私達は定食屋で夕食をとりました
「やーやーや、オフェーリアさんにパトリツィアさん、それにキアラさんじゃないっすか。奇遇っすねー」
お店を見て回っていた私達に突如として声をかけてきたのはカロリーナ先生でした。彼女は店の外にいる私達が気付くよう立ち上がって腕を振ってきています。私は気付かないふりをして通り過ぎようとし、パトリツィアはあからさまに嫌そうに顔を歪めました。
「いい事思いついた。ここはカロリーナ先生に奢ってもらおう」
ところがオフェーリアは逆に悪だくみが浮かんだとばかりに笑みを顔に張り付かせて先生の方へと手を振ります。鬼才現ると私は素直に感心したものですが、パトリツィアは浮かない顔をさせました。
「は? アンタ教師にたかるつもりなの?」
「あっちが私達を呼んでるんだ。学生が恩師にご馳走してもらうのは別に何も悪いことじゃないぜ」
「あまり気乗りしないわね……。食事時に先生交えて楽しめるかしら?」
「そんなのは試してみなきゃ分からないな。今回失敗したらそれを教訓に次回は気付かないふりでもすればいいじゃんか」
確かに飲み会の席では他人の評判なんて役に立たずですね。実際に参加して体験しなければ雰囲気は分かりませんもの。社交界だって同じ、相手と言葉を交わしてみたら全く印象が異なっていた場合も少なくありません。
「いいではありませんか。酒場に誘われるわけではなさそうですし」
「んー。まあそうね。つまらなかったらさっさと別の店に移ればいいだけだし」
方針が決まると私達は先生の誘いに乗るべく入店しました。そんな格式ばったお店ではなく居酒屋兼定食屋といった雰囲気で、庶民が夕食を取ったり仕事帰りの殿方が酒を飲み交わしていました。とても賑やかで楽しい時間が流れる空間です。
カウンターの席に座っていた先生は空いていたテーブル席に移って私達に手招きしました。私達の来店で寄ってきた店員に彼女との相席でと伝えて案内してもらいます。四人席でしたので椅子を一個持ってきてもらいました。
「キアラさん、そっちの二人を紹介してもらってもいいっすか?」
私達が座ろうとした頃でしょうか、先生はようやく私達三人だけではなくトリルビィとトビアがいることに気付きました。
「何を言っているんですか先生、こちらはトリルビィですよ」
私もそれほど人の顔と名前を覚えるのは得意ではありませんので偉そうに説教など出来ませんが、それにしたって教え子に気付かないのはどうかと思いますけれどね。驚いて目を丸くしている場合ではありませんよ。
案の定ようやく思い出したのか、先生は驚きを露わにしました。
「トリルビィ……って、まさか転入生の?」
「はい。私達より一学年上の、れっきとした学院生です」
「うっそ……!」
確かに今は私の侍女を務めてもらっていますからメイド服ですよ。眼鏡も仕事中は度が軽いものに変えていますし髪もまとめ上げていますから印象も大分異なりますね。更に先生がトリルビィと会う機会は担当授業の時ぐらいですか。
「トリルビィさん、キアラさんの家に奉公してるんっすか?」
「ええ。むしろわたしにとってはこちらが本業です。学院には父の言いつけに従って通っているだけなので」
「へええ、そうなんっすか。知らなかったなぁ。ごめんなさい、今ちゃんと覚えたから!」
「いえ、別に気にしませんから大丈夫です」
店員が注文を取りに来たのでパトリツィアが構わずにあれこれと頼んでいました。横からオフェーリアも追加でお願いしています。結構量が多そうで心配ですね。私は持って来られたから少しずつ小分けしてもらうとしましょう。
「それでそっちの可愛いお嬢ちゃんは親戚っすか?」
「こちらは妹のアリーチェです」
「妹? でもキアラさんの妹って確か……」
「下の妹です。先生が思い浮かべたのは上の妹ではないかと」
先生へトビアの事情を説明する必要はありませんから紹介はこの程度でいいでしょう。先生も素直に受け取ったようでトビアへとよろしくと笑いかけました。トビアもまた女の子らしく振る舞おうとぎこちない様子でお辞儀をします。
「それで、先生は一人で外食ですか? 豪勢ですねー」
