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風雲! ルートゥー城!!

 ヴォールスとは何者だったのか。顔を見せないルートゥーは何を考えているのか。


 疑問は何かと尽きないけれど、生活のためには働かなければならない。家をどのように修繕するのか、大工と打ち合わせもしなければならない。貴大とユミエルは日常の中へと戻っていき、一週間、二週間とあくせく働いていた。


 そしてふと気がつけば、一月も下旬に差しかかり、穴だらけだった我が家は見事に元の姿を取り戻していた。


「やったぞ!」


「……おめでとうございます」


 すべての穴が塞がったフリーライフの前で、諸手を挙げて喜ぶ貴大。


 お供のユミエルは喜色満面の主人にひかえめな拍手を送り、自身も秘かに喜んでいた。


「いやあ、こんなに早く直るなんて。さすが王都の職人ですね」


「お、おぉう」


 貴大は集まった大工たちに惜しみない称賛を送る。ほんの少し色をつけた報酬を渡して、彼らの手堅い仕事を褒め称えた。


 しかし、はしゃぐ貴大とは対照的に大工たちの表情は硬い。それというのも――。


「い、いや。面目ない。もう少し増築とかすればよかったかな? お隣みたいに……」


「あれは見て見ぬふりをしてください」


 一人の大工が震えながら指し示す先。フリーライフの隣には、王侯貴族の別宅のような豪奢な建物がどんと構えていた。


「す、すまねえ。お隣さんに見劣りするような仕事をしちまって」


「……そんなことはないですよ」


「いや、でも」


 着工中は負けるものかと威勢を張っていた大工たちも、ルートゥー城の完成とともにすっかり大人しくなってしまった。


 普段は過剰なほど自信に満ちている彼らも、煌びやかな、しかし質実剛健たる造りの城に気圧されたのである。


「あっ、タカヒロ様。こんにちは」 


「ご機嫌いかがですか?」


「あっ、うん。ぼちぼちかな」


「それはよろしゅうございました」


 しかも、この小城を建てたのが見目麗しい少女たちというのだからたまらない。


 身体能力に優れた竜人だからとはいえ、細腕の美少女たちが自分よりも多くの建材を運び、自分よりも手際よく作業を進めていくのだ。一端の職人を自負している男たちにとって、これほど堪えることもない。心の底ではリベンジを誓いながらも、今は皆一様に背中を丸め、大工たちはとぼとぼと通りの向こうへ消えていった。


「みなさまどうなさったのでしょうか?」


「お前らの職人技を見て、『負けた!』と思ってるらしい」


「そんな! 私たちはただ、何百年も年季を積んでいるだけですよ。優劣を比べるようなものではありません」


「まあ、そうなんだけどさ」


 まさか正直に、あれは人に化けたドラゴンです。貴方たちよりはるかに長生きしているから、見た目と違って老練しているのです、などと言うわけにもいかない。


 言えばドラゴン退治の精鋭部隊が押しかけて、無用な騒動が起きてしまう。そのことを思えば余計なことは言えず、結局、貴大は口をもごもごと動かすばかりだった。


「ところで、シャド子……えっと、A? だよな?」


「はい! 見分けがつくだなんて、流石タカヒロ様です!」


「いや、うん……」


 十人いるシャドウ・ドラゴンたちの中で、唯一髪をくくっていない個体が嬉しそうに笑った。


 彼女の腕には『A』と刺繍された腕章がつけられており、おまけに黒いドレスのあちこちには『A』を模った意匠があった。


 これで見分けがつかないはずもない。が、ドラゴンのやることにいちいちツッコんでいては体がもたない。またも貴大は何か言いたげに、しかし口には出さずに視線を泳がせていた。


