私はデートの準備をしました
チェーザレとデートする事になったわけですが、まずそもそもどのような服装をしていったら良いのか分かりません。セラフィナと街に出た時のように目立たない町娘風がいいのか、それともお洒落を意識して着飾ればいいのかも悩みました。
思い込みで当たりを付けてチェーザレをがっかりさせたくなかった私は思いきって本人にどんな格好がいいかを尋ねました。良い天気だと気軽に口にする感覚で述べようとしたのですが、想像よりはるかに声が上ずってしまいました。
「少し遠出するからあまりめかしこまないでくれ」
熟考した後にチェーザレから発せられた言葉は些か残念……残念? チェーザレの期待に沿えるんですから幸いではありませんか。まさか美しくあれと頑張った結果を彼に見せびらかせたかったわけではないですし。自分で自分の想いが良く分からないのは不思議なものです。
それで当日はどこで待ち合わせるかもついでに伺ったのですが、迎えに行くから家で待っていてくれと強く言われました。チェーザレが二度手間になるのではと反発したのですが頑として聞き入れなかったのでこちらが折れた次第です。
「全く、チェーザレ様は女心が分かっていません」
「そう言わないであげてくださいトリルビィ。彼だってきっと手探りなんでしょうから」
前日の晩餐にて私はトリルビィと向かい合って食事を取りました。私の侍女である前に大公国の貴族の娘として留学しているのだから、と私が強引に食卓に座らせています。既に何十回も繰り返していますがトリルビィは未だに慇懃に頭を垂れながら席に腰を落ち着かせます。
いつもと違う点を挙げるとすれば、今日のトリルビィは些か興奮気味なぐらいでしょうか。さすがに物を口に入れながらは喋りませんが、料理をナイフで切り分けている最中や次の皿が運ばれる間は舌が回りっぱなしでした。
「いいえお嬢様。甘いです、甘すぎます。どれぐらい甘いかと申しますと表通りの店で売られているケーキよりも甘いです! 女の子はですね、男性から可愛いとか綺麗とか言われたい生き物なんですよ。それを何ですかあの方はめかしこむなだなんて!」
「トリルビィ、力説するのはいいですけれど声が大きいですよ」
「失礼、しかしそれぐらいわたしは怒っているんです。折角お嬢様が気合を入れてチェーザレ様を悩殺する絶好の機会でしたのに」
「悩殺……」
背中や胸元を大きく露出させながら彼の鍛えられた逞しい腕に手を回しつつ柔らかい胸を押し当てる自分を想像して嫌気がさしました。別にチェーザレが鼻の下を伸ばしても結構ですが、出来れば相手の内面を見ていただきたいかなと希望いたしましょう。
それと一つトリルビィに意見を言うなら、女子は「美しくなった自分素敵!」と思いますが男性は「美しくなろうとする彼女可愛い!」と感じるんだとどこかの書物で読みました。見た目も大事ですがその見た目になる為の努力が愛しいのでしょう。
「チェーザレは何処かに出かけると言っていましたし、一張羅では汚れるからではないでしょうか?」
「そんな汚れるような場所までお嬢様を連れて行くなどこのわたしの目が黒いうちは許しません!」
「いっそトリルビィも一緒にどうですか? 確かチェーザレは二人きりでとは言っていませんでしたし」
「ご冗談を。それはそれでチェーザレ様のお顔が見物ですが、わたしとて配慮はございます」
当然チェーザレの意図を酌めばトリルビィの同行などもっての外でしょうね。それでも私達を尾行するのは有りだと思うのは、きっと先日のセラフィナが常に護衛を受けていたからでしょう。私はともかくチェーザレは南方王国の王族なんですし。
一通りの皿を食べ終えて食後のデザートに移ります。さすがにかつてのわたしが過ごした世界のように少し惣菜屋に足を運べば様々なフルーツが並んで選り取り見取りとはいきませんが、海に面して貿易が盛んな聖都は南国の果実もそれなりに入手出来るのです。
