15/36

十五話

「ホラホラ！」

「シャ、シャアアアアアアアアアア！」

　痛みに悶絶していたトライヘッドが追撃をされて激怒の形相で体を立て直し、私に向かって飛びかかって来る。

「無駄よ！」

　家宝の鎧は凄いわね。思った通りに動くわ。

　これはまさに……ロボットで戦う格闘ゲームの如く自身を客観視しながら避けて殴れるわ！

　サッと避け、噛み付きを拳で弾き……今よ！

　大きく出来た隙を突いて、四股を踏んでから正拳突きをトライヘッドの胴体に向かってぶちかます。

　ドスンと良い手応え！

「シャ……シャ……」

　あら？　致命傷まで後少しかしら？

「アルミュール……アッパーカット！」

　前のめりになった頭の一つの顎目掛けてアッパーを放つ。

　もちろん当たった頭の顎がぶっ飛ぶわ！

「アーマリア様の連続攻撃で見る見る弱っていくのニャ」

「こっちも行く！　とう！」

　剣を掲げたアルリウスが残された頭目掛けて縦回転をしながら突撃、ズバッと剣が残った頭の眉間に突き刺さった。

「シャアア！」

「くっ……刺さっただけか！」

「大丈夫ニャ！　急所には当っているニャ！　アルリウスは剣を手放して下がるのニャ！」

　メイのロッドの先がパチパチと帯電していた。

「わかった！　頼んだぞ！」

「もちろんニャ！　中級使い魔法ニャ！」

　バチッとメイが唱えた魔法がアルリウスの剣を避雷針にして命中し続ける。

「シャアガガガガガッ……！」

　常時当たり続ける電撃に剣が刺さった頭は痙攣を始めた。

「よーし！　これでトドメと行くわ！」

　バッと一旦下がった私は両手を合わせて拳を握り……トライヘッドの胴体の中心に向かって射出する。

「アルミュール・ダブルヴァンブレイス！」

　両手の小手が放たれてトライヘッドの胴体にめり込み、貫通した。

「シャ、シャアアアア――！？」

　大きくトライヘッドはのけ反ったかと思うと……地響きを立て、土煙を上げながらゆっくりとその頭を地面に下ろした。

　ビクンビクンと数度の痙攣の後に動かなくなると同時に纏っていた魔素……黒いオーラが霧散した。

　完全に絶命した様ね。

「やったニャー！　まさかここまで圧勝出来るとは思いもしなかったのニャー！」

「勝利の美酒は美味しいわね。酔い痴れるのも悪くないわ」

　思いのほか余裕のある勝利をしたわ。

　家宝の鎧のお陰でもあるけれど、これは私一人の勝利じゃない。

　メイやアルリウス、フラーニャの助力があってやっと出来る事よ。

　私一人だったら勝てたかどうかわからないわ。　

「勝てはしたが貢献出来たかと言うと怪しいな……私は決め手に欠ける攻撃しかできなかった」

「大丈夫よ。的確に敵の弱点に剣を当てて、縦横無尽に動くその姿はとても勇ましくて頼りになったわ」

　自嘲するアルリウスに私は事実を告げる。

　だって、とても機敏な攻撃でトライヘッドを翻弄していたのは事実だもの。

　そのお陰で私も戦いやすかったわ。

「フラーニャも補助と解毒をしてくれて助かったわ」

「いえ、お役に立てたかどうか……」

「念の為、解毒の魔法をもう少し掛けて頂戴。戦闘後に毒で死ぬなんてごめんだもの」

「もちろんです」

　私達はフラーニャに念の為、トライヘッドが吐いた毒煙の毒の解毒を施してもらったのだった。

　そうこうしている内に……柱で光っていた文字が更に光り輝く。

　するとヒュンと風を切る様な音と共に一振りの剣が落ちて来て地面に突き刺さり、ジャラッと音がする袋がその隣に落下する。

　そして……トライヘッドと柱の間に鎖が出現し千切れて落ちてきた。

　まずアルリウスが剣を手に取る。

　剣はアルリウスからすると大剣と呼べる……人間サイズの長剣だった。

　名が示す通り剣に風が纏っている様な気がする。

「これは業物であるのは間違いない……」

　ブンブンとアルリウスが試しに素振りを行う。

「風斬りの剣ニャ。所持者の魔力で剣に風を宿して切る魔法剣だニャ。売るとかなり高いニャ」

「そうか……アーマリア殿達が迷宮から出る際に献上しなくてはいけないのが非常に惜しいと思えるほどの品であるな」

「その分、アーマリア様が得られる金銭と、支払わねばならないお金になるのですから喜びましょうよ。アルリウス」

「元よりそのつもりさ」

「本当ならアルリウスにあげたい代物なのだけど……」

