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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私は図書室で自主勉をしました

「あー食った食った。美味かったなここの料理」

「ええ、美味でした。留年してずっと堪能しても構いませんね」

「んー、さすがに卒業するまでには飽きるんじゃない?」


 昼食を取り終わった私達は食堂を後にしました。これで今日は下校するのみになりましたので、オフェーリアとパトリツィアの足は自然と馬車の乗降広場へと向きます。ですが私は校舎の途中で足を止めました。すると二人が怪訝な顔をさせて振り返ってきました。


「ん? どうしたんだキアラ、忘れ物か?」

「いえ、そうではありませんがオフェーリアとパトリツィアとはここでお別れになります。また明日お会いしましょう」

「はぁ? どうしてよ? まさか迎えが来ていないとか言うんじゃないでしょうね?」

「迎えなど初めから手配しておりません。徒歩で通学しておりますので」


 如何に聖都が教会の目が行き届いた都市と言えども女性が、それも学院生が一人で出歩くには物騒と言えるでしょう。誘拐されるなら金銭で折り合いがつくかもしれませんが人攫いに遭えば最悪遠くの異国で奴隷として過ごす破目に陥るかもしれません。


 私は考えすぎ、注意を払えば大丈夫だ、と語ったのですが、トリルビィが真剣な顔をして馬鹿言うな、何かあったら大変だと叱ってきました。馬車通学を諦めさせるため、行き帰り両方でトリルビィがお供するとの妥協点で口論に決着がつきましたっけ。


「つまり、ここに通い始めた上級生の従者の授業が終わるまで待たなきゃいけないって?」

「はい、そのつもりです。学院の図書室や資料室はとても充実しているとお聞きしていますので時間潰しには困らないかと」


 一応全学年で授業時間は同じです。今日のように学年ごとの行事が無い限りは一緒に帰れるでしょう。だからこそトリルビィも最後は納得してくれたんでしたね。


 ですが、考えが甘い。ケーキや砂糖菓子より甘すぎます。学年が隔てられている以上私とトリルビィの学生生活は異なる形となるに違いありません。授業が終わったからさあ肩を並べて家へ、とはいかないでしょう。放課後における諸活動や同級生との交流のためにね。


 よっていずれはなし崩し的に帰りは別行動になると計算していますが、初日からトリルビィを置き去りにしたら最後、明日から馬車に押し込められるに違いありません。あんな大渋滞の中毎日鈍足で学院へ赴くだなんて想像しただけでうんざりしてしまいます。


「なら私の馬車に乗るか? キアラの座席ぐらいは確保できるぜ」

「その申し出は有難いのですが、勉学に励む侍女を置いていくわけにはまいりません」

「言伝を残しとけばいいんじゃないの?」

「その手も有りですね。明日以降融通が利くか今日話し合ってみます」


 私は申し訳なく思う気持ちから深々と頭を下げました。オフェーリアも分かってくれたようでして笑みをこぼしながら頷きます。


「分かった。じゃあまた明日な」

「今度は一緒に寄り道しながら帰りましょう」

「ええ、是非」


 二人と別れの挨拶を交わして私達は離れ離れになりました。また明日、ですか。素敵な言葉ですね。寄り道しながら、とはもしかして繁華街で買い食いとか喫茶店でくつろいだりするんでしょうか? きっと楽しい時間を送れる事でしょう。


 校舎に戻った私は一路図書室へと向かいます。広大な建物の内部構造は乙女げーむで概略が描写されていたので大体は分かりますもの。校舎の入口付近にあった校舎内地図とも照らし合わせましたが作りは同じなようでした。


 既に午後の授業が始まっているからか、先ほどの賑わいが嘘のように廊下は静かでした。時折扉の向こうから教鞭を振るう教師の声が漏れてくるぐらいですか。誰一人としてすれ違いませんでしたし、この広い空間を独占している気分になります。


 学院の蔵書は聖都の大図書館や教会敷地内の書庫と比べても見劣りしない規模を誇ります。乙女げーむだと攻略対象者に関する様々な情報を調べるために何度か来なければいけないんでしたね。図書館万能説、とか冗談で語られていましたっけ。


