私は初めて教室に入りました
乙女げーむは大半がひろいんのセラフィナ視点で書かれていますが、悪役令嬢のキアラがどんな学生生活を送ったかはある程度判明しています。何しろ悪役令嬢は取り巻きを伴ってひろいんへ小言を投げつけたり悪意を振り撒いたりしていましたから。
どうしてそれを思い返していたかと申しますと、生徒会長と会話したために他の皆より遅れて教室に足を運んだ私の視界にどこか覚えのある容姿の方が数人ほど入ったからでした。そうでしたか、同じ教室だったから彼女達と親交を深めたのですね。
階段状になっている教室は大半の席が埋まっていましたが、後ろの座席にいた方がこちらが空いていると手を振って合図を送ってくれました。その優しい心遣いに感謝しつつ私は彼女の隣に腰を落ち着けます。
「早速生徒会長様に捕まってたんだって? 未来の聖女様を身内に持つと大変だな」
「本当ですよ。折角の祝いの日でしたのにとんだ災難でした」
「お慕いするミネルヴァ様からお言葉を頂いて光栄です~みたいに喜んだりは?」
「あいにく厄介なとしか思えません。私はあまり目立ちたくないですから」
「言うね。私はオフェーリアだ。以後よろしく」
「私はキアラと申します。よろしくお願い致します」
私達は机の下で握手を交わします。オフェーリアは嬉しそうに屈託のない笑顔を見せてくれました。太陽のように眩い、と私は素直な感想を抱きます。
まだ教室を受け持つ教師が来ていないためか新入生達は席の近い同級生と交流を深めていました。中には一人で静かに待っている方もいらっしゃいますね。この辺りで早くも社交性の差が表れていて面白く感じます。
「キアラって呼び捨てでもいいかな?」
「構いません。その代わり私も敬称は略させていただきますから」
「決まりだな。で、キアラはどこ出身なんだ? 私は海洋国家から来たんだ」
「随分と遠くからいらっしゃったんですね。私は教国の隣、大公国からです」
教国連合を構成する国家の中で最も北東に位置する海洋国家は現在最も栄えていると評しても過言ではないでしょう。貿易により発展を遂げていて、海洋国家が関わっていない品での日常生活は不可能と言い切ってしまえる程に盛んです。
「あー、じゃあ長期休みの時は里帰りするのか? 私の方は遠いし旅費が沢山かかるからなぁ、帰れても年一回ぐらいだろうな」
「いえ、あまり頻繁に帰るのも迷惑でしょうから私も年一回に留めようかと考えております」
「実際どうなんだろうな? 親って家離れした子供に戻って来て欲しいのかな?」
「立派に成長した後でもそんな体たらくでは叱られる気がしなくもないのですが」
だよなあ、とこぼしたオフェーリアは頭の後ろで手を組みました。
「いっそ友人を連れてきました、って名目で戻るとかは?」
「それはいい考えですね。学院を卒業してしまうと他国の方とはそう簡単にお付き合い出来なくなりますから」
「だろ。キアラもいつかこっち来てみないか? 私の故郷、水の都を案内するぜ」
「素晴らしい提案です。是非いつか誘ってください」
海洋国家の誇る水の首都は小さな三角州が寄り集まった土地に築かれました。そのため街には水路が張り巡らされていまして、他の都市とは趣が全く異なるのです。商業都市との印象が強いですが、その独特の雰囲気から観光の名所でもあるんでしたね。一度は行ってみたいものです。
そんな風に何気ないやりとりをしていると、教壇脇の扉が開いて小柄な女性が入室してきました。羽織った衣と帽子から学院の教師だとは一目瞭然です。衣は少し床を引きずる程長くて帽子もぶかぶかなのは彼女の趣味でしょうか?
