私は妹と買い物を楽しみました
大帝国時代は華の都として栄えた聖都の繁華街はとても広く、一日では到底店を一軒ずつ見て回れないでしょう。なので私かセラフィナのどちらかが興味を惹かれたら立ち寄ってみる形を取っています。
「お姉様。この服可愛いと思うんですけどどうですか?」
「可愛すぎやしませんか? もう少し大人びて落ち着いた色合いの方が似合っていると思いますが」
「この靴とか履いたら足元が映えると思いますけど」
「かかとをもう少し上げたものでないと脚が長く見えませんよ」
結構なお店に足を踏み入れたつもりでしたが、購入まで至った品は片手で抱えられる程度に過ぎません。私は服や装飾品を買い揃える程お洒落を楽しむ方ではありませんし。結局のところ陳列している商品を眺めるばかりで時間が潰れていきます。
とは言えそれで良いのでしょう。私はどちらかと言えば繁華街の雰囲気その物を楽しみたいですから。賑やかで煌びやかな場にいるだけで心がはしゃぐと表現しましょう。それは商人や職人を屋敷に呼び出して欲しい物を持ってこさせるのては決して味わえない感覚、感動かと。
「やっぱりお買い物って楽しいですよね。どんな商品も輝いていて目移りしちゃいます」
セラフィナは満面の笑顔で軽くはしゃぎました。私も自然と笑顔がこぼれます。
「そうですね。確かに楽しいんでしょうね」
私が驚いたのはセラフィナと二人きりのお出かけを楽しんでいる自分自身にでした。ひろいん、神の寵愛を受けた聖女候補者、私を破滅に至らしめる存在。そんな乙女げーむでの設定や役柄なんて忘れてしまう程に。
これが私の本心から込み上げてくる感情なのでしょうか。それとも本来悪役令嬢の役を務める筈だった私まで妹が授かった祝福の奇蹟の影響を受けているのか。それは私にも分かりません。ただ楽しいと思っているのは疑いようのない事実でした。
「お姉様。そろそろお腹も空きましたし昼食を取りませんか?」
「そうですね。お日様も真上に昇っていますし。一応雇っている使用人からお勧めのお店は聞いてきましたが……」
「折角こんないい天気なんですし、携帯食を買って公園に行きましょうよ」
「確かに日射しが眩しいぐらいに雲一つない快晴ですね」
セラフィナは私が同意するより早くパン屋に直撃して早々と幾つか見繕いました。パンの入った紙袋を抱えた妹は収穫品の入った紙袋を腕にぶら下げたままで器用に私の手を取り、早足で繁華街を抜けていきます。
次第に人通りも少なくなり公園に着く頃には落ち着いた雰囲気に変わりました。
セラフィナは敷物も敷かずに芝生の上に座ります。街に出ても目立たないよう地味な町娘の格好をしているので汚れても洗えば済む話ではありますが。それにしたって少しぐらい躊躇したっていいでしょうに。セラフィナだって貴族の娘なんですから。
私はきちんと手拭を芝生の上に敷いてから腰を落ち着かせます。布越しとは言え地面に座り込んだとお母様が目にしたら大目玉を食らうでしょう。もし私が運命の相手を見つけるのなら笑って済ませてくださる方がいいですね。
「はいお姉様。あーん、って口を開けて下さいな」
「いえそれぐらい自分で食べられますから。それにパンでやるには風情に欠けるのでは?」
「それもそうですけど一度はやってみたいと思った事はありませんか?」
「無いとは言いませんけれどセラフィナが私にやりたがっていたとは想像のはるか先でしたよ」
妹が何を考えているかは皆目見当もつきませんが、とにかく二人揃って仲良くパンを齧ります。む、ただのパンと思いきや心なしか甘さがありますね。しかも揚げたてなのか柔らかくてもちもちしていますし。
安息日なのもあって私達と同じように公園で昼食を取る人が少なからずいました。庶民や聖職者、中には学院で顔を見た貴族の子息達まで足を運んでいます。しかしそんなその他大勢が気にならない程公園は静かです。風が木の葉を揺らすのが聞こえるぐらいに。
「お姉様、学院ってどんな感じなんですか?」
「大公国の学校とは比べ物にならない程の規模ですよ。人の多さも施設の充実さも、教育の質も。同じ教国連合の国々でも地域によって考え方も文化も違いますので言葉を交わしていると面白いかと」
「それは良かったです。お友達は出来ましたか?」
