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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖都の学院に通い始めました
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私は教科書類を頂きました

「まっさか初っ端から試験受ける破目になるなんてな……」

「あーもう、前もって試験やるって知ってたらもっと勉強してきたのになぁ」

「今更嘆いても後の祭りでしょう。仕方がありません」


 オフェーリアはまさかの抜き打ち試験を終えて休憩時間に入ると机に突っ伏しました。試験時間中も頻繁に筆を止めて呻っていましたのであまり出来は芳しくなかったようです。脇目でこちらの答案用紙に視線を向けていたのは気付いていましたからね。


 その向こうではパトリツィアが椅子にだらしなくもたれかかっています。彼女の頭からとても長い髪が枝垂れのように垂れ下がりました。少し開かれた口から声を漏らす様子からすれば彼女の結果も推して知るべし、ですか。


「どうして入学早々にやったのかしらね? 学校の試験ってどれだけ学力を身に付けたかを測るんじゃなかったの?」

「おそらく学院の授業に付いていけるだけの教養を備えているかを確認したかったのではないでしょうか?」

「あ? そんなのしっかり叩き込まれてるに決まってるだろ」

「教国連合に属する貴族の家の者なら無条件で入れる。その辺りがまずいのかもしれません」


 そう、入試のある市民階級と異なり貴族の子は各々の家での教育に委ねられています。教国連合最高峰の教育機関である学院に籍を置くに相応しくあれと厳格に行われるのが常ですが、時折無条件で学院に行けるならと半端な心得で来る者もいるんだそうです。


 確かに学院は未来を担う人材の育成を目的としていますが、落ちこぼれに手取り足取り教える程の慈悲はありません。学院に相応しくないと判断されれば留年は勿論退学だって在り得ます。ただの確認と銘打っていようと既に各々の学院生活は始まっているのです。


「ま、いっか。そこそこは出来たと思うしこれから挽回すればいいし」

「そうね。失敗は次に生かせばいいし」

「そう言えばキアラは結構余裕そうだったけど、どうだったんだ?」

「そこそこだったかと思います。きっと自慢出来る程ではないでしょう」


 この言葉は謙遜でも何でもありません。もっといい点数を取るなら一度解いてから再度確認すべきだったんでしょうが、そこまで本気で取り組むつもりはありませんでした。むしろ高得点にならぬようある程度は気を配る必要がございます。


 ――何故なら、上位成績者は生徒会に推薦される可能性が高いから。


 あんな攻略対象者の巣窟に飛び込むなんて正気の沙汰ではありません。悪役令嬢キアラは生徒会役員の仕事に誇りを持っていたようですがね。平穏を目指す私にとっては厄介事に首を突っ込まないよう程々に過ごすべく立ち回るべきかと。


「小試験が終わったら次何やるんだっけ?」

「本格的な授業は明後日からだそうですね。今日はその授業で用いる教科書や参考書を受け取って終わりでしたか」

「そっか。じゃあ一緒に行かないか?」

「ええ喜んで」


 オフェーリアは元気よく立ち上がると伸びを一回させました。パトリツィアも髪を後ろ手で持ちながら腰を上げます。私も筆記具を鞄にしまってから席を立ちます。私達三人はそのまま教室を後にして廊下を歩み……あら?


「オフェーリア。パトリツィア様とは親しい仲だったのですか?」


 そう言えば既にオフェーリアとパトリツィアは気さくに話し合えています。てっきり悪役令嬢が派閥を結成する折に取り込んだと思っていましたが。私が投げかけた疑問にパトリツィアは首を横に振り、オフェーリアは軽く笑いました。


「いんや。キアラが教室に来る前に私から話しかけた」

「妙に馴れ馴れしいとは思ったけれど、悪い気はしなかったかな」

「……初日からとても積極的なのですね」

「受け身だとあまり交流関係って広がらないからな。こっちから話しかけて打ち解けないと」


 成程、その姿勢は感心致します。私も学院生活に支障が出ないよう周りと親しくしていかなければいけませんね。休み時間に呆けたりチェーザレ達と雑談するのも面白そうですが、今後を考えるなら私も自分から声をかけるべきですか。


 校舎の一角に設けられた購買では新入生が列を成していました。思った以上にかつてわたしが通った大学を彷彿とさせます。臨時に設けられた机に所狭しと教材が並べられていて、新入生は一冊ずつ受け取っていきます。


