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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私達は野良聖女を包囲しました

「キアラさん、やはり貴女はエレオノーラ様が仰っていたように……!」

「その話は後です」

「エレオノーラ様が神より頂戴した天啓に従ってルクレツィア様に同行を申し出て正解でした……。神の意志に背くとはなんたる罰当たりな!」

「ですから、その話は早くも終了ですね」


 声を抑えながらも憤りを露わにしたミネルヴァが迫ってきましたが、私との間にトリルビィが割り込んでけん制します。当の私は恨みと共にルクレツィアを睨みつけましたが、彼女は視線が合わさる前に上手く逸らします。


「ルクレツィア様。事情を説明していただけますか? 私はてっきり貴女様から会長に説明があったものと思っておりましたが」

「ごめん。ミネルヴァにかまかけられた。自分はキアラについて知っているからみたいな言いっぷりでさ」


 おそらく審判の奇蹟に引っかからないよう嘘は語らずに把握している限りを誇張したのでしょう。確信は持てていても証拠が無かったからこれまでしらを切れましたが、もはや言い逃れは出来ないでしょう。


「もうさ、いっそのことエレオノーラ様にも白状しない? あの方が理解してくださったらとっても心強いんだけれど」

「却下です。ルクレツィア様はたまたま私に理解を示してくださりましたが、エレオノーラ様は私の心情を察してもなお神の意志に従うようにしか思えません」

「そこまで融通が利かない方でも……あったか」


 そう、ルクレツィアのような柔軟な考えが出来る方はとても珍しいと思います。もしかつての私、マルタの時代にこの方がいらっしゃったら理不尽かつ一方的な断罪を受けずに済んだかもしれません。


「ミネルヴァ、悪いんだけれどキアラのことはエレオノーラ様に黙っていてもらえないかしら?」

「そんな! 報告しないわけにはいきません!」

「頼む。今回ばかりは私の顔を立ててさ」

「……っ。考えさせてください」


 ミネルヴァの葛藤はきっと神託の聖女エレオノーラから与えられた命令と正義の聖女ルクレツィアからの願いで板挟みになっているせいでしょう。どちらに従った方が正しいのか、それは今即座に出せる答えではないと私も思います。


 さて、そうこうしているうちに私達は目当ての家にやってきました。街灯の無い貧民街の夜は月と松明だけが光源ですから外観は分かりませんね。おそらくは他の周辺の建物と同様に簡素な作りなのでしょうが。


 ミネルヴァが扉を静かに押しましたがびくともしません。扉と壁の隙間から覗くと内側から閂がしてあるようです。治安の良くない貧民街では当然の防犯措置ですね。おそらくは窓も全て閉まっていることでしょう。鍵ではないのでピッキングも不可能です。


「ルクレツィア様、如何なさいますか?」

「開錠させる奇蹟なんて私の知る限りだと無いし、のこぎりの類で隙間から切っていたら日が昇っちゃう。やっぱり強行突入するしかないかな」

「物音を立てては中にいると思われる野良聖女に悟られてしまうのでは?」

「ならどうすればいいのさ?」

「普通に物陰に隠れて待ち伏せすればいいかと」

「あ」


 野良聖女がこの家だけで一晩を潰すとは思えません。数多の家を回っているとしたら治療が済めばここから出てくるでしょう。そして次の家に入る前に取り囲んで事情を伺えばいいでしょう。


 私の提案に乗ったルクレツィアはミネルヴァ達と共に後ろへ下がり、松明の火も吹き消しました。暗闇の中で窓の隙間から漏れてくる部屋の明かりだけを頼りに様子を窺い続けます。


 やがて、扉がきしむ音を立てて開かれると中からこの前も見た外套で自身を覆った者が出てきました。家の中にいる夫婦らしき男女は涙を流しながら何度も野良聖女に頭を下げて感謝の言葉を捧げていました。


 そして家の扉が閉まったのを見計らった私達は一斉に飛び出します。昨日のこともあって警戒していたらしき野良聖女は直ちに逃げようとしますが、すでに詰んでいます。


 あっという間に私達五人は三方向から野良聖女を取り囲みました。


「そこまでだ。もう逃げないで観念してもらいたい」


 正面から向かったルクレツィアは杖を野良聖女に向けて宣告します。野良聖女も聖女直々の到来には驚きを隠せなかったようで、あわや松明を落とすところでした。その松明をルクレツィアに向けて姿を確認、警戒心を強めました。


「……まさか聖女ご本人が登場するとはね。参ったな」

「私は正義の聖女ルクレツィア。貴女が聖都に貧民街で人々の治療にあたっていた野良聖女、でいい?」

「その野良聖女って言い方は気に入らないけれど、そうね。その認識で間違ってない」


 野良聖女は包囲されていても焦りは見られず、この状況に置かれてもなお諦めないようでした。ルクレツィアに注視しつつも左右の私達の隙を伺っています。いつでも逃げ出せるようわずかに重心を落としています。


