私は王子に嫉妬されました
「とまあ、そんな風だったのですが、ご意見をお伺いしても?」
「……ソレ、僕達に相談したって仕方が無いんじゃないか?」
お昼休み、学院にて。今日の昼食はオフェーリア達とではなくチェーザレ達と取っています。彼らとは廊下で落ち合ったのでオフェーリア達と邂逅を果たす形になりました。折角の機会なので二人にチェーザレ達を紹介したのですが……、
「キアラ、お前……婚約者いたのかよ!?」
「うわー何か裏切られたって感じ」
驚かれたり妬まれたりしました。
そう言えば登下校で一緒になるチェーザレ達について説明を要求された際には友人だと答えていましたっけ。チェーザレは南方王国の王族の系譜、あまり婚約を結んでいると公にすれば否応無しに目立ってしまいますから隠したんでしたね。
今日は私の真実に関する話があったのでオフェーリア達と別れてしまいましたが、今度一緒に交流を深めるのも有りかもしれません。どんな名目で誘えば宜しいでしょうか? それとも建前など不要とばかりに気軽に家に招けば良いのでしょうか?
「まさかセラフィナが私と同じように転生していたなどとは露にも思わず、これまで距離を離していた自分に申し訳が立たず……」
とにかく妹と過ごした休日についてチェーザレ達に一通り説明しました。当然ながら大学院生だったわたしについては混乱させるだけなので伏せておきます。肝心なのは魔女と蔑まれた私達が新たな生を受けた点でしょう。それも、乙女げーむの舞台となる時代に。
ところが状況を把握していただこうと事細かに語っていくうちにどうしてかチェーザレの表情が曇っていきました。不思議に思いながらも続けましたが次第に険しくなり、終盤に差し掛かると眉間に皺が寄ってしまいます。端正な顔立ちが台無しでした。
「チェーザレ? 退屈させてしまったのでしたら申し訳ありません。ですがこれからセラフィナとどう付き合っていけばいいのか迷ってしまいまして。是非相談に乗っていただきたいかと」
「……別に。キアラのしたいようにすればいいんじゃないか?」
チェーザレが放った言葉はとても冷たくて重いものでした。まるでこちらの心を引き裂かんとする鋭利な刃に思えてなりません。衝撃を隠しきれなかった私でしたが、一体どこに至らない点があったのか全く見当もつきません。
そんな憮然としたチェーザレに視線を送っていたジョアッキーノは深くため息を漏らし、肘で彼の腕を軽く小突きます。どういう訳かトリルビィまで呆れたように頭を手で軽く押さえます。それが私の混乱にますます拍車をかけます。
「ふーん、随分と楽しんだみたいじゃないか」
「え、ええ。まあそうですね。用心と警戒が先行していましたが確かに素敵な時間を過ごせたとは思います」
「コイツ、いじけてんだよ」
「はい?」
ジョアッキーノの問いかけに素直に答えた私は次の言葉に首をかしげるばかりでした。
いじける? チェーザレが? どうして?
「だって妹とデートしたんだろ?」
「……~~っ!?」
危ない、思わず口にしていたスープを吹き出すところでした。
デート? 私が? セラフィナと?
慌てて飲み込んでから軽く咳き込み、私はジョアッキーノに軽蔑の混じった視線を送ります。いくらなんでも歪曲し過ぎではないでしょう。
「何処をどう捻じ曲げて解釈したらそんな捉え方になるんですか? 単に姉妹で買い物に出かけただけでしょう」
「それぐらい嬉しそうに喋ってたってコト。婚約者の自分を放ったらかしにして妹とはいえ他の人と二人きりで遊ぶだなんて、とか思ってるんじゃないの?」
そんな休日をどう遊んだのかなんて私の相談事を明かす前振りのようなものでしたからどうでも良いのですが、チェーザレにとってはそちらの方が重要とでも言うつもりですか? まさか、これが単語でしか知らなかった嫉妬と呼ばれる感情なのでしょうか?