「それで、タカヒロ様? 私に何か御用ですか?」


「ああ、えっとだな。城はできたみたいだけど、ルートゥーから声がかからないなって。ちょっと気になったんだ」


「その言葉、お待ちしておりました!」


「ん?」


 我が意を得たりとばかりに両手を合わせたシャド子Aは、恭しく頭を下げて、ドレスの裾をふわりと広げた。


「これでようやく、ルートゥー様の城にタカヒロ様をお招きできます。タカヒロ様もお待たせしました」


「は? どういうことだ? 何か条件でもあったのか?」


「はい。ルートゥー様が『放っておけば、焦れて向こうから会いに来るのだ』と申されまして、私どもはタカヒロ様からのお声がけをただただお待ちしていたのです」


「相変わらず面倒臭いなあ、あの混沌龍は……」


 千年を生きる龍のくせに、ロマンチシズムの気があるルートゥー。


 彼女の意に沿うようで面白くはなかったが、貴大は何のつもりで城を建てたのか問うために、シャド子Aの誘いに応じることにした。


「ユミィ、お前はどうする? いっしょに来るか?」


「……いえ。まずはご主人さまが一人で訪れるのがいいと思います」


「そうですよ、タカヒロ様。恋する乙女のお招きに、女性同伴はいただけません」


「そんな上等なもんか? まあ、いいけどさ」


 貴大のそばに控えていたユミエルは、ぺこりと頭を下げて一歩後ろに下がった。


 シャド子Aはルートゥー城のわきに立ち、洗練された所作で貴大をいざなった。


 そして、貴大は頭の後ろをガリガリとかいてから――ため息を一つ吐き、問題の城の中へと入っていった。







 庭を造らず、敷地いっぱいに築かれたルートゥー城は、見た目通りの広さを誇っていた。


 民家を四、五軒潰して作った空間は圧巻の一言で、貴族の屋敷や冒険者ギルド本部にも負けないほどのゆとりがここにはあった。


 廊下はたっぷりとした幅で、部屋の一つ一つは不必要なまでに広い。吹き抜けの玄関ホールから正面階段を上り、今は二階を案内されている貴大は、呆れ半分、感心半分で何度も息を吐いていた。


「こちらは応接室です。すべての家具をウォールナットで統一しているため、『くるみの間』という名をつけました。同じように、隣は『チークの間』、その隣は『桃花心木マホガニーの間』と続きまして……」


「高級木材で家具をそろえるとか……金かけてんなあ」


 今のため息は呆れがやや強かったようだ。


 どうやらこの城は金を湯水のように使って建てられたらしく、子どもの思いつきのように各部に贅沢品が散りばめられていた。


 それでも下卑たところがないのはルートゥーのセンスか、シャドウ・ドラゴンたちの尽力によるものか。どちらにせよ、ルートゥーの城は鑑定士を招けば卒倒しかねないものに仕上がっていた。


「うおっ、このドアノブ、よく見たら竜金りゅうがねだ……いくら何でも金をかけすぎだろ」


「いえ。ルートゥー様の財産総額からすれば、はした金で済みましたよ」


「マジかよっ!?」


「ええ」


 竜の住む鉱山でしか産出されない竜金は、竜の爪でなければ加工できないが、上品な輝きは金以上だと評価されている特殊な黄金だ。


 その性質から市場には滅多に出回ることはなく、貴大自身、VRゲーム以外ではフランソワの屋敷でしか見たことがなかった。


 そのような素材を、人がべたべたと触るドアノブに使うなど――見る者が見れば冒涜的だと喚き散らしかねない。そういった品がふんだんに使われているルートゥー城の廊下を歩いていると、庶民的な貴大は段々と落ち着きがなくなっていった。


