様の命ずるままにニャ!」
と敬礼してからセコセコとシニアンは荷車から提供する物資をどんどん店に運び込んでいく。
「メイ、アルリウス、手伝いなさい」
「は、はいニャ!」
「……アーマリア殿が何を伝えたいのか把握出来たが……本当に不器用であるな」
メイとアルリウスは私の指示通り、素材を店内の奥へと運ぶ手伝いをし始めましたわ。
リープッドの三人が機敏に動き回っていると楽しいわね。
「素晴らしいですわ。アーマリア様」
我先にとフラーニャが手を合わせて言いますわ。
何が素晴らしいのか理解し難いですわね。
こんな寂れた鍛冶屋に期待する様な品があるはずもないですわ。
なら、期待出来る程度の店に成長させなければいけない。
素材を持ち込み、装備を作らせる。
その為に必要な量が少しばかり増えたに過ぎませんわ。
知らない店に降ろして、いい様に買い取られたりボラれたりする位なら、知っている店に卸して私腹を肥やすに決まっていますわ
オーホッホッホ! と内心高笑いをしますわ!
「じゃあいらない物は置いてきたし、次に行きますわよ」
「ハイですニャー」
「待っているぜニャ! アーマリア様の命ずるままにだニャ!」
シニアンもメイの様な事を言って、作業に戻って行ったわ。
私達が店を去る頃、入った際に聞こえたハンマーを叩く音が、より元気に聞こえるようになったわね。