「……そうなのですか?」
「ああいや、悪い。そんなつもりじゃなかったんだが、聞いてるうちに段々と腹が立ってきて。抑えきれなかった」
チェーザレはばつが悪そうに頭を掻きます。思わず目を丸くした私は少しの間言葉を失いますが、次には何故か笑いが込み上げてきたので口元を押さえました。それでも肩が震えていたらしく、チェーザレは顔を少し紅色に染めました。
「失礼。まさかチェーザレにそこまで独占欲があったなんて思いもよらなかったもので」
「……そう言われると格好悪いな」
「別に姉妹間の禁断の恋路に発展するなど万に一つも在り得ませんのでご安心ください」
「いや、別にそこを気にしてるんじゃなくて……」
セラフィナが立ち去る間際に口にした独り占めしたいとの言葉はあえて伝えていませんが、真意が読み取れないので構わないでしょう。まさかセラフィナがひろいんとして悪役令嬢を攻略しようとしている筈も無い、と信じたい所ですが。
それを抜きにしても歯切れが悪いですね。チェーザレらしくもない。彼は私が妹と親しくしたのを怒っていたんではないのですか? 誰に会うとしても事前に彼に断りを入れなければならない程の束縛は受けたくありませんが。
チェーザレは表情をころころ変えながら意気込むと、真面目な顔をさせて私を見つめました。
「キアラ」
「はい、何でしょうか?」
「今度の休み、俺と出かけないか?」
「今度の休み……でしたら特に予定は入れていませんので問題ありません」
確か特に誰からも誘われていませんし手芸会の奉仕活動はお休み。読書または街の散策でもして時間を潰そうと考えていましたから、チェーザレからの誘いはむしろ僥倖です。しかしセラフィナと買い物や劇を楽しんだばかりですから、次は別な事をやりたいですね。
などと漠然と考えていましたらトリルビィが天を仰ぎました。はて、どうしてそのようにするのでしょうか? えっと、チェーザレが休日出かけないかと誘って私が快諾してトリルビィが呆れる? 別にどこもおかしくは……、
「……あの、チェーザレ?」
「何だ?」
いえ、少しお待ちください。そもそも私とチェーザレの仲を考慮に入れるのを忘れていました。私からすればチェーザレは心許せる友であり仲間でもあります。しかし私達は婚約関係を結んでいて、それはチェーザレから言い出したからで。
何でかと申しますと、チェーザレが少なからず私に気があるからで。
「それはまさか、デートのお誘いですか?」
「~~っ! ……それ、言わなきゃ駄目か?」
つまり、単なる友人同士の遊びの誘いではなくて、男女の間柄を進展させる為に時間を共にしたいと申しているのでしょう。妹に先を越されたものだから踏み込む覚悟が出来た、とお察しいたします。
途端に恥ずかしくなってきました。これまで聖女だった私も大学院生だったわたしも恋愛とは無縁でしたからどう男性と付き合えばいいかなんて知識も経験も全然ありません。これまで通りでいいのか意中の殿方を誘惑すればいいのかすら判断付きません。
「お嬢様、少し鈍すぎます。チェーザレ様を弄んでいるんですか?」
「いやいや違うって。いつまでも手を付けてこないチェーザレに業を煮やして挑発してるんじゃないの?」
「まさか……お嬢様がそのようにして殿方を気を惹こうとするとは。おみそれしました」
「こらそこ、好き放題言わないでください」
それでは私がまるで本当に攻略対象者のような素敵な男性を誑かす悪女に聞こえるではありませんか。あいにく私にチェーザレをやきもきさせるような術などございません。……無い、ですよね?
「では、決して忘れられないような素晴らしい時間を送れるだろうと期待に胸を膨らませましょう」
ですので私は冷静に努めつつ彼に微笑みかけました。
勿論今述べた言葉に嘘偽りなどありません。チェーザレでしたらきっと退屈させるような独りよがりな真似はしないでしょう。むしろ私の想像も出来ないような場所に連れて行ってくれるかもしれません。そう思うと今からも逸る気持ちが込み上げてきます。
ところがチェーザレは私から目を逸らしてしまいました。口元を押させていますが気分を害してはいなさそうですし、一体どうしてでしょう? 困ったのでトリルビィに救いを求めるように眼差しを送りましたが、解せない事に軽く睨まれただけで終わりました。
「チェーザレ、どうかしましたか?」
「あの、ごめん。直視出来なかった」
「別に変な顔をした覚えはありませんが?」
「そうじゃなくて……ああもうっ。微笑んだキアラがあまりにも可愛かったから!」
チェーザレが破れかぶれに出した大声は私の思考を停止させました。
可愛い? 誰が?
私が可愛い?
「そう、ですか……」
私はそうつぶやくのが精一杯でした。
後からトリルビィから聞いたのですが、その後の私は口元が緩みっぱなしだったそうです。




