私は妹から真相を聞かされました
「セラフィナ」
「……はい、何でしょうかお姉様?」
「貴女は私に貴女の言う嘘っぱちを見せたかったんですか?」
「最初お姉様を誘った動機はそれです。でもお姉様と一緒に遊びたかったのも事実ですから」
劇場から抜け出すと既に日が傾き始めていました。これでは少し休憩を取ってから帰路についたら部屋に着くころには夜空のお星様が輝いているでしょう。さすがに夜遊びまでする気は起きませんので、この辺りがお開き時ですか。
「どうして私に見せたかったか、教えてもらえますか?」
「あの顛末をどう演じるのか興味があったのと、わたし一人だと行く勇気が無かったから、でいいですか?」
「では、どうして嘘だと断じるのですか? 三人の魔女が断罪された後で大聖女によって世の中に平和が戻った、と歴史書にも記されているでしょう」
「それは、そう教会が捏造したんです。自分達の都合の良い歴史を事実だって後世に残すために」
どうも違和感がありました。乙女げーむでのひろいんや救済の奇蹟を授かった後の大聖女からは当然として、私の知る過去の妹からも目の前の少女はかけ離れているような気がしてなりませんでした。普通に教会で生活していたのではこの変化は有り得ません。
可能性として考えられるのは正義や審判といった教会による歴史の修正を見破れる奇蹟を授かった場合ですが、ひろいんが授かった奇蹟である祝福や救済ではそれも叶いません。実は教会は闇に葬られた歴史を記録として残していて偶然閲覧した? そんな馬鹿な。
「そう神が言っていたのですか?」
ここは先入観を捨てるしかありませんか。ここまで私の知るセラフィナと食い違っている以上は乙女げーむの情報や設定など役立たずですね。きちんと彼女本人と向き合って判断するべきでしょう。
妹は静かに首を横に振りました。長く伸ばした髪が波打つように揺れ動きます。
「いえ、神様から貰った奇蹟のおかげです」
「奇蹟が発現したのですか。それはおめでとう……と素直には喜べないんでしたっけ。では仮に三人の魔女による混沌が偽りだったとして、どうして私に知ってもらいたかったと?」
「それは……お姉様が聖女になるのを嫌がったからです。もしかしたら分かってもらえるかもしれない、って」
――聖女なんて大した存在じゃない。
セラフィナは真剣な面持ちでそう言い切りました。
憎悪、ですかね? 彼女の声に混じる抑え切れない感情は。
「教会はですね、三人の聖女が疎ましくなったんですよ。聖女が人を救えば救う程信仰は教会ではなく聖女達本人に向けられます。だから在りもしない罪をでっち上げて魔女だなんて烙印を押して名声を貶めたんです」
「憶測で物を語るのはあまり良くありませんよ」
「妄想なんかじゃないです。絶対にそうに違い――」
「セラフィナ」
いけない。彼女の言葉を止めようと名を口にしましたが、妹を呼ぶ声は自分の想定よりはるかに重く鋭く、そして相手を威圧するようでした。セラフィナは少し怯えたように身体を反応させて発言を打ち切ります。
「貴女の授かった奇蹟は歴史の真偽を暴くものですか?」
「い、いえ。違います」
「では冤罪を晴らすように神託を受けたのですか?」
「……わたしはそこまではっきりと神様の声は聴けません」
「過去を見通したり記憶を閲覧するものですか?」
「その類だと思ってもらえればいいです」
「それならセラフィナが知っているのはあくまで真実の一側面に過ぎないでしょう。教会が三人の聖女を謀殺したんだと断言出来ますか?」
「……っ」
私の指摘に妹は表情を険しくさせて口を噤みました。やはりセラフィナは祝福や救済とはまた違った奇蹟で過去を知ったのは理解しましたが、どうやら全容の把握には至っていないようですね。方法は後で考察するとして、今は憶測で語らない方がいいでしょう。
「壁に耳あり障子に……とにかく、どこで異端審問官に聞かれているかも分かりません。聖女すら都合が悪くなれば魔女に仕立て上げるのが教会なんですから」
