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いつもの日常

 俺が通っている明志高校メイコーは、可もなく不可もなくの進学校だ。飛び切りの天才はいないが、どうしようもないほどのバカもいない。部活動は盛んだけど、いまいち成績がパッとしない。


 多分、全国の高校を比べたら、ぴったり真ん中に収まるんじゃないか。そんな風に思わせるのが、明志高校って学校だった。


「小田センもバスケ好きだよなー。高校に入ってもう何回やったよって話だよな。なあ?」


「俺も好きだよ、バスケ。優介は嫌いだったっけ?」


「好きな方だけどさあ。いい加減、飽きたっての」


 昼前の四時間目、体操服に着替えた俺たちは体育館に集まっていた。


 今日の体育は6組と合同でバスケだ。一つのコートを男子が使い、もう一つを女子が使う。そのせいで、どうしても待ち時間ができてしまうが……俺にとってはそっちの方がよかった。


 バスケは遊び感覚でやるのがちょうどいい。時間いっぱいコートを走り回るなんてごめんだ。蓮ちゃんと違って、俺はそんなに体力がないからな……今日も流す程度に頑張ろう。


「次! 5組3班! 6組3班!」


「ほら、お呼びだぞ」


「頑張れ」


「ああ」


 2班同士の試合が終わり、いよいよ俺の出番が来た。


 今日の相手にはバスケ部のエースがいる。あいつも授業でぐらい手を抜きゃいいのに、ここぞとばかりに張り切るからな。多分、ボロ負けするだろうけど、やるだけはやってみようか。


「ハッ!」


 試合開始の合図とともに、エースがいきなりボールを奪った。


 両班の代表が叩き落とそうとして変な位置に転がったボールを、エースは流れるような動きで拾い上げ、そのままドリブルを続けてこちらの陣地に突撃をしかけてきた。


「よしっ!」


 何人かが抵抗したが、ほとんど意味をなさなかった。いつものように華麗に敵の手を潜り抜け、エースはするりと手を上げる。すると、ボールは魔法のようにリングを通過し、そのままストンと落ちてくる。


 無駄のない動きだ。ドリブルシュートが簡単そうに見えるほどに洗練されている。これで本人が蓮ちゃんみたいに爽やかだったら、敵ながら見事だと感心するところだが――。


「ふっ」


 件のエースは、なんてことないような風を装い、女子たちがいるコートをチラチラと気にしていた。あれがなければいいヤツなんだが――どうもあいつは、うちのクラスの蓮ちゃんを妙に意識しているところがある。


 まあ、蓮ちゃん、完璧超人だからなあ……。


 文武両道を体現し、当たり前のように女子にモテる。そんなイケメンに唯一勝てる場で、張り切ろうとするのは無理もない話だ。


 ただ、だからといって引き立て役の雑魚扱いされたら面白くない。俺はそこまで悟ってないし、枯れてもいないつもりだ。


 一矢報いるのは無理でも、たまには驚かせてみるか。バスケ好きの蓮ちゃんに付き合って、俺もそれなりにバスケは得意なんだ!


「行くぞ!」


 リバウンドでボールを拾ったエースが、猛然とこちらの陣地に攻めてくる。立ち塞がる俺を無視するみたいに見栄え重視のドリブルをして、今度もサイドからのドリブルシュートを狙っている。


 させるか。俺だって意地はある。わざわざ隙を見せるのなら、そこを衝いて驚かせてやる。


 集中すればボールを奪えるはずだ。エースのヤツは得意満面で、自分がしくじるなんて夢にも思ってない。実力差は歴然だが、付け入る隙は確かにある。


 ――そうだ。


 ――俺なら見える。俺なら奪える。


 ――こんなの簡単なことじゃないか。●●●●の動きに比べれば、ボールなんて止まって見える。


 そう、ここで手を伸ばして。相手の動きの先を読んで。そうだ、ボールをつかめ。手のひらで行く手を遮るだけでいい。そう、そして、奪ったボールは敵のバスケットに投げ入れて――。


「「「おおおおおっ!!」」」


「……ん?」


 湧き上がった歓声に、ハッと我に返った。


 少しボーっとしていた。今、ボールはどこにあるのだろう。


「おい、すげえな!」


「まぐれにしては美味しいよなあ!」


「は?」


 同じ班の連中が、バンバンと肩や背中を叩いてくる。そいつらの嬉しそうな顔とは対照的に、エースや審判の小田センはぽかんと口を開けて呆けている。


 多分、俺が何かしたんだろうけど……そういえば、長距離シュートをしたような気が……。


「狙ってやったのか?」


「いや、違うって。入るわけねえだろ」


 そう言った直後に、違うという気持ちが湧いてきた。


 あれはまぐれでも何でもない。狙ってやったんだ。それも、俺ならできるという確信の上でやった。


 ――なんで? どうしてそう思ったんだ? そして、何でできたんだ?


