私は正義の聖女に交渉しました
「妹? キアラの妹さんって聖女見習いになったセラフィナじゃなかったっけ?」
「実は弟と思っていた末っ子が妹でして。彼女が聖女適性試験を受ける年になったのです」
私はルクレツィアに事情をかいつまんで説明しました。奇蹟を授かって生を受けたこと、聖女になるなとの言葉を聞いたこと、聖女にならない為に男だと偽ったこと、それがエレオノーラの神託で台無しになったこと、そして今私が匿っていることを。
その間ルクレツィアはただ聞くばかりではなく熱心に耳を傾けてくれました。時折こちらへ質問を投げかけてきたりと理解しようとしてくれましたし。ただエレオノーラの到来まで話が進むと彼女は渋い顔をしました。
「どうしてエレオノーラ様ってこうも余計に神の言葉を聞くのかなぁ?」
「嘆いていても仕方がありません。エレオノーラ様が新たに神託を受けたらもうごまかせませんから、その前に自主的に適性検査を受けるようにしたいのです」
「いずれ人々を救済する程の聖女に大成しうる少女を見つけ出すのはエレオノーラ様の使命だ。そこに私が介入したらおかしな話なんだけどね」
ルクレツィアが言うには聖女適性検査はほとんどがその地方の聖職者が行い、たまに神託にもとづいて神官が派遣されるんだそうです。やはり聖女自らが直接出向くなんてめったに無いんだとか。それこそ重大な神託でも授からない限りは。
「まあ何とか話は通してみるよ。他でもないキアラの頼みだもの」
「ありがとうございます」
「いつそっちを訪ねればいいのかな?」
「いえ、ルクレツィア様を介して指定するとエレオノーラ様に私達の繋がりを悟られてしまいます。エレオノーラ様には私から来てくださいとお願いしますので、ルクレツィア様は何か理由を付けて同行を申し出ていただければ」
「ん、分かった。そうするよ」
扉のノック音が聞こえたのでルクレツィアが返事をしました。受付の女性が菓子とお茶を私達二人の前に置いていきます。あらかじめ許可を出す前に部屋に入ってこないようルクレツィアが頼んだのでしょう。
「一応聞くけれど、妹さんを大人しく教会に差し出すつもりは無いんだよね?」
「ありません。私はトビアの希望が叶うようにいたします。適性検査を受けさせるのも逃げられないと判断したまでですので」
「……聖女になりたくないって願うのは相当だよ。もしかして下の妹さんも教会では禁忌とされる奇蹟を授かっちゃったとか?」
「さあ? 具体的にどのような奇蹟が与えられたかまでは聞いていません」
これは嘘ではありません。一応トビアを問い質してはみましたが、どうも自分でも良く把握出来ていないようなのです。お母様へ自分の意思を伝えたのも無意識のうちだそうですし、奇蹟の行使はとても望めないでしょう。
「それにしても聖女適性検査かぁ。今でも自分の血を一滴検査用紙に垂らして反応を見るって奴なの?」
「ええ、変わっていません」
「だよなー。教国連合中の少女を調べるとなると手間と費用がかからないそれが最善だものね。けれど私って立ち会うだけでいいの?」
「と言いますと?」
「だってその場には間違いなくエレオノーラ様がいるでしょう。あの方の目を盗んで検査結果を偽れ、とでも言うのかなーって」
「ルクレツィア様の正義がお許しになるなら遠慮なくお願いしますが?」
「それ、分かってて言ってるよね? 案外意地悪だなあキアラは」
無論承知の上です。確かに私はルクレツィアを利用するために助力を乞いましたが、不正に関われとまで言うつもりは毛頭ございません。彼女にはただその場に居てもらいたいのです。エレオノーラがぐうの音も出せないように、ね。
「ふむ、つまりキアラは何らかの手段でエレオノーラ様を騙すつもりで、その一部始終に立ち会った私が正義か悪かを判断すれば良いって感じかな?」
「察しが良いのは大変助かります」
「確かに白黒はっきりさせるフォルトゥナ様の審判の奇蹟とは違って正義の奇蹟は例え偽っていても正しければ良しって判断になっちゃうからね。けれど危ない橋を渡っている自覚はあるよね?」
「無論承知の上です。でなければ聖女を騙すだなんて言い出しませんよ」
尤も、かつて聖女だったせいもあって聖女という存在が特別と思えないのもあるかもしれませんね。神の奇蹟の代行者たる聖女だろうと救われるべき人間の一人。ですから頭の固い聖女を出し抜く程度にためらいなどありません。
