二十話
「この者達でよろしいですね? 自らの立場を弁えず、更生しようと努めていたアーマリア様に石を投げつけるのに等しい愚かな蛮行をした者達……彼らにはその身を以て相応しい罰を与える事が決定しております。まずはご確認を」
ええ?
うわ……もしかして私に無礼を働いたから罰を与えるとか、そういう次元になっちゃってるの?
良いんじゃない?
私にあの様な罵声を浴びせたのよ?
その身を以て償うべきだわ!
なんて当然の様に浮かんでくる思考を振り払う。
そんな血も涙も無い事をぶちかまそうとするからアーマリアは悪役なんだ。
ここは過去の罪を清算する意味でも、慈悲深くした方がいろんな所の印象が良くなるでしょう。
後世の事を考えて見て欲しい。
辛い言葉を投げた連中を慈悲深く許した聖女って方が絵になるし、結果的に得になるに違いない。
そんな打算を計算した私は優しく微笑んで答える。
「彼らを罰してはいけません。これも全て私が犯した罪だったのですから、その罪を償う試練として、彼らは私にあの様な言葉を投げかけただけ……彼等に罪はないのです」
……決まった。
青白い顔していた一同の表情が安堵に変わる。
そして尊敬の眼差しになった。
「おお……さすがはアーマリア様、なんと慈悲深い」
「ですから彼等を解放してあげてください。私は報復など、望んでおりません」
教会関係者達が祈るように手を合わせた後、彼らは解き放たれる。
どうにか首が繋がり、九死に一生を得たと理解した彼等は涙を流していた。
ホッとしたのね。
「どうかこれからは私の様な罪を犯した者に……慈悲深く接して、罪を償う様に導いてあげてくださいね」
出来る限り優しげな笑みを浮かべて彼らに頼むように言う。
「は、はい! アーマリア様の慈悲に最大限の感謝をいたします!」
騎士が筆頭となって私に土下座に等しい最大限の感謝を身体で現したわ。
気持ちは良いけど、ちょっと気持ちが悪くなってきた。
らしくないのか、それとも前世が庶民気質だったのが原因か、この場にいるとダメージを受けてしまう。
「我等が教会は段位神ヴィヌムス様を解き放つという悲願を達成したアーマリア一行を祝福いたします」
とか言いながら、なんか大司教が小難しい讃美歌とか呪文みたいな洗礼の言葉を言い続けていたわ。
フラーニャが聞き惚れていたのか、嬉しそうに手を合わせて祈っている。
こうして私達一行は教会に保護される形でしばらく厄介になったわ。
贅沢って程じゃないけれど食べるに困らない食事やお風呂、良い部屋などに案内されたりして、犯罪者になってからの日々が嘘みたいな位に感じられる。
前世を思い出していない状態のアーマリアだったら僅かな苦痛でも耐えられない状態だったし、癇癪を起したのでしょうけれど、前世を思い出した私からしたら自業自得と受け入れていた手前……ありがたく感じてしまう。
ちなみに私達は迷宮都市で段位神ヴィヌムスを解放した聖女一行として教会が開いたパレードに参加させられた。
ああ……メイ達が近くにいなければ別の意味で疲れたかもしれない。
それから世界に光を差す偉業を成し遂げたとの事で、私達は元々いたアルム国の王都へと戻る事になったわ。
迷宮都市に来て実質二日で私の罪は清算され、数日で迷宮都市から出て国へと舞い戻る事になるとは……人生どうなるかわからないって話よね。
なんて思いながら、私達は一週間程馬車に揺られて王都の城に招かれた。
気が重たい私は家宝の鎧を着用して王城に入場したわ。
「よくぞ戻ってきた! アーマリア! やはりワシの目に狂いはなかった! 予想よりもはるかに早く成し遂げてくれた事をワシは誇りに思うぞ!」
あ、ベアリング……じゃない。
リングベアが早速私を出迎えている。
そういえば私の実家が没収された土地や地位、その他のほとんどを取り戻す協議をするって話だったっけ。
今の私は一応、聖女として舞い戻って来ている訳で……その辺りを大司教と共に王様に話をしにいく事になっている。
「リュス様、久方ぶりですニャ」
メイがここでリングベアに一礼しながら声を掛ける。
ああ、その礼をする動作が可愛らしいわ。
思わず、私はメイを持ち上げて肩に乗せ、撫でる。
大切にしていますのよ? とリングベアに態度で見せた。
「ん? お前は……確かアーマリアが気に入っていた使用人のリープッドだったな」
「はい。メイ=クーンでございますニャ。この度は、アーマリア様のご活躍、リュス様も鼻が高いかと存じております。メイもその助力が出来た事を誇りと感じております」
「そうかそうか、お前はアーマリアの手伝いをしていたのか。愛玩されているだけかと思ったら存外に優秀な者だったのだな。ただ、一つ間違いがあるぞ。ワシの名前はリングベアに改名したのだ! アーマリアによってな」
どうしてここで言いやがる!
