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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私は魔女崇拝の一端を聞かされました

 魔女とされた聖女への崇拝。それは教会からの不信感から密かに広まり始めているんだそうです。人々を救済するのは神の奇蹟を与えられた聖女であり、主の教えを都合よく解釈して権威を振りかざしつつ私利私欲を肥やす教会などではない、とか。


 信者は魔女とは教会にとって都合が悪くなり切り捨てられた聖女であると主張しているんだそうです。救済へと至る道半ばに殉教した聖女達の犠牲を忘れずに過ちを繰り返させない事こそが自分達の使命だと思い込んでいるんだとか。


「つまりそいつ等は教会が間違っているって言いたいのか?」

「自分達が苦しんでるのは教会のせいだーって言いたいっぽいっすよ。まあ不満のはけ口にするには都合が良かったんでしょう」

「変な連中に信仰される魔女も気の毒よね。そうされる為に活動してたんじゃないんでしょうに」


 先生達は思い思いに好き勝手言いますが、他人事ではない私は一言も喋れませんでした。何か他愛ない意見を述べようとしても乾いた息しか出ません。動揺をごまかそうと必死に水を飲んだり残った料理を口に運びました。


「どうして今頃流行り始めたんですか? 教会が慈善団体じゃないのは昔からですよね」

「それはやっぱ姦淫の魔女の冤罪が晴れたせいでしょう。カロリーナさん達が研究を活性化させたのと同じ動機っすよ」


 そうなった原因を作ったのは他でもない私ですから心境は複雑ですね。しかし今面倒な事態に陥っていてもあの時無実の聖女を救いたかったのは事実ですし、今だって後悔はありません。甘んじて今を受け入れますよ。


 そもそも別にかつて断罪された聖女を祀ろうが、勿論気分は悪いですが、もはや知ったことではありませんし。前は前で今は今だとまでは割り切れませんが、聖女だったマルタと今のキアラを結びつける要素は記憶と奇蹟ぐらいなものですから。


「でもそんなに広まってるんなら教会は取り締まらないんですか?」

「勿論取り締まってるっぽいっすねー。魔女であろうとなかろうと聖女本人を崇拝するのは禁じられているっすから」


 あくまで信仰の対象は神と子たる救世主、そして聖霊のみ。いかに奇蹟を授けられていても聖女はあくまで神の意志を代行する者でしかないのです。聖女が目に見える形で救済をするのですから縋りたくなる気持ちは理解出来ますが……。


 とは言え教会に背いて魔女とされた聖女など歴史上限られています。大半の聖女は与えられた使命を全うして天に召された筈ですから。魔女の大半は異教徒の巫女だったり悪魔に身も心もささげた者だったりしますし。


「んじゃあ先生がこの前言ってた三人の魔女、だっけ? が人気なんですか?」

「やっぱそうみたいっすねー」


 となれば、やはり信仰の対象は限られてしまいます。

 数多の人々を苦境から救い出したにも拘らず魔女として処刑された私達のようなね。


「馬鹿げています。その魔女崇拝者とやらは神ではなく魔女に祈りを捧げるんですか?」

「いやどうしてるかまではカロリーナさんは知らないっすよ。調べてはいるんっすけど中々全容を暴けなくて――」

「あー、先生。私達これから帰って宿題もやりたいし、そろそろお開きにしたいんですけどいいですか?」


 先生の熱弁を打ち切ったのはオフェーリアでした。彼女は先生には気付かぬよう私に隣を見るよう仕草で促します。ふと顔を向けると、トビアが目を見開き青ざめた様子でわずかに震えているではありませんか。


 私が動揺するより先にパトリツィアが立ち上がってトビアに手を差し伸べます。ようやく我に返った下の妹は友人の補助を受けて席を立ちます。更にパトリツィアは椅子にかけていた薄手の上着をトビアの肩に掛けました。


 私が何かを言いかける前にパトリツィアは店の外へ行くようと私を促しました。私はなんて親切だと思うより前に申し訳なさを感じてしまいますが、今は黙って従う他ありませんでした。


「んじゃあ先生、私達分の食事代はここに置いてくから勘定はよろしく頼みます」

「んー分かったっす。カロリーナさんはここでもう少し飲んでくっすから」

「明日の授業に響かないようほどほどにしてくださいよ」

「節度とは友達ですから大丈夫っすよー」


 オフェーリアは私の腕を抱えて足早に店を後にしました。私は何とか転ばないよう足を前に出すので精一杯でした。どうやら思った以上に先生の言葉に衝撃を受けていたんだとようやく気付きました。


「アリーチェさん大丈夫? 気分が悪いみたいだけど」

「あ……いえ、心配かけてごめんなさい。大丈夫ですから」

「狼狽えると呼吸が浅くなるから一度深呼吸しなさい。何回かやっているうちに落ち着いてくるから」


 パトリツィアは気分が優れないトビアを優しくしてくれています。下の妹は彼女の助言に従って大きく息を吸い込み、吐いて、それを何度か繰り返しました。魔女崇拝の説明を受けていた最中よりは唇も赤く戻ってきました。