「キアラ」

「ひゃっ!?」


 突然背後から声をかけられました。私は思わず心臓が口から飛び出そうなぐらい驚いてしまい、裏返った悲鳴を上げてしまいます。


 高鳴る心臓を抑えようと胸に手を当てながら振り返ると、いつの間にかチェーザレとジョアッキーノが背後にいました。私の反応が面白かったのかジョアッキーノは笑いを噛み殺していましたし、チェーザレは苦笑いを浮かべます。


 やられた、との羞恥心で段々と顔が熱くなってきました。きっと鏡に映る私は真っ赤に染まっているんでしょう。正直キアラに生まれ変わってから小さな悪戯こそ幼少期にやった覚えがありますが、ここまで恥をかいた記憶はありません。


「ほらみろ大成功だったろ? キアラだったら絶対僕達の尾行には気付かないって」

「あー、ごめん。キアラって自分の世界に入ると周りがあまり見えてないようだからさ。ついやっちまった」

「もう、驚かさないでくださいよっ!」

「ちょっと声大きいって……! 授業中なんだからさ」

「ジョアッキーノがそれを言いますか……!?」


 とは言え指摘自体はご尤もなので私は何度か深呼吸をしてかっとなった感情をどうにか落ち着かせます。それに周りが見えていない、ですか。確かに周囲に気を配っていませんでしたね。今度から注意を払うように致しましょう。


「どうせジョアッキーノがチェーザレを唆したんでしょう?」

「何で僕だけ悪いようになってるのさ、誤解だって! 言っとくけどキアラが思ってるほどチェーザレは良い子ちゃんじゃないぜ。コイツ相当な悪戯小僧だからさ」

「普段の行いの賜物だろ。自業自得だ」

「酷いし。まあいいさ、この話は終わりだよ終わり」


 確かに、些細な諍いで私達の仲に亀裂を走らせたくはありません。どうせ明日には笑い話になる程度の可愛いことでしょうから。


「それで、どうしてキアラは帰んないんだ? 学院の図書室に来たかったのか?」

「実はかくかくじかじかでして。トリルビィを待つ間ここで時間を潰そうかと考えました」

「成程な。俺達と一緒に帰るかって誘っても断るんだろ?」

「はい。トリルビィに申し訳ありませんので」


 私が事情を掻い摘んで説明するとチェーザレはあっさりと察してくれました。私を分かってくれているみたいで嬉しさが込み上げてきました。先ほどのが悔しかったので表面には出さないようにしましたけれど。


 チェーザレは少しの間熟考すると、突然私の手を取って図書室の扉を開きました。彼と出会ったのはもう結構前になりますが、あの頃より背は高くなりましたし肩幅も大きくなっていました。握る手はとても大きくて私の華奢な手が覆われてしまいそうな程です。


「なら彼女が授業が終わるまでの間、ここで一緒に自主勉強でもしようか」

「自主勉強、ですか?」


 その発想はありませんでした。ですが言われてみれば確かに乙女げーむでも図書室でひろいんと攻略対象者が仲良く試験対策していましたっけ。特にこれと言った読みたい本もありませんでしたし、彼の提案は丁度いいと言えます。


「分かりました。明日からの授業に備えて三人で予習しましょう」

「あーいや、それより今日やった試験の復習でもしないか? ちょっと自信が無い科目とか問題もあってさ」

「そこまで難易度は高くなかったとの印象を覚えましたが?」

「キアラは物心付いた頃から真面目に勉強に勤しんでたんだろうけど、俺が教育を受けたのはここ数年だぞ」

「僕はコンチェッタを迎える対応でそれどころじゃなかった」


 嗚呼、納得しました。それは致し方ありませんね。

 私もまた彼らから高い評価を受けるに相応しくはないかもしれませんが、期待されたからには応えましょう。


「では問題用紙を広げて協同してもう一度最初から解いていきましょう」


 私は二人に向けて自然と笑顔を浮かべていました。


 こうして私達三人はトリルビィの授業が終わるまで勉強に励んだのです。

 楽しい時間とは本当にあっという間なのですね。

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