「最上階、三階は客間をそろえました。基本構造こそ西洋風ですが、老龍様、タカヒロ様といった東洋の方向けに、和室も用意しております」


「うおお……!? こ、ここだけ姫路城みたいになってる!」


「岩庭家のみなさまには、素材提供に協力していただきました」


「な、なるほどなあ」


 小ぢんまりとした和室にはご丁寧にも日本庭園が備わっていて、扉一枚向こうの浴室には総檜造りの浴槽が埋め込まれていた。


 その部屋の向かい側にはラベンダーの香りが漂う洋室があり、キングサイズのベッドを置いてもなおゆとりのあるスペースは、いかにも西洋のそれだった。


「なんかクラクラしてきた……」


 ヒノキやラベンダーの香りを立て続けに嗅いだ貴大は、最上階中央に置かれたベンチに座りうなだれた。


 中心にルートゥーの彫像が置かれた円形のベンチには、天窓から暖かな陽が降り注いでいる。いちいちにくい匠の技に、貴大はかえって疲れたようにため息を吐いた。


「いかがでしたでしょうか? この屋敷は」


「すご過ぎて感覚がマヒしそうだ……」


「過分なお褒めをいただきまして、光栄です」


 シャド子Aがにっこりとすると、廊下の角で小さな歓声が上がった。


 他のシャド子がこっそりついてきていたのだろう。ちらりちらりと見え隠れする黒い竜翼や尻尾に、貴大はわずかに苦笑した。


「それで、ルートゥーはどこにいるんだ? てっきり最上階かと思ってたけど、客間しかないみたいだし……一階か?」


「いいえ、一階には厨房や食堂、私たちの寝室しかありません」


「は? じゃあ、ルートゥーの部屋はどこだよ?」


 まさか隠し部屋でもあるというのか。と、考えて、貴大はすぐに自分の考えを否定した。


 子どもでもあるまいに、隠し部屋や秘密の通路など――きっと二階に見落としていた部屋があったのだ。ルートゥーはそこにいるに違いない。貴大は軽くおどけながら、シャド子Aに問いかけようとして、


「ルートゥー様のお部屋は、地下にあります!」


「……は?」


「地下十階にあるのです!!」


「……………………は?」


 予想外の答えに、凍りついてしまった。


「サプラーイズ!」


「驚きました? タカヒロ様、驚きました?」


 隣の彫像のように固まった貴大の下へ、隠れていたシャド子たちが集まってきた。姦しい少女たちはどこか得意げな顔をして貴大の顔をのぞき込み、彼の返事も待たずにキャッキャとはしゃいでいた。


「えっと……どういうこと?」


「うふふ、地上の屋敷は世を忍ぶ仮の姿。ルートゥー城の実態は、地下にこそあるのです!」


 呆然自失の貴大に、やはり笑顔のシャド子Aが応えた。


「全十階の迷宮構造!」


「強敵モンスターてんこ盛り!」


「お宝もあるけど、罠もたっくさん!」


「「「かかってこいのルートゥー城は、難攻不落の地下要塞城なのです!」」」


 ふふーん! と鼻を高くして、ふんぞり返るシャド子たち。


 この一月、隠し続けた真実を満を持して明かし、彼女らはご満悦だった。とっておきのサプライズを提供できたことは、ドラゴンである彼女らにとって何よりの喜びだった。


 しかし、対する貴大は――。


「そうか……そういうことか……まあ、平穏に終わるわけがないよな」


「……? タカヒロ、様?」


 完全にうつむいて何やらぶつぶつ呟いている貴大に、シャド子Aが声をかけた。


「そうだよな……ドラゴンって隠し通路とか裏ダンジョンとか大好きだもんな」


「え、えっと?」


 返事の代わりに伝わってくる剣呑な気配に、数人のシャド子が思わずたじろいだ。


「ク、ククク……大人しくしていればつけ上がりやがって……あのクソドラゴンが……」


「「「ひ、ひええ……!?」」」


 ぬらりと立ち上がった貴大は、ぼさぼさの髪を垂らしたまま暗く笑う。その姿に、シャド子たちの脚がぷるぷると震えだした。


 自らの主人にも引けを取らない強者のオーラ。平時であれば好ましく思うそれを、今のシャド子たちは恐怖の象徴として捉えており――。


「――おしおきの時間だ」


「「「ひーん!」」」


 貴大の全身から発せられる濃厚な殺気!


 満面の笑みを浮かべた貴大を前にして、シャド子たちは一斉に腰を抜かした!