「キアラもどうしたんだよ? 思い出してみたら魔女研究会の説明聞いてた時もそんな感じだったじゃないか」

「……そうでしたっけ?」

「魔女そのものよりも三人の魔女に何か思うところがあるのか?」

「それ、は……」


 言えません。言えるわけがありません。

 私はその教会に理不尽に捨てられた聖女の生まれ変わりなのです、だなんて。


 心配させまいと必死に上手い言い訳を考えてみましたが無駄でした。頭の中が空転していい感じにまとまりません。言いよどんでいたらオフェーリアは私の正面に回って肩を掴みました。力がこもっているのか若干痛いです。


「なあキアラ。私は別に王子様とかトリルビィ先輩ぐらい信頼しろとまでは言わない。けれど何か不安を抱えてるなら私だって力になれるんだぜ?」

「オフェーリア……」

「きっとこの問題はキアラにとって重大なんだろうな。聞いたらまずい、けれど向き合わなきゃいけない、みたいな複雑な事情なんだと思う」


 良く観察しています。それとも私が隠せていないだけでしょうか?


「だから今は聞かない。気が向いたら喋ってくれたら嬉しいぜ」

「……分かりました」


 なるべくならオフェーリアを私の宿命に巻き込みたくはありません。聞けばきっと引き返せなくなるでしょうから。それでも思わず喋ってしまいそうなぐらい私はオフェーリアから頼もしさを感じました。

 きっとオフェーリアは私を心から心配してくれているのでしょう。あの場をすぐに切り上げたのは私の様子がおかしかったからでしょうし。そんな親切心を無下にしたくなかった私は少し悩んだ後、意を決しました。


「では、少しだけ理由をお話しします。三人の魔女についてですが……」

「うん、三人の魔女が?」

「先生の推測通り、無実の罪を着せられた聖女で間違いありません」

「……っ!」


 オフェーリアはおろかトビアを介抱していたパトリツィアまで驚いた様子で私を見つめてきました。あまり大きな声を出さなかったので周囲には聞かれていないようです。


「それとさっきまでのキアラの様子と何が関係が……いや、あるから明かしてくれたんだよな」

「ええ」

「そっからは私達が推理しろってことだよな」

「ええ」

「だったら少し時間をくれ。考えをまとめてみるから」

「どうぞ。当てても景品はありませんけれど」


 帰路についた私達の口数は明らかに減りました。そのまま行く方向が異なる分かれ道まで来てしまい、名残惜しいのですが楽しい一日は終わりを迎えてしまったようです。ケチがついたままは嫌だった私は笑顔を作りながら深くお辞儀をしました。


「今日は下の妹のために時間を作っていただきありがとうございました」

「いいって。私達も楽しんだから。な、パトリツィア」

「そうね。また時間を作って一緒に楽しみましょう」

「ええ。必ず。楽しみにしていますから」


 やはり最後は笑いあいながら幕を下ろしたいですよね。


「オフェーリア様、パトリツィア様。日も沈みましたし二人きりで帰るのは少し危険ではないですか? よければわたしがお見送りしますが」

「大丈夫だって。ここからそう遠くないから、不審者と出くわしたら走って逃げるだけだし」

「別に裏道を抜けてくわけでもないしね」

「……分かりました。どうかお気を付けてお帰りください」


 トリルビィは慇懃に、そして優雅に一礼しました。たった一年違いとは思えない洗練された仕草なものですからいつも見惚れてしまいますね。


「ではおやすみなさい」

「キアラも良い夢を」


 オフェーリア達と別れた私達三人は家へと足を向けます。まだ立ち直り切っていないトビアはトリルビィに支えてもらいます。私自身が肩を持ちたかったのですが、情けないことに私もようやく回復したばかりでしたから。


「あの、姉さん」

「ん? 何でしょうか?」

「その……さっきの三人の魔女なんだけれど……」


 そのトビアは終始こちらに何か訴えかけるようなまなざしを送ってきていました。ですが何か言い出そうとしても結局口を閉ざしてしまうので一体何を伝えたかったのかは分からずじまいです。


 ……いえ、その結論は分からないふりをしているも同然ですね。

 どうしてトビアが魔女話で青ざめたのか、聖女になるなと語るトビアでないトビアは一体何者か。それを整理していくと自ずと一つの仮説が浮かんでしまいます。まさか、と思う反面やはりと感じる自分もいました。


 断定するのはまだ早いですが、一つだけ言えます。

 神よ、貴方はどれだけの試練を私共に課すおつもりですか?

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― 新着の感想 ―
[一言] キアラの前世の場合は自業自得だから仕方ないとして残り二人には救いがないとね。 聖女になって問答無用で魔女扱いされて酷い目に合うとか理不尽すぎるもん。
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