 トリルビィは徒手空拳で身構え、ミネルヴァ達二名は反対側で杖の矛先を野良聖女に向けています。この場で一番緊張している様子だったのはミネルヴァでした。いかに将来有望と言えども場数の少なさは補えませんか。


「教会に所属しないままで神に与えられた奇蹟を行使しているって聞いたけれど?」

「その発言は教会こそ唯一無二の神の代行者だって聞こえるけれど?」


 質問をしたのに返された質問にルクレツィアは少しの間言葉に詰まりました。彼女も薄々は分かっているのでしょう。教会の自分達こそが神に選ばれし者達だとの自負は傲慢でしかないと。


「……それでも教会は人を救済したいと願う者達が集った組織。一人で行動するよりよっぽど効率がいいと思うのだけれど?」

「そんな高尚な志を持つ者が果たして教会にどれだけいるのかな? 富と権力に取りつかれて堕落した奴ばっかじゃないか。神の教えを都合のいいように解釈して金をむしり取るばっかだ」

「負の一面があるのは否定しないわ。そんな欲望に束縛されない権限が聖女には与えられているでしょう。教会最高峰の地位にある枢機卿と同等、またはそれ以上に」

「そうやって持ち上げるだけ持ち上げておいて、ちょっとでも意にそぐわなかったら躊躇いなく切り捨てるんでしょう? あそこはいつだってそうだ」


 ルクレツィアはまたしても返答に窮します。コンチェッタという前例を見せつけられた彼女は聖女ですら魔女として無実の罪を被せられる可能性があると知っていますから。

 野良聖女はルクレツィアの反応を見て嘲笑います。


「腐りきった果実は放っておくと他の果実も腐らせる。教会には人の救済は任せられない」

「それが教会から遠ざかっている理由?」

「勿論あたしがそう思っているだけで聖女さんを否定するつもりは無いから。ただあたしに教会の都合を強要するなって言いたいだけよ」

「そうもいかないわ。神から授けられる奇蹟は人々に大きな影響を与える。貴女はまだ人助けに使っているけれど、そのうち身勝手に振る舞う奴や私利私欲を満たす輩も現れるかもしれない」

「だから明確に線引きするって考えは分かる。奇蹟を担う少女は人を救済せよって神様の命に従うよう教会で体制を整えているから、聖女は全員管理下に置くべきだって方針もね。それをあたしに押し付けないでもらえない?」


 ルクレツィアは答えませんでした。今度は反論出来なかったからではなく、互いの主張が平行線で近づく気配すらなかったからでしょう。すなわち、今からでも教会に所属するよう促そうとしたルクレツィアの説得は言い出す前から失敗したのです。


「そう……なら悪いけれど、ここで取り押さえさせてもらう」


 ルクレツィアは杖を構えて臨戦態勢を取りました。野良聖女もまた袖から覗かせる両手を握りしめて備えます。


「別にあたしは罪を犯していないんだけれど?」

「貴女が魔女崇拝を助長させていることは調べがついてる。教会は人の救済に取り組んだ真の聖女を厄介払いさせていた、ですって?」

「それが歴史の真実でしょうよ。教会がいくら改竄したって覆せやしない。つい最近だって聖女を貶めたって認めたじゃないの」

「だからって人々を煽って混乱を巻き起こしていい理由にはならない。話をすり替えないで」

「話をすり替えてるのは聖女さんの方じゃないの? あたしは真実を語っているだけ。教会が不信感を持たれるってことはそれだけの仕打ちを与えているんでしょう」


 正義の聖女と野良聖女の問答は互いの主張をぶつけ合うばかりで相手に歩み寄る様子が微塵もありませんでした。既に真向いのミネルヴァはもはや言葉を交わすだけ無駄だと思っているのか、異端者に向けるような冷たい眼差しを野良聖女に送っています。


「最後に一応聞くけれど、今からでも教会で私達と共に歩む気は?」

「くどい。聖女さんには聖女さんのやり方があるように、あたしにはあたしのやり方がある。はっきり言わなきゃ分からないの? 教会は信用出来ないからお断りだって」


 野良聖女は深く被っていた頭巾と体を覆っていた外套を脱ぎ捨てました。


「だからこそあたしは聖女にならず野に下ったんだから」


 正体を現した野良聖女には驚き半分、納得半分と言ったところでした。


「カロリーナ先生……」


 そう、まさかの先生だったのです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  生徒会長は偉そうなだけで、何の役にもたたないな。今、異端とされている聖職者や組織は、マルタ達の無実の罪で、処刑したことを理由に教会が分裂して、できた宗教かな。
[一言] 不正や汚職等を防止するために、第3者委員会の設立が急務だな。
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