「セラフィナが言う友の範疇がどの辺りまでを指すかは存じませんが、気さくに雑談する相手なら何人かは。あいにく積極的に交流を深めようとは思っていませんがね」
「そうなんですか? わたしったらお姉様はもっと社交性を発揮して人脈を広げようとしているかと思ってました」
「将来を踏まえればそうした方が賢いのでしょうが、疲れますので」
セラフィナは普段私がどんな学院生活を送っているかを熱心に聞いてきましたので私もそれなりに答えました。本来なら警戒すべき存在なのですがどうも口が軽くなってしまいます。そうさせる魅力が彼女に備わっているんだとしたら恐ろしいのですが。
ちなみに悪役令嬢キアラはオフェーリアやパトリツィアは序の口、大勢の方とお付き合いして派閥を構築していましたね。そんな涙ぐましい努力を重ねてもいざ悪役令嬢が裁かれる場面になったら手のひらを反して遠ざかるのですから滑稽としか言いようがありません。
「それよりセラフィナの方はどうなのですか? いかに厳しい戒律が定められた生活を送っていようと親しくなった方はいらっしゃるでしょう」
「いえそれ程は。勿論同じ空間にいたら喋りますし悩みや疲れを分かち合いますけれど、心の奥底まで曝け出す相手はいません」
「私に言わせてもらえばセラフィナの方が皆さんから好かれやすいと思うのですが」
「お友達は沢山いますけど友に恵まれない、って言えば分かりますか?」
漠然とは理解出来ました。しかしながら悪役令嬢キアラが不在で送る生活は穏やかなようで安心しました。この様子なら万が一セラフィナがどの攻略対象者と結ばれたからと私が破滅するような未来は訪れないような気がしてきます。
それにしても……セラフィナは私にここまで好意を持っていましたっけ? 好かれていた自覚が無かったとは言いませんが、今の念は尊敬や憧れを超えているような気がしてなりません。ここまで好感度が上がるような真似をした覚えがありませんが……。
「ところでお姉様。一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょうか? 私に答えられる範囲なら」
そんな風に少し困惑していたのもあったでしょう。ですから……、
「どうして聖女候補者になるのを拒絶したんですか?」
セラフィナの質問には完全に意表を突かれました。
それでももしかしたら聞かれるかもしれないと想定していた質問だったので驚きは何とか飲み込めました。どうせエレオノーラ辺りが愚痴にも似た独りよがりな発言でもしたのでしょう。キアラは神の課せられた使命から背を向けている云々だのと。
一旦深呼吸をして心を落ち着かせ、セラフィナに正面から向き合います。
「セラフィナのように神から奇蹟を授かっていませんから、そもそもなる資格がありません。それは二度に渡る適性試験で証明されたでしょう」
「欺かれたってエレオノーラ様もフォルトゥナ様も仰ってましたよ」
「万が一私が不正を働いて検査結果を偽ったんだとしても、それは判別方法に不備があるからで私には何ら落ち度はありませんね」
「んもう、この際お姉様がどうやって審判の奇蹟を掻い潜ったとかはどうでもいいんです。わたしが聞きたいのはどうしてそうしたかって動機です」
エレオノーラやフォルトゥナには試験結果を見せつけて完全論破しましたが、セラフィナには理屈が通用しそうになく軽く眩暈を覚えました。おそらくは話題を打ち切っても逸らしてもセラフィナは食い下がってくる。そんな確信もありました。
当然ですが私の本心をセラフィナに語って聞かせる利点は何一つありません。むしろ乙女げーむ本編となる今後に大きな悪影響を及ぼすでしょう。妹は虚偽を見破る奇蹟を授かっていませんし、適当に嘘八百を並べ立てるのが賢明ですか。
「なら、セラフィナは聖女になって何を成すつもりですか?」
ですが私の口から飛び出たのは妹への問い質しでした。今は懸命に聖女を目指して修行をするのが精一杯だろうセラフィナが奇蹟で人々をどう救済するかまだ想像も出来ないでしょうに。それとも私は既にセラフィナが神託を貰っているとでも危惧しているのでしょうか?
しかし、セラフィナの答えは私の予測をはるかに超えていました。
「え? わたし、聖女になんてなりませんよ」




