私は学院で昼食を取りました
初日は午前中で終わりですので帰宅の準備に入ります。上級生方の始業式は昨日だったらしく、今日時点で本格的な授業が始まっているそうです。トリルビィと合流しようかと考えていましたが無理のようですし諦めますか。
「あー、終わった終わった。キアラはこの後どうするんだ?」
「折角ですので学食で昼食を取って帰宅しようかと思います」
「あ、それいいね。私達も一緒に行っていい?」
「ええ、勿論です」
オフェーリアを介してパトリツィアとも仲良くなれました。朝の懸念は杞憂でしたね。悪役令嬢キアラは聖女候補者だなんて身分を誇らしげに笠に着ていましたが、私は彼女達と対等な関係を築きたいのです。
三人して向かった食堂は授業終了直後なのもあって大変混んでいました。前のわたしの記憶から思い浮かべたのはビュッフェ? バイキング? とにかく立食形式ですのでわざわざ注文の為に並ぶ必要はありません。皆さん色とりどりの料理を好きなように取っていました。
「へええ、贅沢だなぁ」
「こんなに大量に作っちゃって余ったらどうするのよね?」
「昼休み終了後に賄いとして料理人の方々が食べるのではないでしょうか? もしくは恵まれない方に施しを与えるとか」
「強欲とか暴食の罪に問われないか心配だぜ」
私達は皿を置いた盆を手に自分が食べられる分だけ料理を取っていきました。お腹が膨らむ程は要りませんね、腹八分目で済ます程度に致しましょう。オフェーリアは遠慮なく山盛りと言ったほどではありませんが沢山よそいました。パトリツィアがそれを見て呆れます。
「ん? そう言えば金は払わなくていいのか?」
「先程の教科書と同じなようですね。私達は有難くその恩恵にあずかりましょう」
「そっか。なら満腹になるぐらい食わないと損だよな」
「確かにそうだけど食べ過ぎないようにしなさいよ」
足を運んだのが早かったのもあってまだ食堂には空席がありました。料理を選び終えた私達は腰を落ち着けます。オフェーリアがそのまま食べようとしたのをパトリツィアが止め、今日も食べられて感謝しますと食前のお祈りを神に捧げました。
「オフェーリアってあまり信心深くないの?」
「あいにく神にも天使にも出会っていないんでね。ま、聖女って神の代行者がいるんだからいるんだろうけどな」
オフェーリアは笑みをこぼしながら親指と人差し指を合わせて輪っかを作りました。
「うちの国は貿易で栄えている。物を言うのは信仰心じゃなくて金さ。物品を流通させて経済を回して、より国と民を栄えさせるってわけ。神に祈って私達は救われるのかい?」
「それは、難しい疑問ね。生きている間に苦しんでも死後天に召されるでしょうって言われたら否定出来ないし」
「そりゃあ死んでみないと分からないんだから言いたい放題じゃないか。天国と地獄が実在したとして今の私の知ったこっちゃないし。教会の連中が体よく金を巻き上げる為の虚言じゃないか?」
「しっ、声がでかいわよ。学院は教会関係者も勤めてるのよ」
死後の世界ですか。本当にあるのでしょうかね? 聖女だった私と大学院生だったわたし、二度の転生を遂げた私ですが、あの世とやらの記憶は一切ございません。本当は体験したのに忘却の彼方に追いやられているとか辺りですか?
まあ、死後だけ見つめて現実から逃げるのは御免だと今は主張致しましょう。
「それじゃあオフェーリアの家って商人なの?」
「……ま、商人は商人なんだけどな。うちの国って共和制でさ、市民一人一人の投票で議員が選出される仕組みなんだ。うちの父さんは長年そこで庶民院議員を務めてる」
「へえ。王制が主流の中で共和制を採用してるなんてね」
補足するとオフェーリアの出身である海洋国家は二院制を採用しており、オフェーリアの家は代々庶民院議員を輩出している名門になります。貴族階級ではないので上院には加わっていませんが、市民からは大層慕われているんだと乙女げーむの公式設定集には記載がありました。
海洋国家はその名の通り船に乗れて初めて一人前と扱われるそうで、男も女も関係ありません。淑女に重要なお淑やかさと気高さなど二の次。ですから海洋国家の女性はとても強く逞しいと評判があるのだとか。オフェーリアもその例にもれずに上手に船を扱えます。
「そう言うパトリツィアはどうなのさ?」
「私の家は貴族階級よ。でも私って次女だからあまり政略結婚的に重要視されてないみたいね。結構甘やかされて育てられたわ。とは言っても学院を卒業したら許嫁と結婚しなきゃいけないけれど」
「いや、そっちも興味あるんだけど、私が聞きたかったのは神様をどう思うか、なんだけどさ」
「あーそっち? みんなと同じぐらいには信じてるんじゃない? 妄信する程でもないし、かと言って空想の産物だなんて言い張るつもりもないわ」
パトリツィアの出身地は大公国や教国を始めとして半島にある国々と違って南西部に位置する島国になります。その歴史は複雑で幾つもの国家があった時期もありますし半島側の王国に支配されていた時代もあります。今は一つの王朝が統一しているんでしたっけ。
