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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私は魔女研究会の説明を受けました

「……おい、どうして学院でこんな活動がされてるんだ?」


 オフェーリアが呆然としながらも呟いた一言が全てを物語っていました。


 私はこの間トリルビィから教えられた魔女崇拝について思い出します。悪魔でも異教の神でも偶像でもなく、魔女が崇拝する対象。今日まで聖都で過ごした限りそんな兆候は何処にも見られませんでしたが、教会にばれないようひっそりと行われているのだとしたら。


「行きましょう。私達まで異端扱いされたらたまらないわ」

「いえ、ここまで公にしているのですから学院から認可されているんでしょう。きっと蓋を開けてみれば真っ当な活動ではないかと」

「言われてみればそうだよな。ちょっと覗いてみようぜ」

「あ、ちょっとオフェーリア! 何勝手に……!」


 オフェーリアは魔女研究会と書かれた看板を軽く叩きつつ扉を開きました。続いて私が、最後にパトリツィアが慌てながら続きます。


 一体どんな様子かと気構えていましたが、意外にも大学院時代の研究室とそう大差無い様子でした。室内には個人用の机が並んでおり、資料の束や筆記具が置かれています。窓から差し込む夕日の光に本棚に並んでいる数多の本や画鋲で資料が刺さった掲示板が照らされていました。


 新たな来訪者に中にいた方々は視線を向けてきます。その中の一人がこちらに向けて口で三日月を描くように笑いかけました。しかも諸手を挙げてこちらへと歩み寄ってきます。まるで大歓迎状態のようで若干困惑しましたよ。


「やーやー三人共、ようこそ魔女研究会へ!」


 彼女、カロリーナ先生は会員に指示を送って椅子を用意します。木材に布を張り合わせた折り畳み式のものでしたが意外に座り心地は悪くありません。想像とは異なった雰囲気に私達は戸惑いを隠せませんでした。


「あの、先生。魔女研究会って何をやるんですか?」

「んじゃあオフェーリアさんは魔女って言ったら何を思い浮かべるっすか?」

「えっ? そりゃあ、悪魔に身体と魂を売り渡す代わりに魔法の力を得る、みたいな?」

「それはごく一部だけっすね。いいでしょう、このカロリーナさんが説明してあげちゃいましょう」


 そう言って先生は意気揚々と即席の講座を開催します。魔女の定義は私がいつぞやジョアッキーノに語ったものと同じで、大別すると悪魔崇拝者、異教徒の信者、そして教会に異端扱いされた者の三つに分かれるというものでした。


「悪魔崇拝者や異教徒は論ずるに値しませんね。うちで研究しているのは異端者っす」

「結局どれも一緒にしか思えませんけど、何が違うんですか?」

「中には教会の都合で異端の烙印を押された犠牲者もいるって言いたいんっすよ」


 先生ははっきりと持論を明かした。彼女は以前お昼時に教会の在り方を批難していましたが、この主張はそれに続く教会の否定に他なりません。魔女研究会会員達は一様に頷きますが、パトリツィアはこの部屋に入った事を後悔したかのように嫌な顔をします。


「まず知ってもらいたいのは教会の正義は決して絶対じゃあないんっす。その時の司教や枢機卿の私利私欲で相手を追い落とすなんて珍しくなかったっすから」

「ちょっと待って下さい。それって先生達の妄想とかじゃあないんですか?」

「いーえ、証拠も幾つか残ってるっすよ。教会がそいつは魔女だとか記録を改竄したってそれまでの日誌や足跡を追うと不自然さとか違和感が生じるんですね。どうして後世に残された記録が矛盾するのか、真実は何かを追い求めるのがカロリーナさん達の活動っす」


 先生曰く、教会にとって都合が悪かった者を異端審問にかけて魔女として処刑した例もあるんだとか。他の会員も同調して教会に楯突きたいわけではなく、一人でも多くの無実だったのに罪人として扱われた者達の名誉が回復出来ればとの理念があると力説しました。


 勿論オフェーリアとパトリツィアは教会が正しいと言いたそうでしたがあえて口には出しません。ここで議論を白熱させたら最後、夜が更けるどころか朝日が昇るまで拘束される気配がただよってきていましたから。それだけ彼女達は教会にも過ちがあると信じて疑いません。


「むむむ、その顔は信じてないっすね? なら最近の実例を挙げましょう。オフェーリアさんは魔女については詳しいっすか?」

「歴史を学ぶ際に挙げられるぐらいなら」

「姦淫の魔女ってご存知っすか?」


 姦淫の魔女。それは降誕の聖女コンチェッタが女教皇の策略で魔女とされた際の忌み名。

 オフェーリアも聞き及んでいたらしく、頷いて返事を示しました。先生もまたその回答に満足そうに頷きます。


「つい最近教会が過去の異端審問は間違っていたと非を認めて彼女は名誉を回復したんっすよ」

「は? 本当に教会が過去の判決を覆したのか? ……ですか?」

「何しろ聖女だった者が魔女とされていましたからね。とんでもない大事件だと思いませんか?」

「そりゃあまあ、確かに。過去の誤りを認めるなんて教会らしくないって言うか」


 その辺りの経緯は当事者の私が良く知っていますがこの場で口にする必要性はありません。この口ぶりだと私が関わっているとは秘匿されたままのようですね。全容が公になれば教会の権威が失墜しますから当然と言えば当然ですが。