それは自慢か?
自慢なのか?
「そ、そうでしたのニャ。これは失礼しました、リングベア様」
「気にせんで良い。よくぞアーマリアを支えた。良きにはからえじゃ!」
「ありがたき幸せですニャー」
メイはこの辺りの立ち回りが上手いわねぇ。
昔、私……アーマリアが徹底的に教えて矯正したからかもしれない。
貴族なんて気分屋だから疑問に思ってもとりあえず合わせておくのよってね。
「アーマリア達はこれから王に話を付けに行くのじゃな?」
「ええ、リングベア様」
「うむ! ワシは鼻を高くして待っておるぞ! どうかアルミュール家を更に大きくする為にがんばるのだ! 現当主はお前なのだからな!」
くっ! 隠していた正体をもう現しやがった!
影の当主とか言っていたじゃない。
いや、最初から国の命令に従う振りをするとかほざいていたから隠すもクソもないのかしら?
どちらにしてもまだ手の平が回り続けているのは違いない。
……ここは更なる嫌味を言ってしまおう。
「わかりましたわ。そして此度、私の功績により、お父様には新たな名、スピナーハンドの名を授与しますわ」
手があまりにも回るのでベアリングからハンドスピナーにバージョンアップしてくれる!
どうせ回るなら面白く回っていて欲しい。
これで多少は困った顔をすれば訂正してやる。
「聖女から授かる聖名じゃな! ワシはこれからリングベアを改めスピナーハンドじゃ!」
うわ! こっちも受け入れた!?
「では聖名として我らが教会も祝福をいたしましょう」
大司教も話を合わせて来た!
貴方は黙っていなさいな!
「えー……それは凄い名、なのか?」
「わかりませんわね」
アルリウスもフラーニャもよくわからないと言った顔をしているわ。
しまった。
ベアリングもハンドスピナーも考えてみれば前世基準でしかないわね。
きっと特に疑問も無く名乗ってしまうのよ。
ともかく、ベアリングはこうしてスピナーハンドの聖名を授かってしまったわ。
「それではスピナーハンド様、私はこれから王様に謁見してまいりますわ」
「うむ! しっかりとやり遂げるのだぞー!」
ああ……気が重たいなぁ。
だってあの王様に滅茶苦茶睨まれた挙句、私を迷宮流刑の罪に課したわけでしょ?
その刑を課して実質二週間と数日で戻って来るんだもの。
どの面下げて会いに行けばいいのかしら……。
いや、罪を償ったって扱いだけど、舌の根が乾かないうちに舞い戻って来たって事になる訳だし、王様がどんな顔をしているのか激しく気になる。
ラインハルト様にも軽蔑されっぱなしだし……もう恋心とかそんな気持ちは前世を思い出した時点で吹き飛んでいるけど、気まずいのは変わりない。
たぶん、ラインハルト様はいらっしゃらないはずよね。