 エースからボールを奪って、そのまま中央ライン越えの3ポイントシュートを決める。体育館が沸き立つほどの活躍は、俺にとってまるで現実味が伴わないものだった。




「凄かったな、あのシュートは!」


 学校からの帰り道、優介が興奮気味に拳を握った。


「すげー速さでボールを取ってさ! そんで、こう、ナチュラルな動きで……」


「止めろって、恥ずかしい」


 周りに同じ学校の生徒がいるってのに、俺の動きを再現しようとする優介。たまには人目を気にしてほしいもんだ。こいつはいつも、自由に生きている気がする。


「いや、だけど、本当に良かったよ。俺も驚いたもん」


「蓮ちゃん」


 優介に続いて、蓮ちゃんが微笑んで手を振った。


「こうして、片手でボールを奪って……スルッて音が聞こえるみたいだった」


「だから、あれはまぐれだって」


「でも、みんなは狙ってやったんだって思ってる。それぐらい上手かったし……クラスの女子も貴大を意識してたよ」


「あいつら蓮ちゃんを見てんだよ」


 それは本当にそうだ。バスケぐらいで俺がモテるわけがない。そう確信できるほどに、蓮ちゃんのイケメン度は絶対だ。


「いやぁ~、でも、分っかんねえぞ~? もしかしたら、今日のがフラグになって、そのうちイベントに突入するかもよ?」


「ゲームのやり過ぎだ、アホ」


 ニヤニヤしながらすり寄ってきた優介を軽く小突く。


 ちょっと天パ気味な髪に、時代遅れのフレーム付き眼鏡。いかにもオタクな外見をしている優介は、言動がいちいちファンタジックだ。


 フラグだの、イベントだの、そんなことが現実にあるわけが――いや、今、隣に経験者がいるけど、俺には起きるはずもない。これまでだってそうだったし、きっとこれからもそうだ。


 そう決めつけて、俺は少し足早に住宅街の中を進んだ。


「そういや、今日はどうする? AW、やるか?」


 先を行く俺に優介や蓮ちゃんが追い付いたところで、ふと、この後のことを思い浮かべた。特に予定がなければ、VRゲームをするのがいつもの俺たちなんだが――。


「いや、今日は止めとくよ。もうすぐ模試だし、ちょっと勉強する」


「俺もパス。この後、大学の先輩んとこ行ってさ。VR機器を改造するのよ」


「そっか」


 たまにはこんな日もある。


 何だかんだで俺たちも高校二年生だ。予定が合わない日だってあるし、遊べない日だってある。将来のことを考えるのなら、俺も二人みたいに目標ぐらいは立てるべきなんだろう。


 でも――。


「じゃ、俺、こっちだから」


「俺は参考書を買いに行くよ。貴大も来る?」


「いや、いーよ。今日は素直に帰る」


「そう? じゃ、また明日」


「ああ、またな」


 やがて三叉路に差し掛かり、蓮ちゃんと優介は繁華街の方へと向かっていった。一人、残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、すぐにもその場を後にした。


 俺たちが暮らしている街は、都会とも田舎とも言えない中途半端な街だ。あるのはベッドタウンみたいな住宅街と、駅周辺だけ栄えた繁華街、それに国道沿いまで顔を出す田んぼと、資産価値ゼロの山々だ。


 こんなところ、出て行きたいという気持ちはある。大学進学を機に、こことは違う場所に行き、それまでとは違う生活をしたいという気持ちは確かにある。


 同時に、このままでもいいんじゃないかとも思っている。何だかんだで住み慣れた土地だ。市内の大学に行き、市役所にでも就職し、実家で暮らすというのも悪くない気がしている。


 どちらがいいのか、まだ分からない。もう決めなくちゃいけない時期だというのは分かっている。現に、蓮ちゃんや優介はもう進路も進学先も決めている。


 蓮ちゃんは政治家になりたいらしい。そのために、それ相応の大学に入る必要があると前に語ってくれた。


 優介はVR、あるいはIT関係の職に就きたいそうだ。ゆくゆくは起業もしたいそうで、そのためのプランも教えてくれた。


 二人とも夢がある。数年先、十年先のビジョンを持っている。それに比べて、俺は何も持っていない。したいことなんて特にないし、大学に行きたい理由も特にない。


 これから先、俺はどんな大人になるんだろうか。


 大人になった俺は、どこで、どんな生活を送るんだろうか。


 流されるがままに生きてきた俺は、そんなことさえ分からない。そんな自分に焦りと不安を感じているが、どのように動き出したらいいのか、それさえも分からない。


 もしもタイムマシンがあるのなら、未来の俺に教えてほしい。


 俺はどんな人生を歩むんだ。どう生きれば正解なんだ、って。


『………………さま……』


 ひゅうひゅうと吹きつける寒風の中に、誰かの声が聞こえるような気がした。


 でも、俺の周りには誰もいない。誰の姿も見えやしない。


 ――気のせいだ。きっと。


 俺はコートの襟を合わせ、寒さに震えながら帰り道を歩いた。

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