 レベル250のシャドウ・ドラゴンたちをあわや失禁の危機にさらしながらも、貴大は振り返ろうともしなかった。黒いオーラを立ち昇らせた彼は、廊下を進み、階段を下り、玄関ホールまで到達し――。


 そして、鉈のようなナイフで勢いよく床板を叩き割った。







『ふはははは! 貴様の快進撃もここまでだ! 地下九階の番人、デスストーム・ゴーレムの剛腕の前では、ニンゲンなど紙屑同然んふっ!』


 竜巻模様が刻まれたゴーレムは、わずか数ミリの急所にナイフを突き立てられ、奇妙な声だけを残して絶命した。


 さらさらと崩れていくデスストーム・ゴーレム。砂山のような死体を一瞥することもなく、貴大は扉を蹴破り、階下へ続く階段を下りて行った。


「地下十階……!」


 足を動かしながら、貴大がぼそりと呟いた。同時に発動された探査スキルによって、ルートゥー城地下十階は丸裸にされていく。


「待ってろよ、ルートゥー……!」


 今の貴大は一陣の烈風だ。黒いオーラの残滓で軌跡を描き、ナイフを構えた貴大は迷宮内を駆け抜ける。


 斥候職を極めた貴大は、もはや通路や罠を目で確認する必要がない。脳裏に浮かんだ鮮明な立体地図に沿って、貴大は駆ける、駆ける、駆ける――。


『ギエエエエエ!?』


『オオオオオオ!?』


『アバーッ!?』


 弾丸のように突き進む貴大とエンカウントした魔物は、威嚇や咆哮よりも早く断末魔の叫びを上げた。


 的確にのどを切り裂かれ、あるいは心臓を突かれた魔物たちは、魔素を噴き上げながら床に倒れていく。そこでようやく自分の死に気がついた魔物は視線をさ迷わせたが、そこにはすでに敵の姿はなかった。


『ギイッ!?』


『アアアアッ!?』


 両手にナイフを構え、低姿勢で飛ぶように駆ける貴大は、珍しく本気の力を発揮していた。レベル250の〈無影の暗殺者〉は、そのジョブ名の通りに影さえ残さず、道を塞ぐ魔物を切り捨て続けた。


『やあ、君がタカヒロ君だね? お噂はかねがねグバッ!』


「……ん? なんださっきの?」


 途中、『黄金色の人型スライム』という一風変わった魔物を切った時は思わず我に返ったが、すぐにも前を向き、貴大は一心不乱に迷宮を駆けた。


 罠を避け、あるいは解除し、宝物などはすべて無視して――そして、貴大は驚異的な速さでルートゥー城最深部に辿り着いた。


「――ここだな?」


 呼吸さえ乱していない貴大は、身の丈をはるかに超える扉に手をかけた。


「――ここにいるな?」


 目を閉じて、脳裏にこの階のMAPを描く。斥候職のスキルと勘は、間違いなくカオス・ドラゴンが扉の向こうにいることを告げていた。


「ク、ククク……」


 開かれた貴大の目には、暗い炎が燃えていた。


 わがままで、自分勝手で、傲岸不遜なカオス・ドラゴンへの不満やストレス。それらを燃料にして燃え上がる炎は、貴大の体を力強く動かした。


「おしおきだ!」


 貴大が、吠えた。


「今日という今日こそは、おしりペンペンしてやる!!」


 腕まくりをして、唯我独尊ドラゴン退治に乗り出した。


 ――しかし、彼を待っていたのは予想に反した笑顔だった。


「おい、ルートゥー!」


「うむっ!」


「うごっ!?」


 最後の部屋に飛び込んだ貴大に、カウンターを当てるようにルートゥーが抱きついてきた。


 小柄なルートゥーの頭が貴大のみぞおちに突き刺さり、思わず貴大は体をくの字に曲げた。するとルートゥーは彼の首に手を回し、子猫のように愛おしげに頬ずりを始めた。


「ん~……タカヒロだ。タカヒロなのだぁ……」


「お、おい、ルートゥー?」


 堪能するように肌をすり合わせるルートゥーから、薔薇の芳香が微かに香った。自然と手に触れるゴスロリドレスの生地はいつもよりも滑らかに感じられ、伝わる体温はいつもよりも温かに感じられた。


