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二十三話

「私達はそろそろお暇させて頂こうと思う」


 アルリウスとフラーニャが食事の席でそう告げた。


「ニャ? どこか行っちゃうのニャ?」

「あら? どうして? もっとゆっくりしていても良いのよ?」


 私とメイが首を傾げてアルリウスに尋ねる。


「何なら私が二人を死ぬまで、いえ、死んでも不自由のない生活を保障しますわよ?」


 そうだ。私はアルリウスとフラーニャの事をとても気に入っている。

 リープッドであるという点も然る事ながら、私と共に戦ってくれた仲間なのだから。

 二人の生活の保障は私の立場からしたら絶対にしなくてはならない事なのよ。

 にも関わらず、アルリウスはどこかへ行こうとしている。

 するとアルリウスは私の顔を見て首を横に振る。


「私達の目的は記憶を取り戻し、自身が何者であるのか……元の姿に戻る事が目的なのだ。だから甘え続けるわけにはいかないのだ」

「はい……アーマリア様が罪を償い、聖女としてのお役目をしているのをしっかりと見届けました。私達も功績により、以前よりも融通を聞かせてもらえるとの話です」

「何か手立てが見つかったの?」


 そうね。

 この二人は記憶喪失のリープッド……ではなく、邪神の使徒であったジェイドの話ではリープッドになってしまった者達なのよね。


「いや……ただ、ここで悠長に記憶が戻るのを待つよりも、ジェイド達、邪神の使徒を探す為、迷宮に挑むのが良いのではないかと考えている。邪神の使徒が困るのは迷宮に封じられた神々の解放の様だからな」


 なるほど。

 アルリウス達は自身の記憶の手がかりを追う為に迷宮に挑むという考えに至った訳ね。


 ここでふと……私もある考えに至る。

 そういえばアルリウス達は何らかの方法でリープッドに変化させられてしまったのだ。

 この方法を私が知る事が出来れば、世界中の者達をリープッドにする事だって出来るんじゃないかしら?

 そう考えたらこんな所で贅沢をしながら貴族共の権力闘争で身の危険を感じつつ、聖女の地位で邪魔者を仕留める、なんてくだらない事をしている様に感じるわ。


 私の目的は、邪神の使徒をどこまでも追いかけて、人をリープッドにさせる魔法を吐かせる事よ!


 私は気付いたのよ。

 リープッドなら例えあのいけ好かない女……フランでも愛する事が出来る自信がある。

 いや、アーマリアが、ね。

 だから世界中をリープッドにして人種差別のない世界を構築してみせるわ。


 それにアルリウス達はとっても頑張り屋さんだし、力になりたい。

 これは前世とアーマリア、共通の気持ちね。


「そう……じゃあ私も一緒に行くわ」

「ニャ? アーマリア様が行くならメイも行くのニャ!」

「ありがとう、メイ」


 メイはもう私の使い魔だものね。

 頼りになる掛け替えのないリープッドだわ。


「だが、君はやっと罪を償ったのだろう? 迷宮は常に危険が付き纏う」

「大丈夫よ。家宝の鎧があるもの」


 あの鎧があるお陰で、段位神ヴィヌムスを解放出来たともいえるわ。

 なら他の神様を解放するのにも必要かもしれない。


「それに今は段位神ヴィヌムスが解放されたお陰で段位の力も使えるようになっているのよ。貴族である私も力を付けねば、いざという時に命の危機に陥りかねないわ。貴族として守るべき民の為にも力は必要なの。権力以外でも、ね」


