私は妹から衝撃の告白を受けました
「聖女にならない、ですって?」
初めの内はセラフィナが何を言っているのか理解出来ませんでした。当然字面は分かりますがその意味まで把握するのを頭が拒むと言いますか。
そんな私の衝撃が面白いのか、セラフィナはいたずらっ子のように笑いました。
「あはっ、お姉様でもそんな風に驚かれる事があるんですね。いえ、もしかしたらお姉様ったらわたしには今までそんな人間らしい一面を見せてくれなかったんですか?」
もしかして、私は今の今までセラフィナについて何一つ理解していなかったのでは? 前世のわたしの知識に引っ張られてひろいんだとか勝手に決めつけて。私が悪役令嬢役から逸脱したから身近にいたセラフィナも変貌した? それとも……。
「……神より奇蹟を授かったのは全てを救えとの天啓でしょう。セラフィナは使命に背を向けるつもりですか?」
「その言葉、リボンを付けてそのままそっくりお返しします。神はお姉様にも言っているでしょう。全てを救え、と」
「……っ」
必死に表に出すまいとしましたが我慢出来ませんでした。図星を突かれて愕然としてしまいます。何か言い返そうとしても口から漏れるのは乾いた吐息とかすかな呻きだけ。息をするのも苦しくて胸が締め付けられたように痛いです。
「歴史上これまで何人偉大なる聖女が誕生しましたか? 彼女達はお姉様の言う神託、使命に従って怪我や病気を数知れなく治しましたし危機から脱した場面だっていっぱいあったでしょうね。で、それで人々は救済されましたか?」
「……。いえ、救助はされたでしょうが救済はされていませんね」
「でしょう? 勿論エレオノーラ様はご立派ですしルクレツィア様は見習いたいぐらいです。それをわたしがやるとなったら話は別ですって」
命を守る、苦しみから解き放つ。確かに聖女は神の奇蹟の一端を授かって多くの人を救ってきました。けれどそうした活動は教会が謳うような救済ではないと断言出来ます。だって科学技術が発達して社会制度が充実すれば改善できる事柄ばかりですから。
それに聖女が争いも苦しみも無くなる楽園へと導くのか、と問われたら首を傾げざるを得ません。キアラとして再び生を受けて思い知りましたが人は愛おしくも愚かなまま。結局のところ聖女が人の救済への道標になっているかも疑問です。
それでも、世界の在り方に一石を投じるには十分。決して無意味ではありません。
かつて魔女として排除された私と違ってセラフィナは人々に変革をもたらすかもしれない。ひろいんが授かった祝福と救済の奇蹟にはそれほどの可能性が秘められています。これまでの聖女が悲願としながらも達成出来なかった真の救いがもたらされるかも――。
……いえ、私ったら一体何を考えているのでしょうね?
聖女になんかならないんですから他人の事なんて心配する必要無いのに。セラフィナが自分が聖女になったって無意味だからならないって言った所で私個人にはそこまで関係無いでしょう。彼女の人生なんですから私に影響を及ぼさない範囲で好きにすればよろしい。
「聖女になる必要が無い、と言うんですか?」
「違います。正確には嫌だなりたくない、ですね。尤もらしい屁理屈を並べましたけどそれにつきます」
ただ我儘を口にしているわけでも面倒臭がっているわけでもなさそうでした。その態度とは裏腹に妹の目は並々ならぬ決意を秘めており全くふざけていません。それが有無を言わさない迫力を生んでいてこれ以上の追及を許さないとも見受けられます。
「勿体ないですね」
ですから私からはその言葉を送るのが精一杯です。
自分の複雑な心境をごまかしたかったのでパンを口いっぱいにねじ込みました。頬が膨らんでみっともないですが構いません。そのまま咀嚼して飲み込みます。もっと味わいたかったですがこうでもしていないと今私に渦巻く感情がどこに向かうやら分かりませんから。
「あら、お姉様は馬鹿な考えを持つのは止めろとか私に怒らないんですね」
「私がどんなに説得したって考えを改めるつもりは無いのでしょう?」
「いえ別に。お姉様が一緒に聖女になってくださるなら話は全然違いますよ」
「なら話になりませんね。初めから不可能だと言っているも同然ではありませんか」
それにしても違和感を禁じ得ません。目の前の少女は本当にセラフィナなのでしょうか? 奇蹟を授かっていたと判明した時アレほど喜んでいたではありませんか。みんなを笑顔に出来るんだとの願いは失ってしまったのですか?
「……教会で何かあったのですか?」
おそらくこれで話をお終いにした方が賢明なんでしょう。それでも私は自分の疑問を晴らすべく思い切ってセラフィナに問いかけました。彼女の考えを改めさせるほどの事件が起こっていたならそれはそれで問題でしょうから。
「いえ、特には。あー、でも女教皇聖下がご逝去なさって見習いのわたしまで駆り出されるぐらい大混乱でしたね。あと降誕の聖女様の名誉回復も激震が走ってました」
「えっと、環境ではなくセラフィナ自身について聞いているのですが?」
「んー。お姉様には教えたくありません」
「どうして?」
「じゃあお姉様はどうして聖女になりたくないのか教えてください。それぐらいの対価は欲しいです」
「では話は終わりです。昼食も取り終わりましたし行きましょうか」
「お姉様ったらいけずですね」
私はパンの入っていた紙袋を綺麗に折り畳んでしまい込みます。セラフィナが自分が後で捨てるからと言ってきましたが断りました。まだ綺麗なようですから後で使用人に渡して再利用させますので。
それから立ち上がって軽くスカートをはたいた私はセラフィナに自然と手を差し出していました。初めの内はきょとんとしていた妹はやがて朗らかな笑みと共に私の手を掴みます。そして互いに力を合わせてセラフィナを立ち上がらせました。共同作業、とでも言っておきます。
「次は何処に行きますか? 調べたら今劇場では面白そうな演目をやってるそうですよ」
「美術館に行くのもいいですね。混み具合を確認して選びましょうか」
好奇心には蓋をしてしまい神託とは無縁な生活に戻りましょう。セラフィナが今の立場から聖女にならないためには水準を満たす奇蹟に目覚めないか恋愛を成就させるかの二択しかありません。後者を選択した場合に備えて警戒を怠らなければ安泰の筈ですね。
「私は、幸せになりたいんです」
「えっ?」
「自分を救いたいからですよ、セラフィナ」
それでも、ここまで本音を明かしてくれた彼女にはこれぐらい漏らしても構わないでしょう。
「……そうですか。そうだったんですね」
「言っておきますが奇蹟が無くたって自分の道ぐらい自分で切り開くって主張したいだけですからね」
「ふふっ、勿論分かっていますって」
セラフィナは私の前に躍り出ると優雅に一回転した。はしゃいでいるのか喜びを露わにしているのかは定かではありませんが、妹が楽しそうで何よりです。太陽が丁度彼女の方を向いていたので世界が彼女を祝福するかのように幻想的でもありました。
そんなセラフィナは朗らかな笑いを浮かべながら言葉を紡ぎます。
「わたしはですね、幸せになって欲しいんです」
「幸せに……?」
「とある人を救いたいから聖女にはなりません」
それはセラフィナにとっての願いでもあり決意でもあるように聞こえました。