 その温度に、貴大の怒りは氷のように溶けて――。


「いくかぁぁぁああああ!!」


「ぬわーっ!?」


 人形のように軽々と体を持ち上げられたルートゥーは、くるりと態勢を変えられて、うつ伏せに貴大の膝の上に下ろされた。


「な、何をするのだ!? 二十日ぶりの再会の挨拶にしては、少し乱暴だぞ!」


「どの口が言うか、どの口が!! 街中に巣穴ダンジョンなんか掘りやがって……! この暴君モンスターがっ!!」


「ま、待て! 訳があるのだ! これには訳が……!」


「やかましい! 今日という今日こそおしおきだーっ!」


「ああーっ!?」


 ルートゥー城最深部に、甲高い音が響き渡った。


 スカートをめくり、ショーツをずり下げ、真っ白な臀部に強烈な平手の一撃。ビリビリと肌を震わせる張り手に、ルートゥーは目を見開いて、手足や尻尾、竜翼をピーンと伸ばした。


「いつまでもわがままが通ると思うなよ!」


「や、止め」


「問答無用!」


「ひあーっ!?」


 早くも赤くなりかけている臀部に、おしおき、おしおき、おしおき。


 民家を買収し、魔物が跋扈する迷宮を造るなど言語道断。思い上がったわがまま娘に、貴大は教育的指導を喰らわせる。


「世の中にはなっ! やっていいことと悪いことがあるんだぞっ!」


「ああっ! あ、ああ!」


「郷に入っては! 郷に従えよっ!!」


「んんっ! んーっ!?」


「親はっ! どんなっ! 躾をしたんだっ!!」


「ひっ! ひっ! ひいっ……!」


 断続的に尻を叩かれたルートゥーは、もう言葉も出なかった。


 ぐったりと体を貴大のひざに預け、四肢を弛緩させて小鹿のように震えていた。


 それでも「ごめんなさい」の言葉は一度も出ていない。反省の色が見られないと、貴大はもう一度手を振り上げて、


「うう、ぐすっ。ううう~!」


 ルートゥーが泣きだしたことに気がついて、ぴたりと動きを止めた。


「ひどい。ひどいのだぁ。ぐすっ。尻、尻をぶつなんて、とっ、父様にもされたことはなかったのだぁ。う~!」


 うつ伏せのまま、どもりながら泣きじゃくるルートゥー。予想以上の幼さに、貴大はたじたじになってしまう。


「な、何だよ。お前が悪いんだからな? 地下迷宮なんて造って……」


「必要だったのだぁ! 敵を迎え撃つための設備が必要だったのだ!」


 叫びながら顔を上げたルートゥーは、ぽろぽろと涙をこぼしながら貴大をにらみつけた。その表情に気圧された貴大は、続く文句を呑み込んでしまった。


「て、敵ってなんだよ」


「分からぬのか?」


 ようやくそれだけ言えた貴大に、ルートゥーが答えた。


「悪神だ! 我らが留守にしていたグランフェリアには、悪神の臭気が漂っていた!」


「悪神……!?」


 聞き覚えがある――いや、聞き逃してはならない単語に、貴大の意識が一気に引き締まる。


 親友からの警告。悪神に気をつけろという言葉。おそらくは彼らの変調に関与している存在が、とうとう自分にも手を伸ばしてきたのか。


「フリーライフを狙った攻撃は悪神の宣戦布告だ。ヴォールスなる輩を誑かしたのはいかにも奴らのやり口だ」


「そう、なのか?」


「間違いない。悪神が大きく動くと、ひどく匂うのだ」


 人間には分からない感覚が、同じ魔物には分かるというのか。


 迷いなくうなずくルートゥーを見て、貴大は間違いのないことなのだと確信していた。


「そ、それで、悪神はどこにいるんだ? 匂いが分かるなら、場所も分かるんじゃないか?」


 自身の人生にも関わる問題に、貴大は焦って様子でルートゥーの肩を揺さぶる。しかしルートゥーは頬をぷくりと膨らませ、必死な貴大から顔を背けてしまった。


「おい、どうしたんだ? なあ、悪神の情報は……」


「悪神を迎え撃つ拠点を築いたら、尻を叩かれた」


「うっ!」


「話も聞いてもらえず、尻を乱打された」


「ううっ!?」


 事実を淡々と述べる形で抗議するルートゥーに、貴大は罪悪感を覚え始めていた。