　私がそう言うとアルリウスは頭を横に振る。

「気持ちはありがたいが、私には過ぎた代物だ」

　アルリウスは謙虚な方ね。

　もしも私が罪人ではなく、以前の令嬢だったのなら沢山の援助している所だわ。

「後はお金ですわ」

　フラーニャが袋を拾って中身を確認して見せてくれる。

　本当に銀貨が入っている。どんな仕組みなのかしら。

「最後は……謎の道具ニャね。もちろんトライヘッドの素材も確保するのニャ。今回は確保出来そうニャ」

「もちろんよ」

　そう言って封神の楔という名前らしい鎖を見ると……まばゆい光がそこに集まっている事に気付く。

「な、なんニャ？」

「メイがわからないのなら私はわかりっこないわ」

「そうだな……私達も迷宮に関してそこまで知識はない」

「はい」

　私達は恐る恐る様子を見る。

　もちろんみんなを守れる様に私が先頭にいるわ。

　やがてカッと光が発せられたかと思うと、封神の楔の上に長髪のとても美しい半透明の女性が現れた。

　髪の色が紫色の女性ね。

　嫉妬するくらい綺麗な方よ。

「こ……ここは……？」

　女性は周囲をキョロキョロと見渡した後、私達を見つけて語り掛けて来る。

「どうやらあなた達が私を解き放ってくださったのですね。ありがとうございます」

「解き放つ？　あなたは一体？」

「私の名はヴィヌムス……この世界の段位を司る役目を持っている一柱です」

「ニャ？　確か教会で聞いた事がある名前ニャ」

「確かに覚えのある名だ。だが……」

「あら、そうなの？」

　アーマリアは信仰心など微塵も無いので神学なんて学校ではまるで聞いていなかった。

　神ぃ？　はんっ！　神は私よ。

　などと思っていた位である。

　更に言えば前世の私はこの世界の事を知る訳もないので、完全に無知も良い所ね。

「凄く神々しい力を感じます……本当なのだと思いますわ」

　フラーニャが両手を合わせて祈って言った。

　そういえばフラーニャは光魔法の使い手。

　つまり神の加護を強く受けた魔法を使用している。

　なら彼女の言葉は本当だと考えた方が良さそうね。

「その神様がどうしてこんな所に？　解き放つという事は封じられていたという事よね？」

「それは……」

　と言う所でカツカツと音が響く。

　音の方に振り返ると冒険者ギルドの職員であるジェイドが悠々とこっちに向かって歩いてきていた。

「あ、監視役のジェイド様、今……貴方の指示通りにドリイームの迷宮１０階の階層主を倒した所――」

　と、私が事情を説明しようとした直後、私の首の紋様が反応し大きく締め付け始める。

「キャアア――な、何を――」

　私が家宝の鎧を着た状態でのけ反ると、周囲の者達がキョロキョロと見渡しながら、ジェイドに向かって睨み付ける。

　更にヴィヌムスの足元にあった鎖が再度、ヴィヌムスに絡み付く。

「うう……」

「アーマリア様に何をするのニャ！　お前の言う通りの事をしているのに罰せられる謂れはないのニャ！」

　メイが怒鳴ったのを皮切りにアルリウス、フラーニャが臨戦態勢に入る。

「黙れ！　まさか貴族の犯罪者がここまで来て、事もあろうに１０階の階層主さえも倒してみせるとはな。迷宮のどこかで果てていれば良いものを……余計な事をしてくれたものだ」

　サッとヴィヌムスが私の首筋に手を当ててくれると、少しだけ首が閉まる感覚が収まっていく。

　けれど、そんな事よりもジェイドが邪悪な……そして怒りに満ちた表情でメイ達を睨んでいる。

　戦闘不能の私など眼中に無いと言った様子だ。

　しかも再度、階層主を戦った際の結界の様な物が展開されている。

「余計な事とはどういう事ニャ！　早くアーマリア様への拘束を解くのニャ！」

「する訳がないだろう……まったく、妙な鎧を着込み、よりにもよって段位神ヴィヌムスを解き放とうとするなど、看過できん」

「何を言っているんだ。仮に彼女が本当に段位神ヴィヌムスであるなら、その身を解き放つ事に何の罪がある！」

　ジェイドはアルリウスをゴミを見る様なまなざしで見てから嘲笑う。

「フハハ……自身が何者かであるかを忘れ、リープッドとなった貴様が知る必要はない。まったく、何の因果か知らんが犯罪者の女に記憶を失ったリープッド共が一緒に行動するとは、実に滑稽であるが、笑えん事を起こしたものだ」