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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私は妹と街へ出かけました

「お姉様、久しぶりです!」

「ええ、久しいですねセラフィナ。元気にしていましたか?」

「はいっ! お姉様も一段と美しくなりましたね。わたしなんて御覧の通り平凡ですから……」

「セラフィナだって可愛いではないですか。殿方に好意を抱かせるには十分でしょう」


 コンチェッタ救出の際に会って以来となる妹との再会にはさすがに嬉しさが込み上げました。何だかんだ言ってセラフィナが乙女げーむのひろいんだとか聖女候補者とか関係無しに私は妹が恋しいのでしょう。彼女個人には非は無いのですし。


 久しぶりにセラフィナと顔を合わせた感想ですが、お世辞抜きに一段と可愛らしくなりました。乙女げーむとは素質があろうが出生の秘密があろうが平凡な女の子が素敵な殿方との恋を成就させるのが一般的。その例にもれずセラフィナもまた整った顔、身体つきに成長しています。


 そしてセラフィナの言葉も決して私を持ち上げているわけではなく、私もまたひろいんの恋路を邪魔立てするに相応しい美貌へと段々と近づいています。ただ気質が全然違うせいか悪役令嬢のような鋭さと尊大さは鳴りを潜めていますがね。


「それで、聖女になるための修業はどうですか? 辛くはありませんか?」

「大丈夫です。厳しいですけど皆さん優しいですから」

「それは良かった。嫌々取り組んでいるのかもと心配していましたので」

「んー、正直に明かしちゃいますとやっぱり少し何もかも投げ出しちゃいたいと思う時もあります」

「それでも耐えて一歩ずつ前に進んでいるのですから立派なものです。お父様やお母様も誇りに思っていましたよ」

「そんな。わたしなんて偶然選ばれちゃっただけで。お姉様の方が立派なのに」


 ミネルヴァから指定された安息日の朝、私は軽く朝食を取ってから早めに教会の敷地へと向かいました。女教皇強襲の際に突破した正門から堂々と入ったのですが、当時警護していた兵士や神官がいなかったのか、すんなりと通されました。


 セラフィナは私を見るなり夏の花が咲いたような笑顔を浮かべて私へと駆け寄り、いきなり飛び込んできました。昔は簡単に受け止められましたがもはや体格差はあまり無く、転ばないようかろうじて踏みとどまるのが精一杯でしたよ。


「わたし、早くお姉様と一緒に学院に通いたいです。きっと色んな分野を勉強出来るんですよね」

「生まれや身分で定められた道以外の見識を広げるのが学院の目的ですからね。きっとセラフィナの望む知識を学べるでしょう」


 乙女げーむ内での勉学は本編とは関係無いおまけ要素がある程度で攻略には影響しませんからね。脚本から外れた箇所でセラフィナとひろいんの間に次第に大きなずれを生じさせて悪役令嬢の断罪が覆ればそれに越した事はありません。


 私とおしゃべりするセラフィナがとても楽しそうでこちらもつられて笑顔がほころんでしまいます。虐げられても陰湿な嫌がらせを受けてもいないせいか姉に対する妹の好感度も高いままですし、こうして慕われているのは複雑な心境ですね。


「ところで貴重な外出許可を私と一緒で構わなかったのですか? 志を同じくする友人が出来たのではありませんか?」

「皆さんとは毎日会えるのにですか? わたしにはお姉様にお会いする方がよほど大事です」

「その考え方も有りですが……どうせならこの前と同じようにお父様方を招いても良かったでしょうに」

「さすがに頻繁に来てもらうわけにもいきません。その点お姉様だったら近くにいますから」


 成程、一理ありますね。しかし次があれば姉妹ではなく親子水入らずの時間を過ごしていただきたいものです。尤も、極力ひろいんにも教会にも関わりたくないとの心境を妹に明かすわけにもいかないので拒絶は出来ませんが。


「さ、お姉様。こんな所にいつまでもいたら折角の時間が台無しです。早く街に行きましょう」

「ええ、そうですね」


 セラフィナは私の手を取って急かすように進んでいきます。若干早歩きなので付いていくのが大変ですね。


「ところでセラフィナは一人で外出可能なのですか?」

「と言いますと?」

「聖女は常に神官が付き従って身の回りの世話や雑用、時には身辺警護を行うと聞きます。候補者とて奇蹟を授かった素質のある少女は希少なのですから何かあったら一大事でしょう」