貴族だと一括りに説明しましたが、実はパトリツィアは王位継承権を持つ公爵家のご令嬢であらせられます。彼女の婚約者が攻略対象者なら悪役令嬢に抜擢されたでしょうね。幸いにも作中ではそんな展開にはなりませんでしたが。
「で、キアラはどうなの?」
「それは神に対してどう思っているのか、でしょうか?」
「そうだな。私達が暴露しておいてキアラだけ喋らないのは不公平だぜ」
「聖女候補者の妹さんがいるんでしょう? その辺りもどう考えてるのか聞きたいな」
……そして話は私に振られますか。耳触りのいい建前を並べても構わないのですが、折角打ち解けたのですから少し本音を話してしまっても問題は無いでしょう。
「神はいらっしゃいます。それは間違いありません」
「……随分とはっきり断言したな。信じる信じないって所を超越してるように聞こえるんだが」
「神は私達を愛しているのでしょう。しかし、だからと無条件に救ってはくれません。でなければこの世から苦しみは取り除かれている筈です」
「あくまで現世って天国と地獄に振り分ける選定の段階じゃないの? だから神は人に試練を与えてるとかさ」
「であれば、何故神は聖女を誕生させるのですか?」
「……っ。それ、は……」
分からないでしょうね。私にだって神の真意は分かりません。
しかし人々を救う為に奇蹟の一端を迷える子羊に分け与えているんだとしたら、人は生きているうちに苦しみから解き放たれるべきだと思います。そして、神の僕として尽くしてきた聖女だって救済されてもいいでしょう。
「私は神に縋っても無駄だと考えています。奇蹟とは自分の手で掴み取るものかと」
「神を信じる者は救われるって教義に真っ向から喧嘩売ってるな」
「信じる者を救う? 神がそんな慈悲深い方とは思えないのですがね」
「おー、言うっすねえ」
愚痴のような本音を漏らした私の背後から不意に声が聞こえてきました。発言自体は別に聞かれても構わないのですが、まさか途中参加しようとする人がいるとは考えていなかったので驚いてしまいます。
「確かに神様は便利屋じゃあないんですからそうホイホイ人助けなんかしないっすよね。人間って怠け者なんで神が手を差し伸べてくれるんだって安心したら人生に手を抜いちゃいますよ」
「先生?」
その正体はカロリーナ先生でした。彼女はずり落ちそうなぐらい大きな帽子を押さえつつ片手で盆を抱え、器用に手を使わずに腰を落ち着けます。座った状態でも小柄な体躯が分かりました。顔立ちでかろうじて年上だと判別出来るぐらいでしょうか?
彼女はパンをむしってスープに浸した後に口に運びました。それから「んー、やっぱ美味しいっすねえ」と感嘆の声を上げながら嬉しそうに頬張ります。彼女を眺めているとこちらの食事まで味が深まるような気がしました。
「偉大なる神は全知全能。それは信じてもいいっすけど人にとって都合が良いかは別問題。現に教典にも何度か天罰を受けちゃったって書かれてるじゃないっすか」
「それはその時の人があまりに愚かだったからで――」
「だから、カロリーナさんは神を過度に絶対視して利用する教会のやり口は好きじゃないっすね」
今日は晴れですね、と天候を語る調子で発言されたカロリーナの主張は、私とはまた違った教会への否定でした。反論を述べたパトリツィアはおろか信仰心の乏しいオフェーリアすらぎょっと驚きを露わにしました。
「人は教会なんて代理人を介さなくたって神の教えは学べるっす。それをカロリーナさんはみんなに知ってもらいたいんですよねー」
「先生、声が大きいですって……!」
「教会関係者に聞かれでもしたら異端審問にかけられてしまいますよ」
「大丈夫ですよ。教会が何て言おうとカロリーナさんの信仰は揺るがないですから」
何が大丈夫なのか分かりかねますが、とにかくカロリーナは確固たる意思を露わにしました。幸いにも周囲には聞かれていないようで食堂は各々のテーブルで会話で弾み賑やかなままでした。いえ、もしかしたら大事に至らないよう聞こえぬふりをしているのかもしれませんね。
「カロリーナさんの夢はですね、暇な時、悩んだ時、追い詰められた時に神の教えに触れられるようにしたいんっす。身近なものにしたいんっすね」
「そんなの教会が許す筈が――」
「それがおかしいって言ってるんですよ分かんないですねー。神の下で人は平等であるべきっす。それぞれで役割が違うだけで上下はあっちゃいけないんっすって。教会は神の教えを独占して利権にしてるとしか思えません。カロリーナさんはそれを覆したい」
「――……」
それは冗談か本気か。とにかくオフェーリアもパトリツィアもカロリーナの表明に何も言い返せませんでした。きっとここで討論を交わしても各々の主張が寄り添う事は無いでしょう。無論、私を含めて。
しかし驚きました。王権よりも教会の方が強い権威を持つとまで言われる中で純粋なる教えに回帰しようとする考えを持つ者がいるとは。しかも過去のわたしの世界と違って聖女なる目に見えた神の奇蹟の体現者がいるのにです。
新教、プロテスタント。
私は正にその始まりに立ち会っているのかもしれません。