「本を一人一つずつ貰えるとかかなり贅沢だなぁ」

「そこまで授業の内容は変わらないでしょうし、木版で大量に印刷しているのではありませんか?」

「あれ、お金は払わなくてもいいのかな?」

「もしかして学費に含まれてるのかもしれないな。ほら、受け取る時に名前聞いて名簿に印入れてるみたいだし」


 そう言えば学院は教会から運営資金が捻出されていますが、教国連合中からの多額の援助金も納められていると聞いた覚えがあります。であれば学生全員に教材を配っても十分賄えるのでしょう。教科書一冊買うにも四苦八苦した大学時代のわたしとは比べ物にならない待遇です。


 各教科ごとに一冊、二冊程だったので全部でかなりの量になりました。しまった鞄が膨れ上がっていますし、結構重くて肩が痛いです。毎日行われる授業に合わせて最低限の教材だけ持ち運びするか、個人用の収納木棚に収めるしかありませんね。


「うへえ、一年間でこれ全部消化すんのか? 頭が痛くなりそうだぜ」

「毎日こつこつと取り組んでいけば意外に何とかなるものですよ」

「別に丸暗記する必要無いじゃないの。要点だけ覚えればさ」


 最後に私達は自分の名前を申告しました。臨時の購買担当者は穏やかな笑みをこぼしながら印を入れます。人を安心させるようなとても落ち着いた印象を感じさせました。そして何より学院職員にしては若すぎますね。


「キアラさんにオフェーリアさんにパトリツィアさんですね。ようこそ当学院へ」


 この人物こそ現時点で私が邂逅しうる攻略対象者最後の一人、サルヴァトーレでした。


 確か乙女げーむ本編となる翌年では生徒会長になっている筈ですが、二学年に成りたての今はまだ生徒会副会長の一人でしたっけ。生徒会に近寄らなければ学年の離れた彼とは全く接点が発生しない筈ですが……。


 おそらく教材の購買を買って出たのは必ず訪れる新入生一人一人と対面したかったからなのでしょう。いずれ学院全生徒を引っ張っていくに相応しい心構えですが、私個人としては厄介な真似をしてくれると言い放ちたいぐらいですね。


「先程は会長が呼び止めてしまい申し訳ありませんでした。あの後遅れませんでしたか?」

「いえ、ご心配には及びません」

「そうでしたか。それは良かった。生徒会を代表してお詫びしましょう」

「お気遣い痛み入ります。ああ、すみません、後ろがつかえているみたいですのでこの辺で」


 私は口実をひねり出してこの場を離れようとします。実際に次から次へと教材を求めて新入生がやって来るので列は減るどころか伸びる一方です。ここでサルヴァトーレと会話していては迷惑この上ないでしょう。


「会長は憤っていましたよ。どうして神のお言葉に従わないのか、と」


 なのに彼は空気を読まずに私を呼び止めました。しかも私が最も触れられたくない核心部分を突いてきます。当然貧弱一般人を装う私はとぼける他ございません。


「何の事だか分かりかねます。私のような者がどうして神託を聞けましょう?」

「……いえ、あくまでそう仰るのでしたら構いません。ですが、神の声は絶対です。逆らうのは神への冒涜に等しい。最も罪深い所業だと私は考えています」

「そうでしたか。とても高尚なお考えだと思います」


 尤も、全く同意は致しかねますがね。


 何せ前の私は神の声に従った挙句に身を滅ぼしましたので。それが神の定めた宿命とやらでしたら辞退させていただきます。信仰が揺らいでしまった私なんかより聖女に相応しい方は多くいらっしゃるでしょうから出番もございません。


 要するに私の事はいい加減放っておいていただけませんかね?


 そう口に出したいものの一旦奇蹟を授かっていると知れ渡ったら最後、教会は私を用済みになるまで使い潰すでしょう。それは神への信仰心からではなく教会の権威をより一層強固にするために、信者や寄付金を増やすために。いずれも俗物的な動機によるものには違いありません。


「ではこれで失礼いたします。ごきげんよう」

「神から頂いた使命を蔑ろにするなんて許されませんよ……!」

「それ、聞き飽きました」


 神託の聖女エレオノーラから言われたって私の決意は揺るがなかったのに今更ですね。

 私は困惑するオフェーリア達を連れてその場を後にしました。この場にいた皆さんの視線を集めていたような気もしましたが、捨て置いていいでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「神なんて滅んでしまえ」としか言いようがない。 魔女狩りにも似た、愚劣な宗教である。
[一言] やだ。 聖女と信者、怖い。 ヒィー(((゜Д゜)))ガタガタ
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