「――……」
劇場から離れようと歩んでいましたが、セラフィナは突然立ち止まっていました。私が振り向くと彼女は目を丸くしてただ私を見つめています。はて、別に彼女を驚かすような発言をした覚えは……いえ、少し待ってください。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません」
セラフィナは慌てた様子で私へと駆け寄って追いつきました。平静を装っていますが明らかに動揺が見て取れます。私も単なる些事だったと取り繕っていますが、妹の反応を見て一つの憶測が芽生えてきました。
「あの芝居、と言うより三人の魔女と大聖女を巡る歴史的事実がセラフィナが聖女を目指さない理由。そう考えて構いませんか?」
「……! はい、そうです」
「しかし奇蹟が発現したのは既に聖女候補者になった後だった。私のようにしらばっくれて逃げる事も出来ない。違いますか?」
「いえ、そこは訂正させてください。逃げるだけだったら簡単ですよ」
都合の悪い箇所は飛ばして話を先に進めてみましたが、やはりと言いますかセラフィナは私の推測を両断してきます。無謀でも無知でもなく、全てを承知の上でなおも児戯のように容易いとばかりに断言したのです。
その様子は……私の良く知るとある人物を思い出させました。
「でも一旦逃げてしまったらずっと逃げ続けないといけないんです。教会はしつこいですからきっと逃げ切れないでしょうね。教会の権威が及ばない遠くの土地に行くにもわたしにはそんな生活力は無いですし」
「ならどうやって聖女にならずに済むようにするつもりですか?」
「あは、お姉様ったらわたしは聖女になって当然だって仰っているように聞こえますよ。わたしなんかより立派な聖女候補者は沢山いるのに」
「……茶化さないで答えなさい」
別にセラフィナに聞かなくたって簡単に想像は出来ます。教会を敵に回さず、誰からも恨まれず、そして穏便に聖女から退く方法なんて、ね。それでも質問したのはセラフィナ自身の口から確かめたかったからでしょう。
セラフィナは私の前に躍り出るとスカートの裾を摘まんで丁寧にお辞儀をしました。しかしそれは決して挨拶なんかではありません。私への宣戦布告とも取れますし、結託の申し入れにも解釈出来ました。
「学院に入学した暁には素敵な殿方との恋路を成就させようかな、って思います」
恋愛の果てに奇蹟を子に継承させ、自身はその役目を終える。
それはつまり、事実上セラフィナが乙女げーむのひろいんとしての道を邁進する事に他なりませんでした。
更にセラフィナは微笑を湛えて私へと顔を向けてきました。乙女げーむのすちるに描かれていた攻略対象者を虜にする可愛らしい笑顔そのものでしたが、今の私には含みのある魔性の魅力を伴っているようにしか見えません。
「つきましてはお姉様。わたしと手を組みませんか?」
「……手を?」
「わたしは別にお姉様から虐げられただなんて嘘をでっち上げるつもりは全然ありません。実際いじめられたら話は別ですけど、出来ればお姉様とは仲良くしていたいですね」
それは、如何なる形でひろいんが幸せになっても悪役令嬢が断罪の末に破滅する展開にはしない、と聞こえました。いえ、私にとっての都合の良い解釈なんかではなく、実際にセラフィナは私へと手を差し出しているのです。
「思い出してからずっともしかしたらって考えてましたけど、今日で確信に変わりましたよ。そしてどうしてお姉様が聖女候補者になっていないのか腑に落ちました」
「……成程、それが今日私を誘った本当の目的でしたか」
悪役令嬢キアラである私も、ひろいんセラフィナである妹も、本来の役を務めない。
であれば、そうなった要因などたった一つしか無いでしょう。
「転生の奇蹟のおかげですよね?」
「転生の奇蹟によるものですか?」
妹も私と同じく転生者である――。