 多少方便が含まれているけれど、間違ってもいない。

 段位なる力を上げて強くなれば、弱くて困る様な事はなくなるもの。

 さて、出発の準備をすべきね。


「平和に過ごすのも良いけれど、その為には色々とやるべき事をやっておいた方が後々気が楽になりそうですもの。正直、あなた達を放っておくなんて、私、出来ませんの」


 確かになんていうか、ストレスが溜まってきている自覚はあったのよ。

 ここでじっとなんかしていたら衰退していくのが目に見えているわ。

 それにちょっと位、何かに打ち込んでも貴族の嗜みで済むし、結果的にまた功績を立てる事が出来るなら悪い話でもない。


 問題は家宝の鎧に頼りっぱなしな所なのよね。

 魔法にしろ何にしろ、少しは勉強しないといけないと前世の記憶が教えてくれる。


 これは何も目的の無い鍛錬ではない。

 全人類リープッド化計画を達成するための努力なの。


「拒んだって行きますわよ? 私、欲しいと思ったらどこまでも食い付きますの。それで一度身の破滅に陥っても、簡単には変われないのですわ」

「アーマリア様、懲りてないのニャ」

「当然でしょう。まあ、今度は出来る限り悪い事には触れずにいく方針を取ればいいだけですのよ? 貴族は清廉潔白では生き残れませんわ」

「アーマリア殿……」

「お力を貸してくれるのですね」


 フラーニャが両手を合わせて私に尋ねてくるので、頷く。


「そうですわ。せっかく、危機を乗り越え、共に段位神ヴィヌムスを助けた仲じゃないの。置いて行かれたら悲しいじゃない」


 アルリウスとフラーニャの元に近寄り、私は二人を抱きしめる。

 リープッド族特有の柔らかな感触がした。


「一緒に行きましょう」

「……わかった。アーマリア殿、貴殿の協力に感謝する」

「改めて、これからよろしくお願いします」


 という訳で私はアルリウス達に着いて行って迷宮に挑む事を決めたのですわ。


「差し当たって……スピナーハンド」

「は!」


 ここで出待ちをしていたとばかりに、現場にいたのに会話に加わらなかったスピナーハンドに声を掛ける。


「私達はこれから迷宮に挑む事を決めましたわ。後の事は任せましたわ」

「うむ。面倒な貴族の権力闘争はこっちに任せ、迷宮に挑むと良い。アルミュール家は援助活動をする。楽しみにしてくれて良い」


 家柄の援助も完璧な状態で行けるわね。

 まあ……時に邪魔になりそうな問題だけど、コツコツなんて私の趣味じゃないのよ。


 ただ、言っていいかしら……。

 スピナーハンドの親としての威厳はもう完全になくなってしまったわ。

 今もなんか淀んでいるのに滾った目をしている。


 きっと私が迷宮に再度潜ることで更なる栄誉を得て聖女を超えた立場に昇っていくのだ、と心の底から信じているのでしょう。

 家柄に頼る時と頼らない様にする時を切り替えたくなってきた。

 どうにか出来ないか手立てを考えないといけないわ。


「それじゃあ行きましょう。アルリウスとフラーニャの記憶を取り戻し、迷宮に潜む邪神の使徒を倒すための旅をね」

「ニャー! わかりましたニャー!」

「うむ」

「また皆で行けるのですね。楽しみですわ」


 という訳で、私は再度家宝の鎧に乗り込み、屋敷を出る事にしたのでしたわ。

 こうして私の長い長い、野望を叶える為の迷宮に挑む日々が、幕を開けたのですわ。





「迷宮都市に着きましたわね。この若干遠いのが難点と言えば難点ですわ」


 屋敷を出発してから三日、私達は迷宮都市に到着しましたわ。

 ちなみに一週間掛る工程をどうしてここまで短縮出来たかと言うと、メイ達を背負って私が家宝の鎧のローラーで爆走したからですわね。

 道中で行き来する者達が驚きの表情で見ていましたが、気になどしていられません。

 魔物なんかも跳ね飛ばしたりパンチで秒殺しましたわ。


「早かったが……かなり疲れる旅だった」


 アルリウスが私から降りてフラフラした歩調で言いましたわ。


「メイは慣れたニャ」

「ええ、むしろアーマリア様に甘えっぱなしで申し訳ないです……」


 メイとフラーニャは特に気にする様子はないわね。

 ただ、ちょっと疲れの色が濃いのも事実ですわ。


「アーマリア様、スピナーハンド様に仰せつかった通りに大きな宿を借りようと思っていますニャ」

「メイ、そっちは前に貴方が泊めてくれた宿をお願いして良いかしら?」

「ニャ? あのような場所に何度もアーマリア様を泊めるのは憚られるニャ」

「……いいえ、メイ、重罪人だった私を特に詰問もせず、追い出したりしない良い宿だったわ。だからまた利用したいと思っているの」


 もちろん理由はそれだけではない。

 あの宿ならリープッド達もよく泊っているって話だし、下手に人間ばかりの宿よりも良い場所だわ。


「アーマリア様は義理堅いのですわね」

「それほどでもありませんわ」


 下心マシマシですもの。

 何より悪人というのは何かを特別優遇する事で己の立場を強固な物にする傾向がある。

 アーマリアも例に漏れず、己の派閥を作ったりしていた。

 表現は悪かったけれど、間違っている訳でもないのでこの方法で行こうと思っているわ。


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