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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私は野良聖女の噂を聞きました

「野良聖女、ですか?」

「ああ。ここ最近聖都で出没するって話だぜ」


 トビアの女の子らしい衣服を揃えてから数日が経過した学院にて、とある噂が広まり始めていました。何でも教会に属していない聖女が恵まれない者達の病気や怪我を治しまわっているんだとか。


「単に薬や適切な治療を施された患者が大げさに伝えられているだけでは?」

「それだったら凄腕の医者の仕業だったで済むんだけど、どうも野良聖女は本当に奇蹟を起こしてるらしいんだ」


 聖女は老若男女や身分職業隔てなく人々を救済するのを務めとしていますが、教会という組織に属している以上はどうしても方針の制限を受けてしまいます。寄付金を得られない貧民の相手を後回しにしてしまう場合も少なくありません。


 つまり野良聖女とは教会の制約を受けず、神の使命のみに従って奇蹟を行使する者に他なりません。平等に人間を救う行為は大変素晴らしいですが、布教を主目的とする教会への挑戦、権威の否定でもあります。


「さすがに無報酬ってわけじゃないみたいね。夕食をご馳走になったり一泊滞在したりで」

「相手に少しでも対価を払わせることで奇蹟の大盤振る舞いとは思わせない狙いがあるのかもしれないな」

「聖女が強欲だと言わんばかりですけれど、対価を求めたことは無いと聞きますよ」

「その代わりこれからも教会をよろしく的な宣伝はするんだろ? やり方が旨いよな」


 他の聖女がどうだかは知りませんが少なくとも私は無償の奉仕ばかりでした。教会が聖女の仕事を選ぶ理由、とあえて表現しましょう、は私の身が一つしかないからと説明を受けた記憶があります。目に見える全ての者を救っていては身がもたない、とね。


 人とは欲深き存在。救われる手段があるならなりふり構わず縋りたくなるものでしょう。際限が無ければ聖女に待ち受けるのは殉教という名の過労死です。教会が聖女を管理し神から授かった奇蹟を独占している、との解釈は間違っていませんが悪意がありますか。


「それにしても教会のお膝元である聖都で活動するとは随分と大胆なのですね」

「だからだろ。光あるところに影ありってな」

「随分と哲学的な言い回しね。聖都には人が多く集まるから自然と貧富の差も激しくなって、衣食住にも困ってる人も少なくないって言えばいいじゃないの」


 栄えている都会に出れば成功が約束されるだなんて幻想です。それは前のわたしが過ごした現代社会でもこの世界でも変わりません。夢破れて帰る場所も失った者は何とか日々を凌ぐのが精一杯になるなんて珍しくもないと聞きます。


 ……学院での恋愛に興じる原作乙女げーではそのような裏側は描写されていませんでした。登場する平民は聖都市民や特待生ばかりでしたし。それだけでも乙女げーは所詮物事の一幕を切り取ったに過ぎないと言い切れます。


「でもよ、教会だって見て見ぬふりをしてるわけじゃないんだろ? この前炊き出ししてるの見たぜ。たまに教会を開放して病人の治療をしてるって聞いたし」

「そりゃあそうでしょうよ。困った人を放置していたんじゃあそのうち不満の矛先が教会に向きかねないし。どうして恵まれない私達を助けないんだーみたいに」

「そのやり方が不信感を募らせる要因になっているのですがね」

「は? どういうことだよ?」


 教会が行うのはあくまで奉仕活動。その場で困っている者には手を差し伸べますが、その者の生活が改善されるような選択肢は与えません。具体的に例をあげるなら、お金を稼げる仕事を斡旋する、食べ物を作れる畑を与える、とかまではしないのです。


 何故か。市民の生活は教会ではなく領主の管轄だからだそうですが、実際は適度に苦しんでもらわなければ信仰されなくなるからでしょう。困った時の神頼み、とは前世の言葉ですが、満たされてしまえば神など必要とされなくなりますからね。


 言い方は悪いですが、教会のやり方は教会に依存するよう仕向ける、言わばその場しのぎに過ぎないのです。


「貧困にあえぐ者はこう思うでしょう。教会はいつになったら日々を生きるのが精一杯な自分達を救ってくれるんだ、と」

「んなこと言ってもねえ。仕事なんて選ばなければいくらでも転がってるんじゃないか?」

「それは私達が恵まれているからそのような意見が出るのです。パンすら買うのに一苦労する方々に出来る仕事がどれほどありますか?」

「あ」


 そう、問題なのは這い上がれる能力が身に付かないって点でしょう。肉を口に出来ない者に激しい肉体労働が出来ますか? 字が読めない者に金勘定が出来ますか? 口達者に渡り歩ける者がいつまでも底辺に留まりますか?