「それは大丈夫です。何があっても大丈夫なように少し距離を置いて付いてきてくれますから」


 あら、さすがに護衛付きですか。それでも屈強な兵士が両脇で周囲に睨みを利かせるよりははるかに気持ちが楽だと申しますか。まさか教会のお膝元である聖都で聖女候補者に害を成そうとする愚か者はいないと信じたい所です。迂闊に路地裏に行かなければ大丈夫でしょう。


 正門を抜けた私達は早速乗合馬車を使って繁華街へと向かいました。休日だけあってとても人が多く賑やかで、まだ入り口に立っただけなのに楽しさが込み上げます。やはり物を買うか買わないか抜きにして店舗を見て回るのは心が躍ります。


「早く行きましょうよお姉様」

「分かりましたよ。そう言えばここで何か買っても持ち帰れるのですか?」

「いえ、無理です。本は勿論装飾品でも贅沢品だって没収されちゃいます」

「……では公園に向かいましょうか?」

「大丈夫です。いざ何か欲しくなったらお姉様に預かってもらえばいいんですから」

「ちょっと、私の部屋を倉庫代わりに考えないでもらえませんか?」

「いいじゃないですか。大公国の所有物件なんですから。いざとなればお父様に頼んで屋敷まで持って帰ってもらえばいいんです」

「親をこき使う発想は私にはありませんでしたよ……」


 セラフィナは並ぶ露店をくまなく見て回ります。途中興味がひかれたら立ち止まり、装飾品や服が少しでも気に入ったらまずは試しに自分の身に付けてみます。ただセラフィナの物欲はそれほどでもないらしく、そう多くは購入まで至りませんでしたが。


 あと目を惹いた果物やお菓子の類は歩き食いしちゃいます。こんなの淑女にあるまじきはしたなさですが、オフェーリアやパトリツィアの言葉を借りるなら今だからこそ出来るのです。思う存分満喫してしまいましょう。


「美味しいですね。果物に飴を包んでいるんですか」

「今度うちの料理人にも作ってもらいましょうか。それともこうした場の雰囲気も味に一役買っているのですかね?」

「あ、お姉様。頬に飴が付いていますよ」

「え? そうですか? 飴だと下手に拭うと伸びてしまいますね……。どこか鏡のある場所で掬い取りますか」

「じゃあわたしが取ります。少し顔をこちらに近づけてもらっていいですか?」

「ありがとう。ではお言葉に甘えて」


 セラフィナが手招きしたので私は何の考えも無しに少し前のめりになって頬を向けました。セラフィナは硝子細工でも手にするかのように慎重に私の顔に手を当てつつ……、


「――っ!?」


 今、何をされましたか?

 こう、あえて擬音を文字にするとしたら、ぬるっ、でしたか。

 そんな普段決して味わわない感覚に思わず私はセラフィナを振りほどくように一旦距離を置き、自分の頬に手を当てます。セラフィナは悪戯が成功した嬉しさからか舌を出して可愛く笑いかけてきます。


「えへ、やっちゃいました」

「な……なな、何をしてくるんですか!? 今、わ、私の頬を舐めて……!」


 それはてへぺろですか? そんな風にしたって私の混乱が和らぐとでも?

 私は恥ずかしさで顔がとても熱くなります。


「だってお姉様の言った通り拭いても残っちゃいますから。舐めるのが一番確実です」

「せめて手拭を唾で濡らしてふき取るぐらいに留めても構わなかったのでは?」

「その発想はありませんでした。お姉様はやはり天才ですか」

「絶対に気付いてましたよね? やりたかったからやっただけでしょう」

「えへへ、それは秘密です」

「この、一体どこでそんな悪い事を覚えてきたんですかっ。教会で一体何を学んでいるんですか!」


 軽く怒鳴りはしますが本気で叱っているわけではありません。不思議と怒りは湧いてきませんでしたから。セラフィナもそれが分かっているからか反省のそぶりも見せません。傍からは騒がしい姉妹のやりとりとしか見えないのでしょうね。


 出だしからこれでは今日一日はセラフィナに振り回されっぱなしになりそうです。

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