「チェーザレ様にも何か考えがあるのは良く分かりました。ですがだからと言って妹様とお出かけなさった時のような軽装で行くなどもっての外! あのお方をあっと驚かせて御覧に入れましょう」
「あの、トリルビィ? 別に私は奇をてらうつもりは……」
「何を仰いますか。女とは美を追求する生き物でございます。それが自然の摂理であり、お嬢様とて逆らう事など許されませんよ」
「その決められた道って言うのはあまり好きでは……」
トリルビィは何故だか力説しつつ私の手を取りました。私は気圧されるまま部屋へと連れて行かれ、衣装棚にかけていた服をハンガーごと当てられます。具合を確認するとトリルビィは少し呻りながら次へと手を伸ばしました。
さすがに社交界に顔を出す際のドレスは選ばず、むしろセラフィナの時に袖を通した衣服より地味なものばかりです。物欲に乏しい私は大公国の屋敷からさほど持ってきていませんでしたので、いつぞやの安息日にトリルビィと出かけて適当に選んだものでしたか。
「お嬢様程美しい方でしたら変に着飾らなくてよろしいかと。むしろ服はお嬢様ご本人の魅力を引き立たせるべきでしょう」
「美しいだなんて、そんなお世辞を並べても給金は増やしませんよ」
「嘘は申しておりません。謙遜も度を過ぎれば嫌味に聞こえますって」
反論したくても更に議論が白熱しかねないのでこれ以上は口に出さないようにしました。トリルビィは私を完全論破して満足げに口元を緩ませます。ようやく納得がいく格好を思い描けたようで、服の次は装飾品とにらめっこします。
確かに教国連合の美的感覚すると私は美人の分類に入るのでしょう。透き通るような肌、宝石のような瞳、潤う唇、髪は輝き、体型も出る所は出て引っ込む所は引っ込む抜群な仕上がりにまで成長しました。声も天の調べかのように心に染み渡ります。
そうです。私の外見は着実に乙女げーむでの悪役令嬢へと近づきつつありました。
「もしかしてご自分を磨くことに興味が無いとか? お嬢様ったらあまり化けるぐらいの化粧もしませんよね」
「恵まれた外見を損なう真似はしたくありませんが、かと言って摩耗しかねない程磨くような努力を積む気にもなりませんよ」
別に私は周りの殿方を虜にするつもりは毛頭無いので適度に目立たない程度に容姿が整っていれば満足だったのですがね。しかし折角お父様とお母様から頂いたこの身に不満などあろう筈も無く、これが私なんだと誇りに思っております。
そんな風に重く考えていましたらトリルビィが私の瞳を覗くように見つめてきました。
「ですがわたしはそんな謙虚なお嬢様が大好きです」
そして、屈託の無い笑顔を見せてくれます。
突然の告白に私は戸惑いを隠しきれませんでしたが、勿論愛を語ったわけではないのは分かっています。ただ率直な感情を向けられて驚いただけですから。私の反応が面白かったのかトリルビィは少し笑いを堪えます。その仕草が何気なく可愛いと感じました。
「それでも卑下しすぎるのは勿体ないですって。恵まれているんですからチェーザレ様を悩殺する勢いで攻めていかないと」
「悩殺!? いえ、別にそこまでする気は……」
「駄目ですって。女性が男性から愛を囁かれて答える受け身な時代はきっと終わります。女性の方から男性を押し倒すぐらいの勢いがあったっていいでしょう」
「そんな時代は私が生きている間は来ないと思うんですが?」
「太ももはさすがにはしたないとしても胸や背中は惜しげも無く見せびらかせた方がよろしいかと」
「外はまだ朝晩寒い季節なんですから露出は控えめにしてくださいね!?」
結局私はトリルビィが満足するまで彼女の着せ替え人形となるのでした。
ちなみに殿方はそこまで女性の格好は気にしないと口を挟もうとも頭に過りましたが、かえってトリルビィの熱意に拍車をかけるだけになるのは目に見えていたので止めました。おそらくこのやりとりは単なる主従関係ではなく気心知れた友人、更には姉妹にも見えたかもしれません。




