私達は奉仕活動を見て回りました
入学から一週間ほどが経過しました。
この頃になると浮き足立っていた新入生一同も学院の空気に慣れていました。授業についていくのが精一杯だった皆さんにも若干の余裕が生まれ、休み時間中に交流を深めるべく談笑を交わすようになりました。
私は教室内で浮かない程度に喋りました。それでも会話の輪にだけ入って自分から言葉を発しようとはしません。既に生徒会ご一行に目を付けられている現状、これ以上あまり目立ってしまってはいつボロが出て私に奇蹟が宿っていると発覚してしまうか分かりませんからね。
私が真に信頼を置けると判断した方にはきちんと心を開きましょう。それ以外の者には笑顔を張りつかせて社交辞令で応対するので十分です。
「キアラってさ、その場の雰囲気を濁さない程度にしか他の連中と接点を持とうとしないよな」
「世間話が嫌いとまでは言いませんが、建設的でない会話はあまり好きでありません」
「あー、確かに。誰それが婚約したとか好意を抱いてるとか何が面白いんだか」
「わたしも。どうせ卒業したら嫌でも本心を隠して立ち回らなきゃいけないのにどうして今から練習しなきゃいけないのよ」
なので私は機会を見極めて要所では談笑に加わりますが、それ以外は席を立たずに専らオフェーリアやパトリツィアと語り合います。彼女達もあまり社交的な話は好みではないようで貴族令嬢方へ近寄ろうとせず、自然と私達三人で固まる時間が多くなります。
今も私達は前方に幾つかの組を作って語り合う様子を眺めています。面白いのが既に派閥のようなものが構成されつつあるようです。中心になっているのは教国連合諸国でも有数の大貴族のご息女のようですね。
「ところでオフェーリア。入学初日の試験の結果はどうだったのですか?」
「まあそれなり? 分からなかった所が分かったから今は授業に置いていかれないように予習復習に四苦八苦する毎日さ。パトリツィアは?」
「結構いい線行けたと思うわよ。今のところ授業も今まで学んできた内容ばっかだし。キアラはどう?」
「ぼちぼちですね。さすが教国が誇る最高の教育機関です。分からない問題が多々ありました」
返却された試験の結果は私の予測通りでした。平均よりは上でしたが優秀と呼べるほどでもなく、良い位置に付けたと内心でほくそ笑んでいます。案の定成績上位者は次の任期で生徒会役員にならないかと声をかけられているんだとか。
聖女候補者であるセラフィナを妹に持つ私は良くも悪くも注目されていました。なので接点を得ようと多くの方から声をかけられたものです。そんな私は良く言えば控えめ、悪く言えば塩対応でしたので徐々に私に声をかける酔狂な者はいなくなりましたよ。
今は私の心配を余所に平穏そのものでした。喜んで堪能するとしましょう。
「そう言えばさ、そろそろじゃないか? 奉仕活動の体験期間ってさ」
「ああ、言われてみればそんなのもありましたね」
そんな落ち着いたこの時期は新入生にとって待ち遠しい体験が待っています。オフェーリアが口にした奉仕活動とは学院が生徒全員に課す義務でして、世の為人の為に奉仕をせよとの命です。善行を積んで罪を起こさぬ精神を育成するとの意図があるようです。
その内容ですが、単に街の清掃や炊き出しの手伝いに留まりません。無償で演奏会や劇を催したり、陸上競技や球技の試合を披露したりと人を楽しませる行いも含まれます。実態からすると部活動と呼んでしまってもいいですね。
「んで、どの活動に参加しようとしてるんだ?」
「私は裁縫をしようと思っています」
「へえ、意外だな。縫い物するって手してないように見えるんだが」
「当然でしょう。これまでは趣味程度でしかやっていませんし。それに指を針で刺す下手はしませんよ」
ちなみにわたしの世界での部活と同じように奉仕活動も団体行動が求められます。個人で活動しても学院には認められません。新たな活動を立ち上げようとすれば五人と教員一名を集める必要があるんだとか。なので基本的には現存する活動に加わる形になりましょう。