「あー、学院って教国外から来た教職員の寮とか社宅もあって朝晩ちゃんと料理は出てくるんっすけど……ぶっちゃけそこまで美味しくないしそんなに種類が多くなくて飽きるんっすよね」
「あー、成程」
「それは確かに切実ですね」
私は大公国が所有する物件を借りていますし名義上はトリルビィとの共用、生活費はお父様やトリルビィの家族からの仕送りで成り立っています。が、そこまで豊かでない家の子はそんな贅沢など許されず、学院の寮に入ることとなります。
そんな寮暮らしの同級生曰く、寮の料理は食べられるだけマシ。不味くはないのですが美味でもないんだとか。なので食事を寮で取らずに三食学院の学食で取る生徒もいると聞きます。中には台所を借りて自炊する先輩もいるんだそうですね。
ですがまさか教員も同じ待遇だとは。一人暮らしでは料理するのも面倒で外で食べる場合も少なくないと聞きますし、今日はたまたま外食したい気分だったのでしょう。
こうして鉢合わせするのは偶然と言う他ありません。
「で、先生。もちろん子供な私達にお金を出させたりしませんよね?」
「うぐっ、安月給なカロリーナさん持ちっすか? 勘弁してくださいよぉ」
オフェーリアはわざとらしく甘い声を発して先生に擦り寄ります。この構図だけ目の当たりにすると善良な貴婦人を騙そうとしている小悪魔にも受け取れますね。
若干悲鳴にも似た声を発する先生から離れたオフェーリアは軽く微笑みました。
「冗談ですよ。全額おんぶ抱っこしたいわけじゃありませんから。それなりには出しますから」
「んー、分かったっす。大きい金額は出しますから少しぐらいは払ってくださいね」
「さっすが先生、話が分かるぅ!」
「ありがとうございます先生。ご馳走になります」
オフェーリアはやや大げさに喜びを露わにします。パトリツィアは大げさなと少し呆れている様子でした。私はきちんと感謝を述べるに留めておきましょう。当の先生は生徒に頼られているからかどことなく嬉しそうにはにかみました。
程なく注文した料理が運ばれてきました。飲み物は何にするか尋ねられたので水と答えました。あいにく教国では未成年者の飲酒は禁止ですもの。エールをあおるように飲んで気分が高揚させるのは先生だけで充分です。
「へえ、キアラさんってきちんと食前の祈りを捧げるんっすね。雰囲気によって省略しちゃう人も少なくないのに」
「習慣のようなものです。省くと気分が落ち着かないと言いますか」
「キアラは真面目ちゃんだからな」
「けれどオフェーリアの国だって船の上では海に感謝してから食べ始めるんでしょう?」
「まあね。海の恵みは私達にはどうしようもないからさ」
そんな感じに始まった夕食は会話が途切れませんでした。沈黙が漂うと誰かが口を開いて話題を提供してくれます。私も聞いてばかりでなく幾つか口火を切りました。その様子をトビアが驚きながら見つめてきましたが、何故でしょうね?
酒の進みが早くなると先生は更に饒舌になっていきました。どの生徒にどんな印象を持っているだとか残業がつらいだとか仕事を押し付けられたとか。愚痴が多くなってきたのでそろそろ切り上げた方がいいのでは、との意見で私達が一致しようとした頃でした。
「ところで皆さんは今密かに聖都で流行ってる魔女崇拝って何なのか知ってますか?」
と、先生が話題を振ってきたのは。
そういえばここ最近噂話は飛び交うものの日常生活と関わりが無かったものですっかり忘れていました。ただ誰もが憶測交じりに好き勝手喋るものですからその実態は全くつかめていません。それはオフェーリア達も同じなようです。
「先生がやってる魔女研究会とは違うんですか?」
「全然違いますって。カロリーナさん達の活動は歴史を紐解く学問の一環っすから。実はですね、ここでの魔女崇拝って異端な活動なんですよ」
「何当たり前なこと言ってるんですか? 異教の神を崇めたり悪魔と契約するのは全部異端じゃないですか」
「ところが違うんっすよねー。彼らが信仰するのは――」
そこで先生は一旦間を置きました。ここが重要だとばかりに強調したかったのでしょう。私は自ずと結論を察してしまい辟易しました。外れてくれと祈ってはみましたが、案の定その期待は裏切られました。
「教会が異端だって勝手に烙印を押した聖女なんですから」