 本来なら貧富の差に関係なく教育を施して将来の選択肢を広げるべきなのでしょうがね。さすがにそのような制度作りは領や国単位で取り組むべき課題。教会の奉仕の範疇を超えていますもの。


「そこに聖女が現れたらどうなると思いますか?」

「そりゃあ、真っ当な仕事が出来る健全な身体を取り戻せるかもしれないな」

「病人を看護する人手も不要になるし。教会よりも野良聖女を慕いたくもなるわね」

「今は噂される程度の慈善活動に収まっていますが、次第にそうもいっていられなくなるでしょう」


 教会の布教にも支障をきたしかねません。いずれは野良聖女を教会の管轄下に置こうと接触を試みることでしょう。交渉が決裂したら最後、教会にあだなす邪魔な輩と判断され、異端との烙印を押される未来が目に見えます。


 野良聖女とやらは現実が見えていない愚か者なのか、教会に反旗を翻した扇動者なのか、または破滅も覚悟して奉仕し続ける殉教者なのか。その正体が何にせよ噂が広まればそう長く活動を続けられないのは間違いないでしょう。


「それで、教会はどう対処するつもりなのかしらね?」

「そこまでは私だって知らないぜ。いっそ生徒会長にでも聞いてみるか?」

「止めておきましょう。下手に首を突っ込んで巻き込まれたらたまったものではありません」

「まあ、そうよね。傍観者だからこそ面白いんであって当事者になるのはたまらないわ」


 パトリツィアの言う通り、噂は噂で楽しめばいいのです。そもそも私は教会が関わってきそうな事柄は傍から眺めるのも遠慮したいところですがね。野良聖女の件もそのうちどうにかなって静まるでしょう。


「ところでキアラは今日は奉仕活動無いんだろ? 一緒に帰らないか?」

「いえ、折角のお誘いですが今日は待ち合わせがありますので。また今度誘ってください」

「ん? 相手は王子様か? キアラは積極的だなあ」

「どうしてそこでチェーザレが出てくるんですか……」


 平日は毎日一緒に下校していますし寄り道だってたまにします。思いっきり遊びたい時は休日に約束しますから、オフェーリア達を蔑ろにして放課後の少ない時間を彼と過ごそうとは思ったこともありません。想いが膨らめばそれほど夢中になるのでしょうか?


 とにかく友人と別れた私は学院の貴賓室へと向かいました。学院にはたまに一国の王や教会の枢機卿等が来訪することがあり、来賓に失礼の無いよう応接室とは別の格式高い部屋があるんだそうです。使われる頻度はそう多くないらしいですがね。


「やあキアラ、久しぶりだね。元気にしていた?」


 待ち受けていたのは正義の聖女ルクレツィアでした。


「この度は貴重なお時間をいただきまして感謝いたします」

「あー、そんな畏まらなくたっていいって。私とキアラの仲じゃないか」


 私が丁寧にお辞儀をするとルクレツィアは気さくに語りかけてきました。


 今日の彼女は女教皇へと突撃した際と同じく聖女の祭服に袖を通していて、今日は聖女として私に会いに来たのだと分かります。ただし常に聖女を護衛する筈の神官の姿が見えないので、席を外させているのでしょう。


「たまたま聖都に帰還してて良かったよ。おかげでキアラの手紙が読めた」

「正直本当に届くかは半信半疑でした。一介の貴族の娘に過ぎない私の手紙が直接聖女に送られるのか、と」

「キアラからの連絡は検問をかけずに私に届けろってちゃんと神官や事務官達に言っておいたからね。聖女特権って奴かな」

「教会内に私の名が知れ渡らないよう配慮していただければ私は構いません」


 ルクレツィアが座るよう促したので素直に従いました。コンチェッタの一件で私に特別な配慮を下さっているのは感謝いたしますが、だからと長時間は割けないでしょう。雑談はほどほどにして本題に入らねば。


「早速ですがルクレツィア様。一つお願いがございます」

「何でも言ってくれ。私に出来る範囲で協力するよ」

「ありがとうございます。では――」


 そうして私はお願いを口にしました。

 妹の聖女適性試験に立ち会って欲しい、と。

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