「カロリーナさん達が研究の成果を発表しても教会は戯言だって一笑するばっかでしたから、この一件は大きな希望になったっす。他にもこんな感じに不当に異端扱いされた魔女もいるんじゃないかってね」

「その姦淫の魔女さんが特別だったんじゃないのか?」

「勿論冤罪ばっかはびこっていたって主張する気は無いっす。でも一つ事例があったなら他にもあったって不思議じゃあないでしょう?」

「うーん、そうも思えますけど……」


 私は教会などその時の都合で良し悪しを定める存在と考えていますから冤罪ばかりでも全く驚くに値しませんがね。神を信じるかはさておき教会への信用度は無いに等しいです。それを言い出すとこの場が更に混迷を深めそうですので黙っておきましょう。


 先生は無実の罪を着せられたと思われし魔女達を例に挙げてその根拠を並べ立てます。大半は疑わしくも憶測の域を出ていないものばかりで、更なる研究と証拠の発見が必要だと結論付けていました。思い込みばかりでなくきちんと調査しているのは好印象でした。


「で、今カロリーナさん達が疑ってるのが三人もの魔女を輩出した時代っすよ」

「三人の魔女って、人が最も苦しんだって暗黒時代のですか?」


 三人の魔女、と聞いて反応を示さなかった自分を褒めたいぐらいでした。自然と拳に力がこもりますが何とか感情を表に出すまいと必死にこらえます。


「ええ。三人共が聖女でありながら堕落したとされる大事件っすね。正直カロリーナさんはこれは怪しいって思ってるっす。教会の公式文書は尤もらしい文言が並んでるっすけど諸国に残ってる記録の中には彼女達は神の使いだと敬うものまで残されてるっすから」


 先生は簡単に三人の魔女が出現した時代の説明を行っていきます。その時期は天変地異が頻発した上に飢饉や異教徒の侵略も重なってこの世の終わりかとも思われる危機的状況でした。そんな中三人の聖女が現れて、自分の全てをかけて救済を行っていきました。

 しかし、ある程度の平穏を取り戻した矢先に三人の聖女は歴史上から姿を消します。次々と魔女であったと発覚して処刑されたために。その後新たに選出された聖女が人々の希望となって平穏な時勢を守ったんだそうです。めでたしめでたし。


「カロリーナさん達はこの時の三人の魔女は教会が自分達の都合で殺したんじゃないか、って疑ってる訳っす」


 邪竜の魔女。赤き竜を使役して世の中を混沌の渦に叩き込んだ者。

 逃亡の魔女。ありとあらゆる困難から逃げるよう堕落を誘った者。

 そして、反魂の魔女。神の下へ召された者に偽りの生を与えた者。


 たまらず私は口元を押さえました。込み上げてくる吐き気を堪えるのが精一杯です。オフェーリアが心配そうに声をかけてくれましたが私は強がって大丈夫ですと言います。きっと今の私は青褪めているんでしょうね。


 嗚呼、思い出すのはあの凄惨な光景。

 邪竜の魔女とされた聖女が異端審問官共に討伐された日の様子は今もなお忘れません。


 思い返せば私はあの時に逃げるべきだったのです。聖女の役目を捨て去り一介の少女として新たな一歩を踏み出していたらその後私が魔女だとのそしりを受けて火炙りになりはしなかったのに。それでも私は神を信じて教会の善意に身を委ねたのは愚かとしか言えませんよ。


「そんな感じに記録の矛盾から真実を見つけ出そうってのがこの会の目的っす。どうです? 興味が湧いてきましたか?」


 ようやく満足したのか先生の講義は終了しました。私達は圧倒されっぱなしで返す言葉もありません。しかしオフェーリアとパトリツィアの思いは一致していたでしょう。これ以上関わってはいけない、この場に一秒たりとも残ってはいけない、と。


「あー、その、何です?」

「あの先生、今日はまだ初日ですし検討させてもらえませんか?」

「あー、そりゃあまあそうっすよね。分かったっす。期待して待ってるっすからね」

「それじゃあ私達は失礼します。今日はありがとうございました」


 オフェーリアは衝撃を受けたままの私の手を取ってすぐさま部屋を出ました。それに続いたパトリツィアが扉を閉めます。それから早足で廊下を進んでいき部屋が視界に入らなくなった辺りで一旦立ち止まり、深く息を吐いたり汗をぬぐいました。


「ヤバいなあそこは。今後は近寄らないようにしよう」

「そうね。賛成だわ」

「……」


 面倒事や厄介事の類だと決めつけた様子の二人とは違い、私は別の考えを抱いていました。


 何故、かつての私は魔女として処刑されたのか?

 その真相が明らかになったら私は過去と決別出来るのか?

 もし先生の主張通りに冤罪だったら?


 少なくとも本当は何が起こっていたのか知りたい。そんな気にさせられました。

 ですのであの会に参加するのは止めておいた方がいいでしょうが、接点は持ち続けたいとも思いました。

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