 貴大を驚かせるつもりで迷宮のことを秘密にしていたルートゥーは悪い。しかし、話を聞こうともしなかった貴大の姿勢にも問題はある。


 ――いや、怒りと勢いに任せた行動とはいえ、少女の尻を真っ赤になるまで叩くのは流石にやりすぎだ。ようやく頭も冷めてきた貴大は、自らの行動の非常識さを痛感していた。


「す、すまん。俺が悪かった」


「ふーん」


「謝るって……なあ」


「つーん」


 貴大が回り込もうとすると、ルートゥーは体を回してまで顔を背けた。


 視線さえも合わせたくないのか、ルートゥーは腕を組んだまま目を閉じて、可愛らしく頬を膨らませていた。


(どうしたもんか……)


 それなりに世間の風にさらされてすれてしまった貴大ではあったが、女性の扱いが不得手なのは学生時代と変わらなかった。


 拗ねてしまった少女をなだめすかせる手法など分からないし、口先三寸で機嫌を取る自信もない。考え込んでも妙案が浮かんでくるでもなく、貴大はすぐに白旗を上げて全面降伏の意を見せた。


「なあ、悪かったって。何でもするから許してくれよ」


「……何でも?」


「ああ。俺にできることならだけど」


「じゃあ、その場でズボンを脱ぐのだ」


 唇を尖らせたままのルートゥーが、薄く目を開けて貴大に指示を出した。


 ズボンを脱げということは、同じ辱めを与えるつもりなのだろう。尻を叩かれることまで覚悟して、貴大は潔くズボンを脱いだ。


「パンツも脱ぐのだ」


 やはり尻を叩くつもりなのだ。躊躇いがちに臀部を露出した貴大は、すぐにも訪れるであろう衝撃に備え、固く目を閉じた。


「さあ、やってくれ」


「うむ! ヤルぞ。すぐヤルぞ」


 来る! カオス・ドラゴンの強烈な張り手が、臀部に直撃する!


 尻がスイカのように腫れあがるような一撃が、来る――!


 ――と、貴大が身構えたところで、彼は局部に奇妙な熱を感じた。


「むふふ。遂にこの時が来たのだ」


 不審に思った貴大が目を開くと、息を荒くしたルートゥーが貴大の股間の至近距離にいた。感じていたのは、彼女の鼻息だったのだ。


「……って、おいおいおいおい!? ストップストーップ!!」


 思わぬ展開ゆえ他人事のように感じていた貴大は、ルートゥーの手がパンツにかかったところで悲鳴を上げた。


「まさか! まさかお前!?」


「ふふふ、そのまさかだ!」


 後ろだけずり下げていたパンツを引き上げながら、貴大は豹のような素早さで大きく後ずさる。それを不敵に笑うルートゥーが追って、貴大は壁際にまで追いつめられた。


「赦しを得るため、何でもすると言ったぞ?」


「い、いや、言ったけどさ! 俺にできることならって話で!」


「できるぞ。男なら誰でもできる」


「そうだけども!」


 目を爛々と光らせたルートゥーが、貴大のパンツを脱がせようと猛烈なジャブを繰り出した。そのすべてを最小限の動きでかわしながら、貴大は何とかルートゥーを思いとどまらせようとした。


「戦いが終わった後は、ここは我らの愛の巣にする予定だったのだ。そのことについては話していたではないか。予定は狂ってしまったが、なに、遠慮することはない」


「俺、予定大好き! まずは悪神を倒してからってレールを敷こうぜ!!」


「なに? 布団を敷こうぜ……?」


「わざとらしい聞き間違いはよせぇー!!」


 チャンスは逃さないルートゥーと、そうはさせじの貴大が、迷宮最深部でぴょんぴょんと飛び跳ねる。宝物庫も兼ねた煌びやかな大部屋で、割と真剣な追いかけっこが繰り広げられる。


 諦めればそこでベッドイン。ベイビー爆誕待ったなし。


(性的に)凶悪な龍から自由な生活を守るための戦いは、まだ始まったばかりであった。



これにてルートゥー編は終了!


最終幕ゆえ、ある程度のつながりをもって次章に続きます。お次はメリッサが登場し、おまけにラスボスの影がちらほらし始めます。


さて、どうなってしまうのか。次章もご期待ください!

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