「おはよーみんな。今日からこの教室を受け持つ教員のカロリーナっす。一年間の付き合いになるんでよろしくお願いするっすね」
教壇に上がった教師、カロリーナは砕けた口調で語りました。彼女は自分が受け持つ生徒達を右から左へ視線を移しながらじっくりと眺め、やがて歓喜を込めて満面の笑みをこぼします。 教国最高峰の教育機関である学院の教師はもっと厳格な方々だと思っていましたが、目の前にいる先生は随分と親しみやすそうですね。
「年齢は二十代後半、趣味は卓上遊戯、出身は教国連合よりもっと北北西にある島国っす。聖都で教鞭を振るうのは初めてなんで気合入れちゃいますよ」
教国連合の外……かつての私は教会より命を受けて西へ東へと救済の旅をしましたね。あれから随分と時代を経て滅亡した国もあるでしょう。しかし今の私は教国連合内に収まるただの小娘。順当にいけば外とは無縁のままでいられるでしょう。
「それじゃあカロリーナさんから見て右の手前側からそれぞれ自己紹介して下さい。これから同じ枠で一緒に勉強してく仲間と知り合うきっかけになればなーって」
それはまた面白い試みですね。前世のわたしの感覚で語るなら別にさほど変わってはいないのですが、学院での交流とは卒業後に備えて人脈作りと社交性を養うための意味が強いです。勝負は入学時から始まっていると考えている者もいる中で手と手を取り合いましょうとはね。
前の席にいた生徒から順々に自己紹介していきます。最初から自分を誇示しようとする方もいれば悪目立ちしないよう控えめに留める方もいて、個性に溢れていました。都度カロリーナは手記に筆を走らせて生徒の情報の把握に努めていました。
「えっと、次は私ですね。パトリツィアって言います。趣味は浜辺の散歩。出身は教国連合の南端島国。とにかくいい成績で卒業出来ればって思います」
いよいよ後ろの席になり私の番が近づいてきます。太ももまで届きそうな程髪が長いオフェーリアの隣に座っていた女子生徒は、やはり乙女げーむで悪役令嬢の悪友に数えられています。悪い方ではありませんので私が彼女と付き合うかは機会に恵まれれば、と言った所ですか。
「んじゃあ次は私だな。名はオフェーリア、趣味は休日大工、出身は教国連合北東の海洋国家だ。この三年間は掛け替えのない時間を過ごせればと思うんだぜ」
オフェーリアは元気溌剌に自己紹介しました。口調もそうでしたが自分を取り繕わないで曝け出す姿勢は大変好ましいと感じます。教室にいる何人かは品の無いとか思っていそうですが、そんな輩は捨て置いて構わないでしょう。
いよいよ私の出番が回ってきましたので徐に立ち上がりました。気のせいかもしれませんが、他の方の時よりも皆さん注目してきているような。もしかしたら生徒会長とのやりとりがもう噂されているとか、妹が聖女候補者だからでしょうか?
「では、私はキアラと申します。趣味は縫いぐるみ制作。出身はここより北西に位置する大公国になります。至らない点が多々あるかと思いますが、皆様よろしくお願いいたします」
まあ、関係ありません。私は私が思うように振舞うとしましょう。
深々とお辞儀をしてから席に座りました。次の方が自己紹介を始めた辺りでオフェーリアが少しこちらへ身を寄せてから小声で語りかけてきます。
「縫いぐるみ制作って、本当か? 生粋の貴族令嬢ーって感じしかしないから裁縫とか無縁だって勝手に思ってたんだが」
「一人で黙々と手を動かすのが好きなだけです。オフェーリアこそ大工とは驚きですね」
「頭の中に思い浮かべる設計図通りの物が出来た時とか最高じゃん。ただ作って満足しちゃうから後始末が大変なんだよな。すぐに部屋いっぱいになっちゃうし」
「こちらはいつか部屋いっぱいの縫いぐるみに囲まれる生活を夢見ています」
今考えてみますと縫いぐるみ作りは前世のわたしの影響が強かったのでしょう。悪役令嬢キアラは針仕事なんて手が傷つくからと絶対にやらなかったに違いありませんし。大公国のお屋敷では控えめにしていましたが、聖都では思う存分打ち込むとしましょう。
生徒の自己紹介が一通り終わったところで先生は大変満足な様子で頷きました。初々しい生徒達が可愛かったのか自分が受け持つ生徒のことが分かって喜ばしいのか。満面の笑みは見ているこちらまで幸せになってしまいそうな程でした。
……手にしている紙束さえなければ、ですがね。
「んじゃー自己紹介も一通り終わったところで皆さんの学力を測るために抜き打ち試験をするっす。成績には加味しないただの確認っすから気楽にやって頂戴ね」