入学式の日にどんな活動があるかは知らされています。この一週間の内に一足早く見学に行った方もいたようですが、本格的にはこの体験期間中に見て回ってどの活動に加わるか選ぶ事となるでしょう。尤も、大体の方は目星を付けているのでしょうが。
「そう仰るオフェーリアはどうなさるおつもりですか?」
「私はとにかく今までとは違う事をやってみたいんだ。船に乗ってばっかだったから陸を走ってみたいなーって」
「私はアレね、さっきも言ったけれど学院でしかやれない事をしてみたいの。例えば料理とかさ。厨房に立つなんて今後一切機会が無いんだし」
成程、これまでとは違った体験をしたいとの意見は一致していますか。そう言われてみますと趣味に没頭するのも魅力的ですが新たな経験を得るのも面白そうですね。これは再考の余地があると言ったところですか。
「なあキアラ、どうせなら今日の放課後にでも一緒に色々な活動を見て回らないか? 体験期間初日からはい決めましたって勿体ないだろ」
「それは素晴らしい提案ですね。是非ご一緒させてください」
「パトリツィアもどうだ? いきなり料理だなんて決めないで飛び込みで試してみるのも楽しそうじゃないか」
「言われてみたらそうかもしれないわね。んじゃあ今日はよろしく」
オフェーリアの魅力的な誘いに乗っかる形で私達は様々な奉仕活動を訪問する事にしました。
放課後。今日ばかりは教室にいた誰もが帰る気配を見せません。考えは同じのようで、カロリーナが日が暮れる前に帰るよう告げた後は各々がはやる気持ちを抑えつつ教室を去って行きました。私達も帰り支度を整えてから出発します。
「奉仕活動の一覧表を改めて確認したけどさ、今日一日で全部確認するのは無理だな」
「多すぎるわよね。少数でこぢんまりと活動してるところもあれば大々的にやってるのもあるしさ」
「まずは校舎内での活動を訪ねましょう。屋外のは明日でよろしいかと」
私達は最初に私が行きたいと思っていた手芸活動を行っている場所へと向かいました。一口に手芸と申しましても単にレースを編むのか本格的に服を作るか、物の程度で細分化されているのは面白かったです。私は自分で作った衣服に身を包んでみたいので選ぶなら後者でしょう。
料理活動も同じように複数あり、お菓子作りに特化した活動から料理人を講師に招いて本格的に修行するものまで多様でしたね。パトリツィアも私と同じようにやるなら徹底的にとの考えでしたので、一から十まで学んでいく心積もりのようです。
「上辺だけの活動ばっかだと思ったら意外にしっかり取り組んでいたわね」
「そりゃあ奉仕活動って言うぐらいだから学院内に留まらずに外で成果を見せないと駄目だろ。何適当にやってるんだって非難されても構わないなら話は別だけどな」
「家名に泥を塗る真似をする方はいないでしょう。真剣に取り組む方が多いようで何よりです」
「んじゃあ後は片っ端からお邪魔するとしようか」
体験期間中は呼び込みをする方や展示会を開いて興味を惹こうとする活動等工夫が凝らされていました。そんな様子は前世での大学時代を思い起こさせます。眺めているだけで時間が潰れてしまいそうですね。
「演劇とかかなり凄かったな」
「吹奏楽も中々でしたね。演奏会が楽しみです」
「歌唱も迫力あったわね。心に響いてくる感じでさ」
既に日が傾いて茜色に染まりつつあります。そろそろ下校の時間が迫っていますか。私達三人は人影が少なくなり始めた廊下を歩みながら感想を語り合います。楽しそうな活動ばかりで弾んでしまい、声が大きくなってると指摘し合うぐらいでした。
では帰りましょうか、と誰かが言い出そうとする最中でした。私達の目に度肝を抜く文字が飛び込んできました。まず私が驚きのあまりに立ち尽くします。不思議に思ったオフェーリア達が私に問いかけますが、彼女達もやはり言葉を失いました。
「魔女研究会……?」
それは禁忌ともされる活動、としか思えませんでした。