「ちなみにキアラはどうやって乗り切ったのか聞いていい?」
「復活の奇蹟からは治療を始めとした多くの奇蹟が派生されます。リッカドンナ様程ではありませんが私にも浄化の奇蹟が使えます」
「そんな方法があったなんて盲点だったわ……。ていうか、奇蹟を聖女にならない為に行使したのってキアラが初めてじゃないの?」
「褒めても何も出せませんよ。第一、結果を偽ろうと思えばいくらでも手段は思いつけますし」
「え、まだあるの?」
例えば生命活動の象徴たる血で反応を確かめるのですから、事前に血を全部入れ替えるのはどうでしょう? 新たに血が生成されるのは時間が要りますから。まあ、実践出来る程発達した医学にまで至っていませんがね。
それと立ち会う神官を買収して検査用紙を浸す聖水をただの水に変えるのはどうでしょう? 奇蹟を授かっていると反応させる不正は難しくてもその逆は簡単ですもの。しかしこの手はエレオノーラ自らが来訪するので使えませんがね。
私があれこれと手口を並べるとルクレツィアは感心したと声をあげました。
「良くそこまで思い付けるものだ」
「とは言え、私のように聖女になりたくないと思う者はあまり多くないと思いますがね」
「それで、妹さんをどう助けるつもりなのかな?」
「残念ながら今度は当事者ではありませんので手段は限られています。だからってただ指をくわえて眺めているつもりもありません」
「いや、だから……つまり当日まで喋るつもりは無いと?」
「理解が早くて助かります」
一応弁明しますがまだ思い付いていないとかではありませんから。でなければルクレツィアに声をかけたりなんてしませんよ。成功率は、そうですね……八割程度でしょうかね。これを十割に引き上げる為にルクレツィアには一役買ってもらうのです。
「まあいいさ。その場の雰囲気に合わせて立ち回らせてもらおう。無論、私の正義に従って、ね」
「ルクレツィア様はそれでよろしいかと。引き受けていただけて感謝いたします」
私が礼を述べるとルクレツィアは歯を見せて笑いかけてきました。人を安心させる微笑ではなく自分に都合のいい事柄が思い浮かんだ、との印象を感じさせます。
……なんだかとっても嫌な予感がしてきました。
「でもさあ、私って聖女なんだよね。遠い国から帰ったばかりで疲れちゃって」
「え、ええ、存じています。お勤めお疲れ様です」
「なのにさあねぎらうどころか都合よく聖都にいたからって新たな任務を押し付けられちゃってさーもうまいっちゃうよねー」
「そうなのですか? 心中お察しいたします」
「そこにキアラからのお願いでしょう? いやー大変だー辛いわー」
とても大きな独り言ですね。しかもこちらに視線を投げかけてくるあたり嫌らしいです。しかも見返りとして要求してくるのではなく私の良心に訴えかけてくるあたりさすがとしか言いようがありません。
さすがにそれを無視できるほど神経は太くありませんでした。
「……私に何か手伝えることはありますか?」
「本当? いやー助かるわー。キアラがいてくれたら百人力ね」
私の申し出にルクレツィアは目を輝かせて喜びました。百人力とは言いすぎではありませんか? 今の私はただの貴族令嬢ですからとても聖女の補佐は務まらないのですが。私の事情をある程度知っている彼女が私の奇蹟をあてにするとは思えませんし……。
「それで、一体何を手伝えと仰られるのですか?」
「キアラも学院の生徒なら聞いているんでしょう? ここ最近聖都を賑わせている噂話をさ」
「……二つほど思い当たりますが、どちらもわざわざ聖女が出向くほどではないのではありませんか?」
「それだけ教会は早くお膝元にくすぶる災いの火種を消しておきたいんだろうね。ただでさえコンチェッタ様の一件で信用が揺らいでいることだし」
成程、そんな事情もありましたか。しかしまさかここでこれまで一切関わりの無かった噂話と私が結びつくとは。人生何があるか分かったものではありませんね。
「野良聖女の正体を探るのを手伝ってもらうから。よろしくねキアラ」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
私は内心観念しながら笑顔で手を差し伸べてくる聖女ルクレツィアの手を取り、握手が交わされました。




